Neetel Inside 文芸新都
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「……それにしてもなんだかおかしい」
 明らかな異変に気付いたのは、翌日の朝だった。昨日の雨も嘘のように止んでいて、テレビニュースでは男子高校生の自殺のニュースだった。そしてどういうことか、その名前には見覚えがあった。それだけではない。そのほかのニュースも、どれもニューとは呼びがたい既知の事実ばかりだった。この時点で、ようやく私は違和感に気付いた。
 毎日斜線を入れているカレンダーも。黒の地味な携帯の日付も。どちらも六月十一日ではなく、六月九日を頑として示していた。
「どういうこと?」
 自問に近いニュアンスで呟く。もちろん「独り言」に答えてくれる生き物はいないわけで、鼓膜に鳴り響くのは騒々しいミンミンゼミの鳴き声だった。ミンミンゼミよく鳴くな。ミンミンゼミよく鳴く。
 汗ばんだT寝巻きを脱いで、ハンガーにかけてあるタオルで体全体をよく拭く。寝るときはいつも大体Tシャツにパンツ。これも「独り言」に過ぎないからぶっちゃけても一向に構わない。箪笥を開けて適当な服とズボンを見繕うと、一分をしないうちに着替え終了。シャワーを浴びてもいいけど、面倒くさい。
 そこで一つ思い出したことがあった。頭痛がひどい。数十本の杭で同時に頭蓋を打たれるかのような痛みが大脳新皮質から脳髄まで沁み渡る。立ち上がったままでいると目眩で倒れてしまいそうだ。これはまずい。とりあえず会社は無理っぽいから、休んで病院に行こう。……会社にはあんまり行きたくないし。
 そしてまた思い出す。確か「昨日」――――“六月九日”も、同じようなことがあった。朝から頭痛がしたので会社を休んで病院に行こうとすると、昼になってから急に痛みが引いた。だからそこまで効き目の強い薬は貰わずにいたのだけど、夜になって頭痛が再来する結果になった。ここまで既知情報が積み重なってくると、いよいよ本当に「昨日」に戻ってしまったのかと考える。見間違いのないように、もう一度携帯を開く。六月九日、間違いない。
 私はリビングに向かってその足で台所まで行き、食パンを二枚取り出して見事なコントロールでトースターにシュートする。自動で焼き上げるタイプなのですぐにヴヴンと駆動音が聞こえた。冷蔵庫を開けて二秒間だけ冷気を堪能し、牛乳を取り出してコップに注ぐ。一分間ほどボーっとしていると程なく食パンが焼き上がったので、右手に牛乳、左手に食パンを一枚乗せた皿、口に食パンを一枚装備してリビングに向かい、器用に右足の小指でテレビのスイッチを入れる。やはり一度訊いたことのある「オールズ」が速報を銘打って流されていた。
「本当に、六月九日に戻ってしまったのか」
 別に驚きも戸惑いもしなかった。原因はあの掲示板だとこと知れたからだ。私はタイムマシンの存在を半ば信じていたので、むしろ喜びがこみ上げてきた。だけど過去に戻れたからと言って、特に変わることもなかった。強いて言えば、もう少し効き目の強い薬を処方してもらうくらいだった。
「昼になったら、病院に行こうかな」
 食パンを噛み千切りなら「独り言」をこぼし、牛乳を一口であおった。時折聞き慣れたニュースの内容を復唱しながら、食パンを一枚残らず食べ終える。食欲だけはいつも旺盛。
 外出用にはカーディガンを一枚羽織ればいいから、ベッドにごろんと横になる。目覚まし時計を十二時にセットして昼寝準備完了。まだ朝だから、二度寝と呼ぶべきだろうか。なんてことを考えることも面倒になるほどに、すぐに意識はまどろんでいった。視界の上に靄が寝転んで、うつらうつらと意識は千鳥足になる。よく寝る女だな、と自分で思って苦笑する。
 この時はまだ気付いてなかったけど、既に大分頭痛が引き始めていた。つまりそれは何を意味しているのか。過去の経験では、頭痛が和らいできたのは昼ぐらいだ。
 何時間か寝たあとに、ふと時計を見る。そういえばまだ、時刻の確認をしていなかった。
 一時三十分。ということは私が起きたとき既に、十時を回っていたのだった。ということは。
 ということは、の先からは何も言葉が思いつかなかったので、急いでがーディガンを装着し、財布と保険証を確認して玄関から飛び出す。頭の奥を締め上げるような痛みは、ほとんどない。だけど、奴がリベンジを計っていることは、もう今の私は予測済み。油断する気なんてさらさらない。
 私は「再発すると困るので効き目が強い薬をお願いできますか。ジェネリックで」という台詞を道中で何度も繰り返し呟き、二時には病院へとたどり着いた。

       

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