Neetel Inside ニートノベル
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【勇者】武器レベル3 所持金100G

 帝都の南、一面に広がる森林のほぼ中心に、ぽっかりと丸く砂漠地帯が広がっていた。空から見ると、ちょうどそこだけ色を塗り忘れたように、緑と白の境目がはっきりとしている。
 砂漠地帯にはいくつもの古びた遺跡があり、サンパドレイグ一世の手によって、この国が出来上がる以前から、砂漠の現住民族が少数ながら暮らしていた。彼らは歴史の中で何度となく迫害に会った物の、ひっそり細々とこの地で暮らしてきた。
 森を抜けた少年とファンクルは、突然に周りの景色が変わった事に対する驚きに捉われ、しばらくの間呼吸さえ忘れた。異質な空間に異質な空気。砂漠の風は乾燥していて、そして極々僅かな血の匂いを、少年はそこに嗅ぎつけた。
 魔物の気配は砂漠の先に続いている。どうも嫌な予感がして、少年は剣の柄をぎゅっと握り締めた。
 しばらくファンクルを走らせていると、やがて小さな集落についた。そこで少年の予感はやはり的中する事になる。
「あのー、水をもらえませんか?」
 声をかける。回答は静寂を纏い返ってくる。
 いくつも張られた珍しい形のテントを取り囲むように、所々に折れた曲剣。戦いの後、まだ新しい。
 しかし不思議な事に、戦いの規模が大きい割には死体が見当たらない。敵も味方も無傷で逃げたとは考えにくい。少年は首を傾げる。
 その時、背後から布のすれる音がして、少年は咄嗟に剣を抜いて身構える。
「誰だ?」
 そこにいたのは、少年より少なくとも5つくらいは年下の女の子だった。浅黒い肌に、民族衣装を着ている。虚ろな瞳と細い指、骨ばったシルエットと渇いた唇。
 少年はすぐに事情を察する。何と声をかけていいか分からず、剣をしまう。
 少女はじっと少年を見て、救いを求めるような、淡く微かな震える声で何かを呟くが、うまく言葉になっていない。少年は、ファンクルの頭を撫でて座らせ、こう頼む。
「水を一杯、もらえませんか?」
 照りつける日差しの下で、少年は喉を潤した。テントの中には入らなかった。なぜなら家主に許可されていないのに勝手に入るのは、客人としてのタブーだったからだ。
 少女は黙ったまま、少年は何も尋ねず、深くたゆたう沈黙が2人を傍観していた。
 少年は思う。
 少女が何を求めようと、何を否定しようと、自分のやる事は決まっている。自らの手で、何も出来ない無抵抗のウーズを殺したその日から、いや、もっともっと前、記憶も定かでない時から、自分の運命は決まっていたのではないだろうか。
 復讐の代理という自己満足でも良い。ただの憂さ晴らしだってまた良い。少年は、半ば投げやりに哲学に終わりを告げて、ぐらつきかけた腰で立ち上がった。
「ありがとう」
 と、水のお礼を簡潔に述べ、ファンクルに跨って出発した。それ以上の言葉を少女にかける事は到底出来なかった。


