Neetel Inside ニートノベル
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【魔王】所持モンスター:ウーズ(黄1) ウーズ(緑1) オーク(青3)ドラゴン(青6)
    支配モンスター:ウーズ(黒1)×2 ワーム(緑4) デーモン(青5) オーク(赤3)
    支配中の街:西、北


 ネイファは、自らの視界にある光景を認識するのに数分の時間を必要とした。認識した後、理解するのに更に数分かかった。そこからまた、判断をするのに時間をかける。結局、目の前で起きたただそれだけの事を言葉にするのに、影の形が変わるくらいの時間がかかった。そして出た結論はこうだ。
「……裏切られた」
 眼前にあったのは、ネイファの最も苦手とする、大量の人間の群れだった。
 人間達が円になって取り囲んでいたのは、巨大な灰色の石像。ネイファの潜んでいた茂みからでも、それが何なのかははっきりと分かった。
 それは、ネイファの姿だった。現実よりも凛々しく作ってあるその石像は、数多の人間、魔物を模した装飾の上にポーズを取って立ち、空の彼方を指差して大きく笑っている。理想の支配者像。世界を踏みにじり、誰からも畏怖される、魔界の王に足る素晴らしい御姿だった。
「この趣味の悪さ、大魔王ネイタス様ですね」
 デーモンがぼそっと呟いた。ネイファは腰が抜けたように膝から落ちた。
 当然、人間の力では一夜にしてこのように巨大な石像を作る事など出来ない。という事は、これも王の撒いた資源の一種であると見て間違いない。そして王の能力は、大魔王ネイタスとの契約に由来している。つまり、この宗教的資源の出所は、ネイファの父である大魔王ネイタスである。わざわざデーモンに趣味の悪さを指摘されなくとも、それは分かった。
 問題は、なぜこのタイミングで、という事だ。
「ネイファ様、覚悟をしてください」
 と、デーモンが言う。
 それが出来たら最初から苦労はしない。と、ネイファは自嘲気味に笑った。どうしても、駄目なのだ。人間が自力で空を飛べないように、沈まない太陽が無いように、どうしてもネイファは人間と関わる事が出来ないのだ。ましてやこんな大勢の、しかも自分の姿を石像で知っている人間達の前に現れてそれを虐殺するなど、出来る訳が無い。想像しただけで寒気が全身を襲い、震えが止まらなくなる。兵士に連れてかれる時だって、まともな反撃すら出来なかった。王の前に立った時は、緊張が限界に達したのと同時に、裏切られたという怒りが混ざって、ネイファの中で何かが「切れた」に過ぎない。
「ネイファ様。ここで退けばあなたの負けですよ。王はあと2日程度で資源を撒き終える。その時権力を握っているのがグレンか王自身かは分かりかねますが、それまでに北の街を占拠しなければあなたの勝利はありえません。お分かりですか?」
「分かっている!」
 ネイファは叫んだ。分かっているのだ。分かっているのだが駄目なのだ。なぜデーモンにはそれが分からないのかと、方向違いの憤りさえ感じる。
 重苦しい沈黙の後、ネイファがぽつりと呟いた。
「私の……負けだ」
 デーモンがすがる。
「良く考えて下さいネイファ様。あと少しですよ? あと少しで大魔王ネイタス様も成し得なかった地上征服が成されるのです。ここでやらなければいつやるのですか?」
「もう、嫌だ。人間はすぐに裏切る。出し抜く。騙す。私は心底嫌になった。こんな人間だらけの地上を征服した所で、何の価値も無い。これなら魔界に帰って拷問を受けていた方がまだマシだ」
 ネイファは両腕で顔を覆い地面に突っ伏した。そして嗚咽を漏らしながら、子供のように泣いた。


