Neetel Inside ニートノベル
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アナタの神様なんていうの
回想

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 ある日突然、宝田は僕にライブの日程を告げた。場所は軽音楽部の端っこ、僕がたけのこの里に噛り付いていた時の事だ。
 はは、冗談だろう? なんて笑って見せても宝田の顔は真剣な表情を崩さなかった。
「お前がボーカルでリーダーな。頑張れよ」
 嘘ではないという事が判ると、その突飛押しもない話に、10分くらい黙ってしまったことが思い出される。とにかく衝撃の一言だった。
 もちろん、その頃僕は練習なんかしていなかったし、人前に立つということも経験していないような唯の高校生だった。そもそもバンド事態が無かったのである。
 企画倒れもいいところの話で、僕は宝田に半ば悲鳴に近い抗議を申し立てた。
 しかし、宝田は
「企画したのだから仕様が無い」
 と、僕の抗議を一蹴した。
 計画性が無いといったレベルの話ではない、これでは単純な罰ゲームだ。そう思った。
「モテたいんだろ?」
 それにしたって、準備は必要なはずだ。ライブをどんな形であれやればモテるだなんて、雑誌に載っている、背の伸びる薬の効力ぐらいの嘘っぱちだ。それに僕はバンドでモテたいという欲求を、楽器を弾くことが面倒だという理由で諦めた。宝田はその事を知っている、なのに何故宝田は意味もへったくりもないライブの日程を決めたのだろうか?
 話を聞いてみると、既にライブハウスの場所は押さえてあるらしい。しかも、チラシまでご丁寧に作ってある。どういうことかいるはずの無いバンドメンバーの名前まで入っている。宝田に聞いたら、このメンバーはまだ揃っていないとの事だった。
 態々偽名を使って架空のメンバーを揃え上げ、本番までに、この四人のメンバーを揃えなければならないということだった。軽く眩暈がしたのを覚えている。
 また、ソロライブである事も僕の顔を青くさせた。
 この場合、ソロライブが一般的かと言われればそんなことは無い。作りたてのバンドのライブなど人が入らなくて当然なので、バンドを寄せ集め、合同ライブの形でチケットを負担するのが通常の形である。
 途方も無く馬鹿な内容だった。切り捨てても、別段誰にも文句の言われない中身のない出来だった。
 でも、どうしたわけか、僕はその企画に参加した。
 今考えても不思議なのは、どうして僕はこの企画に乗ってしまったのだろうか。ということだ。宝田から話を聞いた時点では、断るつもりでいた。しかし、参加してしまった。
 もしかすると、最初話を聞いた時点で、既にあきらめていたのかもしれない。宝田という男から逃げられないと決め付けていたのかもしれない。どちらにしても、僕はその最初のライブのために、投げやりな企画のために全力を尽くした。
 あの頃の僕の精神状態は、今の僕には思い出すことも出来ない。とにかく宝田の投げ捨てた企画を拾うことに必死だったのだ。幸い、宝田の作ったチラシ、企画の外枠は素晴らしいとしか言いようの無い出来だった。事前に、顔合わせなどのスケジュール管理もしっかり行き届いていた上、高校生ということで配慮されたスタジオ練習の日程、時間帯など、痒いところにまで手が届くような、万全な状態だったのだ。
 しかし、やはり肝心の中身が無かった。バンドメンバーを探すのは僕の仕事になっていた。軽音楽部からメンバーは探せない、先輩などの建前もあることから、ライブをやることがバレてしまったら、それはそれで妙な軋轢を生んでしまう。とすると、他校から探すより他は無かったのである。
 奇跡的に他校からメンバーは集まった。いろいろ、個性の強い人間だったが、それでも楽しく練習することが出来た。
 酔狂なメンバーは揃い、ライブを執り行うまでに至って本番の日を迎えた。
 どのくらいの人が来るのか想像はつかなかった。ライブのための練習に一苦労していて、客集めは全て宝田に任せたからだ。任せた、というのはちょっと御幣がある。あいつが仕掛けた企画なのだから、率先して人を集めるのは当然の報いだ。そして、僕はどれだけ自分の役割に関して満足していたとしても、それは徒労に終わるだろうと思っていた。宝田が人を集めることは不可能だと決め付けていたのだ。
 いや、これも違う。願っていたのだ。宝田が人を集められないことを。僕はそのとき、一緒に落ちこぼれていると思っていた宝田の企画力(中身は空洞だったのだが)に負けた気分になっていたこともあり、半ばヤケクソ気味に頑張っていたのだと思う。見返したかったのだ、馬鹿にされたくないと思ったのだ。
 そんなくだらないプライド如何のために、拙い曲を自己満足に演奏してやろうと思った。
 これで客が入らなかったら、宝田の責任だ。僕はやることをやったのだから。
 その気持ちは、宝田に振られた無茶の結果だった。自分と宝田とバンドメンバーの不幸を、自己満足なプライドと一緒に天秤にかけたのだ。

