Neetel Inside 文芸新都
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 ハルトレインが完成していた。いや、未完の大器というのが正しいのかもしれない。この男は、儂の想像を遥かに超えている。目の前で起きている光景を見て、儂はそれを認めざるを得なくなった。
 エルマンとブラウの二人掛かりで、ハルトレインと立ち合わせていた。だが、最初の構えの時点で、勝負にならないと感じた。ハルトレインの発する気は、二人のそれを遥かに上回っている。二人の武芸の腕は、決してレベルの低いものではない。むしろ、全てが高い水準で纏まっているし、連携も心得ている。
 その両名が、構えてから僅か数分で肩で息をし始めた。踏み込む事ができない。いつ、どの角度から、攻めるのは同時か時間差か。選択すべきものは多岐に渡るが、その全てをハルトレインは封じ込めていた。
 絶対的支配。強者のみに許される特権である。その場を、たった一人で支配してしまう。今のハルトレインはこれだ。こうなると、もう勝負は決まったも同然である。ただ、構えているだけでも良いし、自ら攻め込んでも良い。まさに絶対的支配なのだ。
 ハルトレインが、棒を僅かに下げた。行く。儂はそう思った。
 稲妻だった。ハルトレインは踏み込むと同時に、棒でエルマンの胸板を付いて吹き飛ばし、返す手でブラウを薙ぎ払った。まさに一閃である。槍のシグナス。いや、それ以上かもしれない。ハルトレインは未完なのだ。この先を考えれば、シグナスを超える事は十二分に考えられる。やはり、素質は天下一だ。この末っ子だけは、幼少期から才の花を持っていた。それが、ロアーヌとの一戦で、ただの一戦で、開花し始めたという事なのか。
 エルマンとブラウは、身体を痙攣させて気を失っていた。これは、ほんの一撃で、的確に急所を突いたという事だ。
「よくやった」
 儂は、見事だ、という言葉を飲みこんで、それだけを言った。言われたハルトレインは、表情を動かしていない。よく見ると、息も乱していなかった。
 よくぞここまで。儂は素直にそう思った。もしかすると、将来的には全盛期の儂よりも上になるかもしれない。今のロアーヌは、おそらく儂よりは上だ。だが、あの男も四十前後の年齢になった。しかし、このハルトレインは若い。まだ二十歳になったばかりなのだ。つまり、時がある。さらに強くなる為の時があるのだ。
「まだ、私はロアーヌには及びません」
「かもしれぬ」
 だが、シグナスとは並んだ。官軍時代のシグナス、という条件にはなるが、ハルトレインはすでにその領域に達したと言っていい。
 そろそろ、頃合いなのか。ハルトレインの力を、儂自らで量る時が来たのか。
「儂とやってみるか、ハルト」
 言っていた。言われたハルトレインの目は、何の変化も見せなかった。心無しか、どこか涼しげでさえある。
「父上はもう老いておられます」
「儂はお前に勝てん、そう言いたいのか?」
「いえ。本気の殺し合いになりかねません。それを危惧しているのです」
 存分に余裕のある発言だった。それに言っている事の的も得ている。自分と相手の力量を、きちんと見分けられてもいる。だが、それと同時に驕(おご)りも見えた。剣のロアーヌ以外には勝てる。そんな見えない驕りが、儂には垣間見えた。
「お前はまだ未熟だ」
 儂がそう言うと、ハルトレインの表情が少し動いた。
「確かにお前は強いし、強くなる為の志も持っている。だが、まだ少年時代の傲慢さを捨て切れておらぬ」
「父上、私を挑発しているのですか?」
「違うな。忠告しているのだ。その傲慢さが無くならぬ限り、お前はロアーヌを超える事はできん。無論、この儂もだ」
 儂を超える事ができない。そう言った瞬間、ハルトレインの眼に殺気が宿った。
「やる気になったか」
「父上を殺したくありません」
「その傲慢さだ、ハルト」
 言って、儂は気を失っているエルマンの手から、棒を拾い上げた。
「儂が叩き直してやる」
 構える。ハルトレインも、小声で何か言いながら棒を構えた。
 上から目線で。ハルトレインは、そう言っていた。
 瞬間、儂とハルトレインは臨戦態勢に入った。気と気がぶつかり合う。こうやって対峙してみると、よく分かる。気が若い。恐れを知らず、敗北を敗北とも思わず、全てを糧にする。そういう若さを、ハルトレインはダイレクトに放っている。それだけでなく、ハッキリとした威圧感までもぶつけてくる。おそらく、エルマンとブラウは、これにやられたのだろう。
「若いな、ハルト」
 一歩だけ、前に進み出た。ハルトレインは動かない。
「もう分かっただろう。儂は、お前の絶対的支配の外に居るぞ。つまり、儂はお前と同等かそれ以上という事だ。そして、剣のロアーヌも」
 言い終わらぬ内に、ハルトレインの殺気が倍加した。棒。突き出される。
 避ける。旋風が着物の裾を巻き上げていた。さらに棒。避けつつ、距離を縮めた。同時に、間合いが変わる。槍から剣の間合いに入ったのだ。シグナスなら、ここで距離を取ろうとするだろう。すなわち、間合いの修正をしてくる。
 ハルトレインがシグナスと同じ行動を取れば、その時、儂は一撃を叩き込む。
 瞬間、ハルトレインは腰に佩いている木剣の束に手をやった。何をするつもりだ。そう思うと同時に、儂の身体が反応していた。仰け反っていたのだ。木剣が、地から天へと向けて空を切る。思わず、声が漏れていた。
 刹那、血がたぎった。そして同時に、本能が早く勝負を決めろ、と言っていた。この男は、そう長い時間、立ち合える相手ではない。つまり、強者。
 槍の間合いへ戻したい。だが、ハルトレインは剣の間合いで闘い続けてくる。
 この男、剣と槍の二段構えなのか。一つの戦場で複数の武器を使うというのは珍しい事ではないが、近接武器の持ち替えというのは有り得ない事だ。何より、持ち替える意味がない。本来ならば、自らが得手とする間合いで闘い、それが出来ない相手なら、勝ち目はないという事になる。勝負の世界は、そういう単純な所があった。
 だが、ハルトレインは二つの間合いを持っている。剣と槍。従来の単純さに納得するのではなく、自らその道を切り拓いた。
 さすがに儂の息子というべきなのか。だが、まだ粗さが見える。
「レオンハルトの血は、武人の血」
 言いつつ、ハルトレインの木剣を撥ね上げ、飛び退った。間合いの修正。ハルトレインが目を見開く。
「天下最強っ」
 腹の底から声をあげ、棒でハルトレインの胸板を突いた。突かれたハルトレインは、モノのように吹き飛び、一転、二転と地面の上を転がった。
「ハルト、お前には十分にその資格がある。精進せよ。そして、その驕りを、傲慢さを今度こそ捨て去れ」
 ピクリとも動かないハルトレインに向けて、儂は強く言い放った。
 老いた。儂は自分が思うよりも、老いていた。激しく息を乱している自分をかえりみて、儂はそう思った。だが、次代が居る。ハルトレインは、まさしく儂の後継者となる男だ。

       

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