Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

【魔王】

 偶然、進路を同じくした行商人2人が、山道を歩いていた。
「最近はこの国も物騒だからなぁ。南の方ではコフの部族が魔物に襲われたそうだ」
「んだな。グレン様にまたなんとかしてもらわんと、安心して商売も出来ん」
 世間話をしながら、背中に積まれた商品が揺れている。
 その様子を、岩陰に隠れながら見ている魔王が1人。
 魔王ネイファは想像する。今あの商人2人の前に飛び出して、名乗り口上をするならこうだ。
「我が名は大魔王ネイファ。この世界を破壊する為にやってきた」
 そして商人の片方をむごたらしく殺し、片方を逃がす。そうすれば、生き残った方はいかに魔王が怖い存在かを帰って仲間に喋るだろう。
 完璧な計画。ネイファは身を乗り出す。その瞬間、ネイファの『いつもの癖』が発動する。
 ――いや待て。私が魔王だという証拠がどこにある。実際、正式に魔王の地位を継承した訳ではない。それに、1人を殺した後でもう1人が恐怖のあまり気絶したりしたらどうする。へたり込んで動けなくなったら? 何と言葉を続けて去れば良いのだろうか。そもそもどうしたらなるべく惨めに殺せるのだろう。首を跳ねるか? いや、それくらいの事盗賊でもする。盗賊だと勘違いされたら最悪だ。盗賊と同じレベルの魔王なぞ聞いた事も無い。というか、私に人間が殺せるのか。いつもこんな風になんだかんだと言い訳をしながら、人間と会うのを避けてきたのではないか。いまさら自分を変えられるとは到底……
 などと考えている内に、商人2人はどこかへ去ってしまった。
 ため息を零して再び隠れるネイファ。
 人見知り。ネイファの性格を一言で表現するならばこれ以外に無い。


 部下に指示をする上で問題は無い。「殺せ」とも「滅ぼせ」とも何とでも命令が出来る。しかし本物の人間を目の前にするとまるで駄目。自分は魔王だという自信と、経験の浅さから来る迷いとで頭が混乱して、満足に話も出来なくなる。挙句の果てには、道中たまたま出会った農民に、
「腹すいたのか? 野菜食うか?」
 と声をかけられるくらいで、ネイファはそれをトラウマにますます人見知りを激しくさせた。
 しかし今まではそれでも成り立ってきた。むしろ、人間を襲わない事によって身が隠れていい(実際は人を極力避けての遠回りが多かったが)とさえ思っていた。一度魔王と認められさえすれば、あとは玉座にふんぞり返って部下達に破壊命令を出し続ければ良い。だから人見知りを克服する必要などない、いやむしろ自分は断固として人見知りなどではない、とネイファは考えていた。が、事情が変わった。
 ゴブリンは死ぬ直前、ネイファにこう通信してきた。
「うわァ! とんでもない奴が出てきやがった! 妙な剣で仲間は皆殺しだァ! 魔王様助けてくれェ!」
「妙な剣? どういう剣だ? 詳しく教えろ」
「妙な剣ったら妙な剣でさァ! あっ」
 とことん役に立たない部下を持った物だと嘆いている余裕は無い。東、西の街はウーズによって無事に掌握した物の、自分が魔王と認められるにはあと1つ街を征服する必要がある。帝都を含んで5つの街がある中の、過半数は何としてでもとらねばならぬ。
 一番てっとり早い方法として、自分が北の街に向かうという手がある。ウーズと似たような方法で、裏からこっそりと支配する事が出来れば、それで都合3つの街を占拠した事になる。
 新たに魔物を召喚し、再度南の街に向かわせるという方法もある。時間はかかるが、そちらの方が確実かもしれない。今、ネイファの手元には、ゴブリンを遥かに越えた魔物を召喚する結晶石が2つある。
 ネイファはじっくりと考えながら、道中を進んでいく。すると、大きな湖にぶち当たった。目を凝らすと、湖のほとりには人だかりが出来ている。人々は皆、手にバケツや桶を持っている。ネイファは耳をすます。
「いやあこんな近くに湖が出来てくれて助かったんべ」
「んだんだ。これで冬になっても水に困らん」
 しばらく見ていたが、立ち代り入れ替わり湖を人が訪れるので、ネイファは出るに出られない。また、道中ここから北西と南東も見てきたが、どうやら鉱山になっているようで、同じく人で溢れていた。
 北の街へと行く道には全て資源があり、資源にたかる人がいる。つまり、ネイファには行く事が出来ない。いや、正確に言えばその人見知りさえ何とかすれば北の街はすぐなのだ。
 人の塊を見下ろし、ネイファは呟く。
「……無理だな」
 すぐ様ネイファは召喚の儀を執り行い、昨日手に入った結晶石を使い、帝都にデーモンを召喚した。


