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【王様】結晶石タイル28枚 勝利まであと14ターン

 ランタンの灯りが石造りの階段を上から照らす。人1人がやっと通れるくらいの狭い階段、靴の音は反響しあって、何倍にも大きく聞こえる。カツン、カツン……。王はその音を聞きながら、自分は今まさに地獄への階段を下っているのではないだろうかと錯覚した。
 王の座る玉座の背後には、非常用脱出路が設けられている。サンパドレイグ1世が、今後起こりうる戦争に備えて作らせた物であり、走れば1分ほどで城の外へ脱出する事が出来る。この道を知っている者は、王自身、女王、大臣、近衛兵隊長、それから王の相談役である占い師のみだが、その脱出路の途中に、更に秘密の扉が隠されており、そこから続く階段で地下に下りると、小部屋が1つある事を知っているのは、王のみだった。
 代々、この国の王の座についた者にのみ口伝される秘密の地下部屋。そこにはこの国の過去、そして未来が眠っていた。
 王は魔王ネイタスと交わした契約書を再度紐解き、文面をランタンで照らしながら良く確認した。先日、突如として現れた湖と鉱山。そして勇気ある少年が倒したウーズ。これらの関係性に気づいている人間は、おそらく今は自分だけだろう。魔王との契約によって与えられた能力を使う事で、確かに約束通り資源はもたらされた。しかしそれは同時に、魔界と現世との繋がりが出来てしまった事も意味している。
 元々王には選択肢など無かった。民意は王憎しを声高に唱え、反乱もやむなしと戦いの狼煙は既にあがっている。退位などはもってのほか、何かと理由をつけて斬頭台につるし上げられるのは火を見るよりも明らかである。
 ならば、例え国全体を悪魔の手に売り渡す事になったとしても、自分の手柄を作り、民衆の心を取り戻すのが最善かつ最高の手段。王は、契約の復活を決意した。
 過去、サンパドレイグ1世が魔王ネイタスと契約を交わし、その上でいかにして国を守ったかは知らされていない。ともすれば、この国は既に魔界に飲み込まれていただろうと想像するのは容易である。しかし現に今、王冠はサンパドレイグ7世である自分の頭上に輝いている。
 王は沈思黙考の後、目を開き、今日の分の仕事を始めた。羊皮紙に書かれた国のおおまかな地図。小さなナイフ。それから、契約書と共に封筒に収められていた30枚の紙片。使い方は秘密と共に、代々口伝されたきた。
 王はナイフの刃先を、まずは右手の親指に当て、小さな傷を作る。鼓動する赤が鮮やかに流れ出し、それを紙片の1枚に付着させる。紙片は血を吸収しほのかに光を纏う。次に左手の親指でも同じ事をする。親指は2本しかない上、一番最初の血でないと意味が無い為、1日に設置出来る資源の量は2個と上限が決まっている。
 問題は、資源を設置する場所について、王は昼間の間に散々考えた。現状、東西南北4つの街の中で、最も王に反抗的なのは西の街である。西の街の領主は、貴族の出ではなく平民の出で、兵からの報告によれば革命を画策しているらしい。事実、再三の呼び出しにも応じる気配は無い。そのような相手に、むざむざと資源を与えるのは気分的には最悪だが、目くらましにはちょうどいい。ここは思い切って2つとも……とそこまで考えていたが、別の考えも浮かんだ。
 そういえば、南の街は今大変な食糧不足に陥っているらしい。何でも、100年に1度の大飢饉だそうで、死者の数はとどまる事を知らないという。
 王はじっくりと考え、1つの結論に至った。……ならば、少なくとも今は反乱を起こすような体力はないはずだ。
 王は血のついた紙片を、地図上にある西の街の周囲に2つ設置した。今の王には、反乱と革命に怯えるのみで、民を思う気持ちなど欠片も残ってはいなかった。


