Neetel Inside ニートノベル
表紙

ツンツンの幼馴染が突然メイド姿で……夏
一話

見開き   最大化      

 話は少し戻りまして、今日の昼過ぎ、俺は県立の野球場のグラウンドに立っていた。立っていたといっても別にぼさっと突っ立っていたわけでなく、俺は、栄えある我が相川市私立相川中学校野球部の一員として、バットもってネクストバッターズサークルに立っていたんである。
 いわゆる、思い出代打として。
 試合は六回、十二対一のワンサイドゲームとなっていた。我が校は自慢ではないが地方大会の一回戦を勝ち抜いたら大騒ぎというレベルの野球部であり、一方相手は全国大会常連、ということはつまり、精一杯控えめに言っても大人と子供の試合と言わざるを得ない、そういう試合なのであって、そうなると当然十一点の大差をつけて勝っているのは、残念なことに、無念なことに、ほんとは大して無念でも残念でもないけど、相手校なんであった。ちなみにこの一点というのは、エラーで出塁した走者が、次の打者の外野フライでタッチアップをしたところ、外野からの返球が乱れる間に三塁に到達、さらに次の打者の内野ゴロ間に得点、というほぼ幸運でしかない得点なのであって、それ以外ではまったく手も足も出ず、というよりほぼノーヒットノーラン状態、まるで歯の立つ見込みもない、地方大会ではありがちの、弱小校が打ちに打たれ抑えに抑えられた一方的な虐殺というものに相成っているのだった。
 俺はマウンドに立つ相手投手の一挙手一投足を見逃さぬよう観察し、他の守備についている選手たちの身のこなしも見つめながら、きっと彼らのうち何人かは野球留学というやつで他県の甲子園常連校に行って、全国中継で顔を見ることになるのだろうなあ、そんでさらに一人ぐらいはプロ行ったりして、そしたら、俺あいつと試合したんだぜ! って自慢できるなあ、とか考えていた。
 はっきり言って気合なんてゼロだった。
 どうせもう逆転なんてありえない。それどころかこのまま無得点で十一点差のままなら、規定でコールドだ。
 現在無死一塁、一塁走者は先ほど死球で出塁した俺と同じ思い出代打要員。今打席に立っているのも思い出代打。こいつが倒れて一死、俺が倒れて二死、その次の思い出代打はお気の毒だな、とか思っていたら、打席の奴がバットを振って、意外にも鋭い音がした。
 しかし打球は運悪くセカンド正面、セカンドは見ていて気持ちいいくらいの機敏な動作で二塁に送球、二塁カバーに入った遊撃手が強肩を活かして一塁へ矢のような送球、ダブルプレー。あーあ。
 って、あれ?
 さっきまで、無死。
 今、ダブルプレーで、二死。
 ……ラストバッターじゃん、俺。
「おい、ケンジ」
 監督が俺の名前を呼んだ。振り返るとなにやら手招きしている。サインの確認かと思って行ってみると、意外にも彼は、
「一発出たら、まだわからないぞ」
 と重々しく俺に告げた。一発でたら、わからない。だって?
 何言ってやがる。
 この監督は本当に精神主義者のスポコンかぶれというか、なんというか、あまり思い出したくもない感じで俺の三年間の野球部生活を彩ってくれたのだけど、こういう大事な局面で、ちょっと盛り上がることを言うことにかけてはまあそれなりなのだった。
 燃えるよな。
 そう、規定では十一点差で五回を終了するとコールドになる。だけど、十点差なら、まだ試合は続く。
 俺が、一発打てば。
 空を見上げる。抜けるように青い空、白い雲。あの大空切り裂くように白球を打ち返せたら……。
 スタンドを見上げれば、俺らの応援に満席の……とは言わないまでも、大勢の、いや、ちらほらと、まばらに、まあちょっとは、いる。
 その中に俺は幼馴染の夏目リョウコの姿を見つけていた。長い黒髪と鋭い目つき、控えめな胸とかまあその辺はさっきも書いたからいいとする。
 野球好きの友達にくっついて応援に来るらしいとは聞いてたけど、まさか本当にいるなんて。俺はちょっと信じられない気持ちになる。
 小学校までは、本当に俺らは幼馴染の言葉どおり、実によく馴染んでいた、と思う。どこに行くにも一緒で、夏休みともなれば四十日間のうち丸二十日間くらいは一緒にいたんじゃないかってくらい一緒にいた。離れていたのは寝る時くらい、いや、時には寝るのも一緒、なんてことだってあった。
 だけど今は。
 中学に入ってから俺は、野球部に入った。仲の良かった友達の誘いで入ったんだけど、そこで俺はその仲の良かった友達連そっちのけで無二の親友となるべき二人の男を見つけた。彼らと過ごした三年間で俺はいろいろと、まあいろいろなことを覚えた。いわゆる、女の子はあまり好きそうじゃないタイプのアニメとか漫画とかゲームとか。ちなみに俺が始めて頭にオのつく男子中学生必修のアレな行為をいたしたのは、親友がちょっと悪い方法で手に入れてきた、メイドさんが出てくるお子様お断りのゲームでだった、ということを一応記しておく。ああ、好きなんだ、メイド……。一度親友たちとドンキホーテにメイド服を買いに行ったことすらある。そのメイド服は姉に強奪されたが、とまあ閑話休題。
