Neetel Inside 文芸新都
表紙

奇譚
勃起(了)

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奇妙な夢を見ました。
何も無い荒野にただ一人、“私”はぽつんと立っていました。
ふと空を見上げると、私の立つ大地と同じく無限に灰色が広がっており、その果てしなさが何処か虚無感のようなものを私に感じさせました。
私は無意識の内に歩を進め、果ての無い空間を進み続けました。
長い事、歩き続けました。
ですが、疲れは全く感じなかった事は今でも鮮明に覚えています。
只管に歩き続けてどれ程の時間が経ったでしょう。
気付けば、私は何か黒いものの前に立っていました。
その物体は地面から生えている様子で、細長い二等辺三角形の形をしていました。
筍――。
その表現が最も適していると思います。
毛のようなものに蔽われた表面には、黒々とした色が被さっていました。
私はその物体に手を差し伸べ触れてみました。
何故、触ったのか。
それは、私にもサッパリ分からないのです。
触った感触はと言うと、実は全く覚えていません。
“触った”という感覚はあるのに、“触れた”という感覚が欠落しているのです。
まるで空気に触れた、そんな感じでした。
すると、それは少し揺れたかと思うと、突如として伸び始めました。
灰色の空に向かって、手を伸ばすかのように、それは伸びていったのです。

「うォオん!」
閉め切られたカーテンの隙間から、眩しい光が差し込み、私の顔を照らしていました。
雀の鳴き声が遠くで聞こえ、朝であるという事と同時に先程のものが、夢であった事を私は理解しました。
私が身を起こすと、半開きになったドアの先に妻が朝食の準備をしているのが見えました。
いつも通り、普段と変わらない日常が始まった。
そう思う傍ら、何かいつもとは違うものを私は感じていました。
ただ漠然とそこにある、といった感じで、それが何なのかは、まるで分かりませんでしたが、深く考える必要も無かろうと私は布団から出て、リビングに向かいました。
リビングは私と妻の寝室を出た直ぐそこ・・・なのですが、そこに向かうただ数歩で私は先程感じた異変が何処にあるか理解しました。
股間。
股間に言い様の無い違和感が私を襲うのです。
酷く歩き辛い、そして何より重い。
いつもなら、「嗚呼、勃ってるな。」程度にしか思わないのですが、今日は違いました。
違和感が私の頭に擡げるまま、顔を床に向けてみました。
長い棒が私の股間から突き出しているのを認識するのに少々の時間を要しました。
私の股間は此れ程までに大きかっただろうか?
パジャマが弾け飛びそうな程に大きかっただろうか?
いいえ、そんな筈はありません。
もう何十年も苦楽を共にして来た私の相棒なのです、こんなに大きかった記憶は在りません。
何故、こんなに大きく成って了ったのでしょう?
動揺する私の背後で、誰かが声を掛けてきました。
「貴方、ご飯が出来たわよ。」
妻の声に私は心臓が高鳴りました。
こんな大きなものを見たら、妻は何と言うでしょう?
切り取れとでも言い出し兼ねません。
「ご飯はいい、支度をして仕事に行くよ。」
妻に背を向けたまま、私はそう言いました。
出来れば、こんな状況で仕事になど行きたくありません。
ですが、今日は非常に大事な会議が在るのです。
「勃起が激しいので、今日はお休みさせて頂きます。」
誰がそれを聞いて、「相分かった。」と言うでしょうか。
言う筈が無いですし、それはそれで言われたくありません。
例え休めたとしても、私の信用は木っ端微塵に砕けるでしょう。
そうなれば、私は家庭を養う事も出来なくなり、一家諸共餓死している様子が容易に想像されました。
私は仕事に出かける他、道は残されて居なかったのです。

