Neetel Inside ニートノベル
表紙

魔法少女・エグゼクショナー
第六話

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○第六話「児玉幸冶の夢」

「おじいちゃん、嫌いな食べ物なに?」
「んん? おじいちゃんに嫌いな食べ物なんてないよ」
「そうなんだ。すごいね~」
「健一は何か嫌いな食べ物があるのか?」
「うん。僕は……が食べられないんだ」
「ん? おじいちゃん耳が悪いから、もうちょっと大きい声で言ってくれないか?」
「だからぁ~、僕は……が食べられないんだよ」
「……ごめんなあ、おじいちゃん耳が遠いんだよ」
「しょうがないなあ。いい? 僕が食べられないのは」

 孫との幸せな一時。これは、私が望んでいた未来だ。かつては誰もが若く、夢を見ていた。私も夢を見て、全てが叶ったわけではないが……この幸せな時間はそれらを犠牲にしてでも手に入れる価値があったと信じている。陳腐な言葉かもしれないが、これでもう、悔いなく死んでいけるというものだろう。
 辛い事も沢山あった。人間70や80も生きれば、恐らく幸せなことより辛い事の方が多いのだろう。しかしその少ない幸せで、全ての辛さを帳消しに出来るのであれば、その人の人生は有意義であったと言えるはずだ。その点で言えば、私は実に有意義に人生を過ごし、死んでいく。何も思い残す事はない。

「む……? 健一? どこだ?」
 ふと気がつくと、隣に居たはずの健一の姿がない。私は病室のベッドにいて、健一はその横に座っていたはずなのだ。だが……辺りを見回しても健一の姿はない。いやそれどころか、他の人の姿もない。これは一体、どういうことなのだろうか。
 私はベッドから降り、健一を探す為に部屋を出る事にした。点滴はつけたままだし、足は痛む。だが……探さなければならない。そんな気がする。

 廊下。見渡してみても、健一の姿はない。どこへ行ったのだろう。最近は何かと物騒だと言うし、何事もなければいいが……
 と、そこで何者かに肩を叩かれる。振り返ると、口や目から手が出ている人が立っていた。
「どうしたんです?」
「孫がいなくなってしまって」
「それは大変ですね。きっと、白くなった音を探しているのでしょう。よろしかったら、貴方の右を燻製のようにしてあげますけど、どうします? 飛びます?」
「いえ、御気遣いなく」
「そうですか。じゃあ刺しますね」
 そう言って、その人は自分の口から生えた手の指の骨を折り始めた。うむ、中々礼儀正しい若者だ。捨てたものじゃないな。
 
 廊下を歩いて、ナースセンターへ。看護婦さんに聞けば、きっと健一の姿を見た人がいるはずだ。カウンターには一人のこけしさんがいた。
「やあ、すまないが、孫がいなくなってしまってね。このくらいの男の子なんだけど、みてないかい?」
「実際この電気信号にまみれた世界において我が存在の愛は粛々として永劫の野菜をその鈍く細長い五つの角に操られる事は酷く稀な器である」
「そうですか……どこに行ってしまったのだろう……もし見かけたら、私が探していた事を伝えてください」
「それは永久に凄惨な幸福を見た金や銀の標においてただ漫然たる時計の針は只管に狂おしく、もしくは狂おしくを食べ花は劇的に侵攻の帳を刺し続ける」

 ああ、そうだ。もしかしたらお腹がすいて食堂にでも行ってるのかもしれない。健一はまだ幼いが、しっかりしているところもあるからな。食堂へ行ってみるか。食堂は確か、扉の横と縦の間を軽く遠くに回して立ち去った時に見えるはずだ。という事はここからだと、悲しみを背負いつつトイレに入ればいいはずだ。

 群青の鳥に誘われるようにして食堂へ到着すると、私は早速健一の足跡を探した。健一の足跡にはきっと黄金の天道虫が付着しているはずだ。故に私は、その漆黒のカメを探し、辿ればいい。だが一向に猫色の声が見つからず、私は途方に暮れる。他に思い当たる場所と言えば……灰色の煉獄くらいだ。
 灰色の煉獄は病院とはまた別の扉を探す必要がある。そう言えばさっき、天井を歩いていた人が私に声をかけながら回る。いや、回らない。
「やあ児玉さん。お味はどうですか」
「とりあえず上々です。さて、私は灰色の煉獄を探しに行く?」
「そうしていると奥歯の方に過ぎ去っていきますよね。だから楽しいんですよ、苦しみが」
「なるほど、では私は背中にしますね」
 釣りをする時の事を思い出します。

