Neetel Inside ニートノベル
表紙

仮面ライダーW(仮題)
彼が望むP/あの日、託されたもの ⑥

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 翔太郎――仮面ライダージョーカーはパラレルドーパントに向かって疾駆する。風のように速く、拳を振りかぶって飛びかかる。
 パラレルは戦闘能力が決して高くない。精神干渉攻撃など特殊能力に特化したドーパントだ。肉弾戦を得意とするジョーカーに近づかれるのは危険なはずだが、パラレルは微動だにしなかった。
 パラレルとの距離がおよそ二メートルほどに縮まった瞬間、ジョーカーは横に吹き飛ばされる。そしてパラレルの眼前に漆黒のドーパントが着地した。
「大丈夫ですか?」
 ジョーカーの攻撃を阻止したアサシンドーパントがパラレルにうかがう。
「問題ない。流石だ」
 パラレルは満足げに答える。彼は護衛役であるアサシンの実力に絶対的な自信を持っていた。ゆえにジョーカーが接近してきても動じなかった。
「日岡と桐谷がやられ、探偵が復活してしまった今、別のプランに移行しなければならない。駒が必要だ。斎藤、ここはお前に任せるぞ」
 パラレルは斎藤――アサシンドーパントに指示を出す。
「あの探偵、仮面ライダーをすぐに殺せ。障害になるものは排除だ」
「こ、殺すだなんて……」
 アサシンはうろたえる。
「今更びびるな。最初から俺たちには失うものなんて何もないだろう」
「そ、それはそうですけど」
「だったらやれ。後少しでこの街は俺たちのものになる。それにはお前の働きが必要なんだ。お前は強い。アサシンは強いんだ。リストレインやハンマーよりも、だ」
「私が、必要……私は強い……」
「そうだ。必よ――後ろだ斎藤!」
 パラレルが叫ぶ。
 アサシンに吹き飛ばされたジョーカーが体勢を立て直して再びこちらに向かってきていたのだ。
 アサシンはすぐさま反応。ジョーカーの方に振り返ると、地面を蹴って突進。ジョーカーの動きを止め、再び吹き飛ばす。
「そうだ。今のようにやればいい。期待しているぞ」
 パラレルはそう言い残し、廃工場の中に戻って行った。


