Neetel Inside ニートノベル
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【王様】

「偽りが見えます」
 相談役は、そう言って王を一刀両断した。怯みも怯えも無いその言葉に、王は面食らう。
「何ゆえにそう思う?」
 相談役は答える。
「言葉は口よりいずる物ではありません。雲が海から上るように、太陽が命をもたらすように、見る事が出来ない部分こそが最も重要なのです」
 王は、昨日やってきた鍛冶屋グレンの事をあえて隠し、悪魔が直接自分に取引を持ちかけてきたと嘘を言って、相談役に話をした。その嘘を見事に看破した相談役を見て、王は何もかも打ち明けようと決意した。


 魔王との契約。ただならぬ国勢。そしてグレンとのやりとりなどを、今度は決して偽る事無く相談役に話した王は、憑き物が落ちたように安らかな顔をしていた。先代の王から、デーモンの悪逆非道ぶりは散々強く言い聞かせられていたので、グレンから「悪魔がやってきた」と聞いた時は、内心、心臓が止まりそうになっていたのだ。
「事態は把握いたしました」
 相談役の力強い言葉が、今の王には何よりの救いだった。『王は小心者にしか務まらない』王は先代の言葉を思い出す。
「グレン氏はおそらく、次に結晶石を見つけても報告に来る事は無いでしょう」
 一転、王は怪訝な眼差しで相談役を見る。相談役は占いに頼る事も無く淡々と、理を燻らせ始めた。
「グレン氏が魔物と結晶石の関連性を以前から知っていたならば、あなたが資源を配置していると宣言した時点で、まずは王宮を訪ねてくるはずです。悪魔から取引を持ちかけられてから初めて来るという事は、その取引の上で何か『厄介な事』が起きたから、仕方なく訪れたと考えるべきでしょう。
 つまり、グレン氏は悪魔と取引をするつもり、あるいは既にしていると見て間違いありません」
 王は頷きながら頭の中を整理する。
「北の街を資源で固めるように指示した理由もこれで説明がつきます。グレン氏は、決して北の街の安全を考慮して言ったのではなく、グレン氏自身が安全に悪魔との取引を達成する為に、その指示を出したのです」
「だが、結局北の街付近に資源が置けなかった。グレンはこれからどうすると思う?」
「悪魔との取引に、引き換えられない何か、例えば……命などを賭けているのならば、何としてでも北の街の人払いはするはずでしょう」
「急いでグレンの動きを調べさせよう」
「それがいいでしょう。ですが、もしもグレン氏が悪魔との取引を何よりも最優先しなければならないのなら、そもそもあなたに相談を持ちかける必要性は薄いはずです。グレン氏の立場に立って、利害関係を整理していけば分かります。
 悪魔との取引を実行した場合に得られる結果は、おそらく最悪の物であると理解してはいる。しかし、だからと言って取引をないがしろにも出来ない。よって、王であり資源の出所であるあなたを上手く操作し、自分に都合良く資源を配置させれば、安全に悪魔との取引を果たせる」
 王は立ち上がった。激怒の感情に身を任せるまま振り上げた拳を、相談役は見向きもしない。
「平民出の商人風情がいい気になりおって……絶対に許さん。今すぐひっ捕らえよう」
 勢い良く部屋を出て行こうとする王を相談役が呼び止めた。
「今はどうかその怒りを堪えて下さい。まだはっきりとしていない部分がいくつかあります。悪意の刃に気づいていないフリをすれば、その刃で仕留める事も可能なはず」
 王は渋々ながら座りなおす。
「今、取り急ぎ明らかにしなければならないのは以下の2点です。まずは、グレン氏が結晶石を使って一体何をしようとしているのか……」
「武器を作る為ではないのか?」
 相談役は目を瞑り、じっくりと考えてから言葉を紡ぐ。
「もちろん、それもあるでしょうが、それだけではないように思います。武器を作る為だけならば、わざわざ王に結晶石の存在を隠しておく必要が無い。何か後ろめたい事があるはず」
「ふむ……では、グレンが結晶石を使って魔物を召喚しているという可能性は?」
「ありえません。理由がどうであれ、民を危険に晒すのをグレン氏は良しとしません。それと、グレン氏は早々に結晶石の重要性に気づいていたように感じます。おそらくは、資源が帝都付近に出現した時から、結晶石の回収は始まっていたのではないかと。これはそのまま、悪魔がグレン氏と接点を持とうととした理由の説明にもなります」
「なるほど……」
 と、王は関心している。
「もう1つのはっきりさせなければならない点は、北の街付近にいる魔物に関してです。魔物が結晶石に弱いというグレン氏の言葉が本当ならば、資源の位置関係上魔物は今身動きがとれないはずです。グレン氏が悪魔との契約を果たす事によって、北の街への進行が成立するとなれば、由々しき事態に陥る事でしょう」
「急ぎ、北の街に師団を送り、調べさせよう」
「その方がよろしいかと」
 王は張り詰めていた緊張の糸がほだされていくように感じていた。相談役には、冷静かつ客観的に現状を見つめる力がある。もっと早く告白すべきだった、と王は若干後悔する。
 その時ふと、別の課題を思い出した。
「ところで物は相談なのだが、今日の分の資源の配置を占ってもらえないだろうか」
 相談役は微笑み、カードをきる。
「よろこんで」