「……という訳で、私は今いる所から身動きがとれない。お前が南の街へ向かって、占領してこい」
「それは構わんが、もっと良い方法がある」
 ゴブリンと違って、デーモンには個体差がある。性格や能力はまちまちで、今回ネイファが召喚したのは理知的で忠誠心のあるデーモンだった。
「この国の権力者と交渉し、湖に集まっている人間を他所にどかしてもらえばいい。人間さえどけば、3日程度で街へつくのだろう? 無論、我も南の街へ急ぐが、1週間はかかってしまうぞ」
 現世に召喚されたデーモンは太陽に弱く、深夜の限られた時間にしか移動できない。
 ネイファはデーモンの提案を了承した。しかし『権力者』というのが問題だ。一番の権力者といえば王だが、今王は身の回りを兵達で固めている。デーモン1匹では近づく事さえ出来ないだろう。他に誰か、人々に命令できる立場の人間はいないだろうか、と考えを巡らせている時、1人の人間の名前を思い出した。
「『鍛冶屋グレン』という男に接触してみてくれないか」
「知り合いなのか?」
「いや、人々の噂で良く耳にするのだ。頼れる人間で、王を任せたいくらいだとな」
「ふむ。では、そいつと交渉してみよう」



「サンパドレイグ7世……」
 結晶石は深淵へと飲み込まれていった。相変わらず、石の着地する音も無ければ、水が跳ねる音も無い。一体どこへ通じているのか、そして誰が結晶石を手に入れているのか。
「……厄花だな」
 と呟き、井戸の底を見つめる。
 そんなグレンの背中に、声がかかった。
「ここにおられましたか」
 グレンは振り向く。そこには、背の高い青年が立っていた。目つきは鋭く、佇まいに隙が無い。
「突然ですが、何か願いはございませんか?」
 青年はどこか甘ったるいような優声で、グレンにそう尋ねた。グレンは冷静を取り繕って、ゆっくりと首を振る。
「何も無いよ。私は今の生活で満足している」
「嘘は良くありませんね」
 青年は口を曲げてにやりと笑う。
「あなたには何か後ろめたい事がある。後ろめたい事がある人間は、満たされていない人間ですよ」
 知った風な口をきくじゃないか、とグレンは心の中で毒づく。
「ところで、あなたは誰ですか?」
「私は悪魔です。古の悪魔と同様、グレン様に取引を持ちかけに参りました」
 グレンは驚きもしない。しかし馬鹿にする様子でもない。何せ散々井戸の中に石を放って、人の不幸を願ってきたのだ。今更悪魔に魂をとられようが、何ら不思議ではない。
「どんな取引だい?」
「あなたの願いを1つ叶える代わりに、北の街付近に出来た湖の人除けをお願いしたい」
 グレンは皮肉を込めて言う。
「悪魔のわりに、偉く現実的な取引だ」
「魂をよこせなんて言いませんよ」
 そう言って、静かに笑う2人は良く似ていた。
「願いねえ……」
 グレンは考えるフリをした後、ふざけ半分でこう言う。
「この国の王にしてくれ、というのは?」
 悪魔は首を横に振る。
「それは不可能ですね。なぜなら、商人がいきなり明日から王になるというのは現実的ではない。……ですが、あなたが王になるお手伝いは出来ますよ」
「どんな風に?」
 悪魔は饒舌に語りだす。
「例えばこういうのはどうですか。突然、帝都の近くに恐ろしい魔物が現れる。それを誰か民間の者が討伐する。討伐した者には当然国から報酬が支払われ、結果として、国庫は圧迫される事になる。今、この国は王への信頼が揺らいでいます。金が無くなれば、軍隊を維持する事も出来なくなり、革命が起きるでしょうね」
 グレンの脳裏に少年の顔が浮かんだ。そういえば、昨日のゴブリン討伐の報酬は400Gもの大金だという。いくら莫大な資金があるとはいえ、そこそこのダメージはあったはずだ。
「あなたは魔物を召喚出来るんですか?」
 グレンはあくまでも結晶石の事は伏せ、そう尋ねた。悪魔は頷く。
「ええ。多少の制限はありますがね」
 会話の一部始終を念力通信で聞いているネイファが「おい」と声をかけると、デーモンは「ネイファ様の存在はまだ隠しておいたほうが良いでしょう」と答えた。「まあ、この男ならおおよその見当はつくかもしれませんが」
 グレンは悪魔をじっと見据え、その背景にある物を探る。やがて腹を括ったように、言う。
「古今東西、悪魔との取引で成功した者はいない。……だけど、逆らえないんだな、これが」
 グレンから手を差し伸べ、悪魔と固い握手が交わされた。取引成立。
 悪魔側が帝都の付近にゴブリンを出現させ、それをすぐに少年に倒させる。その代わり、グレンは明日北の街に向かい、湖付近に集まっている人を移動させる。
 以上の内容できっちりと合意がなされ、悪魔は去っていった。

 グレンの視界から消えた後、悪魔はその翼を広げ空に舞った。漆黒の羽が月明かりに照らされ、強く風を掻き分けていく。



・デーモン1体、ゴブリン2体を設置
・デーモン1体、ゴブリン2体を移動

       

表紙
Tweet

Neetsha