 ところで私の船は燃料がありませんでした。だから言った、このままでは遠くの方から短刀をモリにされて、潮の流れにのる。彼は近づこうとして遠ざかった。見えない泡のように。
 それは仕方のないくらいの戦場であり、生き残るのです。でもしょっぱいので、段々いらいらしてきた。そんなのはいつもの事で、健一を探していた。

 屋上に無数のそれは、まるであの日の波のよう。健一を呼んでも応えはない。困った事になった、健一は無事だろうか。一度あの病室に戻ってみよう、もしかしたら健一も戻っているかもしれない。

 頭の針を抜くようにして、それは燦然と輝く太陽の中で病室を目指す。そしてその重苦しくもたおやかな扉を開くが、そこにあるのはいつもの光景から健一をくり貫いたもの。
 くり貫かれた健一はどこに行ったのか。これは私の罰なのだろうか。私には幸せなど不釣合いな交渉だったというのだろうか。だとしても、健一には罪はない。どうか無事に回り続けて欲しい。

 さて、廊下には見えない紙でこう書かれていた。それはやり直しの為に任されることである。私はこれ幸いと、その右の方に拡がる波間に身をゆだね、健一に恥ずかしくない言葉を探そうと考えた。本当の事はずっと心の中、頭の中。出せるものじゃない。
 いつか見たその日照りに、私の腕は細くこけていた。健一を探す声は枯れ、あまりに仕方ないので、隣にある黒い塊を舐めまわすようにして腹へ治めるのである。それは空腹のなせる業か、それとも元々がそうであるのか、この世のどんな健一よりも美味く、腹を満たす。皆がそうであるようで、それは一瞬にして白い塊へと変化した。白い塊は駄目だった。中にはそれを未練がましく撫で回すものも居たが、無駄だった。

 健一はどこに行ったのだろう。私の可愛い孫。私が生きながらえた事で生まれた、私の存在を証明する証。私の幸せ。

 ところで、黒い塊は放っておいてもできあがる。いや、黒くはない。黒くするのは私だった。だがまあ同じ事だ。しかしもしかしたら、私が黒くなるのかも、そう思うとなんだか眠れなかった。というよりも、眠ると黒くされるかもしれないので、むしろ黒くしてやった方がいいくらいだったので。
 でもまあ、幸せだったのかもしれない。誰もそれを知らないと思うから。幸せだと知らないのだ。幸せじゃなかったから、私は幸せになれたのだ、それを知る事ができたから。でももう二度と味わえない。

 では、やり直そう。そうすれば健一に会えるかもしれない。しかしながら何度やっても健一には会えない。何度やっても私は同じ事をしている。これが罪であり、これが罰であり、しかし楽しいのだ。助けて欲しいが、助けて欲しくなかったのかもしれない。いや、しかし結局アレが最後だったので、助からなければなるまい。

 私ももう長くはない。だから病院に居る。だからやり直したい。全てが変わるなら。でもやり直したいのかそれとも、本当はもう一度やりたいだけなのか、わからない。健一の為にやり直したいが、やり直してあそこで終わらせるのなら、健一は生まれない。駄目だ。だから何度でもやろう。やり直してもやる。それしかない。
「児玉さん、診察のお時間ですよ、部屋に戻らないと」
「もうそんな時間か。ところで、貴方の右手はどこにあるのですか?」
「やだなあ児玉さん、何言ってるんですか。今貴方が食べてるじゃないですか」
「おおそうだった。これは失敬、失敬……ははははは」
「うふふふふふ」
 健一が私を忘れるようになったのは、いつの事なのだろうか。

