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キツネの嫁入り
第一話

   プロローグ

 夏の残り風が日本を北上し終える頃には染野山(せんやざん)はお色直しを済ませている。今年も見事な艶紅だ。春には瑞々しい若葉で梢を潤わせ、半年以上を経てお山はそろりそろりと広葉樹達を解き放つ。我が手で抱いてきた子達の雅は混じり気のない紅。染野市に住む人々は、今年も秀峰の描いた圧倒されんばかりの純真無垢に感嘆と賛美の吐息を漏らす。
 それを思うのは決して人だけではない。
 長い夜。晩秋が始まろうかというその時期。扇子のように開かれた傘の下に留まるは硝子玉のように精巧な黄と黒の瞳をギョロつかせたシマフクロウ。斑点模様の翼を下げ落ち着かない様子で小首を揺らすオオタカ。辺りのケヤキを見渡せば、他にも大小様々な鳥達──ハヤブサやキツツキ、スズメなど──が勢揃いしている。まるで野鳥図鑑の見本市だ。日頃母なる紅葉に対し敬虔の念を抱いてやまない鳥達だったが、しかしその時ばかりは眼下で繰り広げられる二種族の舌戦に注意を釘づけにされていた。
「私は反対だ! お前ほどの翁が山の民としての誇りを忘れたのか、茶部(ちゃべ)!! 私とて種族としての未来に憂いを感じている! だが、それで我等が滅びるのならばそれは母なる大地の定め! 我等はこの爪に、牙に、耳に鼻に、体の全てに熊としての誇りを抱いている! それをむざむざ捨てるくらいならば定めと共に朽ち、大地の礎となった方がマシだ!!」
 立ち上がったヒグマの体長は三メートル半はあろう。その姿に見慣れているはずのニホンノウサギ、ホンドモモンガを初め集まった多種の小動物達が、ヒグマが喉奥から放つ怒声に身を震わせる。
「人は大きくなりすぎた。そして知恵をつけた。この染野山が、変わらぬ四季を千度繰り返すその傍らで、彼等は千段の階段を上った。土暦(つちこよみ)よ、私達は人ほど器用に手足は動かせん。母なる大地と共にあるべく四本の足で歩く。私など二足では歩くことさえおぼつかん。彼等は母から自立した。だが私達は母と共にあるべくことを選んだ」
 土暦と呼ばれた巨躯のヒグマに、何ら臆することなく答えたのはホンドタヌキだ。枯れた落ち葉のようなその全身の色と、しゃがれたダミ声が既に彼が老齢であることを物語っている。大地に埋もれた直径四十センチほどのケヤキに寄りかかり、三メートル以上の体格差など物ともせず、そよ風のように気ままに告げた。
「逆を言えば、私達は生き残るために何もしてこなかったとも言える。猿達は賢かったのだろう。私達が悪魔と呼ぶ炎さえも使いこなし、生への渇望はどの種族よりも貪欲だったのかもしれん。何もしなければ何も変わらない。祖先より続く私達動物の歴史がそれを証明しておる」
 場に集う五十を越える種族の獣と鳥が一斉に唸った。改革派であるホンドタヌキの茶部、そして義と伝統を何よりも重んじ森に畏敬を寄せるヒグマの土暦。動物達の未来を賭けた一世一代の大会議は秋の長い夜を埋め尽くしてきたが、やはり最後まで討論をかわすのは彼等だったのだ。
 既に結論は間近にあった。だが、ヒグマの土暦は気性の荒さと頑なな魂を持つ男であるが決して愚かではない。故に茶部の言葉に潜む穴を看過できずにいるのだ。
「失敗したらどうするのだ茶部。お前の選択は、長き時を経て我等を育んでくれた母へ背くものだ! 獣としての魂は俗世に穢れ、我等の歴史に汚点として残るぞ」
「私も母には深い愛を抱いている。だが私達はその無償の愛に包まれすぎてしまった。もはや今更猿達には追いつけん。だが彼等と共にあることはできる。猿には持たず、私達だけが持つものも少なからず存在するのだから。意地を張って数百年後に子孫共々潰えるか? それは誇りであると同時に自己満足でしかない。何も残らん。誰もいなくなったこの山は人によって荒らされるだろう」
「……」
 土暦がやり場のない力を体内に燻らせる。ケヤキの葉がさらさらと揺れた。それはまるで火照った体を冷ますための優しい愛撫にも等しい風だ。彼はそれを母の意と感じた。それでも憤然たる態度は消せず、不機嫌を全開にして大地の上に腰を下ろす。その振動で再び小動物達が飛び跳ねた。
「もちろん、失敗と感じたらすぐにやめさせる。……土暦よ。私とて狸という種に誇りを持っている。それだけは勘違いしないでくれ。だからこそ私は、雨露を凌ぎ、寒波さえも跳ね返し熱を内包してくれる我が宝であるこの毛皮と尾を未来永劫子供達に残したいのだ。それが母へ返せる唯一の恩とも思っている。分かってくれ」
