Neetel Inside ニートノベル
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アナタの神様なんていうの
行動

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 宝田と話し合った結果、団体の名前は『対話の園』にすることにした。
 神道を中心とした、宗教団体。そのあり方に関しては、まだ決めかねている部分が山のようにある。像としてはぼんやりとどういうのがいいか、という考えはあるのだが。そこに関しても、僕たちには専門家が必要だ。
 もちろん、エセ知識人としてなら宝田は十分にその役割を果たしているし。法人などの詳しいことに関してはネットでも十分に補うことが出来るだろう。
 しかし宗教の内側。限って言えば新興宗教の内側の人間がいない。
 どうしようか、と話し合った結果。
 僕たちは今、近所の駅に来ていた。
 時間帯は、ランチタイムの最後のほう。格好は、それなりにダサいシャツとジーパン。現実に絶望をしている感じを出すならば、まずは外見からという事だ。周りの視線が気になる。というか、バイトのために髪を黒く染めたから、尚の事僕の格好はそこら辺にいるオタクのように見えるだろう。
「おい、どーてー」
「うるせえ」
 本当だとしても言っていいことじゃない。割と気にしてるんだから。
「それにしたって、酷い格好だなお前」
「話し合って決めたんだろうが。それで、どうするんだよ。どういった人をターゲットにするんだ?」
「とりあえずな、ここら辺で息の掛かっている宗教が二つくらいある。その一つが『ヴェニス』そして『拝霊会』だ。ヴェニスはキリスト系の団体、拝霊会は日蓮宗の分岐と言われている宗教だ。ヴェニスに関しては、正直今は関りたくない。だから今回手を出すのなら…」
「拝霊会か。それで、どうやって声を掛ける?」
「まず、拝霊会で行われている集会に参加させてもらう。そして、その中にいる、若くない…そうだな、40~50歳くらいの信者と仲良くなるんだ。それで……」
 宝田は、僕に対して今後の予定を話す。最後まで聞いたとき、僕は気恥ずかしさで顔が真っ赤になるような気がした。もちろん、気がしただけで、実際になっている。あれ? なんかおかしいか?
 でも、まあ間違っている作戦だとは思わない。実際にそう上手くいくかどうかというのは、時の運だが。
「なるべく、自分のためにも相手は良く選べよ?」
「それはよくわかっているよ」
「欲望に負けるなよ?」
「それは判らん」
「おい」と、ツッコミが来るかと思ったら、ニヤニヤと微笑んでいるのみで……あ、割と本気で怒ってる。
 行って来いと、背中を押され駅から流れる人並みに溶け込む。振り返ると、手を振っている宝田の姿が見えた。なんとなく、ため息を一つ。そして、ゆっくりと歩き始めた。
 昼間を過ぎた駅前の町並みは、高い日を鏡のように反射させながら、有象無象の人並みを胎動する黒点のようにして存在していた。まったく、忙しない街だ。一仕事と、気合を入れるにしても妙な憂鬱さが肌にまとわりつく。「茹だる日差しのせいだ」呟いて見ても、町並みは変わらなかった。
 ぼんやりと、回転数を上げている頭で一歩一歩を踏みしめて、これからの事を一つ一つ確認する。
 ひとつ、団体を見つけること。
 ひとつ、勧誘されること。
 ひとつ、集会の日取りについて確認すること。
 ひとつ。そして――
「ブッダ様は憂いておられます! 死する人々を嘆いております!」
 狭苦しそうに茂る街路樹を背中にして、誰かが仏を叫んでいる。件の宗教団体をすぐに見つけることが出来た。
 三人組で、二人は黙って冊子を配り、一人は叫んでいた。スピーカーなどは騒音の都合上使えないのだろう。首に血管を浮かび上がらせて、人々の耳に救いの言葉を落とし込もうとしていた。
 その、三人組の前を宝田に言われたとおり、ちらりと一瞥して通り過ぎる。すると、そのうちの一人が此方の視線に気が付き、すぐさま冊子を僕の手元に出した。街中のティッシュ配りでもここまで強引に受け渡すものだろうか? 内心あざ笑いたくなる。
