Neetel Inside 文芸新都
表紙

剣と槍。抱くは大志
第二章 夢

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 私は、ただ待っていた。二人の英雄が来るのを、私は心の底から待ち続けていた。
 剣のロアーヌと槍のシグナス。この二人の英雄をである。
 メッサーナを取り仕切るようになって、八年が過ぎていた。私は三十歳の時に官軍を追い払われ、このメッサーナに飛ばされた。あれから、八年である。だが、この八年は非常に密度の高い八年だった。
 八年前のメッサーナは、とにかく荒れ果てていた。軍は全く機能しておらず、役人も腑抜けばかりで、町の中では当たり前のように盗賊が横行していた。当時の私は、そんなメッサーナを見て衝撃を受けたものだった。そして同時に、国を改革する必要がある、とも思った。
 そう思ってから、とにかく動いた。軍を整備し直し、才ある者は身分を問わずに登用する。これで軍と役人はかなりまともになった。この二つがまともになれば、町の治安も良くなる。治安が良くなれば、盗賊達も姿を消す。ここまでに二年を費やした。
 そして、残りの六年で、国の改革を前面に押し出した。すると、優秀な人間がメッサーナに集まって来た。だが、地方は地方だった。都からみれば、メッサーナは遥か東の田舎地方に過ぎない。優秀な人間が集まろうとも、兵力は僅かなものだった。しかしそれでも、私は人材を求め続けた。そして見つけたのが、剣のロアーヌと槍のシグナスという、二人の英雄である。
 この二人はまだ若く、二十四歳だという。だが、その若さに反して、持っている能力は相当なものだと言えた。特にロアーヌは、すでに多くの軍学を身に付けているらしく、すぐにでも実戦が行えそうだった。一方のシグナスは、軍学こそはロアーヌに及ばないものの、人当たりの良さで音を鳴らしている。しかし、官軍では不人気だという話だった。官軍では、あのような好漢は嫌われるのだ。
 夢が、現実味を帯びてきた。私はそう思った。国の改革、いや、天下を取る、という夢である。
 もうこの国は、腐りきっていた。いや、枯れ果てていると言って良い。新たな富が生まれてくる事は、もうないのである。人民は疲れ果て、役人は上から下まで腐り切っている。だから、国は生まれ変わる必要がある。新たな王をその身に抱え、政治を一新させる必要があるのだ。そのために、私は天下を取る。
 しかし、たやすくはいかないだろう。腐り切ったとは言え、まだまだ国には優秀な人間が多く居るのだ。地方に飛ばされた者がそうだし、腐り切った役人どもを統括している者もそうだ。そういう能力のある者達が、かろうじて今の国を支えている。数百年という歴史を持つこの国を、支えている。
 国の歴史は、とても重い。その重さが、新たな歴史を作ろう、という人の行動を抑制させる。そして、今の歴史を守ろうと思わせる。だから、優秀な人間達は国を支える。これは国への忠誠心であり、一種の信念と言えた。この信念によって、優秀な人間達は踏ん張っている。
 私はそれらを踏み越えて、天下を取るのだ。
「あの二人は来るかな、ヨハン」
 私は椅子に座ったまま、ヨハンに声を掛けた。
 ヨハンはメッサーナ軍の軍師の一人である。穏やかな性格で、怒る事は滅多にない。年齢は二十七で、その眼には凄まじいまでの気力を漲らせていた。武芸は駄目だが、頭は鋭すぎるほどに良くキレる。私はこのヨハンを都に送り、ロアーヌとシグナスに接触させていた。
「来ます。私はそう確信しています」
「二人の印象はどうだった?」
「シグナス様は明朗快活。実直で、純粋。しかし、どこか繊細な所があると思いました。ですが、この繊細な部分というのは、実直さの裏返しでしょう。また、人の心によく踏み込んできます」
「ロアーヌは?」
「心の中に激情を秘めておられる。そう感じました。また、頭の中ではかなり喋ってはおられるのですが、それを口には出しません。無口という事ですな。しかし、私は嫌いではありません。むしろ、シグナス様よりも好印象ですよ」
「ほう」
「あとはランス様の目で確かめた方が良いかもしれません」
「そうだな」
「ランス様の夢と、あの二人の大志。上手く、一致すると良いのですが」
 そう言って、ヨハンが腕を組んだ。
 天下を取るという夢。これは、あの二人の大志と、そうかけ離れてはいないはずだ。
 まぁ、深くは考えない事だ。そう思った。とにかく、会ってみたい。今はこの思いが強い。
「失礼します」
 従者が部屋に入ってきて言った。
「若い二人の男が、殿とお会いになりたいと申しておりますが」
「おう、来たか。通してやれ」
「武器を持っています。剣と槍です」
「そのままで良い」
 そう言うと、従者は眉を僅かにひそめて去って行った。
「武器を取り上げないとは、器の大きさを見せつけるためですかな?」
 ヨハンが少し笑いながら言った。私はそう言われて、なるほど、と思った。
「いや、剣のロアーヌと槍のシグナスという異名がついている二人だ。武器付きの方が、似合いだろうと思ってな」
「ランス様らしい、と言うべきですか。しかし、配下の私から言わせれば、ただの無用心です」
「勘弁してくれ」
 私は苦笑するしかなかった。
 しばらくすると、二人が入って来た。一人は腰元に剣を佩いていて、一人は槍を右手に持っている。二人とも、眼が猛々しい。良い眼だ。単純にそう思った。
「二人とも、待っていた」
 椅子から立ち上がった。
「剣のロアーヌと、槍のシグナス。私の名はランス。ここ、メッサーナを統治している者だ」
 言って、拝礼した。臣下の礼である。それを見た二人が顔を見合わせた。
「何故、臣下の礼を取る?」
 剣を佩いている男が言った。この男がロアーヌだろう。
「私は待っていたのだ。二人の英雄が来るのを。そして来てくれた。その思いを、表現したかったのだ」
 また、二人が顔を見合わせた。意外だ、という表情をしている。
「本当に、よく来てくれました」
 ヨハンが言って、私と同じように臣下の礼を取った。微かに笑っている。穏やかな笑顔だ。
「あなたは」
「またお会いになれましたね、ロアーヌ様」
 ヨハンが二コリと笑うと、ロアーヌが私に視線を向けて来た。
「俺達は、大志を抱いてここまでやって来た」
 ロアーヌの眼に、覇気が宿っている。
「その大志を、聞かせて貰いたい」
 私の心は、心地よい程に高揚していた。

       

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