 思うことは土暦にもあるのだろう。だが数分間の沈黙の後、遂に彼は不承不承に──頷いた。
 どよめきが森に落ちた。
 張り詰めた空気が弛緩される。鳥達が、鹿や猪が、動物達が一斉に吐息を漏らしたのだ。
 二十一世紀初頭。森の奥で行われた賢獣会議。それは古きに渡って森を駆けてきた獣達が初めて人社会に二本の足で立つことを決断した歴史的瞬間であった。
「ホンドギツネの長よ。そういうわけだ。すまんが、今の決定をくだんの御仁に飛ばしてもらえるか」
「分かっておる。──人里の子供ならとうに眠っている時間だ。丁度いいだろう。できるだけ聡明な形として夢路になるよう、選りすぐりの者達にあたらせよう」
「うむ。頼むぞ」
 腐葉土ほど黒土に染まらず、月明かりよりは朧に、たわやかな毛色を失わず煌かせたホンドギツネが茶部の言葉を受けて森の奥へと駆けて行く。
 会議の決定を受けて辺りの動物達が騒ぎ始めた。興奮した声、不安気に息を潜める声。万色の音色が木々の間を駆け抜けていく。山中の狸を治める茶部は喧騒をよそにつぶらな瞳をそっと閉じた。人も狸も歳には勝てない。長時間に渡る討論は彼の体力を蝕んでいたのだ。
 そこへ、草履を履いた二本足が物音を奏でた。
「ハツネか」
「……」
 老狸は目を閉じたままうわ言のように呟く。
「聞いての通りだ。土暦も何とか賛同してくれた。これでお前は晴れて人里へと下りられる。私達の代表としてしっかりおやりなさい」
 白く艶やかな細い手首の上で小さな拳が握られる。それは膨やかな胸の上で、守られるようにそっと左手に添えられた。その決意は力強いものではない。意思の塊や使命感に心を震わせている様子とも程遠い。
 金色の双眸が射るのは、ぽっかりと切り取られたように紅葉の間から覗く鈍色の空。
 あらゆる生命が同じ空の下に存在する。動物も。人も。
 動物達の鳴き声で彩られた空間の中央で、彼女はただ想いを馳せていた──

   一章

 土山空也(つちやま くうや)が、見た夢を一切の脚色なしに話した瞬間、帰り支度を整えていた親友は人目も憚らずに吹き出した。
「HAHAHAHA!! やるじゃねえかブラザー! 俺もLAやニューヨークで色々ぶっ飛んだ話を聞いたがな、今のお前のジョークは、まるでCIA本部のケツにミサイルを叩き込んだかのようだぜ! アメリカは今すぐUFO追跡を打ち切って、お前の頭の中を徹底的に調べるべきだ!!」
「……たかが夢の話でどうしてそこまで言われなくちゃいけないんだ。……でも、いい夢だったな。森の中で動物達が仲良く会話しててな。それで、はっきり覚えてないんだけど名前もそれぞれついてたみたいで──」
「プーーーーー!!! やめてくれよ! 俺の腹筋を返してくれ!! 普段むっつりで真面目そうな顔してながらもお前にジョークのセンスがあるのは十分に分かった! HAHAHA!! 何てこった、十年以上も一緒にいながら俺は天才コメディアンの才能をこれまで看破できずにいたのかよ!」
 彫りの深い顔からは涙が溢れ出していた。サラリーマンのように丁寧に撫でつけた黒髪を揺らしながらルチアーノがははは、ではなくHAHAHAと笑う。両手を叩いて馬鹿笑いするその姿にクラスメイト達が一瞬奇異を寄せるが、まるで示し合わせていたかのように即座に皆が視線を外す。
「こりゃいいぜ。先に俺がBIGマフィアになって全米を支配するか、先にお前がコメディアンとなって全米を笑い泣かすか勝負ってことか。受けて立つぜこの真っ白なバナナ野郎!」
「何でアメリカ限定なんだよ。大体お前アメリカどころか海外旅行さえ未経験だろうが」
「うるせえぞブラザー! 俺の心はこんな狭っ苦しい日本なんざとうに飛び越えているんだよ!! HA! なにしろ自由の国はこんなチンケな島国とは格が違うからな!」
 鞄を肩にぶら下げて歩き出したルチアーノの姿は退出の意だ。空也は倣って後を追う。肩で風を切って歩く親友の姿は傲岸不遜。廊下の中央を複数で歩くことは無作法なのだが、その手の忠告は何年も前に悠々と聞き流されているので空也は何も言わずに横につく。放課後の廊下よろしく、大多数の生徒が無尽蔵ひしめく中でルチアーノの対角上には人が現れることはない。
「見ろよブラザー。皆が俺を避けて通っていきやがる。ほら、今の奴なんて露骨に目を逸らした。これが日本だ。つまらねえ。プルプル尻尾振ってんじゃねえっての。タマついてんのか? あいつ等」
