Neetel Inside ニートノベル
表紙

ツンツンの幼馴染が突然メイド姿で……夏
十六話

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 ――イケメンは、日本語で美男子を指す俗語である。広辞苑第6版では「いけ面」という表記もある。一般的に美形で、顔が格好いい男性のことである。「イケてる」+「面」または英語「men」の意味。定義や基準は、人それぞれである(年齢、清潔感など)。――Wikipediaより引用。
 元々は新宿二丁目で使われていたゲイ用語だという話もどこかで聞いたような気がするけど、そんなことは今どうでもいい。
 なるほど。
 身長の低い美少女であるリョーコと、高身長イケメンの取り合わせは、なんか絵になっていた。
 俺はイライラしていた。あるいはドギマギしていた。もしかするとオロオロしていた。そんなカタカナ四文字擬態語的状況に俺は見事に陥っていたのだった。
 一体、あいつは、誰なんだ? リョーコに親しげに話しかけてるあのイケメンは。
 まず、リョーコが今こんなところにいるという事がすでに驚きではある。しかしやはり最大の問題は、彼女の隣にいるのがなんだかヒゲなんか生やしちゃってちょっと女の扱いとかべらぼうに慣れちゃってますよ的なイケメンだということなのだ。
 もし隣にいるのがカーネルサンダース的おじさんだったとしたらこんなに狼狽はしない。もしくは泉ピン子的おばちゃんだったとしても別にどうでもいい。なんだか変な人と仲良くしてるな、と思うだけだ。
 いや、ちょっとまて。もし本当にカーネルサンダースや泉ピン子が彼女の隣にいたらそれはそれで狼狽する。だってカーネルサンダースは故人だし、泉ピン子は芸能人だぞ。サインの一つくらい貰いたくなるだろう。色紙、持ち歩いておくべきだったか。おみくじの裏とかに書いてくれるのか。
 じゃなくて。何を考えているんだ俺は。
 混乱しすぎである。
 冷静になろう。別にイケメンが隣にいる、というそれだけで何をこんなに慌てているのか。もしかしたらただ単に道を聞きたいだけの人とか、突然未来から現れて「今日は何年何月何日だ!?」とか聞いてきてるだけの人かもしれないじゃないかとか考えてたらイケメンはリョーコの肩に手を置き、ぐっと顔を寄せた。

 コラコラコラコラ~~~~~!!!!

 思わず飛び出して行きそうになる。なって、踏みとどまる。どうやらあの二人は、なんか唇と唇を接触させて挨拶するどこかの文明では一般的らしい例のあいさつをしようとしたわけではなく、単に何か強い口調で何事かを詰め寄っている、あるいは説き伏せようとしているだけのようだった。
 しかし、ここからではまったく何を話しているのか聞き取れない。近づくか。だが、境内はかなり開けた空間になっているので、不用意に姿を表すと向こうに見つかってしまう可能性が高い。
 どうして見つかってはいけないのかって?
 もし、俺が二人に「やあお二人さんお日柄もよく」なんつってにこやかに近寄っていって、そしたら向こうもにこやかに俺を迎えて、
「あ、ケンジ。奇遇だね。こちらわたしの彼氏」
 とか言われたら、たぶんとうぶん立ち直れないだろうが!
 ちょっとは考えろ! 馬鹿野郎!
 などと虚空に悪態をついていてもしかたない。
 ともかく、二人が一体どういう関係なのか突き止めるまでは見つかるわけにはいかない。
 もし、万一。二人が恋人同士なんてことになったら。
 なったら……
「……と言ってもなぁ」
 俺はため息を一つ。
 もしそうだとしても、それは彼女の問題であって俺の問題ではない。残念ながら。
 そんなことくらいわかってる。俺だってもう十五なんだから。
 とりあえず少しでも近づくため、茂みから鳥居の陰までそっと動いて様子を伺う。

 二人はなにか口論をしているようだった。いや、口論というのはちょっと違うかもしれない。遠目から見る限り、リョーコが男に一方的に何事かまくし立てているだけのようだ。
 微かに聞こえてくる。
「私のことはほっといて」
 とか、
「押し付けがましい」
 とかなんとか痴話喧嘩っぽい台詞のいくつかが。
 しかしリョーコさんって人は声のでかい奴だ。男の方は完全に萎縮してしまっているじゃないか。もうほとんど抗弁する様子もなく、ひたすらなだめすかしてご寛恕願おうとしているご様子だ。
 どうもそのある種情けない様子がなおさら彼女の気に触ったようで。

 音がこっちまで聞こえるくらいの盛大なビンタだった。病院の時もビンタしていたけど、あいつの得意技なんだろうか。
 それからリョーコは石段のほうを指さしながら、何か叫んだ。大声ははっきりと聞き取れた。「帰れ!」と言っていた。はしたない。
 男はさすがに一歩踏み込み、食い下がろうとするも、もう何を言われても反応を見せないと固く誓ったらしい彼女の取り付く島もない態度に肩を落として、境内から立ち去っていく。
 あっちから立ち去っていく、ということは、こっちに来るというわけで。やばい、隠れなきゃ、っていやいや何を慌ててる、別に隠れる必要はないだろう。たまたま通りかかったような態度で知らん顔をしていればいいだけだ。たまたま通りかかった、なんかそのへんの普通の人みたいな感じで、
「いやー、いい鳥居ですねぇこれ」
「はい?」

 しまった。動転して話しかけてしまった。しかもなんだ鳥居って。たまたま通りかかった鳥居が好きな人という設定か。
 しかしどうもこの男はなかなかコミュニケーション能力はグンバツの方なようで、ちょっと怪訝な顔をしただけですぐに柔和な笑顔を浮かべる。
「ああ、そうですね、いい鳥居だと思います。娘も好きだと言ってました……」
 娘? 娘と言ったか貴様? おいこらそれはどういうことだ娘がいるってのにリョーコに手を出したりなんだりしてたりされたりしてんのか?
 って、俺は口にだすことはできなかった。
 何か、ふわふわした気分になっていた。
 それはたぶん、俺はリョーコのことを少しはわかっているという、尿管結石みたいに心にじっとりこびりついてた自負が、いま完膚なきまでに粉砕された、って実感だった。
 俺は、リョーコのことを何も知らない。
 こんな、家庭を背負っているようなヒトカドの人物が、彼女の周りをうろちょろしてたってことに少しも気づかず、メイドさんごっこなんてあんな曖昧な関係の中で遊んでて、ちょっとは昔みたいな距離を取り戻せたかなぁ、なんて脳天気に考えてたりしたんだ。
 嫌になるほどおめでたい。
 俺が口を開こうとしないのを見ると、男は少し首をかしげながら、それでは、となおも柔和な笑顔を浮かべて去っていった。去り際の男の顔は、なんだか泣きそうで、可哀想でもあった。俺は彼のその表情に、リョーコへの確かな思いやりを、自分の思いの通じなかった辛さを、読み取らずにはいられなかった。

 確かにこの人は彼女を愛してる。

 半ば呆然自失のまま、境内のほうを振り返る。
 リョーコは庭石の上に体育座りで腰掛けて、膝の上に顎を乗せて背中を丸めてただでさえ小さな体をさらに小さくしていた。
 そんな彼女の目には涙が光ってた。

 俺は飛び出した。
 一秒でも早く彼女に何か言わなくちゃ、彼女から何か聞かなくちゃ、そんな焦りが鼓動を早めて、ほとんど呼吸もできなくなる。

       

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