Neetel Inside 文芸新都
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昨日ノート
『もし昨日に戻れるとしたら、あなたはどうしますか?』

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 人気の無い掲示板に唐突に新しいスレッドが建てられたのは、六月十日のことでした。早育ちの蝉たちの声が一斉に鳴り響き、緑と白と青のコントラストが美しい景色がどこにでもありました。その掲示板は一週間に一回書き込みがあるかないかの廃れ様でしたが、それでも定期的に覗く人は何人かいました。その掲示板の名前は、「タイムマシンについて語ろう」だとか、なんとかでした。そのため、興味を持つ人なんてごく僅かでした。
 そんな掲示板に立てられたスレッド、それは。
『もし昨日に戻れるとしたら、あなたはどうしますか?』
 というものでした。もちろん、すぐに反応が来るはずはありません。そのスレッドに対して最初の書き込みがあったのは、一週間後のこと。それは、都内に住む「N」さんの書き込みでした。
『そうね。できるなら戻りたいものだけど。昨日ピアノのコンクール、緊張しちゃってうまく弾けなかったのよ。あーあ、きっと落ちちゃったなあ……』
 次に書き込みがあったのは、その三時間後。神奈川県に住む、「M」さんの書き込みでした。
『昨日病院で痛み止めをもらってきたんだけど、ぜんぜん効いてないの。こんなことになるならもっと効き目が強いやつをもらってくればよかったなって思ってる』
 その次は、千葉県に住む「O」さんの書き込みでした。
『可能なら絶対に戻りたい』
 その次は、埼玉県に住む「K」さんの書き込みでした。
『昨日に戻れたなら、俺はこれから死のうとはしていないかもしれないな』
 その次は、茨城県に住む「A」さんの書き込みでした。
『そんなことよりも、今が欲しい』
 その次は、スレッドを立てた「名無し」さんの書き込みでした。
『ありがとうございます』

 それを最後に、このスレッドは何も無かったかのように、「名無し」さんの手で削除されました。誰もそれを気にすることはありませんし、それ以上の議論が広がることはありませんでした。タイムマシンの話すら話題に上がらないこの掲示板は、再び静かになりました。これ以降、掲示板でこの話題が挙がることは二度としてありませんでした。
 ましてやその日六月十日をきっかけに、「N」さんと「M」さんと「O」さんと「K」さんと「A」さんの人生が、がらりと変わってしまうことなど、誰も知る由はありませんでした。彼らは互いにそれを知ることもありません。しかし、彼らはこのことを忘れることは無いでしょう。
 これはそんな五人の青春群像劇を描いた、五つの物語です。物語と呼べるほど、たいそうなものではないかも知れませんが。

       

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