「……ルチアーノがその態度を直せば話しかけてくれる人もいるかもね」
「小せえなぁ! ……知ってるか? ブラザー。二十世紀半ば。イタリアからアメリカに海を越えて渡ってきたマフィア一家があったんだ。かの有名なビンセントファミリー。味方一人いない異国の地で、連中まずどうしたと思う? 聞いて驚け。……ぶったまげてるぜ。ニューヨークの警視総監を『まず』撃ち殺したんだ。何の理由もねえ。HAHA! まず、だよまず! それだけでだぜ!!?」
「まずルチアーノに喧嘩吹っかけたって意味ないだろ。皆勉強と部活だけで充実しているんだ。そんな意味のないことしないよ」
 一応諭す。
 だが、歴史に名を残したマフィア達に憧れるあまり、彼等を真似て目端の利く企業家のような髪型をセットし悦に浸っている友人にそれを言っても無駄なのだろう。付き合ってみれば決して悪い男ではないのがこの小野寺聡(おのでら さとる)という男だ。本人が決して譲らない渾名「ルチアーノ」。こんな渾名を高校生が意気揚々と掲げている時点でその内面などたかが知れているのに。
「ね、ねえねえ土山!」
「……?」
 いつものように二人で実のない会話をしている最中に溌剌とした声が背中からかけられた。
 ルチアーノと共に歩いている空也が話しかけられることなど稀有である。男二人は背後を振り返り──マフィア気取りの高校一年生の方は見る側が不快になるような表情で舌打ちを鳴らすと「先行ってるぜ」と言い残し一人奥へと廊下を歩いて行ってしまう。
 それを呼び止める間もなく三人組みの女子が空也の眼前に割り込んだ。
「土山さ、部活とかしてないんでしょ? ならちょっとこの後付き合ってよ!」
「そーそー。暇だろ兄ちゃん。ちょっと付き合えやー」
「はぁ……。あぅぅ……」
 三者三様のマシンガンが飛び交う。──最後の一発は空砲のようだが。
「いや……えっと……。ど、どうして……?」
 クラスの女子生徒達だった。遊んだことはおろか、今までまともに話したことさえないグループだ。途端、全身の体温が急上昇していく。視線が泳ぎ始め、先程ルチアーノをあしらっていた剛直の口も、水でも押し込まれたかのように呂律が回らなくなる。
「いやー、そこはほら。私達半年くらい同じクラスにいてロクに交友ないじゃん? これを機にもうちょっと仲良くなってもいいかなー、て。ねえ?」
「そーだぜー兄ちゃんー。小野寺とばっかり話してないで、私達とも話せ話せー」
「あ……ぅ。え……うぅ」
 彼女達の中に明らかに一人縮こまっている少女がいること。二人がその少女の背中と足を後ろからバシバシゲシゲシと叩きながら鼓舞しようとしていること。傍から見ればそれは微笑ましく羨ましい光景に違いないのだが、とうの空也は頭から湯気でも噴出するかのような面持ちだ。脳が激流の中に叩き落とされたらしく視界が揺らぎ始めていた。頭のネジが一本二本と耳から零れ落ちていく。言葉を搾り出す。だがゼリーと化した脳は抜け落ちた日本語しか生み出さない。
「あの、あのさ! 俺、俺家の家の手伝い! 手伝いあるら!! だから、じゃね!!」
「あ、ちょっと! 土山!! 待ちなさいよ!!」
 澄ました顔でルチアーノに説いていた毅然たる空也は既に存在しない。首まで顔を朱色に染め、千鳥足で廊下をみっともなく駆けて行く。転びそうになる。立ち上がる。後ろを振り返らずに逃げ出す。背後からの呼び声を無視し、早鐘を打つ心臓と、滝のように湧き出る汗を拭いながら空也は昇降口へと駆けて行った。

「ヘイヘイヘイ! ……何てツラしてやがるんだブラザー! どうした落ち着け。親父に女を寝取られたようなツラしてやがるぜ?」
 ポケットに手を詰め、染野山城高等学校正門を気だるそうに通過したルチアーノに追いつく。たかが百メートル足らずを走っただけで空也の息は尋常ではないほどに干上がっていた。肺に穴でも開いたかのようだ。澄み切った納涼な秋風が体温をそっと慈しむように溶かしていく。馴染み深い調べ。口から、鼻から清澄なる無色を贅沢に吸い込む。それは空也にとっての活力剤だ。同年代は誰一人とて信じてくれないが、この染野市の空気には人を落ち着かせる効果があると思う。
「情けねえなブラザー。女三人相手にお漏らししちまったわけだ。せっかくこのルチアーノがお前にいい思いさせてやろうと気をつかって消えてやったのによ。付き合いが長くなかったら俺はお前をオカマ野郎と疑っていたところだぜ」
「お……女の子は……女の子は……その、な、何を言えばいいのか。分からない。俺はその……気の利いた話題も知らないし──」