「あなた、ご興味ありますか?」
 恭しく、その冊子を受け取ると、先ほどまで叫んでいた一人がそばに寄ってきた。
 話し方が少し片言で、日本人ではないのかと頭を掠めるが、ただ単純に敬語の使い方が判らないのだと気が付いた。
「あ、いや、ええ、なんなんですか? これは」
 困惑している、感じ。困惑している。僕は、困惑しているんだ。
 そう思い込み、演技を実行する。
「これはね。ブッタ様の仰っていた事を、難しいからね。現代に置き換えて書き直してくださった方がいるのね、その人のね、ほんの一部、ほんの一部が書いてあるのよ。大変すばらしいわよ」
 要点が掴めねえよ。
「そうなんですかあ」
「そうなのよ、貴方、地元の方?」
「いえ、電車に乗って、隣の駅から」
「用事があったわけではないんでしょう、ね、悩んでいるの?」
 眼を見開いて、見せる。え、どうして判ったの? ってな感じに、絵に描いたような演技だ。というか、漫画で書いたような話だ。
 相手は、目を輝かせている。優越感に浸っていることが丸判りな、内面の表情だった。
「いいのよ、判るから。私もね、娘がいるんだけども、全然まったく言うこときいてくれなくてね。そしたら、『お母さん』は言ってくれたのよ。私も助けられたのよ」
『お母さん』というのは多分、この団体の教祖のことだろう。お母さん、ねえ。思考するのを辞めて、今は表情筋の事を考えた。困惑することと、たじろぐ事は違う。微妙な加減だが、うまくやれるだろうか。表情を作り混乱を表現してみる。
「宗教なんて、って思っているでしょう? 違うのよああいうニュースになるような事って言うのは、ほんの一部の団体なの。むしろ、そういった団体は私たちの中では困った物扱いなのよ。」
「そうなんですか」
「そうよ、そうよ。若い人もたくさんいるのよ。危なく、ないのよ。最近地震とか多いじゃない。世界恐慌だってきていて、私たちはがんばっているのにって思う人はたくさんいると思うのよ。でもね、違うのよ。みんな正しい幸せを見つけていないだけなのよ。ちゃんと、誰が守護なさっているかを知らないだけなのよ。あらら、矢継ぎ早にごめんなさいね。置いて行っているわね。会話に、でもね、人生はつらいなんて思っているのでしょう? それは違うのよ、つらいように生きているの。私たちは幸せになりたいの。今から変わりたいの、ね、わかる?」
「あ、う」
「助かりたいでしょう?」
 人間の欲望を観た気分になった。
 目の前の女性の口元が半月型につりあがり、上唇の先から白い歯が覗いていた。いや、一本だけ黒い。死んでいるのだこの歯は。抜け落ちているわけでもない、しがみついているのだ。もう、生きることもできず未練と建て前の狭間でしがみついているのだ。
 …演技とはいえ、こんなまっすぐな人の顔を見せられると、僕だって恐怖する。
 こんなことに巻き込ませた宝田を少し呪いたくなる。
 気が付けば、一番リスキーなのはいつだって僕だ。
 バンドの時だってそうだ。
 宝田は僕をリーダー兼ボーカルとして奉りあげ、自分は楽器も弾かず、マネージャーのポジションで企画やマネイジメントをこなしていた。宝田の苦労は知っている。だが、企画自体の出来が悪かった場合、その尻拭いをさせられるのはバンドのメンバーだ。そして、僕はリーダー。責任の所在は僕に来る。何せ、僕と宝田は常にペアで行動していたから、尚の事バンドメンバーの不安は僕に来ていたのだろう。
 普通に考えたら、宝田のようなヤツと一緒にいたいと思わない。僕が普通中の普通なので尚の事、僕はなぜ宝田と一緒にいるのだろうと考えてしまう。
 まあ、でも。
 どんなにリスクがでかくでも、宝田という僕にとっての半ば呪縛から、
「助かりたいです」
 助けてほしいなんて、思ったことはないのだけどね。

「ねえ、よかったらこの後お話しない?」
「いえ、僕はこの後予定があるんです」
 そう僕が言うと、女性は僕の腕を強くつかんだ。逃がさないぞという意思が見える。