 結果を言うと。
 僕は、宝田に負けた。
 そして、何よりも幸福な時間を味わった。

 バンドメンバーのいない無謀なソロライブは、酷い出来だったにも拘らず、満員御礼のライブ会場となり、僕はその中で一際目立つその舞台に足も震えることも無く、ただただ一生懸命に、マイクに声を飛ばしていたのだ。
 今ではバンドのメンバーがどうしているのか、知る由もない。
 ライブは僕にとって大切なものではなかったのだ。だから今、歌手を目指しているわけでもないし、バンドを組んでいるわけでもない。
 ただ、そのときの僕が大切にしたいと思った物があるとするならば。
 それは宝田と一緒に何かをするという時間であり、そしてその事は今も変わらないのだ。


 *


 宝田は僕の家に泊まり、僕は深夜アルバイトに出かける。飲み屋のアルバイトだ。アルバイトに関しては何の面白みもない。
 そして朝帰宅し睡眠をとり、気が付くと既に起きていた宝田は、僕の座椅子を所定の位置としているような振る舞いで優雅に本を読んでいた。
「おお、起きたか」
「当たり前のように居座るなよ、僕の部屋だぞ」
 上体を起こして、頭を振ると目線だけは定まった。まだ纏わり付くような眠気は取れなかった。最近、ゆっくり寝すぎたせいもあるのだろう、寝ることに慣れてしまった結果だ。
「お前の物は、俺のものだっけな」
「曖昧なジャイアニズムだな」
「まあどちらにしたって、俺のものであるのは変わらないだろ」
 変わるよ。つーか前提がちげえ。
 体を起こして背骨を回し、グキリと音を鳴らすと頭の後ろが痺れる様な虚脱感がある。起きることは爽快だ。しかし、頭の回転数は少しも上がらない。トイレにいって、洗面台に行って顔を洗い、冷蔵庫にある古めな牛乳を飲み、それでも目の前は霞んでいる。うーん困ったなあ。
 棚にあるカップラーメンを一つ掴み湯を入れて三分直立のまま待ち、駆け足に胃の中に放り込んで、とりあえず宝田に今日のことを相談しようかとワンルームに戻る。宝田は変わらず本を読んでいた。タイトルはカバーが付いていたので判らなかった、多分大きさから言って新書だろう。
 小難しい本を読んで格好つけているだけなのだ。そう思わないとバイトをした後、疲れて眠った僕が報われない。
「なあ宝田。どうする、今日は」
「決まっているし、昨日の夕方に話したぞ。覚えておけよ」
「僕は働いて疲れて眠ったんだ。覚えてないのは仕方ないだろ」
「働いているなんてバイトで言うなよ」
 まあ確かにそうだな。納得するのと同時に、何の話をしていたのかを忘れた。どうやら本格的に痴呆でも進んでいるのだろうか。
「今日は17時に昨日の駅で待ち合わせだろ」
「ああそうだった。」
 思い出して手のひらを叩いてみせると、宝田は僕の頭を撫でる様に新書で叩いた。
「いい加減起きろよ、そんなんだと拝霊会に食われるぞ」
 平らに叩いた新書を縦にして、今度は僕の眉間を叩く。これが割りと痛くてちょっと悶絶。涙の滲む目で宝田を見ると目の前のやつは笑っていた。
 食われるぞ。か。
 昨日は驚いた。拝霊会というものを侮っていたわけではない、僕は単純に人間を舐めていたのだ。あのおばさんは僕が携帯を落としたといっていた、しかしそれは絶対に違う。
 スッたのだ。腕を強く握ったときに注意を逸らさせ、慣れた手つきで僕のポケットに手を突っ込んだのだ。僕はそれに気付くことができなかった。布教のためにそんなことをするとは思わなかった。
 侮っていた。
 単純に侮っていた。
 でも、返って遣り易い部分が出てきた。
