Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 今、サンパドレイグ王国は、激動の時代へと突入している。
 この国の現最高権力者であるサンパドレイグ7世の失脚は火を見るよりも明らかで、もう間もなくすれば、長らく続いたこの王政も終わるだろうという予感が民達の間では蔓延している。しかし王にも秘策はあった。かつてこの国を作ったサンパドレイグ1世のように、魔王との契約をしたのだ。
 王を討とうと立ち上がったのは、商人組合の長であり、自身も凄腕の鍛冶屋であるグレン。民衆の声を誰よりも近くで聞いてきた彼は、王に敵意を持っている。とはいえ、表面上は王との友好関係を維持し、その裏で、破滅の井戸を使い王に呪いをかけて、王を破滅させようと画策している。
 そんな2人をよそに、この国の支配を目論むのが、王との契約により現世に降臨した魔王ネイファ。かつて長きに渡って魔界を統治していた大魔王ネイタスの娘である彼女は、この国に4つある内の3つの街を支配する事によって、地上侵略の礎を築こうとしている。
 そしてそれに立ち向かう少年が1人。彼はネイファの召喚する魔物を退治し、王から報酬を得て、グレンから武器を買い、ネイファ討伐の為に駆けるも、東の街での戦闘において利き腕である右腕を失う。しかしそれでも彼の戦う意思は潰えていない。巨大なる悪の気配が消えぬ限り、命尽きるまで戦うだろう。
 4人の思惑は絡まる糸のように交差し、物語は終焉へと向かっている。