 もしかして腐っても幼馴染、リョウコはもしかして俺の勇姿を見に来てくれたんじゃないかなー、とか馬鹿なことも考える。
 だけど彼女は俺には一切興味ないみたいに傍らの友人たちと談笑してる。
 ちょっとだけ、傷つく。
 打席に入る。構えてすぐ、ランナーを気にすることもなく速いテンポで相手投手が、第一球。
 僕は余裕を持って見逃した。主審の宣告はボール。
 それから一息ついて、小さく呟く。
「ちょうはええ」
 バッティングセンターで戯れに挑戦した150km/hと同じくらいかもっと速く見える。人間の投げる球と機械の投げる球は全然違うっていうけど、なるほど、よくわかる。
 俺は確信していた。
 こんなん、打てるわけねー!
 だいたいね、こちとら伊達に思い出代打やってるんじゃねーっての、そんな都合よくホームラン打てるような選手だったらとっくにスタメンで大活躍して女の子にもキャーキャー言われて彼女の一人や二人作って夜もホームラン打ってるっての!!
 とかなんとか言うまもなく投手はすでにセットポジションに入って投げる構えを見せてる。慌てて構える。
 またも剛速球。
 俺はほとんど条件反射でバットを出した。背筋にむず痒さが走る。いくら三年最後の試合で思い出代打しか出番がないような選手とはいえ、体に刻み込まれた野球の感覚というものは、ある。この感覚は、俺の本能が告げる、タイミングが合ってないサインなのだ。
 普通の投手相手なら。
 なにせ今日の相手は今まで相手してきた投手とは一枚も二枚もなんなら座布団十枚ハワイ旅行プレゼントってくらい違う相手だ。
 タイミングは早すぎるくらいでちょうどいい。
 バットにボールが当たる。
 ファール。真後ろに飛んでいった。
 それでも歓声があがる。
「当たった」
「すごい。勝つる」
「マグレマグレ」
 ベンチからいろんな声が聞こえる。わかってる、マグレだってことは自分が一番。
 だけどそれでも俺は少し勇気が沸いてくるのを感じていた。
 打てるんじゃない? もしかしたら。
 ホームランはなくても、ヒットくらい。
 そしたら、かっこいいぞ。
 俺はスタンドのリョウコに目をやった。露骨に視線を逸らされた。よーし、見てろ、その目俺に釘付けにしてやる。とかなんとかやたら気が大きくなりつつマウンドに目を移したらもう投球動作に入ってて、慌てて構えたと思ったらもう捕手のミットが、ずばーん、いい音をたてていた。
「ボール!」
 主審は甲高い声でそう告げた。ちなみに主審の発音を正確に音写すると、パォーォ! って感じでどこのジャクソンだよって感じなんだけど、それは今はどうでもいい。
 やばいやばい。一瞬たりとも気が抜けない。って当たり前だろ、これは真剣勝負なんだぞ!
 次の球。俺は意識して早めにタイミングをとる。また、あのむず痒さ。でも今は、これが、タイミングの合っているサイン。
 ファール。ファール。ファール。
 そこから七球。俺は七球粘った。もう芯に当てるとか外野に飛ばすとかそういうことを考えるどころじゃない。当てているだけで奇跡。当ててんのよ、とかそういうレベルじゃない。当てさせていただいてます、みたいな。
 でも相手もどうやらしびれを切らしたみたいで、ちょっとだけバッテリー間のタイミングが合わなくて、一度タイムをとった。
 俺はもう精一杯で、三度リョウコの方を見た。やっぱりこっち見てない。ケータイカチカチやってる。死ねばいいのに。
 タイムが終わる。カウントは、ツーツー。投じた球を、俺は見逃した。
 タイミングを合わせ損ねて、手が出なかったのだ。
 球筋はストライク、と思ったら、ふっとボールが消える。そして主審のパォーォ!
 キャッチャーが下手でボールを受けていた。なるほど、フォークで空振りを取りに来たということか。もし今のが直球だったら、見逃しの三振だった。
 それにしても、すごい落ちやがる。
 ともかくこれで、フルカウント。
 運命のボール。
 投手の指から白球が離れた瞬間、俺はそれがラストボールになると直感していた。
 そして事実そのとおりになった。
 打てる。
 直感していた。
 タイミングはジャストのあのむず痒い感覚。バッティングは、タイミングがすべてだ。タイミングさえ合っていれば、後はコース、振ったバットがコース通りなら、ボールは勝手に飛んでいく。
 コースは、甘い。ほぼ、ど真ん中。
 変化する? するかもしれない。だけど、どうせもうツーストライク。振るより他はない。他はないのに。
 ん? いやでもさっきみたいにすごい落ち方のフォークだったら見逃せばボール?
 四球でもいいんじゃない?
