Neetel Inside 文芸新都
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 出陣が決まった。都攻めが決定されたのだ。ただ、一直線に都を攻め落とすのではなく、どこかで官軍を打ち破らなければならない。もっとも、官軍もメッサーナ軍をそう易々と都には近付けようとはしないだろう。
 ぶつかる場所は、アビス原野という説が有力だった。アビスは守りに適した場所ではないが、勝ちに乗じればそのままコモンまで突っ切れる。つまり、これは言い換えれば、俺達が勝てば都に手をかける事ができ、負ければ官軍にコモンまで奪われる、という事になる。
 しかし、官軍のプレッシャーは相当なものだろう。アビスで負ければ、国の敗北は決まったも同然だ。地方軍を動員させるにしても、それに対応できるだけの力をメッサーナは身に付けた。
 王手という事だった。あと一息で、天下が取れる。
 問題は、出てくる官軍の中身だった。総大将は、大将軍であるレオンハルトで間違いないだろうが、その兵力は読めない部分が多い。数だけで言えば、国が戦に出せる兵力は三十万ほどのはずだが、この三十万が一斉に出てくる事はまず無い。そこまでの国力が、今の国にあるとは思えないのだ。となると、十万から十五万が良い所だ。
 だが、大将軍が元々擁している兵力は五万だ。この五万だけで出てくる事は十分に考えられる。もしくは、五万を核として、別の兵力を持ってくるか、だ。
 どちらにしろ、俺達には勝つしか道はない。ただ、相手は伝説の軍人である。その兵力によって、戦い方を決めなければならない。それはバロンもそうだし、ヨハンやルイスもそうだ。
 メッサーナは合計で十万の兵を動員させる予定だが、十万全軍でアビス原野を攻める事はないだろう。おそらく、多面的な戦になる。そして、その中で最も苦戦を強いられるのが、対レオンハルトだ。分かり切っている事だが、これを打ち破らぬ限り、戦の勝利はない。
 このレオンハルトにぶつかるのが、俺とバロン、そしてアクトだった。細かな編成はまだだが、バロンは忙しくなる。弓騎兵と騎馬隊の二軍の指揮を執らなければならないからだ。本来なら騎馬隊の指揮にシーザーを組み込む予定だったが、シーザーはレオンハルトと対峙させるには、性格的な欠点が目立ち過ぎる。
「戦の出陣が決まった。翌日には、ピドナを出る」
 シグナスの墓に向かって、俺はそう言った。
 タフターン山である。息子のレンも一緒に連れて来ていて、レンにとっては何度目かの墓参りだった。
「相手はあのレオンハルトだ」
 出来れば、お前と一緒に戦に出たかった。俺は、心の中でそう言った。
 レンは黙って、墓の前に突き立っている剣と槍に目を注いでいる。そんなレンの肩に、俺はそっと手を置いた。
「父上」
 レンが不意に口を開いた。
「父上も戦で死ぬ事はあるのですか」
「ある」
 俺は逡巡せずに答えた。
「戦では何が起こるか分からん。それに相手はあのレオンハルトだ。だが、俺はここに命を置いている」
「ここに?」
「そうだ。この剣が、俺の命だ」
 言って、俺は墓の前に突き立っている剣を指差した。
 シグナスと共に、俺はここで一度死んだ。そして、別れを告げた。だから、俺はもう死なない。この場所で、俺はそう誓ったのだ。
「俺も死ぬ可能性はあるのですね」
 何も答えなかった。分かり切っている事だ。戦に出るという事は、死の危険に晒されるという事だ。だから、強くなる。誰よりも強くなって、その危険を減らす。そしてレンは、十分に強くなった。
「父上、俺の槍を、見ていてください」
 シグナスの墓に向かって言ったレンの表情は、引き締まっていた。
 その後、山を降りて、俺とレンはピドナの軍営に向かった。翌朝にはピドナを出るのだ。出陣が決まってからの寝泊まりは、兵舎でやる事になっている。
「レン、寝る前に馬と武器の調子を見ておけ」
「はい、父上」
 それだけ会話して、俺は寝室に入った。
 息子の初陣。そう思うと、どこか不思議な気分になった。血は繋がっていないが、レンに対しては我が子だという思いがある。それだけの情を持ってしまう程、レンとは長い時を共に過ごした。そして、その成長ぶりを間近で見てきた。
 レンは強くなった。槍の腕前は、かつてのシグナスを想起させる程のものになり、剣も実戦で通用するレベルにまで昇華した。俺が、レンを育てたのだ。それだけの自負が、俺にはある。
 ふと、自分の年齢を考えた。いつの間にか、四十を過ぎていた。年齢を考えれば妻帯していて当たり前だが、これまでに女に対して心が動くというような事は無かった。おそらく、この先もそうだろう。何度か女は抱いたが、必要な事だとは思えなかった。だが、その分、戦や武芸に注力できた。
 目を閉じた。こうして目を閉じると、国を捨てた時の事を鮮明に思い出せる。あの時、俺とシグナスは二十四歳だった。若さの中で、メッサーナに未来を見出し、俺達はひたすらに突き進んできた。
 いつの間にか、寝入っていた。
 シグナスが居る。激しい喧騒。どこかで見た事がある。シグナスが手を差し伸べてきた。だが、掴めない。これも、どこかで見た事がある。
 シグナス、お前の手を。
 暑い。暑苦しい。そう思うと同時に、ハッとした。目が覚めたのだ。
 周囲を見渡すと、暗闇の中だった。夜中である。
「また、あの夢か」
 何なのか。俺はそう思った。二度も同じ夢を見るとは。それにしても、ひどい汗だ。
 一度だけ溜め息をついた。
 明日は出陣だ。そう思い、俺は再び目を閉じた。

       

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