Neetel Inside ニートノベル
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シマウマ短編集
『パラレルモモ』

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『パラレルモモ』



 01.

 人がたくさんいる。
 楽しそうにわいわい喋りながら電光掲示板を見上げている選手たちを、私は虚ろな目で眺めていた。
 その中には見慣れた顔もいくつか混じっている。
 龍門渕の副将と目があったが、彼女は私に気づかなかったらしく素通りしていってしまった。
 目立ちたがり屋の彼女は残念ながら、妹尾先輩への国士直撃が響いて失速してしまっていた。
 実力はあるのに可哀想だな、と思ったが、もっと哀れむべき人を私は知っている。

 目を落として、今にも透けてしまいそうな白い掌を開閉してみる。
 相変わらず私の能力は望む望まぬに関わらず絶好調らしい。
 まァこれはこれで後ろから人を脅かしたりすると面白いのだけれど、不便なことの方が多い。
 妹尾先輩と昨日の対局について笑いながら語っている蒲原先輩は、高三にしてもう免許を取っていて、部員たちを海に連れて行ってくれたりしたけれど、それに比べて私は絶対に運転できない体質。複雑な気持ちだった。

 会場に来るまでに三回自転車に引っ掛けられそうになって加治木先輩に助けられたことを思い出す。
 私は断ったのだが、先輩は走っていって運転者を捕まえると目の前で土下座させた。
 なにもそこまで、と思ったけれどそこまでしてくれる先輩の優しさが嬉しくないわけがなかった。
 そんな先輩に全国に行って欲しかった。喜んで欲しかった。
 なのに――。

 視線を外そうとしても、私の目は一人の少女を追っていた。
 仲間に囲まれて幸せそうに彼女は笑っている。
 その笑顔のために、どれだけの人が悔し涙を流してきたのだろう。
 本当に彼女が強者ならば、加治木先輩よりも強いと認められるなら、私だってこうも激しく憤らなかったかもしれない。
 丁寧に考えながら打つ加治木先輩の打ち筋が、あのメチャクチャな闘牌で台無しにされた。
 敗者の言い訳? そんなことは知らないし、これは私の意見で加治木先輩は一言も言い逃れなどしていない。
 麻雀は運の要素の強いゲームだ。強者イコール勝者とは限らない。
 ならば私のやらねばならないことは、たった一つだけだ。

 彼女が理の外の人間でも構わない。
 私もそうなればいいだけの話だ。
 魔物には魔物を。
 私はかつてないほど、自分の性能の向上を渇望していた。
 その彼方に何が待っていようとも、絶対に負けるわけにはいかなかった。





 02.

 清澄のタコスさんが、二日目からは総崩れを起こしていた。
 なんでも南場が得意な選手と当たってから不調になってしまったらしい。
 タコスを食べれば東場は独壇場なんて彼女も凄い個性だ。清澄は一癖多い選手が多い。
 副将戦で私と闘った原村和は一番まともかと思いきや、私のステルスが効かないなんて不意打ちを食らわせてくれた。
 彼女と昨日の予選で当たらなかったのは私の強運というほかない。
 原村和は現在二位。
 だが、次は負けない。ステルスが一人だけ効かないというだけで、普段の打ち筋を守ればいい。
 私はこの能力だけで加治木先輩に求められたわけではないのだ。
 




 03.

 聞き覚えのある声が口論していると思ったら、清澄のルーキー二人だった。
 原村和が何かがなり立て、宮永咲はたじたじになってしまっている。
 どうせ顔を出しても気づいてもらえないので、少し趣味が悪いとは思ったが立ち聞きさせてもらった。
 倒すべき相手の情報が欲しかった、というのもある。
「部長だって、本気で闘って勝って、全国へいきたいはずです!」
 なるほど、どうやら宮永咲は個人戦で手を抜いていたらしい。
 道理で下位に甘んじていると思った。
 どうやら三年の先輩の顔を立てて身を引いていたらしい。
 それを聞いて、思わず胸に手を当てていた。

 自分だったらどうするだろうか。
 私が負ければ加治木先輩を勝たせられるとなったら……。
 決まっている。
 私は、加治木先輩を信じている。
 手を抜くなんて、先輩の麻雀に対する侮辱だ。
 それだけはやっちゃいけない。何があろうと。
 震えるほど拳を握り締め、私は二人を置き去りにしてその場を去った。




 04.

