Neetel Inside ニートノベル
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【魔王】支配モンスター:ウーズ(黒1)×2 ゴブリン(緑2)×1 所持モンスター:ゴブリン(青2)×1

「んで、何すればいいんだったかなァ?」
「……これで4回目だぞ。いいか良く聞け。お前達はこれから南の街に向かうんだ。そして仲間が30匹以上に増えたら、夜中を待って一斉に突撃しろ」
「ええと、南へ向かって、30匹の仲間を殺せばいいのかァ?」
「違う! 南に行けば街があるから、そこにいる人間共を殺すんだ!」
「人間は仲間じゃないぞォ!」「そうだそうだ!」
「そうじゃない。人間は仲間じゃないから、殺すんだ」
「ほゥらおいらの言った通りだ。人間は仲間じゃない」「じゃあ殺さなくていいんだな?」
「……一体何を聞いているんだお前達は!」
「あんたの話さァ!」「大魔王ネイファ様、ばんざーィ!」
 ネイファは頭の中に響くゴブリンの間抜けな声に身を震わせながら、根気強く念力による通信を続けた。数十分後に得られた結果は、ゴブリンには何を言っても無駄、という元々分かりきった事実だけだった。
「……とにかくお前達はまっすぐ南へ向かえ。詳しくは後から指示する」
「はーィ。ところで南ってどっち?」
 ゴブリンは、魔界でも最下層に位置する魔物である。性格は残忍かつ凶悪だが、そのルフ鳥の卵ほどの大きさしかない頭蓋骨には知性の欠片も詰まっていない。丁寧に言えば、先天性知恵欠乏兼偶発的健忘症。簡単な言い方をすれば馬鹿丸出しである。
 そのような取るに足らない生物であるからして、魔界の生物研究者も誰1人として興味を持たなかった。ゴブリンは、餌さえ与えていればいつの間にか増え、いつの間にか武器を持ち、そしていつの間にか襲ってくる。餌が無くなると、それが家族とは気づかずに共食いを始めるというお粗末な生態系をこれまでずっと維持してきた。
 それでも一応は魔界の生物の端くれである。魔界と現世の門が開いた事による影響と、ネイファの魔力制御によって、念力通信のチャンネルにはかろうじて参加できた。ネイファとゴブリンは、いくら遠く離れていても、好きな時に会話が出来、指示を飛ばす事が出来る。
 もっとも、ネイファはそれによって発生するゴブリンとの会話で精神をすり減らす事となっていたし、一方のゴブリン達本人は何が何だか良く分かっていないというのが現状であった。

 サンパドレイグ王国の北は、険しい山岳地帯となっており、今ネイファがいる所は、サンパドレイグで一番高い山の中腹ほどにある山小屋だった。外は吹雪が吹き荒れる極寒だったが、ネイファはそれを感じない。魔界にはもっと寒い所がいくらでもあったし、そもそも魔王の肉体は、自らで死を受け入れない限りは不死身である。
 その不死身を利用されて、ネイファはこれまで様々な拷問を受けてきた。そのほとんどが、到底言葉では言い表せない事ばかりで、それでもあえて言葉にするならば、片鱗にて死に至る加減の、あらゆる恐怖の所作を内包する喜劇的代償行為と言った所だろうか。とかく禍々しい青春そのものとも例えられるだろう。
 そんなネイファが、このサンパドレイグ王国に最初の一歩を踏み出した時、まず感じたのは開放感だったが、その次に感じたのは漠然とした胡散臭さだった。
 悪の権化たる魔王は、無論、最大の黒幕でなくてはならない。もしもこの世界が物語であるのならば、踊る人形ではなく踊らせる手の平でなければならない。にもかかわらず、ネイファには、数秒で世界を焼き尽くすような破壊力も無ければ、絶対的権力がある訳でもない。魔王が聞いて呆れる絶望的非力さである。何か、とてつもなく滑稽な芝居を、そうとは知らずに演じさせられる学童のような、純粋なだけに強い違和感が確かにあった。
 そんなネイファの予感は、例の、突如として空から降ってくる空の結晶石によって確信を帯びた。
「やはり……私は何者かに操られている」
 父、大魔王ネイタスと、この国の王サンパドレイグ1世との契約は、おぼろげながら聞いていた。ここに呼ばれた時点で、契約が復活した事は直感出来る。
 結晶石と、それを使って召喚した魔物の特質を、ネイファは父から教わった。召喚した魔物は、本来ならば地上に形を留めておく事が出来ない異形の者。傍目から見れば、強靭かつ邪悪な肉体であろうと、その存在は魔力のゆらぎに強く影響される。結晶石は、ただそこにあるだけで魔力を吸い取る効果を発揮する。もしも現世に現れた魔物が再び結晶石に触れれば、現世の肉体が魔界の魔力を拒み、そこに矛盾が発生する。矛盾は傷口となり、場合によっては致命傷となりうるだろう。魔物達はそれを本能的に理解しているから、結晶石のある土地に近づこうとはしない。つまり、結晶石で召喚した魔物の弱点は、即ち結晶石その物である。
 ならば、契約によって『結晶石を生み出す能力』を授けられた王は、それら魔物を操るネイファの天敵となる訳であり、その事自体はネイファも十分理解していた。しかしそれだけでは、突然空から結晶石が降ってくる現象の説明がつかない。これは一体、誰が降らしているのか? その誰かは、果たして自分の味方なのだろうか? もしも味方でないのなら、何を企んでいるのだろうか?

