Neetel Inside ニートノベル
表紙

宵の凪―仔猫少女と自棄少年―
肆、隣人イントリガー

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 何だ、この事態は。
 まさか、世界中の猫が人間になっているのか。
 いや、それは違う。凪曰く凪のように変身するモノはまだ数体のはず。
 ということは、鷲原の冗談か。それとも隣りに同じような猫がいたなどとでも言うのか――?
 彼は混乱する頭をなんとか押さえつけ冷静さをわずかとはいえ取り戻した。
「どうせ嘘だろ? まあ実際にこの目で見れるってんなら話は別だけどよ」
 あくまで信じていないように振る舞う宵乃。こうしておけば、たとえ冗談でもこちらを疑われることは無い。
「いいぜい。今連れてくるからまってろよぉ」
「え、まじで?」
 勢いよくドアを開けて颯爽と出て行く鷲原。それを見送ることも無く宵乃は瞬速と言うべき速度で凪のもとへと走った。階下の人に迷惑なので普段は室内を走らないことがマナーだが今はそんなことは言っていられない。
「凪っ! あのなっ……」
 そこまで言ったところで凪に口を塞がれた。
「もが!?」
「話は全部聞こえてました。時間がないから、とりあえず猫に戻るけどいいよね?」
「……あぁ。だが何故お前は既に脱いでいるんだ?」
 
  猫に戻った凪を抱いて今に戻るとちょうど玄関のドアが開いた。
「はいるぜユウちゃーんっ!」
「遠慮ねえ奴……」
「みゃん」
 凪がのんびりとあくびした。
「ほらほら家のシャナ可愛いっしょ? ほーれとくと見よ!」
 赤い猫を高々と掲げて見せつけてくる鷲原。明らかに迷惑そうに脱力しているが、確かに可愛い。クルックシャンクスとは比べ物にならない。と、そこで気づいた。
 凪と同じ銀色の首輪。そして03の文字。
「にゃー」
 のんびりと鳴くその猫に対し、凪は宵乃の体に頭を押し付けるようにして背を向けた。
「さぁて、シャナたん! 人間になってくれっ!」
 高々と叫ぶ鷲原。
 そのとたんだった。
 ずりゅり。
 赤猫の前足から毛が退いていく。肌色になってのびていく。足も、腹も、顔も全て伸びてゆく。
「まさか、本当に……」
 そこで気づいた。
 凪が猫から人に戻るときは常に一糸まとわぬ姿だったことに。
「うわああああああああああああああああああああっ!」
 目を両手で塞いだ所で。
「トウジ? 何やってるのでしょう、この人は?」
 凪より遥かに大人びた声が、女の声が聞こえた。
「ユウちゃーん、何かよからぬ想像でもしたのかい?」
 鷲原の笑い声。
 おそるおそる目を開けると。
 和服(巫女か?)の少女が立っていた。
 年齢は15、6歳だろうか。髪の色は深紅。目の色は光の加減で赤色に見えるが茶色だろう。胸は和服を着ているためよく分からないがかなり大きい方だろう。そして、その姿は深紅の宝石のような可憐さを持っていた。
「は? てか猫って普段真っ裸だから……なんで和服着てんだ?」
「相変わらず細かいねぇユウちゃん。まぁ説明してやるけど、人間のときから猫に戻るとき、服を着てればそのまま服も猫の一部になるそうでねぇ。だから次の人間変化には服を着た状態で現れることができるってわけよ。おーけー?」
「ヘェ……」
 ということは昨晩凪は猫に変身する前にワイシャツを脱ぎ捨てたと。そういえばさっきも凪の奴ワイシャツを脱ぎ捨ててた気がする。そんなことを宵乃は考えていたその時。
「そういえばユウちゃん、そこまで驚かないね? あの悲鳴も裸に対するものだったらしいしぃ?」
 ニヤリと笑う鷲原。
「……いや、驚いて上手く表現できな一つーか」
「誤摩化すのはよそうぜ」
 鷲原は相変わらずニコニコと笑っている。
「試作零型の適合者、宵乃裕李くん?」
 ガタッ、と宵乃は立ち上がる。その拍子に凪を抱く手に力が入ってしまったが、気にしてはいられなかった。
「何故知ってる、って顔をしてるなぁ」
 鷲原はゆっくりと立ち上がり、半ズボンのポケットに手を入れた。
「ユウちゃん、俺とお前は同じ組織の人間なんだよ。俺はそしてお前を本部に案内する役割を買って出たってわけだ」
 鷲原がポケットから出し、こちらに向けてきた手には警察手帳のようなものが握られていた。
「正確には押し付けられただけなんですけどね」
 赤髪の少女があきれ顔で呟くが、宵乃に気にしている余裕は無い。確か凪も言っていたはずだ。本部の名前。HDP。
「……おまえ、いつから」
 しばし開くことのできなかった口がやっと開いて、質問した言葉がそれだった。確か昨日猫を拾ったと言っていたはず。わずか一日で、組織に引き込まれ、この現実を完全に理解したとでもいうのか。そんなことはあり得ない。これは完全に自分たちの想像の範疇を越える事態だ。一日やそこらで適応できるはずが無いのだ。つまり。
「半年前だよ、高校受験が終わった頃かなぁ」
 昨日の言葉が嘘だったということだ。
「……昨日猫を拾ったって言っていたのは?」
「フラグだよ。いきなり猫が人間になったなんて言っても、はぁ? なんのこと? みたいになるのがオチだからねぇ」
「……」
「それと昨日試作零型をユウちゃんの通りかかる前に道ばたに置いたのもぶっちゃけ俺。昨日一緒に帰らなかったのは先回りして直前に置くためなんだよ実はぁ。じゃないと誰かに先に拾われちまいかねないし、熱中症で大変なことになるかもしれなかったからねぇ」
「……そういえば帰りいなかったなお前。忘れてた」
「ひどっ!!」
「で、確かに俺はその適合者ってヤツらしいが、凪連れて本部ってとこにいけば良いのか」
「凪……? あぁ、試作零型に付けた名前かぃ? まぁ、そうだね」
「じゃあ早速いくか」
「待ちたまえ」
「あん?」
「その前に凪ちゃんのお顔を拝ませていただきたい」
「どうしようもなく変態だな……まぁいいや、凪、人間に……」
 そこまで言ったところで先ほどの凪が裸だと思い出した。今人間に戻ったら、どうなるか分かったものではない。
「……ちょっと待ってろ!」
 そう言って宵乃は黒猫を連れて居間を出た。