『ゆがんどるな』
 歪んでいる。そうとも、それこそが我が青春の日々を純然たる声だ。
『どうしたい?』
 健一を探したい。
『それだけははっきりしてるんやな』
 お前は誰だ。我が罪の船にて無欲なるは、それこそが罪。人は生きなければならない。
『支離滅裂やの。健一君以外は全部それやもんな……アンタの人生は、殆どが悪夢や。どないしたらこうなるねん』
 声だけで私の脳を右から左へ回すのはやめろ。
『あん? なんや姿が見たいって言ってんのか。ええけど、アンタの夢は全部不安定やで。ちゃんと認識できるんか?』
 ……おお死神が如く私の魂を揺さ振るその劣悪なる真実。よもや貴様が健一を?
「ちゃうわ。おいええか? アンタの夢は壊れすぎや。せやから一度、ウチが修復したる。とは言っても無理矢理やからな、アンタにとっては苦痛に感じる部分も出てくるやろうけど……そうせんといつまで経っても悪夢が終わらん」
 悪夢。それは私の甘美で醜悪でとろけそうなほどの骨の物語。よかろう、死神に従う事にしようではないか。
「……なんかもう突っ込む気にもならへんな。ほな……覚悟しいや」

 ――――

 …………船? そう、船だ。ああ、この記憶。忘れもしない……忘れてはいけないのだ。私の罪はこの船で始まる。
「腹減ったな、児玉……」
「ああ……もう五日だからな。副隊長殿は?」
「偉いもんさ、自分だって腹が減っているだろうに、一生懸命船を漕いでる」
「しかし、この船は人が漕いで進むような船ではあるまい」
「やらないよりはマシさ……俺もそれは分かるんだが、もう、体が動かんよ……」
「俺もだ……」
 領海を巡回中、燃料が漏れ出して身動きが取れなくなった我が隊は、漂流を余儀なくされた。積み込んでいた食料は底を着き、隊員たちの殆どが死を覚悟していた。そんな中にあって、副隊長殿は諦める事無く我々を指揮していた。ちなみに隊長はと言えば、燃料が尽きてすぐに自害してしまった。責任を感じていたのかなんだか知らんが、むしろ無責任だと皆が怒ったが、死んでしまったものはしょうがない。今はなんとか、我々が生き残る事を考えなければならない。
「俺達、このまま死んじまうのかな……児玉ぁ」
「バカ言え……米兵にやられたのならともかく、燃料洩れで死んだら恥だぞ」
「そうは言ってもなぁ……おれぁ……もう、目を開けてるのも辛いよ」
「おい……しっかりしろよ斉藤……ん? おい神崎、お前……さっきから何をやってるんだ?」
 ああ、だめだ、それを知ってしまうから私達は……
「お、お前それ……まさか隊長の」

 ――――

「俺達、このまま死んじまうのかな……児玉ぁ」
「バカ言え……米兵にやられたのならともかく、燃料洩れで死んだら恥だぞ」
 なんだ? どうなって……戻ったのか?
「そうは言ってもなぁ……おれぁ……もう、目を開けてるのも……」
 斉藤が目を閉じそうになっていく……と、その時だ。船首の方から副隊長の声が聞こえてきた。
「おい! 皆見ろ! 船だ!!」
「え!? あ! 見ろ斉藤! 船だ! 船だぞ!」
 私達の視線の先に、日章旗を掲げた船が見える。た、助かった? 助かったのか?
「お、おお……児玉、俺はまさか夢を見ているのか? それとも実は、俺はもう死んでいるんじゃないか?」
「そんな事あるものか! あれはまさしく日本の船、やはり国は我々を見捨てなかった! きっと帰りが遅いから、探しに来てくれたのだ!!」

 ああ……そうだ。確かに助けの船は来た。だが実際には……しかし、だとするとこれは、どういうことだ? もしかしたら、もうすぐ死ぬ私の為に、神様か仏様がやり直しの機会をくれたという事なのか? だとしたら、なんとも慈悲深い話じゃないか。

