Neetel Inside ニートノベル
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この身体はキモチイイ……!
ep3.少女調教0

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 三月最後の日は、特に何事もなく終わった。ユミコさんや、ユキの弟のイチタロー君に改めて挨拶をし、これからよろしくお願いしますと伝えた。弟君は人手不足でもないのに、私が雇われたことを不思議に思っていたようだったが、ユミコさんの「お嬢様の気まぐれでしょうに」という言葉で、妙に深く納得したらしい。察するに、ユキの気まぐれな性格は、家族もよく理解しているようだった。

 昼までに一度小泉の家に戻って、生活用品など必要なものを持ち帰った。午後からはユキの買い物に付き合うという名目でかり出され、結局私の服を買ってもらうばかりになった。お金を使わせたくなかったのだが、「私の家で働く人が、みすぼらしい格好でも困るの」という言葉に押し切られ、彼女の趣味で様々な服を買い与えられた。家に帰ってからは、夕食を挟んで、着せ替え人形の如く、それらを着せられた。彼女が満足するころには、すっかり夜も更けており、あとは湯に浸かって寝るだけの時間になっていた。

 四月に入り、私のお勤めが始まった。基本的に最初は全てユミコさんに付きっきりで教えてもらう形なった。とはいえ、朝定時に起きて朝食を作る手伝いをし、午後四時からは掃除、もしくは夕食の手伝い、食料の買い出し、などほとんどが家事の延長だった。私の場合は、時折ユキにお茶を運んで、話相手をするのも、仕事の一環らしい。

 二日目には大体の仕事を把握し、気さくに丁寧に教えてくれるユミコさんのおかげで、私は早い段階で鳩山の家の暮らしに慣れることが出来そうだった。三日目の土曜も勤務時間が平日とは異なるだけで、特にやること変わらない。段々と勝手が分かってきた家事を進めながら、土曜の仕事を終えた。午後四時には終わるので、気持ちとしては、平日よりも楽なくらいだと思ったが、後に私はこの考えを改めることになる。

 夕食を終え、部屋でユキに借りた『龍は眠る』を読んでいたときだった。ノックの音に扉を開けると、ユキが立っていた。

「特別勤務時間、いいかしら?」
「……それって拒否権はあるの?」
「特別な事情がない限り認められないわね」
「ん、了解」

 私は本を置いて立ち上がった。踵を返して「来なさい」と告げた彼女の後を追う。この間に、頭を仕事モードに切り換える。仕事とそうでない時の境界を自分の中ではっきり保つため、私はあるルールを作っていた。仕事中には、ユキを始め、全員に敬語を使う。ユキのことも、お嬢様と呼ぶことにしている。弟君はユミコさんがイチタローさんと呼んでいるので、それに倣(なら)っている。

 私たちは三階の一室に入った。私の部屋と同じように、ベッドと机しか目立った家具はない。後は中の見えない書棚だけだ。手入れは行き届いているが、生活感がない。使われていない部屋なのだろう。

 こんな場所に来て何をするのだろう。部屋の様子を観察していると、かちゃりと音がした。振り返れば、ユキが部屋の鍵を掛けたところだった。少し、不安が募る。

「さて……。じゃあ、始めましょうか」

 彼女は幾分楽しそうに微笑んで、机の引き出しから、黒い首輪を取り出した。玩具とは違うしっかりした作りだ。金属の鎖がリード代わりに付けられている。それ以外は特に装飾のない、シンプルなデザインだった。それを手に持ち、ゆっくりと私に近づいてくる。

「ベッドに掛けて」
「……はい」

 私は言われるまま、ベッドに腰掛けた。彼女を見上げる形になる。威圧するように、射竦められ、息がつまる気がした。捕食者に狙われた草食獣ってこんな感じだろうか。

「契約内容、覚えてる?」

 私は黙って頷く。

「結構。他の勤務時間と区別するために、首輪を付けさせてもらうわ。これを付けている間は私に絶対服従、良いかしら?」
「いいですけど……。付けないとダメなんですか?」
「ええ」
「……わかりました」