 ジョーカーは再び吹き飛ばされたものの、空中で体勢を直して着地する。
「くそっ。速いじゃねえか」
 アサシンの機動力を目の当たりにし、ジョーカーは少し考える。どうやってあの速度についていくか。どうやって回避し、どうやって攻撃を当てるか。
 だが、アサシンは十分に思考する時間を与えてはくれなかった。すぐさま高速でジョーカーの周囲を駆け回り、両手に握ったダガーで攻撃する。
 ジョーカーメモリによって引き上げられた格闘能力を駆使し、なんとか致命傷を避け続ける。だが、じり貧と言わざるを得ない状況だった。
 だが、この攻防の間でジョーカーはあることに気づく。スピードは過去戦ったドーパントの中でも断トツなのだが、攻撃自体はそれほど凶悪なものではない。大きな一撃を与えようという気が感じられないのだ。
 おかしいな。やつは俺を殺せと命令されていたはずだ……。ジョーカーは考える。アサシンの攻撃に慣れはじめ、思考をする余裕が生まれつつあった。
 そして、最終的に一つの仮説が生まれる。そしてそこから、一つの作戦を考えだす。仮説が正しいことを前提とした作戦ではあるが、アサシンに大きな一撃を入れることができる作戦だ。
 しかし、この現状で仮説を信じるのは完全に賭けとなる。今のじり貧な状態ではこれ以上判断材料を得ることはできない。作戦に失敗すれば逆にジョーカーは大ダメージを受けてピンチに陥る。
 どうするか……。ジョーカーは再び思考する。作戦を実行するか、しないか。二択である。
 そんな中、一陣の風がジョーカーの背後から通り抜けた。
「なるほどね」
 背中から風を受けて、ジョーカーは不敵に笑う。
「追い風だ」
 アサシンに向けて、ジョーカーは言う。
「今日も俺には風都の風が吹いている。負ける気がしねえ」
 風が、翔太郎の背中を押した。
 自身が立てた仮説が正しいと信じて作戦を実行する覚悟を決めたのだ。
 ジョーカーはタイミングをうかがう。そして右斜め前から高速で斬りつけてくるアサシンの攻撃を受け流す。その際、少し大げさな動きをして腹部にあえて隙を作る。
 もちろんアサシンはそれを見逃さなかった。再びダガーを構えてがらあきの腹部を突き刺そうとする。だが、寸でのところでアサシンの動きが鈍る。まるで腹部に突き刺すことを少し躊躇したようだった。
 それにより、高速移動でのヒットアンドアウェイに徹していたアサシンにも隙ができる。
「迷ったな」
 狙い通りだとばかりにそう言い放つと、ジョーカーは素早い後ろ回し蹴りをアサシンに叩きこんだ。
 初めてのクリーンヒット。アサシンは地面を転がっていく。
「疑問に思っていたんだ。どうして決定打になるような攻撃をしかけてこないのか」
 ジョーカーは倒れているアサシンに向かって語りかける。
「じわじわといたぶるつもりなのかと一瞬考えたが、あんたはすぐに俺を殺せと指示を受けていたのを聞いたから違う。じゃあなぜか?」
 左手の人差し指をアサシンに向ける。
「本当は殺したくない。そう思っているんじゃないかと俺は推理した。パラレルドーパントとの会話からあんたは気が弱そうだと思ったし、実際殺せという命令を受けた時も少し戸惑っていた。だから攻撃も速いわりにダメージは大きくなかった。このまま体力が尽きてくれるの待ってたんじゃないか?」
 ジョーカーは問いかける。だがアサシンは呻くだけで答えない。
「だから俺はあえて隙を晒した。俺に決定打を与えるには十分な隙を、だ。あんたがそこに攻撃するのを戸惑って逆に隙を作ってくれることに賭けたんだ。その結果がこれだ。うまくいってよかったよ。あんたが躊躇しなかったら俺は間違いなくがらあきの腹を刺されて倒れていた」
 アサシンは悠然と立つジョーカーを見上げながらゆっくりと立ち上がる。そして再びダガーを握った。
「もういいだろう。あんたは優しすぎる。大人しく降参してくれ」
 ジョーカーは優しい語調で諭す。
「探偵さん、私は昔からいつも迷ってばかりだった」
 初めてアサシンはジョーカーの言葉に答えた。
「あなたが言うとおり私は気が弱くて優柔不断です。だから私は失うものが無くなってしまうほどに堕ちてしまった」


 アサシンドーパント――斎藤がパラレルドーパント――宇治原と出会ったのは、斎藤が強盗をしようかどうか迷っていたときだった。
 その日、斎藤はバッグの中に包丁を隠し、牛丼屋の前でうろうろしていた。
 会社をリストラされ、妻に逃げられた斎藤は魂が抜けたようになって怠惰に日々を過ごし続け、貯金がなくなっていたのだ。
 こんな人生は嫌だと思っていたが、死ぬのは恐かった。だが働く気力などとうの昔に霧消しており、強盗すること選んだ。
 だが、斎藤は気が弱い。包丁をバッグから出しかけたところで臆してすぐに逃げてしまう。そんなところを宇治原に目をつけられた。
 自身の境遇を話すと、宇治原は斎藤に腕を出せと指示する。斎藤が言われた通りに腕を差し出すと、宇治原は機器を取り出してそこに生体コネクタを付ける。そしてガイアメモリを一つ手渡した。
「金が欲しいんだろう。これを使え。今付けたコネクタに差し込むだけでいい」
 言われた通りに斎藤はメモリを刺す。身体が変質、ドーパントと化す。初めての変身だった。
「力なら与えてやる。失うものは何もない。迷うな」
 その言葉に後押しされ、斎藤はアサシンドーパントの状態で強盗を成功される。監視カメラにもぼやけた姿しか映らない見事な速さだった。
「これでお前は俺と運命共同体だ。仲間になれ。一緒にこの街をめちゃくちゃにしよう」
 こうして斎藤は宇治原の仲間となり風都をめちゃくちゃにするというシンプルな目的のために計画を進めることになった。
 だが、斎藤は迷い続けていた。いくら失うものが何もないと言っても、こんなことをしてもいいのか。自分がやろうとしていることは大犯罪だ。
 だが、何もない抜けがらの日々に戻るのはもっと嫌だった。それにもう強盗という立派な犯罪を犯してしまったのだ。
 だから、斎藤は煮え切らない思いを抱えながらも宇治原たちと行動を続けていた。


