Neetel Inside 文芸新都
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 退いた方が良い。メッサーナ軍は野戦慣れし過ぎている。騎馬と歩兵の絶妙なバランスは、弱点という弱点を消し去っている。それ所か、弱点を強みに変えている。メッサーナ軍がここまで強力な軍だとは、俺も思わなかった。
 どれか一つの部隊だけでも崩せれば。槍兵隊、戟兵隊、騎馬隊。この基本的な三兵科の一つでも崩す事が出来れば、どうにかなる。しかし、これをやるのは至難の業だ。騎馬隊を崩そうとすれば、槍兵隊が脆い所をカバーしてくるし、槍兵隊を崩そうとすれば、戟兵隊が間に割って入って来る。
 軍としてのまとまりが、異常な程に良い。個々の部隊の力として抜きん出ているのはスズメバチ隊だが、他の部隊は全てを合わせた総合力で抜きん出ている。これを弓騎兵隊がまとめ、戦を展開している。
 野戦では勝ち目がない。今すぐに、コモンに退くべきだ。
「退路を確保しろ、コモンに退くっ」
 旗を振らせた。悔しさはない。勝ち目がない戦で粘るのは、愚者のやる事だ。
 メッサーナ軍が三方向から攻めかかって来ている。だが、今はまだマシだ。今は、あのスズメバチと弓騎兵が居ない。この二部隊が来たら、もうまともには逃げられないだろう。
 この二部隊は、三万の兵で抑え込んでいた。この三万の中には、ハルトレインの五千の騎馬隊も入っている。
 犠牲を抑えるため、俺は兵を小さくまとめた。メッサーナ軍の攻撃は執拗かつ強力だが、何とか持ち堪えさせる。背を見せて逃げるというのは、限界までやらせない。潰走だけは、何としても避けなければならないのだ。潰走は混乱を生むばかりか、反撃の意志すらも、もぎ取ってしまう。
 そろそろ、最後尾に行くべきか。俺はそう思い、馬首を巡らせた。その時、背筋が凍った。
「バロン」
 弓騎兵が、一万の弓騎兵が、土煙をあげつつ、こちらに向けて駆けてきていた。弓矢。構えている。
 そんな馬鹿な。思ったのは、これだった。弓騎兵は、二万五千の兵力で封じたはずだ。違う。スズメバチか。ロアーヌが、二万五千の兵を蹴散らしたのか。だが、ロアーヌには五千の騎馬隊を率いるハルトレインが向かっていたはずだ。
 そこまで考えて、俺は舌打ちした。
 ロアーヌとハルトレインでは、勝負にならない。十五歳のガキが、ロアーヌに勝てる訳がない。
 信じられなかった。弓騎兵とスズメバチは、僅か一万と千五百の兵力で三万を蹴散らした。それもただの三万ではない。俺が鍛えた三万なのだ。
 いや、そんな事が、本当にあると言うのか。俺が鍛えた軍は、その程度のものなのか。あの二部隊は、俺が思っているよりも、遥かに強力だという事なのか。
 思案はやめた。あの一万の弓騎兵隊が、全ての答えだった。
「騎馬隊、すぐに弓騎兵に突っ掛けろっ」
 号令を出した刹那、無数の弓矢が俺の陣を貫いた。それで、勝負は終わった。ギリギリの所まで耐えていた何かが、押し潰された。
 兵達が狼狽した。それはすぐに陣全体に伝わり、混乱に変わった。
「くそっ」
 兵達が陣形を崩し、四方八方へと逃げ回る。
 瞬間、角笛。さらに喊声が巻き起こる。メッサーナ軍の追撃の合図。
「おのれぇっ」
 すぐに馬腹を蹴った。コモンに逃げなければならない。旗本がここぞとばかりに俺の周囲を固める。旗本はさすがに混乱していない。やるべき事をしっかりと理解している。
「将軍、先頭は我らが駆けます」
「バロンは避けろ。あの男の弓の腕は」
 言い終わらぬ内に、三人が馬上から消えた。吹き飛んだのだ。吹き飛んだ方向へと、視線を移す。一本の矢が、三人の兵を串刺しにして、原野に突き立っていた。バロンの矢だった。
 戦慄した。本当の意味で、俺は戦慄していた。
「急げぇっ」
 叫ぶ。弾かれたように、旗本が駆け始めた。弓騎兵の矢が、俺の所に集中してくる。矢が飛ぶ度に、旗本の兵が脱落していく。
 風切り音。旗本の三人が吹き飛ぶ。もう兵の方は見なかった。ただひたすら、コモン関所だけを見る。悲鳴。兵が馬から落ちる音。
 恐ろしい。死ぬ。死ぬのか。この俺が。
 また風切り音。兵が三人、原野に消える。
 気付くと、周囲に味方が居なかった。バロンが、弓騎兵が、全て射殺したというのか。だが、すぐそこにコモンがある。あそこに駆け込めば。
「南方の雄サウス、貴様の天命はここに付きたっ」
 後方からバロンの声。振り返らなかった。矢だけが恐ろしかった。それさえ凌げば。
 その刹那、一騎が俺の眼前に現れた。赤褐色の馬に跨った男。虎縞模様の具足。血に濡れた白刃。
「サウス、首を貰う」
 剣のロアーヌだった。それで、俺は全てを悟った。死。だが。
「俺は、俺はただでは死なんっ」
 吼えた。
 若僧どもが。俺は南方の雄、サウスだぞ。歴戦の将軍であり、ロアーヌを二度も打ち負かした男だぞ。この南方の雄が、ただで死んでたまるものか。この若僧どもに、ひと泡ふかせてやる。俺は南方の雄。
「サウスだっ」
 鎖鎌を構える。その刹那、腕がちぎれ飛んだ。バロンの矢だった。
 おのれ、おのれ、おのれ。
「余計な事を」
 聞こえたのは、それだけだった。憤怒が、全身を駆け回る。
 首筋に、ロアーヌの剣が触れてきた。

       

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