 何故かと聞こうとも考えたが、おそらく意味はないと思ってやめた。

「じゃあ付けてあげるから。髪、上げてくれる?」
「……はい」

 露わになった私の首筋に、皮の首輪が巻かれ、留め金で固定される。今までに感じたことのない違和感が、私の心の平常心を少しずつ侵していく気がする。リードの先は彼女の手の中だ。

「勤務時間八時からってことで。時間は、そうね。だいたいあと二時間くらいかな?」
「定刻で決まるものなんですか」
「いいえ。大体それくらいの予定、という意味よ」

 ユキは私の左隣に腰掛け、右手に持つリードを引っ張って私を寄せた。首を引っ張られる、というの奇妙な感触だ。何もかも相手に支配されているような錯覚を覚える。

 寄せられて私の肩が、彼女の肩に触れた。同時に左手を顎に添えられ、私は少しだけ上を向かせられる。ユキの彫像みたいに端正な顔が視界を埋める。

「少し、ルールを追加しましょうか」
「ルール?」
「ええ。確認みたいなこともあるけど。まず第一点、一番重要なこと。あなたは、もし本当に嫌なら、その首輪をすぐに外して良い」
「え?」
「だから、今から私はジュンに色々するけど、嫌だったら、外せば良いってこと。その時点で、私の命令は一切聞かなくて良いの。その代わり、『本当に』嫌だった時だけね。そうじゃない時に外しても良いけど、その時はあなたを一方的に解雇するかもしれないから」
「……はい。分かりました」

 首輪を外す代わりに、私は自由を得られる。そして安定した生活を失うわけだ。

「第二点は、前にも言った通り、それを付けている間は絶対服従のこと。具体的には、何かを言われたらその通りに行動し、何かを聞かれたらすぐに質問に答えなさい。わかった?」
「はい」
「良い子ね。他に何か聞きたいことがあれば、今の内にどうぞ」
「えっと……」

 私は質問を一瞬躊躇う。聞いても良いけど、彼女に唯々諾々と従うのなら、訊ねる意味はない。家もお金もない私には、基本的に彼女に逆らうメリットはない。

 しかし一応、ふと疑問に思ったことを訊ねてみる。

「首輪を外してはいけないと命令された場合は?」
「そんな命令しないけど。そうね、よく覚えておきなさい。首輪を付けて居る時間では、首輪を外すことだけが、ジュンに与えられてる唯一絶対の権利ってこと。つまり、あなたは仮にその命令をされたとしても、外して良いの」
「わかりました」

 私の顎から彼女の手が離れ、私は少しほっとした。首から上を拘束されるのは、何とも言い難い緊張感があって、私は苦手だ。

 ユキはベッドヘッドに移動し、リードを持たれている私もそれに従った。

「おいで。ここに」

 彼女はあぐらをかいて、その中心をぽんぽんと叩いた。言われるまま、そこに座り、お姫様抱っこのように収められる。

 胸の鼓動が早い。絶対服従と聞いて、私は何をされるか、考えなかった訳ではない。容姿はともかく、一応若い身体を弄ばれる可能性も考えはした。もしも風俗店でそう働かされるなら、あらゆる手段を用いてその場を抜け出すつもりだった。けれど、こんな状況は想定していなかった。いや、想定していなかったわけではないが、現実を前にしたとき、どう対応して良いのか、よくわからなかった。

 彼女は私に目を閉じるように命令し、私に口付けた。一度だけとても優しく、それから短い間隔で幾度も。その度に生き物の味がした。キスはロマンチックでもなんでもないものだったけれど、不可解な、けれど酷く甘やか心地だった。

 彼女は私の身体を弄ぶ。耳を舐めて、暖かな吐息を寄越し、首筋に舌を這わせて、艶やかな言葉で、私を責め苛む。私の口からは、意図しない嬌声にも似た音が漏れて、思考停止した頭が、かろうじて恥ずかしいことを知覚していた。

 何もかも、初めてのことに戸惑う私に、彼女は深く口付ける。舌をねじ込まれる感覚は、どう形容していいか分からない。ただ私の心まで、彼女が支配しようとしているように思えた。そして、私は無意識にそれを受け入れてしまっていた。