 呼吸と共に鼓動が安定してきた。流れ出た汗はとうに冷めている。
「自意識過剰だなおい! 半年間同じクラスにいれば誰がどんなヤツかなんて皆知ってるぜ! どいつがクソッタレか、どいつがBIGか、どいつが三下か! ……野心と野望で心を埋め尽くす年代であるはずなのに、家帰って、つなぎに着替えて、畑の中に入って森に入って川に行ってジジババみたいな一日を過ごしているお前のことなんてクラス中が知ってる。その上で声かけてきたんだろうがよ!?」
「……ルチアーノ、何か怒ってるか?」
「怒ってねえ! 羨ましくなんかねえ!! シカゴで俺の帰りを待っている女が何人いると思ってやがる!! いい気になるなよブラザー。こんな田舎の女たぶらかしてもたかが知れている。さっきの女共なんて垢抜けてないただのガキだ! お前、本当の女ってモン知らないだろ!?」
「そっか。……やっぱ凄いなルチアーノは。何だ、付き合っている人とかいるわけか。本当の女て……年上ってことか?」
「え!? あ、ああ──は。……HAHAHAHAHAHAHAHAHA!! あ、当たり前だろ!!」
 豪気な肝を言葉に乗せて溢れさせるルチアーノ。
 歩くうちに景色は流れていた。辺りは小金色の砂塵をまぶしたかのような田園が茫漠としている。堆肥を沢山取り入れているであろう煤竹色の土壌からは、土砂を隆盛して作られただけのお墓を思わせるような籾殻燻炭が点在し、鼻腔を強く刺激するような煙のにおいが漂ってくる。空也にとっては安心の、逞しい土を形成する礎の香りだ。だがクラスの女子の中には、においが服に染みつくからという理由でこの田園を避ける子もいるらしい。
「こう──真っ赤なドレスを羽織ってだな。でも膝丈は見えているんだ。彼女凄ぇセクシーでな。胸元は爆弾でも詰め込んでいるんじゃないかっていう膨らみ! 並みの男なら一発でイカレちまうその唇は俺だけが支配できる。当然ブロンド。ブロンド美女ってヤツだ! 名前は……あー──そうそうエレナって言ってな! 彼女東洋の格闘技も得意なんだ。それで──」
 丘の上に広がる、人口およそ十万人から成る染野市。二人の歩く遥か先には標高二千メートル以上の山々が城壁のように街並みを見下ろしている。空也はこの雄大で果てのない土地が大好きだ。息を吸い込みながらのんびりと歩く。しかし隣を歩く友人は抒情的にはなれないらしい。
「──っとにかく! 俺はBIGになってやる。金を滝のように流し、女は毎日取っかえ引っかえだ! こんな小っぽけな土地じゃ敵もいねえ! サツに銃を突きつけてよ、チビりそうになっているそいつは必死に泣いて命乞いするんだ。で、俺は『パーン!!』て耳元ででっかく叫んでやる。そいつは漏らして失神中。HAHAHA!! そいつの財布を借りてカジノでスロットでも回すかな!」
 気づけばいつもの別れ道に着いてしまっていた。時の流れる速度を半分に薄めたかのような空気が街並みを撫で、閑静な住宅街にまばらな人並みがたゆたう。ルチアーノは、まるで映画俳優が大仰なマントを翻すかのように、ボタンを全て外した紺ブレザーの上着をコマのように翻した。
「ブラザーにまだ女は早いか。お前の手は女より野菜を抱いている方が似合っているしな! HAHAHAHA!!」
「……そうだな。正直流行とかはよく分からないし。今のままでいいや」
「フン!」
 皮肉に眉一つ反応しない空也。その程度のことで居心地が悪くなってしまうのがルチアーノというエセマフィアであり──長年の友だった。肩を竦めて空也に真正面から言葉を飛ばす。
「安心しろよブラザー。俺と比較するのは可哀想だが、お前も顔は悪くない。そのチリチリの髪なんて、もっときちんと尖らせれば結構イケるぜ? ジェルで固めて、相手を威嚇するように整えるんだよ。色は……そうだな赤がいい。ツラだって大人びていて十分な貫禄もある。ガタイも悪くない。お前のアレのサイズは知らねえが、貫かれたい、て思ってるセクシーダイナマイトもきっといるはずだぜ!」
 空也の胸中は先程通ってきた田園のようだ。地に宿る成熟の実とそれを見守る山林の稜線。そこに闖入者はいない。女の子に興味はあるが、今の自分にとってはまだ必要ない。
 それを余裕と取るか、不感症と呆れ果てるかはルチアーノ次第である。
「そうか。……それじゃ悪いけど、俺は白菜の様子を見てくるから。もう一週間もすれば収穫できるからな。今が気合の入れ時だ。アオムシとの最後の戦いが始まる」