「妙ですね」
「なにが?」
 宵乃達を見送った後、残された二人が小声で囁き合う。
「いくら何でもあっさりし過ぎではないでしょうか」
「……確かにわずか数分でこの事態を把握するなんていうのは尋常ではないね」
「あなたは三日はかかりましたからね」
 鷲原はそれは無視して話を続ける。
「しかも今日見たところ完全に凪ちゃんとの生活になじんでいるようだね。わずか一日で対応出来るというのは少しね……」
「環境適応能力が高いというより、異常な事態に慣れている感じですね……そして、それだけじゃありません」
「え?」
「零……凪は私たちにも心を許さないはずなんですよ」


「んー……」
 凪が不満そうに声を上げた。
「大きすぎるな」
 凪に着せたワイシャツだけでは下半身がほぼノーガードだったので、とりあえず制服のズボンをはかせてみたのだが案の定ずり落ちていた。一応恥ずかしさはあるらしく、彼女は両手でズボンを引き上げていたがずっとこのままというわけにもいかない。
「……そうだ」
 思い立ったように宵乃は立ち上がるとクローゼットの中をあさり始めた。
「何を探してるの?」
「んぁ? あぁ、春に間違って洗って縮んじまったコート。アレならまだ着れんじゃねーかと思ってな。捨てなくてよかった……お、あった」
 宵乃が引きずり出したものは黒に白色のボタンがついたシンプルなコートだった。だが、見るからに安物っぽいオーラが漂っている。
「ほら、着てみろ」
「ん」
 凪が着てみるとそれは若干大きめであったが多少引きずる程度だった。まだまだ暑いがずっと着ているわけでもないので問題なかろう。
「よし。アレな部分も隠れたし。まあいいだろ」
 そう呟いた時、宵乃を呼ぶ鷲原の催促の声が聞こえた。