 訳の分からない恥ずかしさに襲われ、私は何も言えずにただ頷いた。見つめる彼女の視線から逃れるように、顔を背ける。

「ふふ、可愛い」

 可笑しそうに彼女は微笑んだ。同時に優しく頭を撫でられる。

「うぅ……」

 どうしていいか分からずに下を向いていると、彼女に覗き込まれた。嬉しそうに笑う顔が、なんだか悔しい。

「ジュン。キス、しなさい」
「……意地悪」

 私に拒否権はない。自分からのキスの経験もない。それでも言われるままにするしかない。私は彼女に絶対服従しなければならない。

「目を閉じてください」

 腕の中に抱かれたまま、目を閉じたユキを見上げる。さらさらの黒髪が私の頬に落ちて、少しだけひんやりとして気持ち良い。

 こうして良くみると、本当に綺麗な顔立ちだ。長い睫も、すっと通った鼻筋も、形の良い唇も、閉ざされた大きな瞳も、何もかもが整っている。

 見とれている場合じゃなかった。彼女が待ちきれなくなる前に、キスをしてしまわなければ。けれど、それは勇気の要ることなのだ。今まで受動的で良かったのに、ここにきて私からの行動を求められたから。うっかり歯を当ててしまったらどうしようとか、思いついた不安が頭を過ぎっていく。けれどもう時間がない。不安と緊張のまま私はそっと口付けた。慎重にゆっくり近づいて、ちょっとだけ、唇を重ねてみた。それがキスと呼べるのか、分からないまま。

 唇を離して目を開けると、ユキがクスクスと笑いを堪えるにしていた。

「可愛いキスね」
「……そうですか?」

 何となくバカにされている気がして、私はちょっとだけ剣呑な声音を作る。

「んー……身体を使った愛し方を知らない感じ?」
「私にはよくわかりません」
「拗ねないでよ、可愛いなぁ」
「拗ねてませんよ! もう……」

 抱かれて逃げられないので、仕方なく私は俯いて彼女の視線から逃れた。ふっと思いついた疑問を口にしてみる。

「……お嬢様はご存じなんですか?」
「何を?」
「その愛し方というものです」
「ええ、まぁ。多少は」
「女の子相手に?」
「そうね」
「失礼かもしれませんけど、同性愛者なんですか?」
「んー……今のところそうねぇ。どーも男の子って好きになれないのよねぇ。同じ生物とは思えないかな」
「それはまた……」
「ジュンはボーイフレンドはいたの?」
「いませんでした」
「へぇ。じゃあ女にキスされたりは嫌?」
「嫌かどうかじゃないですよ。だって私に拒否権はありませんから」
「そう言うことじゃなくて。私にさっきキスされて、嫌だと思った?」
「…………」
「ジュン、答えるのも、服従の条件だったでしょ?」
「そうですね」
「分かってるならいいの。それで?」
「……別に嫌じゃありませんでしたけど……」
「けど?」
「まだよくわかりません」
「そう。じゃあ私好みにしないとね」
「……怖いセリフですね」
「そうかな? ジュンはなんだか調教しがいがありそうでこれから楽しみなの」
「もしかしてそういう目的で私を雇ったんですか……?」
「当たり前じゃないの」
「どうやって私の情報を知ったんです?」
「父が貸したお金が戻らないとぼやいていたから、少し話を詳しく聞かせてもらってね。タイミングが良かったのよ、あなたのお父さんが雲隠れしたのとか色々聞いて。調べてる内に、凄く好みの顔の娘さんがいるってわかったから、絶対手籠めにしようって」

 得意げに語る彼女の話に思わず絶句する。どう考えても常人の思考ではない。

「そんな顔しないでよ。私だって一応自分の行動の異常性は分かっているつもりなの。自分でもこんなにうまくコトが運ぶと思ってなかったし」
「……そうですか。ところで今ふと思ったんですが、私の性格なんかを知る機会は結局なかったんですよね?」
「ええ、そうなるわね」
「ってことは私を選んだのは外見だけですか!?」
「ええ。性格が好みじゃなかったら、その時考えるつもりだったもの」
「……信じられません」
「私もよ。まぁでも結果として私は望みが叶ったし」

 なんというか、思った以上に無計画で豪放磊落な人だ。

「……大変なところに来てしまったみたいですね」
「あら、今頃気がついたの?」

 ユキは、金属のリードを握って、楽しそうにころころと笑った。

       

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Neetsha