 無事に救助された我々は、早速その船の食堂で、久方ぶりの食事にありつく。軍の飯がこんなに美味いと思ったのは正直初めてだ。皆、涙を流しながら食事を喉に掻き込んでいる。そして、食べ終えた皿が山のように積み重ねられていく。
「おいおいお前達、空腹で死にそうだったからって、食べすぎで死ぬんじゃないぞ?」
「副隊長こそ、見事な食べっぷりじゃないですか! 勢い余って、自分の腕まで食べないでくださいよ?」
 斉藤が、軽口を叩く。皆も助かった喜びで気持ちが高揚しているのだろう、笑いが耐えない食事だ。だが……その次に副隊長が発した言葉に、私はぎょっとする。
「はははは、何を言っているんだ。俺の腕はとっくに、お前達の腹の中じゃないか!」
 私は思わず箸を止めて、顔を上げる。すると、辺りの様子は一変していた。積み重なった皿だと思っていたものは、人骨の山だった。そして、隊員たちが貪るように食べているのは料理ではなく、副隊長の体だった。副隊長は、自分が食われているというのに笑っている。隊員たちも、笑いながら副隊長を食べ続けている。
「おいおいどうした児玉ぁ、遠慮しないで食っていいんだぞ?」
「え、え? ……ふ、く、隊長……」
 副隊長は、目や口から血を垂れ流しながら笑う。隊員たちは、口に副隊長のものと思われる手や足を咥えながら笑う。そして、私は……ふと口を滴る液体を袖で拭う。袖についていたのは……血だ。そして視線を落とすと、皿の上には……耳、が……
「ひいいっ!」
 そこで、私の意識は遠のいた。

 ――――

     


「おじいちゃん、嫌いな食べ物なに?」
「んん? おじいちゃんに嫌いな食べ物なんてないよ」
「そうなんだ。すごいね~」
 おお、健一だ! これは……病院か。そうか……やはりあれは夢だったのだな。いやな夢を見たものだ。
 私は病院が出した食事を食べているところだ。それを見ていた健一が、質問してきたのだ。やはり子供には一つや二つくらい、嫌いな食べ物があるのだろう。
「健一は何か嫌いな食べ物があるのか?」
「うん。僕は……が食べられないんだ」
「ん? おじいちゃん耳が悪いから、もうちょっと大きい声で言ってくれないか?」
「だからぁ~、僕は……が食べられないんだよ」
 年老いてしまった自分の耳が恨めしい。嫌いな食べ物の名前を言っているはずなのだが……聞き取れない。なんだろうか、なんと言っている?
「……ごめんなあ、おじいちゃん耳が遠いんだよ」
「しょうがないなあ。いい? 僕が食べられないのは」
 私は健一の言葉を聞きながら、なんとなくスプーンでスープを掬う。すると、スプーンの上には人の目玉が……
「人間だよ」

 ――――

「はっ!?……」
「ようやく見えてきたなぁ、アンタの悪夢のもとが」
 気がつくと、再び病室にいた。だが健一はおらず、代わりに……黒い服を着た少女がいた。
「……アンタは一体誰……いや、知ってるぞ、アンタは……」
 そう、知っている……誰だったか、顔を見たことがある。
「あん? 知ってる? さっき会ったからやろ」
「いや違う、その前から知っている。アンタは確か……この病院で会ったはずだ」
「……まあええわ、そろそろ終いにしよう」
「ま、待て。私はもう見たくない!」
「あかんでぇ、何せこれは、アンタの夢なんやからなぁ?」
「や、やめろ、やめろ!!」