 宮永咲との対戦相手は、龍門渕の沢村智紀、清澄の竹井部長。
 オカルト二人に、デジタル一人か。
 清澄の部長さんは悪待ちを好むとかなんとか。
 打点力が高いため、小アガリの多い私にはやりづらい相手だ。
「モモ、いるか?」
 ハッと顔をあげると加治木先輩がきょろきょろと辺りを見回していた。
「ここッス」と袖を引くと先輩は安心したように息をついた。
「大丈夫か、モモ。次の相手は……」
「宮永咲……ッスよね。清澄のリンシャンさん。先輩を、負かした……」
「ああ……。彼女は強いぞ。気をつけていけよ」
「心配いらないッス」
「だが……」
 先輩の不安そうな顔を晴らすため、私は精一杯笑ってみせた。
「勝つのは……私ッス。
 だから見ててくださいね、先輩………………」
「……モモ?」
 私の姿はもう、先輩の目には映らない。





 05.

 場決めの末、東家宮永、南家竹井部長、西家東横(私)、北家沢村。
 団体戦決勝のオーラスを見ている私からすれば、早々にリンシャンさんの親を蹴れるのはやや幸運といったところか。
 原村和と揉めてから反省したのか、リンシャンさんは猛烈に追い上げてきて現在十二位。十分に全国行きを狙える射程だ。
 だが、最初から全力を出さなかったことを後悔させてやろう。
 そうでなければ、まるで私たちなど彼女のオモチャではないか。
 溢れそうになる殺気を抑えるために呼吸を静めた。
 私はステルスモモ。
 目立っていいことなど、一つもないのだから。




 06.

 清澄の部長さんが不可解な鳴きをし、三本五本のアガリ。
 河と自分の手牌を見比べて、この局がトイツ系統に偏っていたことを察した私はリンシャンさんを除く二人と素早く視線を交わす。
 宮永咲のリンシャンカイホウはもはや偶然では片付けられない。信じがたいが、異質な彼女の才能なのだろう。
 そのため彼女の手にカン材がありそうな局は三人で協力して流す。
 状況次第でサシコミだって辞さない。
 対面のリンシャンさんは不思議そうに小首を傾げている。
 だが、こんな包囲網でどこまであの魔物を閉じ込めておけるものやら。
 私は常に彼女をマークしながら、包囲を破って攻め込む隙を窺っていた……。




 07.

 息をするのも憚られそうな卓の上で、静かに局は進んでいた。
 リンシャンさんはノー和了のまま。とはいえこのまま沈むような相手ではない。
 南三局、私の親番。
 私はとうにステルスにかかっていたメガネさんから五八の直撃を取り……今度こそ部長さんとリンシャンさんから『消え』た。
 ようやくステルスモモの独壇場にこぎつけた。
 このまま押し切れれば、どれだけ楽だろうか。
 それではダメだ。理では負ける。
 彼女を倒すためには、その先へ行かなければならない。
 メガネさんにはできない。部長さんにも無理だ。
 加治木先輩にも……これだけは、できない。
 私がやるんだ。

 リンシャンさん、あなたの花は咲かせない。
 その前に私が摘み取る。音もなく……影さえ残さずに。





 
 08.

 その後、私は二連続アガリ。部長さんから二九の一本場、そして二本場で三面張のツモのみ、七百オール。
 私は部長さんがステルスにかかっていることに内心ホッとした。ステルスにかかっていれば怖い相手ではない。
 そして三本場。
 配牌を開けて、私は勝負に出ると決めた。




 09.

