Neetel Inside 文芸新都
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 三人で都を巡回していた。これは別に必要な事ではない。都は、元から治安は良いのだ。ただ、民の顔が見たくなったのである。
 供にはエルマンとブラウを連れていた。二人とも、私の父の副官である。父は大将軍であり、最強の軍人だ。さすがにもう武芸は衰えを見せているが、指揮はむしろ鮮烈さに磨きがかけられている。その様はまさに、軍神というに相応しかった。
 父はあまりにも凄すぎた。歴史に名を刻む英雄。その父の末っ子が、私だった。
 兄達のようには、なりたくなかった。兄達は父の名にすがり、父の栄光の元で大きくなった。周囲の者達は、そんな兄達を親の七光りと蔑んだ。実力通りの評価を受け、実力通りの待遇を受けていても、親の力だ、と陰口を言われていた。私は、そんな兄達のようには、なりたくなかった。英雄の息子。これはつまり、大きな、とてつもなく大きな枷を付けられているという事だ。それを肝に銘じて、私は育ってきたのだ。そして、兄達にようになりたくないのであれば、父を超えるしかない。私は、そう思い定めてきた。
 父のせいで、私の人生は人よりも険しいものになった。だが、だからと言って、私は父を憎む事はしなかった。レオンハルトの血を受けた子。これは誇りに思うべきだ。天下最強。レオンハルトの血は、そうなるための資格だと思うべきなのだ。
 私は、ただひたすらに、がむしゃらだった。人の二倍も三倍も全ての事に打ち込み、物事を習得していった。そうしていたら、いつの間にか、武芸は官軍一の腕前になっていた。模擬戦でも、負け無しになっていた。この時点で、私は父を超えたと思った。当時は、本当にそう思った。しかし、世間からはレオンハルトの息子、という見方をされた。
 妬みだと思った。だが、今はそうは思わない。単純に、私はまだ父を超えていない、という事なのだろう。天下が、まだ私を認めていない。レオンハルトの息子。親の七光り。私は、まだそういった評価の内にいるという事だ。
「ハルト様、正午です」
 エルマンが言った。エルマンの丸刈りの頭を、日の光が照り返している。
「よし、兵舎に戻ろう」
 言って、馬腹を蹴った。街道を、三頭の馬が駆けて行く。
 天下はとてつもなく広い。そして、居そうもない豪傑が居る。十五歳の時の初陣を経て、私はそう思った。
 剣のロアーヌ。あの男の強さは、尋常ではなかった。三年が経った今でも、あの強さは脳裏に蘇る。剣一本で、あれほどまでに戦えるのか。当時の私はそう思ったものだ。ただの一撃も、いや、まともに武器を振るう事もできず、私は敗れたのだ。
 あの時の私は、完全に自分に酔っていた。この世に敵など居ないと思っていたし、自分を天下無敵だと思っていた。それが大きな隙と言えば隙だったが、単純な武芸の腕の差でも、私とロアーヌとでは大きな開きがあっただろう。
 実戦と鍛練は違う。鍛練で磨き上げたものが実戦で重要となるのは間違いない事だが、それが全てではないのだ。ロアーヌと私の差はそこだ。そして、慢心。
 戦に敗れた私は、自らを一から叩き直した。使う武器も剣と槍に限定した。全ての武器を扱う事もできるが、それは無意味な事だ。真に強くなるならば、使う武器を絞り込んだ方が良い。
 剣と槍に限定したのには、理由があった。
 単純な比較として、武器として優れているのは槍だ。槍は剣よりも攻撃範囲が広い上に、威力も上回る。だが、使い勝手は剣に劣ると言えた。特に零距離での戦闘では、槍はほとんど使えないだろう。現に、闘神とされている槍のシグナスも、徒手空拳の敵を相手とした戦闘では、苦戦を強いられたと言われているのだ。
 私が出した結論は、メイン武器を槍とし、サブ武器を剣とする事だった。戦場では零距離での戦いになる事は稀だ。余程の達人同士でない限り、ほとんどは一撃で勝負が決まる。だから、ベースは槍だった。
 父に教えを乞う事はしなかった。自分で辿り着かなければ意味がない。また、父の武が私に合うかどうかも分からないという問題もある。そもそもで、武は個々のものであり、真似事で得られるものには限界があるのだ。ロアーヌという名の境地は、そんな生半可なもので辿り着ける場所ではなかった。
「エルマン、ブラウ、父は強いのかな」
 馬で駆けながら、私は言ってみた。これは本当に言ってみたという感じで、深い意味はなかった。
「強いです。限られた時間なら、未だに天下一だと思います」
「それ程にか、エルマン」
「ハルト様は不運な男です。天下一の男の息子である同時に、その父を超えようとしておられる」
「どうであろうな。私は自分を不運だと思った事はない。ただ、兄達のようになりたくはなかっただけの事だ」
「ハルト様はお変りになられた。兵の気持ちをよく理解し、弱者を労わるようにもなりました。コモン戦で、ハルト様は大きくなられた」
 返事はしなかった。ロアーヌに敗れた時、私は自らを呪った。今まで、積み上げてきた全てを否定されたような気分に陥ったのだ。だが、そこで腐りはしなかった。そして、強くなるための理由を見つけた。父を、ロアーヌを超える事は、あくまで個人的な理由だ。私が強くなるための真の理由、いや、武器を執る理由は、自分で時勢を作り出したいからだった。
 民は、兵は、いや、他者は自分が思っている以上に弱い。それは身体的な意味でもそうだし、精神的な意味でもそうだ。多くの人間は、時勢に身を任せる事しか出来ない。そして、その時勢を作り出しているのは、ごく一握りの人間だ。
 私は、その一握りの人間になりたかった。大将軍の息子などという見方をされず、あの男が時代を作っている。人々から、そう言われるようになりたい。そして、そうなる為には、メッサーナを倒すしかない。強くなるしかない。
 メッサーナは、何故、国と戦うのか。私と同じように、時勢を作り出したい、と考えているからなのか。それとも、他に何か戦う理由を持っているのか。剣のロアーヌや槍のシグナス、鷹の目バロン。数々の英傑が、メッサーナに入った。それは何故なのか。
 私には見えない何かが、メッサーナの人間には見えているのかもしれない。だが、その逆も然りだ。片方だけの一方的な正義など、存在するはずがない。
 いや、そうではなく、勝った方が正義になるのだ。そして、時勢も作り出せる。そうやって、これまでの歴史は動いてきたし、これからもそうに違いない。だから、私は強くなる。
 強くなる。誰よりも、強くなってみせる。馬の手綱を握り締めながら、私はそう思った。

       

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