 首都の北東、点々と農場があるだけの土地に、今では使われていない古びた城塞があった。かつて戦争に備えて建設された物で、サンパドレイグ6世の時代までは有事に備えて兵士が常駐していたが、財政の圧迫を理由に破棄された。城塞の壁には蔦が隙間無く生え、所々にネズミのあけた穴が空いている。普段は人っ子一人いない寂れたその廃墟が、今は世話しなく泡立っていた。
「まだ見つからんのか!」
 怒気強く叫ぶ声。それから舌打ちと、貧乏揺すり。城塞の大広間に、申し訳程度に張られた陣の中心にいらだつ王の姿があった。
「はっ。ただいま全力を持って捜索しておりますが、未だ……」
「黙れ! 言い訳など聞く耳は持たん」
 一蹴する王。「こんなみすぼらしい場所になど一時さえ居たくない」とその顔に書いてある。
 昨日、城塞付近に住む農民からの通報で、自らを魔王と名乗り、魔術を操る少女が現れた。という情報が王の耳に入った。確かに、北の街から南下したと考えればこの付近に潜伏しているのも辻褄が合う。相談役も、何かが潜んでいると言った。しかしそれだけでは王も決断をしない。何せ、ひとたび王宮を出れば、暗殺の可能性は飛躍的に上昇するのだ。
 迷える王の決め手となったのは、王妃の放った一言。
「そんなに言うなら、あなたが直接行けばいいじゃない」
 グリルテンからの恐喝に合い、国庫も最早風前の灯となっている。商人達からの借金も焦げ付いている。例の契約による資源配分によって、かつての名声も徐々に取り戻しているとはいえ、その前に破綻し、革命が起きるのでは目も当てられない。王にとって、城塞に張ったこの陣は、まさしく背水の陣と言えた。
 地位のわりに狭量な王が抱えるには、あまりにも大きすぎる課題。王はさ迷える怒りの矛先をゆらゆらとさせながら、ひたすらに苛立っていた。その時、一人の兵士が大広間に飛び込んできた。
「王! 例の少女を連れて参りました!」
「何!? それは本当か?」
 返事を聞くまでもなく、数十人の兵士が大広間に入ってきた。屈強な身体に四方を囲まれ、姿は見えない。しかしその気配はやはり異常だった。訳の分からぬ、とにかくこの世には無い物、だが王だけが感じていた。これは、父に初めて魔王との契約書を見せられた時の感覚だと。
 王とはかなりの距離を取り、兵士達が止まった。槍を握り警戒しつつ数人が前を開け、王と魔王が対面した。
 身体はでっぷりと肥え、着ている服も豪華絢爛。だというのに、その顔は落ち着かず悲壮感さえ漂っている中年一人。
 対するは、赤のショートラインドレスを纏い、顔にタトゥーの入った少女。黒く、深い、ギロチンを思わせる特徴的な帽子を被っていて、青白い肌を一層引き立たせていた。魔王ネイファ。まだ自称である。
 王は何かを言いかけて、なんと呼べばいいのか迷った。そなた、では丁寧すぎる。とはいえ、貴様というのも……。一言目を発するのにしばらくの時間がかかった。結果として、王は疑いに満ちた眼でネイファをじろじろと見つめる事になった。
 だが、これで本当に困っているのはネイファの方だった。極度の人間嫌いである彼女は、つい昨日、勇気を振り絞って通りがかりの農民に自己紹介をしたものの、それが精一杯で何の危害も加えられなかった。そんな時、続けざまに今日の大捜索。小指一つで兵士達を一網打尽にする力程度は余裕であるのだが、人間の前に出ると緊張に顔が強張り、背筋がピンと張り、まともに喋れなくなる。デーモンの説得により、かろうじてこうして投降したが、この国の最高権力者である王を目の前に、ネイファの緊張は最高潮まで達していた。
 張り詰めた空気を感じる兵士達には知る由もない葛藤が、繰り広げられる。やがてそれを終わらせたのは王の方だった。
「名前は……何という?」
 ネイファは体をびくつかせ、滝のように汗を流す。そろそろネイファを囲む兵士達は異変に気づいている。
「ネ、ネ……」
 口ごもるネイファ。顔を突っ伏して、過呼吸と眩暈を同時に起こす。
「ネネか。見た目には反して普通の名だな……まあいい。ところで、数日前から魔物を召喚し、我が国を混乱に貶めているのは……ネネ、お前で間違いないか?」
 訂正する暇も無く、話が前に進む。とにかく返事をしなければ、とネイファは焦る。
「は……」
 ほとんど喋れないまま、また沈黙。様子を見かねて、デーモンが囁く。
『ネイファ様、交渉に入る前に負けてますよ』
『わ、わかっ……いや違う! まずはこうして敵を油断させているのだ!』
『どう見ても油断してませんね』
 王はますます訝しげにネイファを見つめる。その警戒心は強まる一方だ。
「そ、そ、そう……だ」
 かろうじて、ネイファは王の質問に答えた。
 王は事前に、相談役とここからの作戦を練っておいた。契約により、現世と魔界を繋ぐ門が開かれた。そこを通して魔物を召喚している人物、つまり魔王が特定された場合に王がすべき行動。それは一つしかありえない。即ち、魔王を退治する事である。
「やれ」
 短い命令の後、ネイファを取り囲んでいた兵士が動いた。数十本の槍先が空中を交差して舞い、それぞれがネイファの肌に突き刺さる。左足の甲、右ふともも、ふくらはぎ、臀部、腹部、左胸、右腕、左手、首、左目に突き刺さり、真紅の血が滴り落ちる。
 その壮絶な光景を王は瞳孔を開き見つめ、一方で安堵を感じる。
 これで一つ、悩み事が消えた。後の懸念はグレンだけ……と、その時、ネイファがようやくはっきりとした口調で喋った。
「『交渉がしたい』というのは、嘘だったのだな?」
 ネイファは残った右目で王を見つめる。光は消えていない。命はまだそこにある。
「な、何をしている!? 早くとどめを刺さんか!」
 王は立ち上がり、激昂する。兵士達は不可解に思いつつも、槍を一度引き抜こうとする。だが、槍は固まったように抜けない。