「冗談じゃないわ! すぐに修繕しなさい!」
 次の日の朝、王は普段から聞きなれている金切り声と共に目覚めた。
 サンパドレイグ王国の南に、グリルテン王国という名前の国がある。国民の数、領土の広さ共にサンパドレイグと同じような国で、文化や文明レベルも似たり寄ったりなのでこれまで1度も戦争が起きた事が無い。王は、グリルテン国王家の2人目の娘を妃として王室に迎えた。無論、それは政治的戦略もあっての事だが、妃は美しく、おしとやかで、女性的な女性だった。……だった。『20年前までは』と後ろに付け加えなければならないだろう。
 王の寝室に、ナイトドレス姿の王妃が飛び込んできた。まだ瞼も開ききっていない王に向けて、まくしたてるように言う。
「あなた、聞いて頂戴。公共広場に建てた私のあの美しい像に、不届き者が悪戯をしたのよ! 信じられる? この国の国民には私を敬う気持ちは無いのかしら。まったく、信じられない出来事だわ。これはこの国が始まって以来の大事件よ。ねえ、あなた! 聞いてるの?」
 王からしてみれば、そんな小さな事で怒れる王妃の方が信じられなかったが、「ちゃんと聞いている」という意思表示を含めてとりあえず尋ねておく。
「うむ。で、悪戯というのは?」
 王妃は少し言うのに躊躇いを見せた。だが、こみ上げてくる怒りには逆らえないらしい。
「足よ。足を折られたの」王妃がポーズを取る。両手を天にかざし、右足を軸にして、左足をちょんと後ろに出した、銅像と同じ姿勢だ。「ここよ。この左足の部分を折られて、捨てられてたのよ」
 なるほど、「失脚」という意味か。王は思わず他人事のように笑いそうになった。どうにか堪え、王妃を宥める。
「事情は分かった。修繕は既に依頼したんだな? 兵達に犯人も探させよう。それで良いか?」
「ええ。絶対に見つけるようにきつく言っておいてくださいね」
 嵐のようにやってきた王妃は、嵐のように去っていった。
 残り少ない国庫から、修繕費を出さねばならない。それ自体は大した額ではないが、金が無くなれば国が立ち行かなくなる。今以上に税金を上げるのも、現実的ではない。
 王は長い長い間、国民と王妃の板ばさみ状態だった。昔は王妃に直接、素行を注意する事もあったが、王妃はすぐに、王に叱られた事を誇張してグリルテン本国に報告する。たかだか舞踏会の開催日の問題で、国と国の問題に発展するのは馬鹿げた事だ。もしも戦争が起きでもしたら、死んでいく兵士に何といい訳をしたら良いのか分からない。
 国民にはぎりぎりまで我慢を強いて、王妃の機嫌もとりつつ、小うるさい役人をまとめあげて政治をする。その反動で、仕方なく夜遊びをするというのは王の詭弁であるが、あながち嘘とも言い切れなかった。


 相談役、という役職がサンパドレイグ国にはある。代々、王家に仕える由緒正しい仕事で、占い師を兼業している。王が何かの相談を持ちかけた時、カードを使った占星術で、国の行く末を視る。占い自体は、当たるも八卦当たらぬも八卦だが、王の決断を下すきっかけとしてはちょうど手ごろで、国1つという重圧を軽減するのに、それなりには役にたっていた。
 この日、王は相談役を自分の部屋に呼び出した。
 厚手のローブを着込み、杖を携え、腰の曲がった婆であるが、先代の王から相談役を続けているだけあって、奇妙な存在感がある。
「悩んでおる」
 と、王は切り出した。だが、次の言葉が続かなかった。どこまで話をしてよいのか、いまいち判断がつかなかったからだ。相談役は、無言でカードを切り、目を閉じた。
「委細を話す必要はございません。いかなる事をしたか、をお話ください」
 王はゆっくりと口を開く。
「わしが自分の身を守る事は、この国を守る事に他ならない。わしが無事でいる事が、この国が無事でいる事なのだ」
「仰る通りでございます」と、相談役は頷く。
「しかし民衆はそれを理解しない。勝手な事ばかりをほざき、心の中で私が無残な死に方をする事を望んでいる。革命が起きるのは、最早時間の問題だろう。このままならば、私の代でこの国は終わりだ」
 相談役は否定も肯定もせず、王の言葉を待つ。
「私は……悪魔に魂を売ったのだ」
 その言葉を受け、カッと目を見開き、相談役はカードを捌きだした。様々な絵柄のカードが、王の前のテーブルに広げられ、目まぐるしく動く。相談役は、年からは想像できないような素早い動きで、カードを華麗に操った。
「……結果が出ました」
「聞かせてもらおう」
「今必要なのは善悪ではなく、ただそれによって残った結果のみ。あなた様を救うのは小さな希望。希望を軽視し、邪険に扱えば、たちまち不満は爆発するでしょう」
 小さな希望、王の頭の中には思い当たる節があった。帝都の近くに出現したウーズを撃退した少年の事だ。
「それと、何者かがあなた様に呪いをかけています。しかし肝心なのは、呪いをかける主ではなく、呪いをかけようとする原因。……あなた様が今している悪を、全うしなされ。今、道は前にしかございませぬ」
 呪い、何者かが王妃の銅像の足を折った事を思い出す。確かに、そのせいで残り少ない国庫が更に減った。
「もしも迷わず、これからの数日間をまっすぐに進めたならば、あと少しであなた様は安泰を手にするでしょう。と、こう出ました。お役に立てましたか?」
 王は深く頷き、いくつかの事を決めた。
 元々、契約書と共に内封されていた30枚の紙片。あれらは全て残らず使い切る。中途半端な所で契約をやめれば、取り返しのつかない事になる。そしてあの勇敢な少年。彼は自分にとっての最後の命綱だ。再び脅威を排除すれば、相応の褒美は必ず取らせる。ここを緩めたり、欺いたりすれば、同じように最悪の事態は免れない。
 そして一番気になる呪いについてだが、呪いの主が分からぬ以上どうこうする事は出来ない。今はひとまず、やれる事をやるしかない。
 それから、王は1つの事を心に決めた。あと何日かしたら、自分が資源を国土に割り振っている事を大々的に公表しよう。自分のおかげでこれから国が再び潤うのだという事を、はっきり自分の口から言い、民衆に知らしめ、復権を試みる。
 唯一にして絶対の王である自分が、この程度の事で滅びる訳がない。王は確信と共ににやりと笑い、相談役に礼を言うと、堂々と玉座に戻った。


・緑のレベル2、黄のレベル3タイルを設置

       

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