Neetel Inside 文芸新都
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剣と槍。抱くは大志
第十六章 五年

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 コモンを手に入れてから二年。メッサーナは次の戦の為、国力を蓄えていた。季節は夏を迎えようとしている。
 ロアーヌとレンが、互いに武器を構え、睨み合っていた。剣と槍である。互いに口は利かず、身体もほとんど微動だにしていない。気と気のぶつかり合いなのだ。そのせいか、場の空気は異常な程に重苦しい。
 剣と剣での勝負では、レンはすぐに膝を折った。武器を交えることなく、気と気のぶつかり合いで、レンはロアーヌに打ちのめされたのだ。そのレンが、武器を剣から槍に変えただけで、気を大きく膨れ上がらせた。
 私の近接武器の腕前は、せいぜい並の上と言った所だ。そして、レンのそれは、すでに私を超えている。ただ、まだ身体が技量に追い付いていない。十二歳の身体では、出来る事がどうしても限られてしまうのだ。
 気が、立ち昇っていた。近接武器の立ち合いは、弓とは違った緊迫感がある。気が近い。相手が近い。これは読み取らなければならない情報が増えるだけでなく、相手に読ませなければならない情報も増えるという事だ。ただ、弓の場合はこれらよりも集中力がモノを言う所がある。
 レンの槍の穂先が、ピクリと動いていた。一方のロアーヌは、微動だにしていない。隙であって、隙でない。ならば、真の隙はどこにあるのか。レンは、それを懸命に読み取ろうとしているのだろう。それでいて、ロアーヌに隙を見せていない。以前は、この段階でロアーヌに打ち据えられていた。構えに隙が見えたら、ロアーヌは容赦なく打ち込んでいたのだ。だが、今はそれが無い。鍛練を積む内に、その隙は無くなったという事だろう。
 レンの額にはびっしりと汗の粒が浮かんでいた。ただ、まだ呼吸は乱れていない。ロアーヌの額にも、僅かに汗が浮き出始めている。
 目が離せなかった。瞬きすらも許されない。それだけの緊迫感が、二人の間にはある。レンはシグナスの息子だ。シグナスは天下最強の槍使いだった。もし、レンがシグナスであったなら、どうなるのか。それを連想させるだけの凄みを、レンはすでに持っている。
 レンが口を僅かに開けた。息が苦しくなったのだろう。当事者でない私ですら、すでに喘いでいる。ロアーヌだけが、微動だにしていない。ただ、額の汗は顎へと流れ落ち、地へと滴っていた。
 気がさらに高まる。熱気で、視界が揺れた。レンが肩で息をしている。暑い。いや、熱い。そう思った。
 次の瞬間、レンが崩れ落ちた。それは力無く地面に倒れ込んだと言った感じで、倒れてからはピクリとも動かなかった。おそらく、気を失ったのだろう。
「水」
 ロアーヌが僅かに息を乱しつつ言った。ランドが水の入った桶をロアーヌに手渡す。そのまま無言で、ロアーヌはレンの頭に水をぶっかけた。
 ハッとしたように、レンが飛び起きる。即座に武器を構え直すも、気絶していた事が分かったのか、レンはうなだれた。
「よくやった、とは言わん。だが、剣よりはいくらかマシだ」
 額の汗を拭いながら、ロアーヌが言った。
「レン、凄かったぞ。もう私など、お前の足元にも及ばないと思う」
 クリスが手拭いを渡しながら、優しく声をかけた。
「兄上、俺は父上に勝ちたい」
「まだお前は十二歳だ。そう焦るな」
「十二歳でも、気でなら勝ち目はあると思う。その気でも、俺はまだ父上に勝てない。剣も槍も、まだ」
 レンは強さに対して異常なまでに貪欲だった。ロアーヌの剣の腕は天下一である。そのロアーヌを超える事を、レンは第一の目標としているのだ。槍の他にも剣の鍛練もやっていて、これはまだ始めたばかりだという。あとは弓だが、こちらの才能は無いようだった。修練を重ねれば、また変わるのだろうが、レンの興味は剣と槍である。
「レン、少しの間、休んでいろ。お前は気を張り過ぎだ」
「はい、父上」
 ロアーヌにそう命じられて、レンは素直に言う事を聞いた。クリスが肩を貸して、共に調練場を出て行く。
「正直な所、レンはどうなのだ、ロアーヌ?」
 二人の背中を見ながら、私は静かに言った。
「非凡だ」
 ロアーヌは短くそれだけを言った。腹の内には多くの言葉を持っているのだろうが、相変わらずそれを喋ろうとはしない。
「やはり、シグナスの息子か。良い武人に育つであろうな。馬術に対しても素質を感じた」
 馬と心を通じ合わせる。レンには、そういう所があった。これは馬に乗るにあたって、かなり重要な事だ。乗り手の意志が、馬に伝わる。これが出来るかどうかで、馬術は大きく変わる事になる。
「レンは戦に出たがっている」
 不意にロアーヌが言った。
「シグナスのように戦う。そして、国を倒そうとしている。だが、それだけだ。上手く言えないが、ただそれだけの為に、レンは戦に出たがっている」
 ロアーヌの言おうとしている事が、私には何となく分かった。レンは、善悪をよく理解していない。シグナスが倒そうとしていたから、ロアーヌが戦っているから、そういった単純な理由で、レンは武器を握っている。つまり、戦う意志のバックボーンが弱い。言い換えれば、大志がない。これはいざという時に弱点になりかねないだろう。戦う意味。今のレンには、それが欠如している。
「強さで言えば、レンはもう戦に出ても良いレベルだ。あとは、身体が大きくなるのを待てば良い。だが、今のままなら、レンは」
 戦には出せない。いや、出さない方が良い。ロアーヌは、そこまでは言わなかった。
 戦う意味。それは、人それぞれ持ち合わせているものだ。私は、高祖父の血を絶たれそうになった。国は、高祖父を冒涜したのだ。だから、戦うと決めた。ロアーヌは、シグナスは、何故、国と戦うのか。そして、レンは国と戦う意味を見出せるのか。
 大志は、人それぞれにある。私は、そう思った。

       

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