 ――――

 再び、あの船の上。どうしても、見たいと言うのか? 私を苦しめて、何の得になると言うんだ……
「俺達、このまま死んじまうのかな……児玉ぁ」
「バカ言え……米兵にやられたのならともかく、燃料洩れで死んだら恥だぞ」
「そうは言ってもなぁ……おれぁ……もう、目を開けてるのも辛いよ」
「おい……しっかりしろよ斉藤……ん? おい神崎、お前……さっきから何をやってるんだ? ……お、お前それ……まさか隊長の」
 隊員の一人、神崎と言う男は何やら、隠れてもぞもぞしていた。だが私の言葉にちらっと振り返ったその時、神崎の口元には……血が滴り落ちる誰かの腕が。
「ち、ち、違うんだ、だって、腹が減って……もう隊長は死んでるんだ、だから、いいだろ!?」
「だ、だからってお前……人間を食うなんて……」
「いや……児玉、よく考えてみろ。もしかしたら隊長は、そうさせる為に自害したのではないか? 責任を感じて、自ら食料になるべく……」
「そう、そうだよ! 児玉、隊長は俺達のために!」
「ば、ばかな……」
「でも、ほら……う、美味いんだ! すんごく美味いんだよ! 肉なんだ、本当に肉と同じで、しかも柔らかくて……や、焼いても美味いんじゃないかな?」
 自分の喉が鳴るのが分かった。神崎のやった事は外道の如き行いだが……確かに今の私達には、必要悪なのかもしれない。第一、もう死んだ人間なのだから……生きている人間が生き残るために、それくらいの事は……
「じゃ、じゃあ……じゃあどうする? 俺達だけで食うのか? 副隊長殿にも報告した方がいいんじゃないか?」
「ばか、児玉お前、こんな事あの副隊長殿が許してくださるわけないだろ!?」
「斉藤の言う通りさ、副隊長殿は真面目なお方だからな。そ、それに……副隊長殿は隊長の次に偉い人だぞ? 隊長を食べ終えたら、つ、次に責任を取るのはあの人なんだ」
「お、お前もしかして、副隊長まで食べるつもりなのか!?」
「しー! そ、その前に助けが来るかもしれないだろ? でも、た、隊長を食べ終えても来なかったら……その時は……」
「殺すのか!?」
「声がでかいって! ち、違うよ。でも、隊長を食べ終える頃には、副隊長は飢えで死ぬんじゃないかなって……」
「……お前……」
「児玉、お前が迷うのは分かるけど……俺はやるぞ。おい神崎、隊長の体はまだ残ってるんだろうな?」
「あ、ああ。俺もこれが初めてだから……ほ、他の隊員はどうする?」
「……俺達だけで、隊長の体を食べる。そうすれば少なくとも、他の奴よりは長生きできるだろ」
「斉藤……本気なのか?」
「じゃなきゃお前も食うぞ!? いいのか!? 俺はやる、やるぞ……」
「う、ぐ……」
 そうして……私達は隊長の体を貪り食った。

 それから数日して、私達三人以外のみんなはどんどん空腹で倒れていった。だが、まだ死者は出なかった。そして再び、私達も空腹に苦しみ始めていた。そんな時だ……私は副隊長に話しかけられた。
「児玉……大丈夫か?」
「は、はい」
「すまないな、隊長亡き今、俺がお前達を何とか国へ帰らせてやらなければならないのだが……もう、無理かもしれない」
「そんな……副隊長殿はよくやっておられました」
「……もしも、俺が死んだら」
「え?」
「俺も、食え」
「!? し、知っておられたんですか!?」
「ああ……隊長の亡骸が無くなっていて……お前と斉藤と神崎が、時折こそこそしていたからな、そういうことなのだろうと思っていたよ」
「あ……あああ……」
「だが、いいか? お前達だけで独占するな。今生きている者全員で分けるんだ。これは遺言だ。三人の中ではお前が一番まともそうに見えたから伝える。斉藤と神崎はもうだめだ、俺を見る目がおかしいからな。だからお前も、あの二人には気をつけろ。いざとなったら、先にあの二人を殺してでも……独占をやめるんだ」
「……わ、わかり、ました」

 副隊長は、その日の夜……自害した。いや、自害に見せかけてあの二人が殺したのかもしれない。そして私は決断した。他の隊員に、全てを教える事を。副隊長の遺言どおりに。
 そして、他の隊員は少ない体力を奮い立たせ、斉藤と神崎を取り押さえる事に成功した。私達は、二人が涎を垂れ流して懇願する中、副隊長の死体を貪った。だが一人の肉を隊員みんなで分けるのでは、量が足りなかった。そこで……最初に独占を始めた神崎を殺し、その肉を食った。斉藤は、次は自分かも知れないと思っていたようだが、それでも涎を垂れ流しながら、肉を食わせろと叫んでいた。