「ほらよ」
 凪と宵乃が部屋に姿を現したとたんに、鷲原の顔が光り輝いた。
「うぉおおおおおっ!? なんというロリッ子! まさに理想が現実へと様変わりしたようだにゃあああああっ!」
 猫語がうつっていると思ったら悲鳴だった。赤髪の少女――シャナといったか――に蹴飛ばされたらしい。ちなみに今の言葉には間違いがある。正確には「理想」「現実」のところは「二次元」「三次元」である。テストで漢字の読みの問題が出たときは間違いの無いようにしていただきたい。これだけで二点はいけるだろう。
「……ん? 試作零型、そのコートの下は何か着ているのですか?」
「着てない。いいね、試運行参型は」
 シャナは一瞬驚いたような表情をつくったあと、微笑みながら言った。
「そうですか……? 場所にそぐわない気がするのですが」
 彼女達の会話は微妙によそよそしさというか、知り合って間もないような印象を受けた。本部ではそこまで次の時代同士は話さないのかもしれない。
「着てないだってぇえええええ!? み、見たのか、その女のパンツ!」
「別に……ちらっとだけ」
 宵乃は指の間を少し空け、目の前に掲げた。
「かーっ! 朝っぱらから運のええやっちゃのぉ!」と、トウジ。
「何馬鹿なこと言ってんのトウジ! 週番でしょ! って乗せんなぁああ!」
 分かる人には分かると思うが某アニメのやり取りだ。作品名は一応伏せておく。
「フフ、さすがユウちゃん。貸したエヴァのDVDはきっちり全部見たようだねぇ」
「地の文で伏せたのに台無しだよオマエ!」
「で、マジで見たのかぁ?」
「パンツどころかその下までな……てかパンツ穿いてねーし……あ、いや、きちんと見たわけじゃないけど」
「かーっ! 朝っぱらから運のええやっちゃのぉ!」
「何馬鹿なこと言ってんのトウジ! って二度も乗せんなぁああああ!」
 その後ろでは猫二人が男二人を変なものでも見る目つきで眺めていた。

「ふむ、だがさすがに全裸はまずかろう……」
 鷲原は真剣な顔つきをして言う。
「あぁ……」
 宵乃は何となく何かが分かってきた。
「よし、俺が服を貸してやろーぅ! 無償でな!」
 鷲原は立ち上がりヒットラーのポーズをとる。
「おぉ! このときだけはトウジが神に見え……るわけねぇだろこのロリコン野郎! 凪をコスプレさせるつもりだろてめぇ!」
 宵乃さんは分かっていたんですね。さすがとしか言いようがありません。これで凪の裸を鷲原に見られることは阻止できました。おめでとう! さすが紳士の宵乃さんだ!
「でもそうなると服をどうするんだぃユウちゃん」
「まぁそれが問題なんだが……」
「コスプレでも何でも服を着せてやった方がいいんじゃないのかねぇ?」
「ぐ……」
「どーするんだぃユウちゃん」
 宵乃葛藤。
 しばし沈黙。
 宵乃決断。
「よし! 決めた!」
「おぉ! 決めたかユウちゃん! コスプレだなぁ!」
「あぁ!」
「さすがユウちゃんだ! イヤッホぉ!」
「だが俺が着せるお前は服だけもってこい」
 