 とか考えてるうちにバットが止まる。
 ばちーん。
 ミットにボールの収まるいい音。
 ど真ん中。
 フォークじゃ、なかった。
「ストライクアウト!」
 アンパイアが声高らかに宣言する。これも正確に音写するとッラッゥクトゥ!ってなってどこの邪神を呼び出す呪文だよってなるんだけど今はそれはどうでもいい。
 見逃し三振。
 野球で一番かっこ悪い倒れ方。いや、世の野球経験者や野球ファンの方々にしてみれば、いろいろと意見はあるだろうけど、それでも少なくともこの場においては、中学最後の試合、ラストバッター、都合十球も粘った、フルカウントまでいった、みんなに期待させた、この状況。この状況で考えうる限り一番かっこ悪いのはやっぱり見逃し三振のはずだ。
 ヤッチマッター。って思わず片言で呟いちゃうくらい俺は、やっちまっていた。
 打席に立ったまま、俺はしばらく呆然としていた。
 相手校は実に控えめに喜んでいる。そりゃそうだろう。こんな試合、彼らにとってはごく通過点に過ぎない。東海道新幹線の静岡ゾーンみたいなもんだ。
 審判のコールとともに、ホームベースに対して一列で整列。号令の後に相手の投手が急に俺のほうを振り向いて、
「打たれるかと思った」
 白い歯見せて笑うのだった。
 畜生、カッコいいな、こいつ。
 俺らは握手をした。
 お互いに一礼、彼らは味方の歓声とかスタンドからの黄色い声とかを受けながらベンチに引っ込んでいった。
 いいなあ。
 ああいうのが青春なんだろうなあ。
 なんとなく、俺も青春のおすそ分けをもらったような、そんな気分になっていた。青春真っ只中の癖に。
 こうなったら彼らには頑張ってほしい。
 素直にそう思った。
 いつもならとっとと帰ってシャワー浴びてゲームしてそれからお気に入りのアレな本読みながら中学生にとっては命より大事なアレして寝てえ。で頭が支配されるのに、今日は、さすがに最後の試合だけあって、いつもより感傷的な気分にもなるのだった。
 俺はしばらくベンチに座ったままでいた。なんだかわからないけど、何もかもが終わってしまったような、すがすがしいような、そんな気持ちを味わっていた。チームメイトや監督はなんかいろいろ声をかけてきてくれたけど、よく覚えてない。「打つかと思った」とか「ナイスガッツ」とかそんな感じのを半笑いで言ってた気はする。
 おかしいな。
 俺、そんなに部活に賭けてなかったはずなのに。
 だけど、ともかく終わったのだ。始まってなかったとしても、終わりはきっちりと訪れたのだ。
「あの……」
 困ったような顔で話しかけてきた丸坊主の連中に驚いて、俺は立ち上がった。どうやら次の試合の選手たちらしい。
 どうやら俺の様子から何か察したのか、
「残念でしたね」
 と一言。
 まさか、今日初対面の上、二度と会わないだろう奴に、こんな感動的なこと言われるなんて。
 あとちょっとで泣くとこだった。
 俺が涙目を隠しながら逃げるように、野球場の通用門をくぐると、ちょうど俺らの学校の応援・付き合い・ミーちゃんハーちゃん・冷やかしその他の生徒たちが出てくるところだった。
 その中にいた遼子がこちらに目を留めた。少し驚いた顔をしている。主に、「なんであんたまだいんの?」みたいな意味で。
 傍らにいた友達に、
「ちょっと待ってて」
 と告げてこっちへやってきた。
 おっ、これはアレか? ついにフラグ立つか?
 とかなんとか馬鹿な期待をしていたら、彼女は俺を睨みつけるような鋭い目で見たまま、ゆっくりと口を開くと、
「臆病者」
 それだけ。
 それだけだった。
 それから彼女は俺に、まるで猫のゲロでも見るみたいな視線を向けて、走り去っていった。こんな奴とは一緒の空気を一秒一瞬でも吸っていたくない、と態度でこっちに伝えてきているような気すらした。
 えっ、おい、なんだよッ、あいつ! 少しくらい褒めてくれたっていいじゃん! いくらマグレとはいえ、あのバケモンみたいな投手相手に七球も粘ったんだぞ、七球!! 七球未満で終わったイニングだってあったんだぞ!! ばっかやろう!!
 と心の中で叫んで、俺はため息をついた。
 結局、俺はバットを振らなかった。
 ツーストライク、追い込まれて、バットを振らなかった。
 それまで何球粘ろうとも、結果は、見逃しの三振。
 それが全部だ。
「くそったれッ!」
 俺はバットケースに入ったままのバットを思い切り振った。荷物を全部ぶら下げたままだったもんだから、振り回されたカバンやらなんやらの重さに引っ張られて、俺はその場にすっころんだ。派手な音。
「なーにやってんだ」
 遠くから俺を待っていたチームメイトたちの笑う声。
 俺も笑い返す。
 畜生。
 ままならないぜ。

       

表紙

へーちょ [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha