Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

「今回の仕事は、簡単に言うと連続殺人犯の逮捕及び凶器の回収の補助です」
「警察と警備隊に任せろ。俺らの出る幕じゃねえよ」
 街がゆっくりと夜に包まれ、建物や通りにぽつりぽつりと灯かりが点り始める。通りを行きかう人の数は昼に比べると格段に増え、街の中心地辺りは既に賑わっている頃だろう。
 そんな喧騒から離れるように、俺とムカデは閉店した本屋に挟まれた薄暗い路地で人を待っていた。また待ち合わせである。今日の昼にクダと一悶着を起こしたレストランで仕事内容の確認をした結果、ムカデが依頼を引き受けると言ったので本格的に事件に関わって動き出すようだ。
「その凶器の性質上、回収には私達の力が必要らしいのです。…分かりますね?」
 店の裏口の階段に腰掛けたムカデは、相変わらずのシスター姿で俺に問いかける。暗すぎて表情は見えないが、声色は神妙だ。
「あぁ、どうせ魔術品だろ。その凶器ってのは。アキかクソメイドに聞けば、この街に流れてる魔術品は大体見当がつきそうなもんだが」
 知り合いの運び屋の顔を思い浮かべながら言った。正直言って、あの二人は完全に裏稼業の人間だから一緒に居る所を見られると非常にまずい。俺は特に問題ないが、ムカデにとっては会うだけでリスクが大きすぎる。が、接触さえできれば、魔術品を用いた通り魔なんかの潜伏先はすぐに分かってしまう。
「残念ですがアキナさん達の連絡先が分かりません。それに、今回用いられた魔術品の出所は彼女たちではありませんよ」
「あぁ?確認もしてないのに、どうしてそんなことが分かるんだ?」
「…こちらの写真を見てください」
 スッと写真らしきものを差し出されたので、受け取ってライターで照らして見る。この路地は人間2人がなんとかすれ違うことができる狭さなので、少し見づらい。ムカデが渡してきたのは2枚の写真で、1枚目は繁華街みたいな場所でスーツを来たおっさんが驚いた表情で映っている。2枚目は、どこかの駐車場っぽい所でガラの悪そうな兄ちゃんの後ろ姿が映っている写真。
「この映っているの、被害者達?」
「そうです。どちらも死ぬ直前に撮られた写真です」
 その言葉で、大体凶器の予想がついた。なるほど、最悪じゃねえか。凶器じゃなくて兵器だろうが。
「どう考えても凶器は『灰魔のカメラ』だ。この映っている連中は、全員白骨死体で発見されたはずだ」
 気味が悪いので、写真を投げ捨てるようにムカデに返した。ムカデは写真を封筒に仕舞いながら、「ご明答です」と呟いた。
 「灰魔のカメラ」は数百年前に造られた魔術品で、いくつもの強力な魔方陣が描かれたカメラだ。実際に現物を見たことは無いが、中に封じられているのは異世界の奥の奥から引っ張ってきた炎の精霊で、レンズを覗きながら精霊の名前を呼ぶことで呪いが発動するらしい。その呪いとは、発動の際にレンズに映った生物の内「最も手前に映った生物」を喰らうというインチキくさい性質だ。シャッター音は精霊の鳴き声とも言われていて、一瞬で喰われた後は1枚の写真とそいつの骨しか残らない。発動後は抵抗する余地が皆無なので、相手がこちらに向かって構えた時点でほぼ死んだも同然、というチートな魔術品だ。
「なるほど、これは持ち主を決めたらそいつが死ぬまで離れない類のアイテムだ。運び屋を介した取引は出来ないな」
 魔術品の中には触れた時点で「契約」扱いされるものが多くある。どこかに捨てても手元に戻ってきて破壊すれば使用者は死ぬという厄介な性質は取り扱いが難しく、どんな運び屋も滅多に手を出さない。この「灰魔のカメラ」もそういった類の物だ。
「私達の仕事は、あくまで補助です。犯人の逮捕及び回収は警備隊と警察に任せますので、おおよその仕事は犯人の捜索になります。…犯人を発見したら警備隊に連絡し、気付かれないように尾行するように、と言われてますが。個人的には確保のお手伝いもしたいものです」