 一方、南の街。
 デーモンはため息をついてネイファとの通信を切った。
「……終わりだな」
 と呟くと、この街の元領主がびく、と体を震わせた。
「な、何かご不満でも御座いましたでしょうか……?」
「いや、こっちの話だ」
 三日前、南の街の上空に現れたデーモンに、民達は最初攻撃を仕掛けた。無論、デーモンを傷つけられる訳ではなかったが、突如として現れた禍々しい敵に対してまだ戦う気があった。
 しかしそれはあっという間に吹き飛ぶ事になった。
 デーモンはまず、手の平から光弾を発し、街の近くにある山を一撃で吹き飛ばした。デーモンにとっては児戯に等しい行為だったが、人間にとっては神の所業である。圧倒的戦力差を見せ付けられ、最早逃げる気力も無くなった民達に対し、デーモンは親切丁寧にこう説明した。
「何も私は、君達の命を奪うつもりでやってきたのではない。君達を虐殺した所で、私には何の得も無いのでね」
 デーモンがゆっくりと下降し、地上に立った。十分な距離をとって円形に、人々がデーモンを取り囲む。
「君達には、将来、魔王ネイファ様がこの国を攻略した後の私兵部隊となってもらいたい。何せこの世界は広い。魔界から召喚した魔物だけでは、征服するのにも時間がかかる。よって、君達の力も借りて、出来るだけ迅速に世界を掌握したいと考えている」
 ……最終的には、魔物どもの餌になるだろうが。と、デーモンは心の中で付け足す。
「それまで、君達の無事はこの私が約束しよう。誰か、この街で一番偉い人間はいるか?」
 人々は顔を見合わせて、領主の名前を口にした。しばらくして、大荷物を抱えた中年の男が一人、群集の中から弾き出された。
「君がこの街の領主か? おや、その荷物は何だい?」
「いえ、その……へへ」
 口ごもり、卑屈な笑いを浮かべる領主。民達が反抗している間に、逃げる準備を済ませていたのは明らかだ。
「ピクニックにでも行くつもりだったんだろ? だがそれは中止してもらいたい。今から私がこの街の最高権力者で、君がナンバー2だ。それで良いね?」
 デーモンは淡々と、傲慢な要求を押し付けた。「ええ、それはもう……」と媚びた領主を誰が責められるだろうか、何せ相手は悪魔の化身どころか悪魔その物だ。
 その後、デーモンは領主の館に招かれ、手厚い歓迎を受けた。
 誰もが納得する支配者などは存在し得ないないが、恐怖による支配は一夜にして完成する。
 デーモンは、元領主の使っていた豪華な椅子に座りながら、退屈に身をよじった。ネイファ様は既に再起不能。魔界による地上支配計画は頓挫。民達の私兵化もお流れとなった。
 気晴らしに、誰か適当に公開処刑でもしようか。などと思っていたその時、館の中からでも聞こえる程の爆発音がした。真夜中、街の住民が皆飛び起きる大きな音だ。
 デーモンは様子を見ようと屋敷の上空に舞い上がった。すると、南の方からたて続けに2発、3発、爆発音と共に砲丸が飛んできた。その内の1発は偶然にもデーモンを狙う軌道で飛んできたので、デーモンはそれを片手で弾いた。
 サンパドレイグ王国対グリルテン王国、開戦。
 二日前、王妃がオークに殺された事は、内通者によってグリルテン王国にすぐに伝えられた。それを聞いた国王は激怒。愛する娘の復讐を果たす為、サンパドレイグ王国に奇襲を仕掛けた。というのは表面上の言い訳で、中身はただ王の撒いた資源を奪う為なのは明らかだった。グリルテンの内政も、サンパドレイグに負けず劣らず逼迫していた。
 ようやく砲撃が止んだかと思うと、続けて騎兵部隊が街に突入してきた。街の兵士達は突然の奇襲に混乱し、狼狽しながら戦いの準備を行う。その様子を、デーモンは他人事のようにぼんやりと眺めていた。どちらが勝とうが死のうがどうでも良い。といった風で、つまらない劇を見せられているようにその表情は退屈だった。
「デーモン様! 見てないで、どうかあやつらをやっつけてください!」
 屋敷の方で、領主が叫んでいた。デーモンは下に降り、領主に問う。
「なぜだ?」
「な、なぜって……デーモン様は約束したではないですか。魔王ネイファ様がこの国を征服し、私達を徴兵するまで、君達の無事は約束する、と」
 デーモンは思い出したように頷く。確かに、そんな事も言った。今となっては意味の無い約束だが。
「反撃してくださいデーモン様! どうか、どうかお願いします! 危機から救ってくださった暁には、私達は喜んでデーモン様を崇めます! もちろん大魔王ネイファ様も崇めます! そうだ、大きな石像を作らせましょう!」
 デーモンは微笑み、答える。
「その必要は無い。もう立派なのが北に建ってる」
 デーモンは考えていた。それにしても、運命とは皮肉な物だ。最後の最後、ネイファ様の野望を打ち砕いたのは、父の残した地上征服記念のプレゼント。そして街を支配しにきた敵であるはずの自分が、こうして助けを求められている。この間にも王とグレンは知略を巡らせ、この国を我が物にしようと企んでいる。なんと数奇な巡りあわせだろうか。だが、これはこれで面白い。
「いいだろう」
 デーモンは領主の頼みを聞き入れた。両翼を大きく広げ、空に飛び上がる。
 月の無い闇夜に、デーモンの黒い羽が輝いている。それに気づいたグリルテン軍は行軍をやめ、デーモンを指差す。
 デーモンは高らかに名乗る。
「我はデーモン! 大魔王ネイタス様との契約により、この世に召喚仕った。この街は、いずれネイファ様の物になる。それまでに他人に壊されては元も子も無いのでな、貴様ら、潔く死んでおけ!」
 デーモンの指先から閃光がほとばしる。

 なすすべもなく、グリルテン軍は四散した。
 勝利に喜び、跪く民達を眺めながら、デーモンは腹を抱えて笑っていた。

       

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