「HAHAHAHAHA!! オーケーオーケー!! 俺とは違った意味でお前はイカレてるぜ! 本当に女より白菜が好きときたかよ! まあ頑張れや。いつまでたっても結婚できないようなら、特別に俺の囲いの中から一人分けてやるからよ!! HAHAHAHA!!」
 二人は手を振って別れた。お互い変わり者同士。空也はこれ以上の変化を望まない。
 家は染野山の麓にある。学校に行って、帰って家の手伝いをして、刻々と変化する山並みに応じて作物達の成長のために肥料を追加し間引きを行う。部活で汗を流すのとは異なるが、彼等と同じくらいの汗を畑の上に零す。達観しているつもりはないが今の生活に満足していた。
 燦々と大地を照らす太陽に目を細め、その栄養を我が子等に存分に分け与えるべく、空也は自宅へ向けて、アスファルトの勾配な坂を上がり始めた。

「おい空也。ワシのエロ本知らんか? 『ムンムン女学園』と『赤裸々果実貪り学園』」
「知るわけないじゃない。それよりじいちゃん。トラップの在庫、少なくなってきたから補充お願いね。今日寒冷紗の中のアオムシ対策に使う分で十個は減るから」
「分かった、ないなら仕方ない。だったら本でなくやはり生身じゃな。よし空也。ワシの前に女子高生を連れてきてくれ。そして二人きりにさせろ。一時間は入ってくるなよ?」
「それから椎茸の榾木。辺りにまた雑草が生えてきたみたいなんだ。湿気がたまって菌が湧く前に刈って風通しをよくしておこうよ」
 居間に干してあった作業用のつなぎを淡々と着用しつつ、空也は叔父である土山厳蔵(つちやま げんぞう)をあしらう。だが、天晴れとしか言いようのない気持ちのよい快晴が緑と紅葉を惜しみなく照らすその空の下で、慟哭にも似た悲鳴が持ち上がった。
「畑など後にしろ空也!! 今すぐ! 今すぐワシの前に女子を連れてきてくれい!! ワシもう我慢できんのじゃ!!」
「──天国のばあちゃんが怒るよ?」
「ヒヒヒヒ! 腐っても山。ここなら悲鳴も泣き声も誰にも聞こえんわい。グヘヘヘ」
「犯罪はやめようね、じいちゃん」
 補足をすると、厳蔵は決してボケが進行しているわけではない。
 老紳士、と呼んでも差し支えないほど綺麗に整えられた白髪とチョビヒゲ顔を街中で知らない者はほとんどいない。これでも染野市農林業共同組合の会長であり、田畑潤う辺り一帯の元締めだ。取り立てて特徴のなかった市の作物達にその慧眼を向け、度重なる実験と品質改良を経て巨大トマト「頬宝」を生成。桃のような味のするトマト、という胡散臭いがしかし真実である文句を掲げ卸問屋に直接交渉を一年に渡って繰り広げ、今では日本でも有数のブランドトマトとして市場で名を馳せている。野菜嫌いの子供達にはえらく好評であり、今や染野市の貴重な財政源ともなっている。
「やだー。やだもんやだもん!! ワシ、エロいことしたいのーー!! エロエロしたいのーー!!」
 だが口を開けばただの変態爺さんだ。この男が頬宝生成の親であるとは、孫である空也とて疑いたくなるときが多々訪れる。まさに今がその瞬間だ。
 ついには駄々っ子のように、耳障りな音を立てて手足をバタつかせ始めた厳蔵。シワの刻まれた唇をひょっとこのように尖らせているのがむしょうに癇に障る。大人びている、とルチアーノから称されたはずの空也に唯一純真たる怒りを孕ませることができるのがこの祖父だ。去年祖母が亡くなって以来その何の役にも立たないスキルは農作物の数倍の速さで成長している。
 だが空也が慣れないキックを放とうとするよりも早く──
「う……!? ぎ、あいぎぎっぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!?」
 コロコロのように、でも重々しく、幼児退行を始めていた厳蔵の目が飛び出んばかりに膨れ上がる。雷雨の前触れのような前章曲。稲光に似たその音は厳蔵の腹の中からだ。
「あ、あああ、ご、ごめん! ごめんごめん! めんごだよ婆さん! ホントめんご!! 冗談、全部冗談だよ婆さん!! 婆さんが一番エロいよ!!」
 齢八十とは思えないほどの俊敏なる身のこなしで立ち上がると、腹を押さえたまま廊下の奥へ駆けて行く。それを見送りながら空也は天国に住む祖母に心の中で謝念を告げた。奇矯なる話ではあるが、エロ話を始めようとすると厳蔵が地崩れのような腹痛に見舞われるのも慣れたものだ。祖父はそれを亡くなった祖母の呪いなどと吹聴しているが、それが真実なのか空也には半信半疑である。