「今も迷ったせいで私は攻撃を受けてしまった。迷ったって何も良いことはないんですよね」
 何かを悟ったようにアサシンはジョーカーに言う。
「思えば昔からうじうじ迷っているせいでろくでもない目にあってきました。会社でも迷惑をかけてリストラ。別れた妻も私の優柔不断なところが大嫌いだと言っていました。だけど、もう迷いません」
 アサシンは腰を落としてダガーを構えた。
「私はあなたを殺します。もう戻れないんだから……私は犯罪者なんだから、降参して捕まるくらいなら最後までやり切ってしまったほうがいい。だから、絶対にあなたを殺します」
 ガイアメモリの毒素がアサシンの負の感情に反応してしまったのだろう。本来の性格を変えてしまうほど、毒素は彼を蝕んでしまった。
「……分かった。正直に全部話してくれて嬉しいよ」
 ジョーカーはドライバーからメモリを引き抜く。
「もう降参しろだなんて言わねえ。俺も絶対にあんたのメモリをブレイクするよ」
 ジョーカーメモリをマキシマムスロットに挿入。
『ジョーカー! マキシマムドライブ!』
「この一撃で決めるぜ」
「私も……です」
 右拳に紫色のエネルギーが集中する。ジョーカーも腰を落として拳を構えた。
 アサシンの持つダガーも持ち主の気持ちに呼応したのか刃が少し伸び、ギラリと光る。

 つかの間の静寂。

 そして音もなくアサシンドーパントはその場から消えた。否、消えたと錯覚するような速さでジョーカーに接近。ダガーの切っ先を首に向けて突き刺す。
 だが、刃は空を貫く。そしてそれとクロスするようにジョーカーの右拳が放たれる。
 ――ライダーパンチ。
 紫色のエネルギーを纏った拳は吸い込まれるようにアサシンの胸に打ち込まれた。
 衝撃。空気が震え、アサシンの身体が宙に浮いた。空中で彼の変身は解除され、ガイアメモリが身体から飛び出した。そしてそれらは同時に地面に転がった。
「迷いを断ち切ったのはいいが、あんたは正直すぎたよ」
 ジョーカーは静かに言う。
 彼の一撃で決めるという宣言にアサシンは乗った。一撃で殺すとなると攻撃する箇所も限られる。
 ジョーカーは心臓と首に場所をしぼった。さらに左腕でさりげなく心臓の前をガードし、自首だけを晒した。
「迷わなかったのに……どうして……」
「いくら速くても、狙う場所が分かってるなら対応できる」
 ジョーカーは自分の首を指さした。
「それに、今日も俺に風が吹いているんだ。風都の風が、な」
 パキンッ、という音が無情になる響く。そしてガイアメモリだった物の破片が飛び散る。それがスイッチになったかのように、斎藤は静かに目を閉じ、気絶する。
 再び一陣の風がジョーカーの背中から通り抜けていった。

       

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