「それこそ警察の仕事じゃねーか!なんで関係無い俺らが命を張らなきゃいけないんだ?」
「私達の手腕を見込んでの依頼だからです」
 そう言ってムカデは微笑んだ。警備隊の連中に利用されてるような気もするが、こいつがどれくらい本気か分からない。本格的に犯人の確保を狙ってるなら自殺行為に等しい。
「大丈夫です、ヤトト。今回は秘密兵器と何人か助っ人が来ます」
「助っ人とやらはそろそろ来るから良いとして、『秘密兵器』?初耳だな。どんなのだ?」
 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに張り切ってムカデがポケットから取り出したのは、小さなアンテナ付きリモコンみたいなものだった。小豆くらいの大きさのボタンが並び、真ん中に大きな赤いスイッチが見える。
「『魔術探知マシーン』です。見てください、このスイッチを押すと半径50メートル以内の魔術品を探知します」
 ムカデの細い指がリモコンのスイッチを押すと、アンテナが少し伸びてウネウネと左右に振られた。気色悪いアンテナの動きに合わせるように、ピーピーと雛鳥の鳴き声みたいなアラームが暗い路地に鳴り響く。
「……おい、ぶっ壊れてねえかソレ」
「いえいえ、ちゃんと魔術品に反応してますよ。センサーが揺れてるでしょう?」
「魔術品なんて町中にいくらでもあるだろうが!どこ行っても反応するようじゃ意味ねえよ」
「ある程度強力な魔術品にしか反応しません。この場合、ヤトトの後ろにいる助っ人さんの銃に反応しているようです」
 ハッと後ろを振り返ると、路地の入口に黒いコートを羽織ったスーツ姿の男が立っていた。影になっていて表情がよく分からないが、うすら笑いを浮かべているように感じられる。恐らく30代くらいだろう。
 しかし、男の気配に全く気付かなかった。なんだこいつ。
「驚かせて失礼、こんばんは。ムカデさんですね?」
「はい、そうです。貴方がハンターさんですか?」
「申し遅れました。今回の連続通り魔事件の犯人確保の補助を務めるサミュエルと申します。無事に犯人を確保できるよう、お互い頑張りましょう。…こちらの少年は?」
 理知的で真面目そうな声だ。紳士ぶってるつもりか、なんとなく気に食わない口調だ。雰囲気は魔術師そのものだが。
「おっす、ムカデの相棒兼雑用係のヤトトだ。以後よろしくな」
「…こちらこそ、よろしくお願いします」
 俺の横柄な挨拶にも丁寧な口調で接するあたり、本気で紳士ぶってるようだ。おそらく俺よりムカデの方が気が合うだろう。というか俺自信がこういうタイプ、無理。
「二人来るって聞いたがあんた一人か?」
「失礼、相棒がちょっと寝坊したようで。待ち合わせ場所は分かっているので、じきに来るでしょう」
 本来、魔術品を回収するタイプのハンターはどんな性格だろうが時間に厳しいという点で共通してるものだ。サミュエルとやらの相棒はグータラな新入りか、5流クラスのカス野郎らしい。そう断定できるくらいハンターの持つ役割、仕事は正確さが求められる。
「後で言い聞かせますので、どうかご容赦を」
「いえいえ。こちらこそ中途半端な時間で待ち合わせしてしまって…」
 深々と頭を下げるサミュエルに対して、負けじと頭を下げるムカデ。なんだそりゃ、馬鹿じゃねぇのか。
「いいからさっさと打ち合わせしようぜ。こうしている間もどっかで人が殺されているかもしれないんだから」
 悪魔である俺が言う筋合いは無い言葉だが、こういうグダグダな雰囲気は嫌いだ。さっさと打ち合わせして帰って寝たい。…何を勘違いしたのか、ムカデがニコニコしている。本心で言った訳ではないことくらい分かってるだろ、お前。
「失礼。では、まずは今回の通り魔に関する情報の確認をしましょうか。確認後、対策と注意点を話し合い、どう動くべきかを検討しましょう。いいでしょうか?」
「おう」「はい、宜しくお願いします」






       

表紙
Tweet

Neetsha