 鷲原絶望。

 数分後律儀にも届けられた服は見事に凪のサイズにぴったりだった。常識的に考えれば男子高校生がそんなものを持っている時点で変態確定だが、鷲原は既に変態確定なので関係ない。
「まぁいいか……どれ」
 そう呟いて一枚の服を段ボールから取り出した宵乃は首を傾げた。
「なんだこれ?」
 それは奇妙な肌触りで紺色で小さくてそう、何というか……。
「スクール水着じゃねぇか!」
 そう叫んで宵乃は水着を床に叩き付けた。

 結局まともな服など何一つなく(当然か)最終的にスクール水着の上からなんだかよく分からないどこかの学校の小等部の制服を着ることで落ち着いた。この服が何のアニメの物なのかは宵乃には分からなかった。というか、何故スクール水着はあるのに下着は無いのだ。そんなジャスティスはここまできたら要らないんだよ。
「変な感じです……スクール水着って蒸れるんですね」
「どこが蒸れるのかは問わないけど我慢しろ」
「は? 全体的にだけど……?」
「できたかぁいユウちゃーん!」
 鷲原の声が外から聞こえたがその後に肉を殴る音と血が飛び散る音が聞こえた。シャナが叱っているような声も聞こえてきた(『女の子が着替えてるのを急かしていいと思ってるんですかこの変態っ! 第一今日の朝だって無理矢理コスプレさせてあげくの果てにあなたはのぞいたんですからねこの馬鹿!』とか聞こえたが宵乃は無視することに決めた)。

「ここ……駅だよな?」
「駅だねぇ」
 鷲原とシャナ、そして凪に連れられてきた宵乃は普通に山手線の学生寮から最寄りの駅に着いていた。呆然とする宵乃の足の周りでは猫に転換した凪が靴ひも相手にじゃれている。
「こんな駅に入り口があるのかよ?」
「いや、ここじゃない」
 即座に否定され、怪訝な顔を見せる宵乃だったが、ふと思いつく。
「もしかして電車に乗ってそこに行くのか」
「まぁねぇ」
 そんな簡単に国家機密組織に行けていいものだろうかと宵乃は機密性について怪しんだ。そんな宵乃を見て鷲原はにやりと笑う。
「だけどちょっとユウちゃんの想像してる電車とは違うんだなぁ」
「?」
「じつはこっちなんだぜぇ!」
 そう高らかに叫んで鷲原は構内の壁を指差した。
「清掃室?」
「否っ! あそこは秘密の入り口なんだぜ!!」
 明らかに重要な情報をこの馬鹿はババーンと大公開。
 鍵もかかっていなかった清掃室に入るともう一枚ドアがあり、指紋認証式になっていた。鷲原とシャナ、凪は良いとしてが入れるか疑問だったが、既に宵乃は適合者として指紋認証されているとのことだった。ドアの向こうは、長いエスカレーターになっていて、どうやら鷲原はここを降りていったらしいので宵乃も凪を抱え上げ同様に降りていった。
「ユウちゃーんちょうど電車がきたところだったぜぇ」
 妙に長いエスカレーターを降りた先は地下鉄のホームになっていた。鷲原の言葉通り電車は来ていたがそれは普通の地下鉄ではなかった。
「リニアモーターカー……?」
 疑問に思う間もなく宵乃は鷲原に引っ張られ、次世代地下鉄に乗り込んだ。
 
 音も静かに列車は進んでいく。
 暗い構内を進むそれは駅に着くたびに止まるようなことはしなかった。なぜならホームに誰もいなかったからだ。
「誰もいないな」
 宵乃は車内も見渡したが誰もいない。
「あぁ。今の時間は勤務時間だから組織の職員は皆仕事中なんだ」
「へぇ」
 凪が宵乃の膝の上で眠そうに尻尾を揺らす。宵乃は凪をなでながら、ふと考えた。
 どうして俺が適合者なんだろう。
 なぜ俺が適合者だと組織は分かっていたのだろう。
 なぜ隣人まで適合者なのだ?
 偶然にしては行き過ぎている。

 次々と浮かんでくる疑問に対する答えは、一つも見つからなかった。

       

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Neetsha