(よし……靴下も脱いだし、頑張るよ!)
 宮永咲は両足をぺちぺちと当てながら、配牌を開けた。
 隣で部長が一瞬だけ苦笑したような気がする。
 ちょっと恥ずかしいけれど、仕方がない。だってこれが自分の打ち方なのだから。
 麻雀は、自分の好きなように打つのが一番なのだ。
 ホラ、見る見るうちにアンコができていく!

「カン!」

 卓上に緊張のいかづちが走った。
 ほんの少しだけ、部長に申し訳ない気持ちが起こったけれど、全力でやりましょうって言っていたし、きっといいのだ。
 七筒を倒し、待ち牌の三萬をリンシャン牌から……
 引けなかった。
(えっ……?)
 王牌の横には二枚目のリンシャン牌があるだけで、最初に下ろされたはずのリンシャン牌が消失していた。
(局の最初に見た時は三萬があったのに……どうして。
 ……まさか)

 誰かがカンをしたのだ。

 自分より先に。

 そして、それができる芸当を持つのは、この大会でたった一人だけだった。
 こわばる首をようやく動かし、咲は対面に座る魔物を見た。
 団体決勝卓でぶつからなかった、もう一人の魔物……。
(ステルス……モモ……!)
 彼女の手牌の横に、アンカンされた二索が晒されていた。
「どうしたんスか?」
 びくっと伸ばしかけた手を震わせると、咲は涙ぐんだ目をモモに向けた。
 今まで誰にも向けられたことのないほど冷たい瞳がそこにあった。
 引いてきた牌を恐る恐る河に差し出し――
「ロン――」

 リーチ、ドラ8……
 親倍満、24900ッス――

 咲のカンで引っくり返った牌が一索。
 その裏ドラも一索だった。

 ステルスモモ決死の秘策――透明の彼方からの一撃。
 ステルス暗カン。
 



 10.

 清澄の大将がハコテンで個人戦を敗退したことが、ホール中に響き渡っていた。解説の声もずっと興奮しっぱなしだ。
「やった! 桃子さんやりましたよ!」
 佳織と睦月が抱き合って喜んでいる。
 スクリーンに大写しになっているモモを見て、蒲原の顔もいつも以上に綻んだ。
「ワッハッハーさすがモモ。うちの秘密兵器だけはあるなー。ん? どした、ゆみちん?」
「…………」
「あー……隠しててやるから」
「すまない……蒲原……」
「なーにいいってことさ。
 ゆみちんが泣いてるのなんて、滅多に見られないしなー。ワハハ」
「う、うるさいっ!」




 11.

 勝った……。
 私はフラフラの状態でホールに戻ってきた。
 ずっと緊張していたためか、頭の奥がガンガン痛む。
 見ると向こうのベンチで、鶴賀のみんながきゃあきゃあ大喜びしていた。
 先輩は……あれ、泣いてる?
 嬉し泣きですよね、先輩。うん、そうだと信じるッス。
 へへ……私、頑張っちゃったッスよ。
 どうですか、お役に立てましたか。
 私……私を見つけてくれたのが先輩で……よかったです……。
 先輩が引っ張ってくれたから……ホントに面白おかしく……麻雀打てたし……勝ちたいって思えたし……
 いいこと……ずくめで……なんて言ったら……いいのか……わかんないけど……
 でも……これで……まだ先輩と……一緒に……いられ……ますよ……ね……。




 いつの間にか、私はベンチに横たわっていた。
 周囲の誰も、私に気づかない。
 構わない。誰にも、牌にも、愛されなくていい。
 私が求めているのは――だけ。

 私は目を閉じた。
 ざわめきの向こうから、先輩の声が聞こえてくる。

 先輩、ちょっと疲れたんで休んでますね。
 だから……見つけに来てください。
 私を見つけられるのは……
 先輩だけなんですから。



『パラレルモモ 終』

       

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Neetsha