 疑問は絶えず湧いてくるが、ひとまず目の前の敵は一昨日昨日と立て続けにウーズを倒した謎の存在だろう。
 元来、ウーズは臆病な魔物である。日陰を好み、力を蓄えるまでは動物さえ襲わず、ゆっくりと移動する為非常に気づかれにくい。魔界における生態系ピラミッドの最下層に位置しているだけあって、風景に溶け込む力は本物だ。
 そんなウーズが、出発してすぐに見つかってしまうという事は、敵が何らかの索敵能力を持っているという事に他ならない。しかし同時に、今ネイファのすぐ西にいるウーズと、東に向かわせたウーズにはまだ何の被害も無い事から考えると、敵は単体、もしくは少数であるという事が推察できる。
 問題は、ウーズを倒した謎の敵が、初期状態のウーズよりはいくらか強いゴブリンを倒す事も可能なのかどうか、である。
 これに関しては、はっきりと答えが出ない。何せウーズは下等生物中の下等生物。ゴブリンは(多少意思疎通に齟齬があるとはいえ)言語を操る事が出来、念力通信で詳しい状況を聞く事も出来るが、ウーズではそれが不可能だった。ウーズの場合、指示は聞いているようだが、返事さえない。
 ネイファは考えた。とにかく今は、西にいるウーズを敵の手から守るのが先決だ。ウーズを北西に移動させ、今ウーズがいる場所に自分が入る。そうする事によって、今、南にいる敵がウーズを襲いに来た場合、自分との接触は避けられない。そうなれば敵の正体も探る事が出来るし、ウーズを西の街に近づける事が出来る。
 駆け出しの魔王ネイファを取り囲む環境は、とにかく今は謎だらけだった。とはいえ、何事も無く支配は完了するだろうというような希望的観測など、ネイファは最初から抱いていない。
「やってやろうじゃないか。父上に出来なかった事を、私の手で……」
 ネイファが決意を口にした時、それに答えるように、空からまた結晶石が降ってきた。毎度の事ながら、不意に落ちてくる物なので、頭にコツンと当たって軽く馬鹿にされた気分になる。
 今度の結晶石の色は青く、大きさはゴブリンを召喚した物と同じ程度だった。
 言うまでもなく、結晶石はネイファの地上侵略作戦の要である。例えゴブリンといえど、重要に扱わなければならない。だからこれは大事にとっておこう。と、ネイファは懐に結晶石をしまった。……これ以上馬鹿が増えるのが嫌だった、というのもある。


・ウーズ2体、ゴブリン1体、魔王を移動

       

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