Neetel Inside 文芸新都
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「正直に言え! お前が犯人なんだろう!」
 薄明るい中、まるで某裁判で逆転するゲームの主人公のように証拠品(?)に尋問する。しかし当然のことながら、ノートが返事をするわけがない。出来るわけがない、の方が適切か。ノートが喋りだした日には、俺の自殺回数は百万回を越えるだろう。「私を呼びましたか?」ほうらね、喋りだしてしまった。あーあ、これで俺の自殺回数も優に…………
「……………………」
 あれ? とうとう頭がおかしくなったかな? イマダレカノコエガキコエキガ……
「私を呼んだのかと、訊いているんです」
「うおおおおおっ!?」
 ――黒髪が、宙を待った。
 ふと後ろを振り向くと、それはそれは眉目秀麗でさらさらの黒髪ロングヘアをお持ちでありなおかつ頬の辺りは血色がいいのか淡いピンク色に染まっておりそしてそして極め付けには大人の妖艶さと挑発的な生意気さを兼ね備えたような漆黒の瞳! これぞまさしく、現代に生くる大和撫子ッ!
 みたいな考えが浮かんだが、面倒なのでこれ以上考えるのはやめにした。とりあえずは現状を把握することを最優先にして事を運ぼう。うん。そもそも初対面の女性相手にこの妄想はいけない。
「それで」俺が先に口を開く。「お前はいったい何なんだ」
「お呼びになったのはあなたではありませんか」
 大和撫子(仮)は、ピアノブラックの髪を揺らしながら言う。
「私はあなたがお持ちになっているノートの……所有者と言いますか、精霊と言いますか。まあそんな感じの存在です」
「ずいぶんと適当な存在だな」
「まあ精霊としておきましょう。私は今までに何度も、このノートを使用した人間を見てきました。もちろんあなたも、このノートを使おうと考えているでしょう?」
「ん、ああ。一応遺書にでも使おうかなと」
「それは少々無理なことですね」
「何だってえ?」精霊の即答に、俺は思わず声が裏返る。恥ずかしい。
「あなたはこのノートの表紙の文字は読めますよね?」
「あ、ああ。イエスタデイノートだから……『昨日のノート』もしくは『昨日ノート』だろう」
「その通りです。このノートに記された事項は全て昨日へ遡ることになり、そこで為すべきことが為されなければ永遠のその呪縛からは解き放たれません」
「待ってくれ。言っている意味がよく分からない。つまりお前のパンツは水色ってこと?」
「純白です」答えるのかよ。興奮するだろうが。
「そして私はあなたが『昨日』に遡り、すべきことを為すのをただただ見守るだけです」
「それについてちょっと訊きたいことがあるんだが」俺は精霊に問う。「昨日昨日つっても、俺がこれを拾ったのは六月十日になってからだぜ? 昨日に戻るって言うなら、六月九日に戻るんじゃないのか、普通は」
「そのあたりは概念の問題ですね。そもそも『昨日ノート』というのは通称であって、故に効力も昨日に値するとは限りません。人によっては一年前に戻ることもあるし、数時間前に戻ると言うこともあります」
「つまり俺の場合は、やらなければならないことをしないと永遠に時間をループし続けると」
「そういうことになりますね。私にはあなたが何をしなければいけないのかは分かりませんが」
「ふーん……」
 ずいぶんと現実離れした話だが、精霊とやらが見えている時点で信じるべきなんだろう。どうやら夢でもないみたいだし、俺が死のうとしても死ねなかったのは疑いようのない事実だ。となると、俺が死ぬと「昨日ノート」によって過去に飛ばされていたんだよな。つまり、俺には死ぬ以前にまだすべきことがあるってことなのか?
 しかし、それが俺の自殺の原因と直接結びつくとは考えられない。なぜなら俺の自殺原因は後輩が自殺したからで、それは六月九日の出来事だ。にもかかわらず、昨日ノートが俺を飛ばしているのは自殺しようとする少し前。それだと筋が合わない。俺がしなければならないことは俺の自殺とは関係のないことなのか?
「お前も俺が何をすればいいのか分からないんだっけか」
「そうですね。あなたが自力で見つけ出すしかありません」
「はあーあ、面倒くさいなあ……。とりあえずこのままじゃ死ぬに死ねないし、いろんなところ回って俺の心残りとかそういうのを探してみることにするか」
 俺はリビングに向かった。とりあえずは行きつけのカフェにでも行って、話を聞いてみるのがいいかもしれない。もしかしたら昨日ノートについて知っている人だっているかもしれない。思い立ったが吉日、早速行ってみるかな。


「ふふふ……単純ですね」
 久世のいなくなった部屋で、精霊は笑う。
「“それ”こそがあなたの行くべき道だということに、まだ気づいてなんて。人間はなんて愚かで、すばらしい生き物なんでしょう」
 精霊はノートを持ち上げて、口角を吊り上げる。
「まあそんな人間を救うのが、私たちの役目なのですが」
 そう言うと精霊はノートを抱え込み、三秒数え終わる間に、ノートとともに風となって、消えた。
 

       

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