 だが何を思ったのか厳蔵はトイレに駆け込む間際になって、こちらが反射的に身を引いてしまうほどの勢いで阿修羅の如き相貌を向けてきた。
「そうだ空也……。前々から言おうと思っていたがお前、あまり自然の和を乱すのはやめろ」
 前屈みで腹をおさえず、青白い顔と狼のような吐息さえなければ空也は人生の大先輩の言葉に対し背筋を伸ばしたことだろう。厳蔵は耐える。土砂崩れが生じようが二の足で踏ん張り唇を強く噛んで呪い殺すかのような眼光を飛ばしてくる。空也は恐れ半分で、しかしその言葉に含蓄された祖父の色を見抜き、固唾を飲んで次の言葉を待った。
「ワシが気づかんと思っていたか? お前、売り物にならなくなった野菜類を動物達に分け与えているだろう。それは優しさのつもりか? 自己満足で染野山の調和を狂わせるな」
「……じいちゃん……」
 今度こそ本当に空也は心の中でこうべを垂れた。気持ちが正される。
 白菜にしろ椎茸にしろ、農業栽培を行う上で必ず出てくる問題が不良品だ。そして同業者ならば誰しもが少なからず憤懣を思っているであろう。虫食いで形が悪く出荷できないのは百歩譲ったとしても、野菜の大きさが標準より僅かに小さいからというだけで取引対称から除外されるのは空也は納得しない。問屋が困る。量販店も困る。その内容を理論的に厳蔵から節々まで説明されたこともあるが、こんなに小うるさいのは日本くらいであるのも知っている。だから空也は、再び土壌となるべく大地に戻すそれ等の幾つかを意図的に抜き取っていた。
 そしてそれを渡す相手は──人ではない。
 彼等は食物の姿形など、つまらないことには拘らない。美味しければ食べる。それだけだ。
 結局のところ、農家の人間は自分の作った作物を美味しく食べてくれることが一番嬉しいのだ。
「気持ちは分かる。だが動物達とて動物達のルールがある。非情かもしれんが、彼等は生き死にのバランスを保って山に生息しているのだ。死は決して無駄ではない。山は有限。食物を多く与えればどこかでバランスが偏り、崩れるぞ」
「……」
「ま。気持ちで割り切れるようなものでもなかろうがな。だが後々──うっ……ごおおおおッ!!? おおおおおおおお!!!」
 今一つ締まらない会話の結びだった。ついに限界が訪れたのか、厳蔵は今度こそ振り返らずそのままトイレへと直進していく。それでも空也にはその僅かな言葉だけで十分すぎた。立ち尽くす。既に厳蔵の姿が消えた杉床を、掻き混ぜられた心そのままに見つめる。
 動物達は常に食物を欲している。
 空也の手の中には廃棄すべき食物で溢れている。
 偽善という名の誘惑は抗いがたかった。人間社会から不良という名の腹立たしいレッテルを勝手に貼られた野菜達を、こっそり持ち出しひと気のない山の中に置いてくる。需要は常にあった。だがそれは何年も連綿と続けていたわけではない。
「そういえばいつから始めたんだっけ?」
 小動物達との宴会。警戒心の強い野生の動物達から距離を取り、自分の育てた野菜を一心不乱に食べる彼等の姿を見るのが好きだった。休日には自分の昼飯も持っていき、彼等の横でのんびり食事を共にすることもある。中でも空也の注意を一番引いたのは──
「ああ、そうだ。あいつだ。最近姿見せないよな」
 追想は一年ほど前だ。空也が山の摂理に背いたキッカケ。あの日は確か染野山のハイキングコースを見回っていたのだ。雪が本格的に降る前の大掃除だった。観光客のマナーは一昔前と比べれば格段に向上したと厳蔵は言うが、それでもゴミの投棄は絶えない。自分の生まれ育った美麗なる土地に唾がつけられることに腹の中で濁流のようなわだかまりを覚え始めていた時だった。
 茂みの中で意思を感じる物音が耳朶を震わせた。興味を引かれて空也が覗き込むと、右前足を引きずるようにして歩く小さなホンドギツネがこちらから逃げ始めようとしていたところだった。おいおい、待てよ。期待もせずにそんな言葉を飛ばしたら、それが通じたのか偶然か、狐は立ち止まり、それでも数メートルの距離を保ってその真ん丸い向日葵のような色の瞳で空也を凝視し、目を合わせたままお互い達磨のように動きを停止させたのが始まりであった。
 かぶりを振るってその記憶の旅を断ち切る。
 楽な餌場を見つけたと思われたのだろう。治療を施し、足が治って以降も狐は姿を現した。だがここ数ヶ月は姿を見せず、とんと音沙汰が途絶えた日々が続く。最後に見たのは春の終わり頃だろうか。これは節目かもしれない。厳蔵の言う通り、山に礼節を立てて自分の厚顔無恥なる振る舞いはもう終わりにするべきなのかもしれない。