「騙したのだな?」
 語気を強め、ネイファが問う。王は後ずさりし、ネイファは全身に槍を刺したまま、一歩前に進む。肌は捲れ、肉が抉れ、大量の血が噴き出る。それと同時に槍先が融解し、ただの棒が数十本、兵士達の手に握られる。
「ち、違う! ただ、わしは……」
 言い訳など出来るはずがない。ネイファの細い指先が、王に向けて差し伸べられたその瞬間、一人の兵士が大広間に飛び込んできた。
「王! 鍛冶屋グレンの率いる革命軍が……!」
 遮るように、一人の男と数十人の民兵達が、ずかずかと入ってきた。皆堂々と胸を張り、その表情は気高い。
「突然の訪問、まことに失礼。また会いましたね、サンパドレイグ王」
 一行を率いていたのは、鍛冶屋グレンその人。若い力に満ち溢れ、凛とした美男。腰につけた革のベルトには自らの打った剣を差し、頭には革命軍の証である黄色いバンダナをつけている。
「グ、グレン……、貴様裏切ったな?」
「裏切ってなどおりませんよ、王。元より私はあなたの敵です」
 呆気なく言い放たれ、王は狼狽する。
「この砦を拠点に魔王の捜索をしていると聞きましてね、急ぎ、こうして馳せ参じたという訳です。おや、そちらにおられるのが魔王様ですか?」
 ネイファは振り向き、グレンに一瞥する。初対面ではあるが、全く面識が無い訳ではない。デーモンが一度ネイファの使いとしてグレンに交渉を持ちかけ、その時もネイファは裏切られた。
「貴様、何をする気だ……?」
 王がグレンに問いかける。グレンは肩をすくめ、飄々と答える。
「いえ、ただのご挨拶ですよ。宣戦布告、と言った方が正しいかな。それとちょっとした交渉もね。ああ、心配はいりませんよ。ここで戦いを起こすはございませんから。互いに無駄な血を流す事は無いでしょう。我が革命軍は、軍とはいえ無血での革命を企てておりますのでね」
「小癪な……」
 王は兵士達に戦いの指示を飛ばす衝動に駆られる。しかし人数的には同等か、少し王の軍が勝っている程度の事。今ここで戦いを始めても自分の安全は保障されない。それに魔王もいる。王は吐き出しそうになる言葉を飲み込んで、歯軋りをしながらグレンに言う。
「交渉とは何だ? 言ってみろ」
「いえ、あなたと交渉をしたい訳じゃない。そこにいる、魔王様と交渉をしたいのです」
 ネイファは怒りに満ちた眼差しでグレンを見つめる。ネイファにとってみれば、今この場には敵しかいないのだ。
「まずは謝らせてもらう。例の、悪魔が持ちかけてきた人除けの件。達成できなくて真に申し訳ない。言い訳になるが、ここでは説明しきれないほど様々な事情があったのだ。決して貴殿を裏切った訳ではない。私は、約束は必ず守る男だ」
 弁舌滑らかにその手腕を振るい、グレンはネイファに頭を垂れる。ネイファの傷は少しずつ治り、衝動的な憤怒も収まりつつある。
「改めて、今度は私から一つ提案があるのだ。貴殿には、結晶石を使って魔物を召喚する力がある。それを一度、私の指示通りに使ってもらえないだろうか?」
 それでもまだ興奮状態にあるネイファには言葉の意味がうまく飲み込めない。グレンは言葉を砕いて、再度言い直す。
「つまり、魔物を一匹、首都のど真ん中。そうだな、玉座の間あたりにでも召喚してもらいたいのだ。もちろん、一番強力な奴を」
「なっ……」
 王がグレンに掴みかかる勢いで身を乗り出す。グレンはそれを一睨みし、「あなたは黙っていた方がいい」と子供を諭すように言う。
「都合の良い交渉だとは理解している。しかし、こちらとしては譲れない条件なのだ。もちろんその代わり、今度は順序を逆にしよう。私がまず、貴殿の指定した場所の人払いを行った後、貴殿が魔物を召喚する。これでどうだろうか?」
『都合が良すぎますね』
 それまでずっと沈黙を守っていたデーモンが呟いた。
『今すぐ2人ともこの場で抹消すべきです』とも言った。
 だが、それは出来なかった。少なくとも、ネイファは王を殺せない。契約者である王が死ねば、魔界と現世を繋ぐ門が閉じられ、地上侵略が不可能になる。傷は既に治りかけ、少し冷静になったネイファにはそれが分かっていた。
 となれば、グレンも殺せない。もしもここでグレンを殺せば、肝心の人払いが出来なくなる。それにグレンの連れてきた民兵達も、武器に手をかけ、すぐに戦えるように控えている。これから先の王の身の安全が保障できない。
「……良いだろう」
 ネイファは言う。言葉尻は今にも消えそうで、既にいつものネイファを取り戻してしまっている事が分かる。
『あーあ』
 デーモンが呆れ気味に言う。『仕方あるまい。それに、北の街まで辿りつけばこちらの物だ。今度は先に人払いをさせるのだから問題ない』と、ネイファは言い訳する。
「では、交渉成立だ」
 グレンがにやりと笑う。王は苦虫を噛み潰したような顔になり、思う。これで、城に帰る事は出来なくなった。


 その頃、東の街で一人の淑女が悲鳴をあげた。
「勇者様!? 勇者様がお逃げになった!」
 左腕を失い、精も根も尽き果てたかのように見えた少年は東の街の領主であるエルーシャの手によって保護された。治療を受け、ベッドに眠らされていたのだが、エルーシャが夜通しの看病に疲れてうたたねをしたほんの一瞬の隙をついて、少年は脱走した。
「なんとしても探しだしなさい!」
 エルーシャは、広間に人を集めて叫ぶ。
「勇者様は命の恩人。いえ、この街を救ってくれた救世主様です。まだ傷も完全に治っていない。放っておく訳にはいきません。なんとしても探し出し、連れ戻すのです!」



【王様】結晶石タイル10枚 勝利まであと5ターン
・黄のレベル5、灰のレベル5タイルを設置

       

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Neetsha