 地平線が途切れ、砂漠を挟んだ対岸にあたる森が見えた頃、その一行に少年は追いついた。
「ファンクル、いくぞ!」
 声をかけると、ファンクルはそれに応じて加速する。不慣れな砂地でありながら、力強く鉤爪を前後に動かす。少年は、グレンから買った飛剣ライトリーハートを引き抜き、あぶみに体重をかけてファンクルの上に立ち上がった。長く鋭い跳躍。少年の体が宙を駆けて、風の如く吹いた。ゴブリン達が気づいた時、既に少年は目の前まで迫っていた。
 一撃のもとに3匹の首を跳ね飛ばし、そのまま身を翻す。片目で数えたゴブリンの頭数は約20匹。そのほとんどは阿呆のように口をぽかんと開けて、何が起こったかわからない様子で少年を見ている。
「何も言ってくれるなよ」
 少年は願うように呟いたが、ゴブリン達には無意味だった。
「なんだお前!?」「仲間を殺したなァ!」「敵だァ! 敵だァ!」
 ゴブリンはぎゃあぎゃあと喚くのみで、武器を抜こうともしない。少年は黙ったまま身を捻り、剣先は軽やかに踊る。
 1、2、4と首が飛び、いよいよ馬鹿なゴブリン達も完璧に事態を把握する。
「殺せェ!」「俺に喰わせろ!」「いや俺が食う!」
 ゴブリン達はそれぞれまっすぐに、我先にと少年に迫る。少年が先頭にいた1匹の胴体を真っ二つに割り、新鮮な内臓が晒されると、2人目が足踏みをし始め、3人目が1歩下がり、4人目から先は散り散りになった。半狂乱から一転、少年の様子を見る陣形に移行する。『ゴブリンが頭を使い始めた頃、その軍勢は半分になっている』魔界のことわざは真実だった。
 少年は孤軍奮闘する。突き、薙ぎ、下し、払い、斬り、返し、叩き。少年に剣術の師は居ない。ただやたらめったら滅茶苦茶に、前後左右に破壊を散らばす喧嘩剣だったが、それでも多勢を無傷のまま圧倒できたのは、単純な理由に他ならない。
 少年は、強かったのだ。
 しかしそれでもなお、戦いは現実的だった。ゴブリンが残り4匹になった所で、まずは剣にガタがきた。数多の肉と血で汚された氷刃は輝きを失い、酷使し続けた少年の右腕は、疲労でぶるぶると小刻みに震えていた。その様子を見つけたゴブリンがからかう。
「見ろ! もう限界だぞォ! お前がいけ!」「やだよ! お前がいけ!」
 少年は気を抜けば折れそうになっている右足をかろうじて支えながら、最後の力で剣を振り上げた。
 ゴブリンの1体が咄嗟に掲げた剣とかち合う。赤く濡れた剣がしぶきをあげて、金属の無機質な音が少年の頭上に瞬く。少年は、手に持った剣が急激に軽くなった事に気づいた。
 グレンが丁寧に叩き上げた剣は粉々に四散した。少年の手に残ったのは、ちっぽけな柄1つだけ。刃の無い、間抜けなおもちゃのような獲物。
「折れたァ! 折れたァ! ざまあみろォ!」
 ゴブリンの1匹がはやし立てる。逃げ腰だった奴まで表情を一変させて、少年に近づく。手に武器はない。気力も体力も果てた。しかし敵はまだいる。どんな達人であろうと、まず間違いなく諦める状況下で、不思議と少年の心は平静を取り戻していった。
 少年は、あの少女の笑顔を想像してみた。
 痩せた身体を跳ねさせながら、黄色と赤の花飾りを頭につけて、微笑む少女。目が霞んでいて良かったと少年は思う。自分の涙に気づいたら、今すぐにでも寝てしまうだろう。
 少年は近づいてくるゴブリンに対し、威嚇でもするかのように、柄だけの剣で『斬った』のだ。当然、刃の無い剣はゴブリンに傷を与える事などなく、ゴブリンは卑下た笑いを浮かべる。
「頭がおかしくなっちまったのかァ? お前もあいつらみたく喰ってや……」
 そこまで言って、ゴブリンは事切れた。
 ゴブリンの背中には、先ほど粉々になったはずの剣がしっかりと突き刺さっていた。
 遅れて轟いたのは雷鳴の音色。空を見上げる。雲は無い。
 少年は俯きながら、眼中に敵を入れる事すら無く、不可思議な剣を振るう。

 数秒後。そこにあったのは、血だらけの少年とゴブリン23匹の凄惨な死体の山。少年は来た道を振り返り、そしてこれから行く道を見た。
 ファンクルが近寄り、頭を少年のわき腹に撫で付けて、酷くただれた心を慰めた。


・南へ移動、ゴブリンを撃破、+400G

       

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