自宅から会社へは徒歩30分ほどで到着します。
普段は自転車で通勤しているのですが、股間がここまで棒のように長いと、まともに自転車すら乗れません。
仕方無しに私は会社に向かって歩を進めました。
住宅街を抜け、横断歩道を渡り、また住宅街に入りました。
ここまで来るのに丁度10分。
道のりの3分の1と言ったところでしょうか。
それでも私の勃起は治まりを知りませんでした。
寧ろ、余計に大きく成っているようにも思えます。
「ねぇ、ママ、あの人のおちむちむ長いよ!」
突如、そんな声が私の耳に入りました。
横を見てみると、幼稚園へ向かっている最中であろう幼女が私を指差して、隣に居る母親にそう言ったようでした。
「見ちゃいけません。」
何と言う屈辱であろうか。
お前は生えてないからいいな、おめでとう。
私はそう叫んでやりたい衝動に駆られました。
親子揃って勃起しなくていいな、おめでとう。
津波のように私の喉に暴言が雪崩れ込んで来ました。
理性がダムとしての役割を果たしていたので、口からその暴言が飛び出す事はありませんでした。
「世も末ね、あんなでかいのをぶら下げてる人間が居るなんて・・・」
母親は哀れみの目で私を見て、そう呟きました。
その言葉とその同情を感じさせる目が私の理性を吹き飛ばしました。
私の怒りは股間へと集中し、そそり立つ棒は更に硬度と長さを増したのです。
ギリギリまで伸び切った私のズボンが大きな破裂音と共に弾け飛び、その衝撃からか、何故か上に着ていたスーツまで吹き飛びました。
私はネクタイを残して全裸と成り、その場に立っていました。
ひらひらと桜の花弁の様に空を舞う、私が身に付けていた衣類の欠片の先には唖然とした面持ちで、立ち尽くす親子の姿が在りました。
「お前達、親子は勃起しなくていいな!おめでとう!」
服と共に弾け飛んだ理性は、喉に溜まり溜まった暴言を口から放出させました。
「勃起する気持ちが分かるか、分かるまい!意外に痛いんだぞっ!」
顔が真っ赤に染まっていくのを、私は感じていました。
怒り、恥辱、勃起、朝勃ち・・・
数々の感情が私の中で大きな渦と成って、回り回っていました。
私は、はちきれんばかりの股間を抱えて、親子の方に歩み寄りました。
その歩調は今までの人生で最も力強いものであったに間違いありません。
裸であること、性器が丸出しのこと、色々な事が私を苦しめ、そして快感を感じさせました。
悲鳴。
泣き声。
母親の悲鳴と幼女の鳴き声が混ざり合い、更に私を不愉快にさせました。
泣きたいのはこっちだ、叫びたいのはこっちだ。
寧ろ私の股間が叫んでいる。
私は心でそう復唱しながら、歩を進めました。

手が滑った、そんな感じです。
ぬるりと股間は私の手から落ちていってしまったのです。
両手で股間を持つ事で辛うじて歩けて居たのですが、手放してしまったのです。
股間はアスファルトに叩きつけられました。
言いようの無い激痛が脳髄に走り、私は鼻血を噴き出しました。
温かいものが鼻から噴き出て、全身に掛かっていく様は、差し詰めカーネーションと言ったところでしょうか。
飛び散る鮮血を体に浴び、絶叫する親子の姿に私は妙な“支配”を感じ、恍惚を感じていた事は今だからこそ、告白出来る事実でしょう。
血は凄い勢いで地面を濡らし、辺りは血の海と化しました。
鼻血は止まる事なく、私の鼻から噴き出し続けていましたが、私は更に歩を進めました。
それがまずかったのでしょう。
私は今度、血で足を滑らせてしまったのです。
こける。
そう思った時には、もう手遅れでした。
私は地面でひくつく自らの棒の上に倒れ込みました。
柔らかいクッションに倒れたかのような感触、そして、直後にやって来た例え難い激痛。
そして快感。
私のパンパンに巨大化した棒は、まるで水を噴き出すホースのように液体を発射しました。
雨が降ったのかと私は思いましたが、そんな事は無く、それは私の棒から噴き出されたものでした。
雨のように降るそれは、純白の天使の羽のように宙を舞い踊りました。
親子に降り注ぐ天使の羽。
私に降り注ぐ天使の羽。
地面は真っ赤に染まり、まるで地獄のようでした。
ですが、天使の羽がその上に降り注いで行く。
私は真理のようなものを見た気分になりました。
そこで、私の意識は一度切れてしまいました。

今、私は椅子以外に何も無い空間に居ます。
椅子に腰掛ける私の前にはガラスが全面に張られています。
そして、そのガラスの先には色んな人間達が立っております。
私を見て哂っているのです。
私自身、此処が何処なのかは分かりません。
ただ、例えるとすれば動物園でしょうか。
不愉快と途方も無い哀しみが私を襲います。
あの親子が私に向けた情が、ここには溢れ返っております。
ふと、見れば、その人間達の中に一人だけ、目の色の違う女がおりました。
人々が向ける嘲笑と同情の瞳ではなく、私と同じ哀しみを感じさせる悲しい目でした。
妻、だったのでしょう。
その女は、私と目が合うと、直ぐにサッと消えてしまいました。
こんなに辛いのに、私の股間は未だ勃起しています。
脈打ち、轟いているのです。
見られる事を誇るかのように。
来る日も来る日も、女は私に会いに来ました。
晴れの日も、雨の日も、曇りの日も・・・
一度、逸れてしまった軌跡は二度と交わる事は無い。
私も、その女も、それは重々に理解しています。
それでも、日常を求めて迷走する私と女は愚かでしょうか?

股間が一際大きくうねりました。

ー了ー

       

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