Neetel Inside 文芸新都
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 六月だってのにやけに暑い。じりじりと照りつける日光に腕が炙られているみたいだ。猛暑日も近いか、と思えるほどの体感温度。まだ時間帯的には早いので、通学路に生徒の姿はほとんどない。
 俺は時折散歩する老人を挨拶を交わしながら、通学路の歩道を一人のこのこと歩いていた。ずいぶんとスローペースだが、家から学校までは五分弱なので全くもって問題ない。始業開始五分前に家を飛び出しても、余裕で間に合う。だからいつも大体教室に着くのは、始業の三十分以上前。暇でしょうがない。家にいても同じことだから、しょうがなく学校にいるのだが。
 そんなことを考えているうちに、校舎の姿が見えてきた。あの時と――――いや、いつもと全く同じだ。
「もしこれが現実だったら……」
 “アレ”をとめられるかもしれないのか、と俺はつぶやいた。むにゅ、と頬を抓ってみる。痛くない。じゃなくて、痛い。どうやら夢でも幻覚でもないようだ。だとしたら今、俺は本当に、「六月九日」にいる。俺が人生で最大の後悔を犯した、あの日に。
 思いに耽っている内に、昇降口まで歩いてきていた。靴を脱いで、学校指定のスリッパに履き替える。リノリウムの床にスリッパの音がパタンと響いて、鼓膜と校舎内に残響が残る。俺と同じく早めに登校した生徒が、ぱらぱらと点在しながら歩いている。俺はそれを一瞥して、教室のある三階へと向かった。
 かつ、かつと階段が鳴る。じわり、じわりと、教室が見える。
 ああ、嫌だな。そんなことを考えながら、教室の中をそーっと覗く。

「あ、竜司。おはよう」

 ――――やっぱり、現実、か。
「お前なんでこんな時間に学校にいるんだよ……」
「だって別に家にいる意味もないし。竜司もどうせ同じ理由でしょ?」
 まだ“無事”であることには胸を撫で下ろしたが、相変わらずの調子で少しムッとする。
「うるせー、お前の料簡で勝手に決め付けてんじゃねえよ」
「へへーん、竜司の考えてることなんてすぐにわかるし」
 俺がつっけんどんに言い放っても、こいつが引き下がることはない。昔からこいつに口喧嘩で勝ったことはないし、そもそも殴りあいでも勝ったことはない。それくらい、強靭なやつだ。――――俺が引きこもる原因となる、常人離れした趣向も含めて。
「今日も竜司を驚かせるようなこと、いっぱいしちゃうかんねー」
 あいつは嬉しそうにそう言って、教室の中を駆け回る。目障りだから頭を掴んでやろうかと思ったが、逆に掴まれて殺されかねないのでシカトを決め込む。
「はっはっはー」
 癪に障る鳴き声をあげながらスパイダーウォークをしたり、いきなり窓ガラスを割り出したりその他諸々の意味不明な行動を繰り返すこいつの名前は、新堂奈津紀。残念ながら、俺の幼馴染だ。昔は一緒に遊んだりして、特に問題児だとは思うこともなかったが、それが間違いだった。
 奈津紀は人には見えないところで、何度も問題行動を繰り返した。学校のウサギ小屋のウサギを一匹残らずぐちゃぐちゃに殺したり、路地裏で数人の男に襲われているかと思えば逆にボコボコにしてたり、活発だった同級生の女子を自殺に追いやるほどの精神的嫌がらせをしたり、嫌いな女子の誕生日会に覆面で乗り込んでめちゃめちゃに荒らして帰ったり――――とにかく、迷惑をかけているやつだった。しかもそれがすべて誰にも犯人だとばれずに終わっているもんだから、末恐ろしい。
 いや、誰も知らないわけじゃない。ただ一人、こいつが犯行を働いたということを知っている人間がいる。無論、俺だ。だっていつもその“犯行”につき合わされているのは、俺なのだから。
 そして、今日。先述した内容のうち、一部分だけが覆されることになる。「ダレニモバレテイナカッタ」はずの“犯行”がばれる日が、まさに今日なのだ。そして、今日が過去の六月九日だとすれば、あいつがしようとしていることは手に取るように分かる。
 だからといって、俺は奈津紀が大事件を引き起こす前に止めようとは思わない。……いや。
 止められるわけがないと言った方が、より正確だ。
「ねー竜司」
 そんな俺の心情など気にも留めず、奈津紀はあっけらかんに言う。
「驚かして、腰抜かすんじゃないよー?」
 うるせー。あの時みたいに情けない醜態を曝すわけにゃいかねーんだよ。
 「お前」という名の尊厳を、壊さないためにも。

       

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