 ──春山一面に萌える新緑の息吹きと、それに引けをとらないくらい青く熟された緑黄色野菜が詰まった空也の頭に、外界からの控え目なノック音が届いたのはその時だ。
 擦れた笹葉が奏でるかのようなおしとやかな物音は微笑に等しい。それはこの日本家屋の瓦を、檜の壁を、窓硝子をそっと打つ。
 雨だった。
「何で──!?」
 蒼穹たる空が果てなく続いていたはずである。毎日欠かさず見る天気予報では今日の降水確率は十パーセントほどであったはず。開いた窓から外を見上げ思わず呆然とした。
 空はいつもの如く玲瓏なる空路を頭上一面に広げていたのだ。悠久に続くコバルトブルー。立ち込める暗雲も、湿り気のある風も一切感じられない。青空から落ちる優しい雨。前触れなく始まったそれは、稀に起こり得る天気雨と呼ばれる現象だった。いつまでも呆けてはいられない。まずは──そう、洗濯物を取り込まなくてはならない。激しい雨でないのがせめてもの救いだろうか。常日頃優しく暖かな慈愛を注いでくれるお天道様も、たまには機嫌が悪くなるらしい。
 ──笛の音が踊った。
 空也は金縛りにでもあったかのように階段に足をかけたままの体勢でその動きを止める。小鳥と秋虫達が演奏するにしてはあまりに場違いな甲高い音色。
 ──和太鼓が一際大きく大気を震わせ天へと昇った。
 困惑した頭には何も結論が落ちない。
 はて、と。年間を通じて執り行われる唯一の祭りは二ヶ月ほど前に神社の境内で行われたはずだ。
 天気雨は空也の脳を侵す。しとしとと、しとしとと。
 日本文化の息遣いを深く感じさせるその音頭は決して空耳ではない。遠かったはずの幻聴はやがて幻から抜き出て手の届く現実へと変わろうとしていた。
 耳を澄ませているうちに、音楽はより鮮明に、太い芯をあらわに存在感を示し始めた。
 それは祭りの音頭にしては少々熱が欠けていた。意図的なものだろう。太鼓は腹を唸らせるためでなく、むしろ荘厳なる響きで辺りを神聖化するかのような神々しさを醸し出している。笛による合唱テンポは遅い。山奥に湧く清流のようにゆったりと、いたわりの意を持つかのように雨音の間を駆け抜けていく。音調はやや高め。それは人への手向けというよりは、もっと別次元の、この染野山のどこかに潜んでいる神様に捧げる供物であるかのような印象を覚える。
 降り注ぐ雨などどこ吹く顔で、音調は不可侵の調べを我が物顔で紡ぐ。
 むしろ音楽に対して雨達の方が踊り弾けているのかもしれない。
 気のせいだろうか。刻一刻とそれはこの家に向かって近づいているような気がする。
 そして、音の出所を探ろうと紅く染まったケヤキ達の中に夢中になって意識を飛ばした空也の目は、一風変わった紅葉の欠片を見出す。
 仄かに光る。
 鈍く、控え目な主張をするかのように。
 雄壮な自然達の間を突き進むと同時に、樹齢達に敬いを伝えるかのように。
 一つ、また一つとその揺らぐ光は樹の宮殿の入り口から。石柱の如く立ち並ぶ大樹の先に金色の揺らぎと共に姿を現した。
 狐火──
 天気雨と共に奇怪なる空間を形成する笛太鼓にあてられたのか、そんな愚にもつかない思いを一瞬抱く。すぐにそれは霧散した。人影が見えたのだ。一人二人ではない。数十人単位が列を組んで土山家のある方向へと遅々たる足並みで行進してくる。狐火と勘違いしたそれは、彼等の手に掲げられている小さな灯篭のようだった。まだ空は明るいというのに、淡い幻のような赤丹色を浮かばせながら灯火の列は粛々と進む。
 もはや彼等の列の先に存在するのは自分と厳蔵の住むこの家しかない。
 だが、雨と共に現れた珍妙なるこの集団が土山家に用事があるとも思えなかった。それでも空也は相手が客である以上、出迎える義務を持つ。既に辺りを支配し始めた、どこか幽玄さを感じさせるような、まるで言葉のない祝詞を読み上げるかのような音色が家に到達する前に玄関へと駆け出す。慌てて靴を履き替え、引き扉を真横に解き放った。
 そして見た。
 染野山に突如として現れた奇奇怪怪たる来訪者に一切合切たる思考が吹き飛ばされた。
 彼等は皆、面を装着していた。
 新雪のように混じり気のない白肌。飛び出た両耳の大きさは人の比ではない。耳穴は真っ赤な塗料で塗りたくられ、薄く裂かれた口にも同様たる色が線を描くかのようになぞられている。どこか狡猾さを思わせる切れ目がちな眼の中はややくすみがかった黄土色だ。それは縁日などでヒーローやアニメキャラクター達と一緒に並べられているような安物の面に見えた。宮司のような白袴を羽織り、ある者は楽器を奏で、またある者は灯篭を片手に草履を前へと進める。
