Neetel Inside 文芸新都
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 目が覚める。睡眠的な意味でも、足を洗う的な意味でも。朝っぱらからひぐらしが忙しなく鳴いていて、鼓膜が掘削工事されてしまいそうだ。窓を開けたまま寝ていたらしい。暑いから仕方ないか。とりあえず飛び起きていの一番に窓を閉め、即座にエアコンのスイッチを入れる。直後、ちょっと魚臭いクーラーの風が前髪を撫ぜた。
「あぢー」手団扇でばっさばっさと顔を扇ぎながら、カーテンを開ける。朝の眩しい日光が燦々と降り込んで、窓の外の景色が角膜を焼かれたように白っぽく見える。いい天気だ。昨日のもやもやした感じが嘘のように、天晴れな天気模様だ。
 そう、嘘の“ように”。
「……はあー」
 大きく吐いたため息はクーラーの風に混ぜっ返されてすぐに消える。一晩経てば忘れられるかと思ったが、現実はそう甘くはないようだ。携帯には相変わらず、友人からのメールが大量に…………ない。
「………………」
 ん、ちょっと待て。俺こんなにメール消したっけか? 六月九日以前のメールしかないぞ。しかも消すのも面倒くさくて放って置いてるはずの迷惑メールも、八日までの分しかない。寝ぼけて一括削除でもしてしまったか? いや、それなら全部消えてるはずだ。なら、指定して消した? でも、そんなことした覚えはない。あー駄目だ、わけわかんねー。どういうことだってばよ。
 考えるのも面倒になって、とりあえず朝飯を食べようと台所に向かい、冷蔵庫を開ける。卵とハムがあるから、ハムエッグでも作るか。フライパンを温める。フッ素加工はしてないから空焚きでも大丈夫。油を軽く引いて、生卵の御光臨。じゅわっと心地よい音を上げながら、透明だった卵白がみるみる白くなる。あ、ハム敷くの忘れてた。慌てて下に滑り込ませる。「あっちちち」火傷したかも。何とか無事に焼き上げたので、昨日予約で炊いておいた白飯を茶碗に盛り、即興ながらも昔ながらの朝食完成。箸でずぼずぼとハムエッグに穴を開け、しょうゆを投入。こうしないと茶碗から溢れてしまう。
 歩きながらハムエッグ丼を食べて、またも足の指でテレビのスイッチを入れる。ちょうどいつも見ているニュース番組が始まっていた。フェードインHYPERだ。相変わらずメインの鳥羽アナの髪型がダサい。
「全国六月九日の朝に、フェード・イン!」
 そしてお決まりの言葉――――、へ? 六月九日? おいおい、今日は六月十一日だろ? とうとう全国ネットのニュースまで時間感覚がおかしくなっちまったか?
 続いて、ニュースが流れる。そこで俺は、度肝を抜かれるどころか狐につままれるようになってしまった。
 既に知っている内容が、とうとうと流れていたのだ。無許可捕鯨問題、男子高校生の自殺、総理大臣の辞任会見の真相。どれもデジャビュとも呼ぶべき既視事象で、一語一句シャドーイングすら出来そうだった。
「なんだよむぐ……どういうことなんだよもぐもふ」
 口にハムエッグを突っ込みながら唸る。いくらなんでも全国放送のニュース番組が日付を間違えるとは思わない。だからといって、今日が六月九日ってのも考えがたい。それに、もし今日が六月九日だとしたら、まだ、“アレ”が起こる前だってことだ。だとしたら、まだ止められるかもしれない。
 ……だが。
「俺にそんなことができるか?」
 まずもっての問題だった。見た目だけ不良でハートはチキンな俺がそんなことが出来ると思うか? 答えは否だ。俺にはそんな度胸はない。一人の人間の命を左右する権利なんて、俺にはない。
 あるとすれば、一人の人間の死亡を、ただ、見守る権利だけだ。
「…………」
 俺は米粒を咀嚼しながら考える。あの時俺があいつを拒絶してしまったがために、あいつは死んだ。悲しみのうちに死んだのか、喜びのうちに死んだのかはわからない。ただ一つわかっているのは、“あいつは確かに最後まで一つのことを信じてた”ってことだ。
 あいつは最後まで、信じていた。
 俺は最初から、信じていなかった。
 そして今俺は、何の所為かはわからないが、「昨日」に戻ってきている。これはもしかしたら、誰かが俺に罪を償えとでも言っているのだろうか?
「……んなわけねー」
 俺は自分の考えにさりげなく突っ込みを入れて、携帯を開く。メール着信一件。男友達からだった。メールの内容は、見覚えがある。
『今日はいいニュースがあるんだ。絶対に学校来いよ!』
「へえへえ」
 言われなくとも、と俺は心中で返事した。

       

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