「なら、連絡先を教えてくれないかしら。いいえ、いいのよ、別に今度でも。でも折角の出会いでしょう?」
「わかっています。あなたは、『お母さん』は僕を確かに救ってくれるんですよね?」
「もちろんよ、でも、あなたの行動しだいでもあるのよ」
 なんと酔狂な言葉選びだろうか。単純に感嘆する。
「ああ、僕の悩みは、叶えて貰えないんですね」
「そうじゃないわよ、違うの。変わるのよ。悩みを話して御覧なさい? 私も相談に乗るわ」
 呼吸を落ち着けろ。恥ずかしがるな。ナンセンスだと思うな。
「僕の悩みは、恋愛とか人付き合いなんです。」
「え?」
 酔狂なのは僕も同じだ。
 そして、宝田も。
「僕はもう、21歳になりました。でも彼女ができないんです」
「あらあ、かわいい顔しているのにねえ……」
 うるせえ、普通のおばさんに戻るな。
「でも、それは……本当なの?」
 表情から、どうやら此方を疑っているということがわかった。宗教団体なんかやっているから冷やかしも多いんだろう。そこら辺に関しては、そういったことをする馬鹿な若者を卑下したくなるが。でも、その点で言えば僕らも同じだ。あーあ、自己嫌悪。
 まあ、思想表現の自由と勧誘は大分グレーなラインだとも思うけどね。
「やっぱり……馬鹿みたいですよねこんな悩み。帰ります」
「あ、ああ! ま、まって! ごめんなさい!」
 足を踏み出すと、握られている腕から痛みが滲んだ。このおばさん、力加減を知らないんだろうか。
「謝るわ。うちにはね、若い子もいるのよ! そうだ! よかったら、家の子と話してみないかしら! ちょっと用意があるから明日になってしまうけど…今大学生?」
「はい」
「夏休みでしょう? 悩んでいるのでしょ? だったら、明日家に来なさいな。ねえ? いいでしょう?」
「そんな、ご迷惑は、それに僕まだその『お母さん』を信じているわけでもないですし」
「そうね、話を聞いてすぐには信じられないわ。当然よ」
「え?」
「だから、いいのよ。是非ウチの子と話をして見ない? 若い子の話を聞いて……楽しいのよ? みんな楽しそうだから、話を聞いてくれないかしら」
「あ、はあ」
「それじゃあ、明日ね。ここに17時ね、よかった! あなたとお話ができて」
「それでは、明日…」
「はいはい、明日ね」
 遠ざかるようにして、歩き出す。表情筋のあらゆるを開放した。
 意外と、すんなり話は決まった。運がよかったのかもしれない。若い女の子と二人きりになれるのは、まず無いだろうと思っていた。この場で話を聞き、若い人間だけを集めた集会やワークショップ、懇談会などに参加してから後、そういった機会にめぐり合うのだと考えていたからだ。自分の娘を救うために行っている宗教なのだとしたら、自分の娘はリスクから遠ざけるとも考えていたが。
 しかし、信心は時として、目的さえも翻すときがあるらしい。
 これはあくまで想像だが、多分このおばさんは幹部から家族の信心に対して釘を刺されたのかもしれない。どうやったら、幹部に取り入れ、より他人を淘汰するような幸福に塗れるか。日々考えていたのだろう。そして、これだ。僕は運がよかった。このおばさんの娘を食い物にしても、僕は悪者にはならない。罪悪感がないわけじゃない。むしろ、こんな自分は大嫌いだ。幸福なんてものが一般世間に定義される範囲であるのなら、確かに僕は幸福から遠ざかっているのだと思ったからだ。
 それでもやめることはできない。今は悩む必要がないだろう。馬鹿をやれるのは若いうちだけなのだから。
 でもまあ、おばさんに少しの同情くらいは分けてやろうと思う。
 ひとつ呼吸を落ち着かせて、さて、宝田に…と、考えていると後ろから肩をたたかれる。
 振り返ると先ほどのおばさんが立っていた。
「これ、落としたわよ! おっちょこちょいね、あなた」
 おばさんの掌の上に乗った自分の携帯を見て、「あ」と息を吐くのと同時に、僕は世界の広さを知ったのだった。


       

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