 玄関先まで残すところ二十メートルを切ったあたりで、空也はようやくその縦長の集団に主役を見つける。これが何の行列を指すのか未だ理解できていないが、少なくともその一人のために周りの白袴達が付き添いをしていることが隊列から読み取れた。
 木々を染め尽くす紅葉の紅色に、沈む夕日の金赤を照らし合わせたかのような、華美たる基調で織られた着物だった。楓の葉が色を変えて敷き詰められている。それ等を胸元でキュッと結ぶのは主張を抑えた山吹色の帯。赤溢れる世界の中で、女性は美しい絹のような細い黒髪を清純たる淑女のように垂らしている。前髪は額の辺りで整えられているようだが、それ以上は分からない。着物の女性は顔を伏せ、従者のからかさの下でゆっくりと歩を進めていた。膨れた胸元を避けるようにそっと下ろされた華奢な両手は微動せずに重ねられている。
「ば……バカな……。そんな、まさか──」
 いつの間にか隣に厳蔵が並んでいた。その眼窩に焼きついているのはやはり目の前のお面の行列だ。空也は唾を飲み込む。得体の知れない祖父と言えど流石に不可思議なる祭事を見せられては嘆息を漏らさずにはいられないようだ。
「じいちゃん。あの人達のこと、知ってるの?」
「──よく見ろ空也。三列目の赤い着物の少女を」
 彼等の中心となっている人物のことだ。その繚乱たる風体から勝手に年上の女性と思い込んでいたが、厳蔵はこともなげに少女と言い放った。エロさと異性に関しては神懸り的な能力を持つ祖父である。空也は根拠もなくそれを信じた。
「あの人がどうしたのさ」
「胸を見てみろ」
「……胸?」
 厳蔵の声は微かに震えていた。只ならぬ事態を感じ取り空也は必死に観察眼を少女へ向ける。襟先の下に膨らむのは女性特有のふくよかさだ。厚手の着物越しとは言えどそれを隠せていないところを見ると、おそらく豊満なる肢体を有しているのだろう。
「バスト八十八だと……!? ありえん!! あの年齢でそのようなけしからん胸などありえんぞ!! 油断するな空也! これはワシ等に対する、天からの挑戦と見た!!」
 少しでも敬意を持ってしまった自分がバカだった。厳蔵の瞳は血走り、剥き出しにした歯の並びは不敵な笑みを描いている。誰がどのような挑戦を持ちかけてきたのかなど問う気にもなれず、空也は眼前へと視界を戻す。……厳蔵のどうでもいい言葉のおかげで気が抜けたのも事実だ。先程よりは落ち着いて事態を受け止める覚悟ができた。
 行列が停止した。
 笛の音が止まった。
 音もなく道が開かれる。先頭を歩いていたお面達が左右に割れ、少女を敬うかのように首を垂らした。からかさの庇護から少女が抜きん出る。相変わらずその顔は地面を向いたままだ。
 その向かう先は──空也だ。
「……あの……ご、ご用件は……」
 沈着たる態度を保とうとするものの、金魚のように口が開閉してしまう。
 その言葉が合図となったのか。
 まるで眠りから覚める寓話のお姫様のように。恥らう蕾が開花するかのように。
 そっと天の糸の如き黒髪が持ち上がった。
 金の瞳が空也のそれとかち合った。
 心臓に直接稲妻が落ちたかのように、破裂するかのような鼓動が胸の奥で脈動した。
 同時に頭の奥で感じる既視感。それは雷鳴の閃光の最中に瞬き、すぐに消えた。
 小高なる控え目な鼻先と、桜の花弁を思わせるような色の瑞々しい魅惑的な唇。頬にはほんのりと朱色が差している。やや下がった柳眉は羞恥心の産物か。
 少女はただ可憐だった。
 天からの挑戦とは言い得て妙だ。月に帰っていった日本を代表する昔話の少女も、このような相貌を持っていたのだろうか。
 空也は──彫像のように固まっていた。
 物の怪を思い浮かべてしまうかのようなお面の行列。それに囲まれた少女の金の瞳は人離れした愛らしさで溢れる。脳が蕩けるよりも前にまず心臓が黒コゲにされてしまった。
 鈴の音のような愛くるしい囁きが落ちた。
 少女がおずおずと、しかし明確なる意思を込めて口を開いたのだ。
「ハツネ、と申します」
 着物の少女は頭を下げた。
 再び風鈴のような心地よい響きが流れ、雨に溶かされていく。
「不束者ですが、未来よしなに可愛がって下さいませ、旦那様」
 誓いの鈴が鳴らされた。

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