 そこまでして、個人情報を欲するということはつまり、目に見えて余裕がないということだ。そしてそれは常習で、いままでバレた事がないのだろう。
 犯罪を犯してまで、家族に信心を強要しなかった。
 多分、あのおばさんにはその猶予もないのだ。だから子供を出したのだとすれば……。
 本当に運がいい。としか言いようがないな。
「大丈夫だよ、宝田」
「根拠のない自信だな、尊敬するわ」
「それは、こっちの台詞だよ……、それで、宝田のほうは大丈夫なのか?」
「ああ、順調だ。といってもな、一日やそこらで出来るもんじゃないんだぞ」
「嘘をつけ」
 こいつは僕の部屋を訪れてきた時点で殆どの用意を終えているはずだ。もしかすると、数人単位ではあるが信者もいるのかもしれない。
 僕は人間を侮っても、宝田の事は侮らない。
「まあな、だけど準備は万全じゃない。急いては事を仕損じるぜ。まあ、ゆっくりやろう」
 リラックスしてな、まだ時間はあるから。
 宝田はそう告げて、中央の座椅子に戻り本を広げて優雅な時間を再開させる。
 なんとも余裕のある奴だ。実行している僕は今日の夕方のことを考えると、憂鬱な気分になっていくって言うのに。
「ゆっくりやるにしたって、お前は寛ぎ過ぎだよ」
 前に出てほしいとは思わない。
 こいつの一番あっているポジションっていうのは、前に立つことではなく、後ろから知恵を、命令を出すことなのだ。
「俺が世話しなく働いている姿なんて、見たくないだろ?」
「そんなことはないさ、むしろお前は僕の世話しなく働いている姿を見たいんだろ?」
「そんなことはない」
「なら、どうして欲しいのさ」
「面倒なことはやって欲しいだけだよ」
 その結果がコレか。まったく、僕じゃなかったら宝田は今頃三度は殺されていても不思議ではない。
「そういって押し付けた結果がご破算じゃ、僕だって報われないぞ」
「そうはならない、多分」
「絶対といってくれ」
「それは、ちょっと無理な提案だ。人生どういう風に転ぶか判らないだろ? まあ、色んなことはしているから、悪いように転ぶとは思ってないけどな。細工は流々仕上げはご覧じろってさ。」
 そんなこといって、余裕なお前は何時だって凄いけどさ。
 僕は普通の大学生なんだぞ。もうちょっと説明とか、なんか、色々さ……。
 口には出来ず、仕方ないので部屋をうろうろしていると、そんな僕の姿に見かねて、宝田は手前にあったクッションを僕に投げた。
「鬱陶しい! ……ったく、いつになく落ち着かないヤツだな。ソワソワしてないで、もうちょっと悠々と構えられないのか?」
「それが出来たら、僕は人間やめられるよ」
「辞めちまえよ、人間なんて。お前はこれから神になるんだからな」
 一瞬、昔やった最初のライブの光景が目に浮かんだ。
 あの時、僕は確かに神様になったような気分でいたのは確かだ。しかし、実際に神様になるってのは、どういう気分なのだろうか。想像もつかない。
 やっぱり、幸せと同じように、平凡で平坦な暮らしが其処にあるだけなのだろうか。
「宝田は、神様になりたくないのか」
「ああ、何言ってんだ? なりたくねえよ」
 期待していた答えとは違っていた。神様になりたい位のことは言うやつだと思ったのだが。
「なんでだよ」
 不思議だったので、聞いてみると
「俺はちゃんと、人間に殺されたいからさ」
 と、訳のわからない返事をもらったので、その事を考えながら約束の17時を待つことにした。
 ちなみに、二時間くらいの時間だったけれど。やっぱり意味は判らなかった。

       

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