 三日後。私達が再び空腹を感じ始めた頃、隊員の一人が救助の船が近づいてくるのを見つけた。喜びに沸く船員達だったが、その時、船室に閉じ込められていた斉藤がこう叫び始めた。
「お前ら! 国に帰ったらお前らがやった事全部バラしてやるからな! 人を殺して肉を貪って生き長らえたと! 俺も終わりだが、お前らも終わりだ! お前らが悪いんだ、俺に副隊長と神崎を食べさせないから!!」
 私達は焦った。このまま救助されたら、生き残れてもその後の人生が台無しになる。そこで……私達は斉藤も自害したように見せかけて、殺すことにした。そして殺す役目を、私がやる事になった。私は皆を助けたが、隊長の肉を独占した一人でもある為、これが罪の禊であると言われた。その時の私はもう、正常な感覚を失っており、その言葉に納得してしまった。そして……銃を斉藤のコメカミに向ける。
「ふ、ひひひ、な、なあ児玉ぁ……教えてくれよ。副隊長と神崎、美味かったか? 隊長より美味かったか!? お前が一番人間を食ったんだよ、お前が一番罪深いんだ。な、なのに、なんでお前が生き残るんだ?」
「……」
 私は答えられなかった。代わりに、無言で引き金を引いた。そして私達は、生き残った。
 
 これが私の罪。私は罪を犯して生き残り、人生を続けた。その結果子供を成して、孫まで出来た。幸せだった。幸せだったが……私の人生そのものが罪になってしまった。健一は、罪によってできた孫になってしまった。もうどうにもならない。私が死んでも、健一の運命には私の罪が付きまとう。もう、どうにも……
「アンタの悪夢や、よう見いや」
 先程の少女の声。ふと気がつけば、私の目の前には、健一と少女がいた。
「おお……健一。すまない……すまない……」
「おじいちゃん。おじいちゃんは人殺しなの? 人を殺して食べたの?」
「ぐっ……あ……やめてくれ、健一にそんなことを言わせんでくれ!」
「あほ。ウチが言わせてるんとちゃう。アンタが言わせてるんや」
「だ、だが……私にはもう、どうにもできない」
「そうやな。過ぎた事やし、何かするにももうアンタには、時間がないな」
「おじいちゃん、人っておいしいの?」
「やめてくれ……」
「答えたったらええやんけ。どうせ隠したって無駄なんやから」
「できん! 健一にそんな事……例え悪夢だろうと、そんな事は……」
「おいしかったの? ねえねえ!」
「う、ぐ……た、たのむ、もう……」
「もう、何や? もう殺してええんか?」
 黒い少女はそう言って、大きな斧を健一に突きつける。
「な!? や、やめろ!」
「言ったやろ。この子がアンタの悪夢や。アンタが健一君を悪夢に仕立て上げてんねん。健一君が居るから、自分の罪がどんどん圧し掛かってくる……そうやろ?」
「た、たしかにそうかもしれん、だが……」
「安心せえ、別に本物の健一君がどうかなるわけやない。暫くの間、健一君が夢に出て来れなくなるだけや」
「だめだ! 私は健一に会いたいのだ、例え夢の中だけだとしても……」
「悪夢になるって分かってるのにか?」
「確かに悪夢だ。悪夢だが、このままでいいんだ……いいんだよ」
「……」
「現実の健一はこんなに幼くはない。今の健一は、私に会いに来てくれないのだ。もしかしたら、私の罪を知ってしまったのではないか……そう思うことがある。そして、その思いが夢の中の健一を悪夢にしてしまうのかもしれない」
「……」
「悪夢は苦しい、辛い。だが、私はそれを受け入れよう。私は罪を犯した。その結果健一が生まれた。ならそれでいい、私はその罪に苦しみぬいて死んでいく。だから例え夢の存在であろうと、健一を傷つけるわけにはいかないのだ」
「ふん……さすがに長く生きてる人は、覚悟がちゃうな。悪夢を見続けてもいいって事か」
「構わない」
「さよか。ほなら……見逃してやるわ。その代わり、悪夢は悪化していくもんや。苦しいで? 覚悟しいや」
「分かっているさ」
 黒い少女は、呆れたように笑いながら、消えた。そして健一と私だけが残された。
「ああ……おいで健一」
 健一が幼い足取りで、私のもとへ近づいてくる。私はそれを抱きしめ、涙を流す。
「ねえおじいちゃん」
「なんだい?」
「人間っておいしいの?」
「……ああ……凄く、美味しかった」
「へえ……俺も食べたかったなぁ!」
「!?」
 健一の声が、突然野太い男の声に変わった。慌てて離れると、そこに居たのは……血まみれの斉藤だった。
「さ……」
「おじいちゃ~ん! 俺も食べたかったんだよぉぉぉ!」
「わああああああ!!」

『だから言うたやろ、覚悟しいやって』

       

表紙

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Neetsha