 相談役との長い会議を終えて、玉座に戻ってきた王を待っていたのは、隣国であるグリルテン王国からの使いだった。見れば、不機嫌そうな王妃と、汗でだくだくの大臣。緊張感のある近衛兵。ただ事ではない、と王は一瞬で理解する。
「良くきたなグリルテンの使者よ」
 使者は深々と頭を下げ、述べる。
「麗しきご尊顔を拝し……」
「口上など良い。して、何用だ?」
 方膝をついたまま、使者は懐から封筒を出して近衛兵に渡した。王がそれを受け取り、封を開け、読み進める。
 書状は、堅苦しく長ったらしい文章でつらつらと書き連ねられており、王も理解するのにしばらくの時間がかかった。だが、グリルテン王の言いたい事を要約すれば、つまりはこういう事になる。
『資源をよこせ。さもなくば、金をよこせ。どちらも拒否するならば、戦争だ』
 どうやら王が、自国の国内に資源を撒いているという話が、伝わってしまったのだろう。それに脅威を感じたグリルテン王が、サンパドレイグが国力をつける前に手を打っておこうと判断したらしい。
 グリルテンはサンパドレイグよりも遥かに歴史の長い国である。現状の国力は両者とも均等か、あるいはグリルテンの方がやや強いくらいだが、王の能力によってこの均衡が崩れるならば、グリルテンとしては先制せざるを得ない。まさに隙の無い外交戦略とも言えるが、王からしてみればこれはただの恐喝である。
 王は書状を破り捨てたい衝動に駆られる。しかし、隣から鋭い視線を送る王妃と、心配そうに見つめる大臣を気遣い、どうにか堪える。
「出来れば、お返事は今日中にいただきたい」
 使者は万全の礼儀を払いながら、王を脅す。


 重苦しく、呼吸さえ困難な空気が玉座の間を支配していた。王は口を一文字に結び、ギラギラした目で使者を見つめている。次に出る言葉によっては、数万数十万という人間が死ぬ大戦争に突入する。しかし使者にも重要な使命があり、一歩も引く様子は無い。
 沈黙に耐えかねた大臣が、王の近くにそっと近寄り、耳打ちをした。
「王、こうなれば仕方ありません。資源をグリルテン王国にも分け与える事は出来ないのですか?」
 王は首を振る。
「で、では、国庫からいくらか金銭を出す他ありますまい。今我が国が戦争をしても、指揮はそう長く持ちません」
 王は目を瞑る。すると、相談役の顔が浮かんだ。
 これではいかん、と王は自分を一喝する。一国の王ともあろう物が、人を頼ってばかりいては示しがつかない。ここは一つ、後の歴史で英断と言われるような判断を……とは考えてみるものの、一向に答えは出ない。
 と、その時。書記官の一人が玉座の間に走ってやってきた。王にも負けず劣らず険しい表情で、全身から汗が噴出している。
「王、大変な事態に……」
 息を切らしながら、かろうじて言葉にする。王は大臣に目配せをして、グリルテンからの使者を一旦外に追い出す。
「どうした? 落ち着いて話せ」
「はっ! 東の街と西の街で、疫病が発生した様子です……!」
 ざわつく一同。王がそれを諌める。
「それぞれの街の領主は何をやっておる?」
「そ、それが、東の街のバックル氏、西の街のエルーシャ氏ともども自らの屋敷に篭ったきり連絡がとれない様子で……」
「何だと!?」
 王の大声に萎縮する書記官。汗を拭きながら、今にも泣き出しそうな表情。
「何としてでも引きずり出し、疫病の対策に当たらせろ!」
 一喝し、尻に火をつけられたように飛び出す書記官。その背中を見つめながら、王は思う。
 度重なる不幸の連続。何者かに呪われているという相談役の言葉は、どうやら本当のようだ。


・黄のレベル1、緑のレベル6タイルを設置

       

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