Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 「灰魔のカメラ」を使った通り魔事件が起き始めたのはおよそ2週間前。丁度俺達がいる路地の一本向こうの通りで燃え尽きてる死体を通行人が発見、死体付近にあった写真と歯型などから遺体の身元が確認された。被害に遭ったのは隣町にある大手貿易会社「ナイート」取締役代表のホライズン社長。被害に遭った社長は、死体発見の直前にレストラン「トニー・シャイン」から出ていく姿を店員が目撃していて、おそらくレストランでトラブルが起きたことが原因で夕飯を食べ損ねたために繁華街をうろついてるところを通り魔にやられたものだと思われる。…トラブル?
「おい、そのトラブルってなんだ?」
「シスター姿の女とチンピラのような子供がレストラン内で暴れ、無銭飲食を果たしたらしいです。ですから2週間前からそのレストランは完全会員制になっていて、24時間体制で警備隊を雇うようになったと聞いています」
 なるほど、だから店の周りをアバズレクソ***がうろちょろしていたのか。…待て。その喰い逃げ犯が心当たりありすぎというか、なんというか。
 俺とムカデの格好を見比べつつも、サミュエルは笑顔を崩さない。どうやらこいつは俺達が犯人だと思っているらしい。横目でムカデの反応を伺うと、のほほんとした顔でサミュエルの話を聞いている。おいおい、どんなポーカーフェイスだよ。
「あー、話を続けたまえ」
「はい。社長が殺されたその次の週、つまり先週です。ここから30km程離れたところにあるデパートの地下駐車場で、賞金首ハンターをしている少年が同じく焼き尽くされたような白骨死体となって発見されました。この少年は隣町で数人の賞金首ハンターで組んでいるチーム、『グァバ』の一員らしいです」
 『グァバ』は聞いたことがある名だ。3、4人のガキがいきがっていっぱしのチームを名乗っているようだが、そのコンビネーションプレーは侮れないとかなんとか。この殺されたガキも、一応それなりの戦闘経験はあったはずだ。ということは、通り魔もそこそこやれる奴なのかもしれん。
「2人の被害者に面識・共通点は無く、その手口から通り魔だと思われます。他にも雇われているハンターが居ますので、私達の仕事は1週間交代で警備隊と共にこの辺りをパトロールすることになります。こちらが交代のシフト表です」
「ありがとうございます。…なるほど、4人で1班ですか」
 それこそ警備隊に任せればいいだろ、と言いたいところだが魔術師が少ない近接武闘派の警備隊に対するボランティアみたいなものだと思えば筋が通る。納得はしないけどな。むしろ、今回の凶器の特性を把握してるかも怪しいもんだ。
「今回は私達がちょうど4人居ますので、これで1班ということになりますね。宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 まるで社交辞令のように二人は挨拶を交わした。名刺交換のようなノリだ。命を預けるかもしれないパートナーに対して軽すぎる気もするが、それだけ腕に自信があるのだろう。もしくは絶対に命を落とさない自信が。
「とりあえず役割でも決めとくか。俺は犯人を見つけた時に無線で連絡する役をやる。ムカデはその胡散臭い探知機で犯人探し、ついでに魔術で迎撃。サミュエルは…あー、得物はなんだ?」
 サミュエルは腰のあたりをポンポンと叩いて、今までの言動からは想像もつかないような獣じみた笑顔を見せた。
「私の拳銃は特別製で、狙った獲物ははずしませんよ。早撃ちも得意です」
「オーケー、じゃあもしもの時は頼んだ。『灰魔のカメラ』は視界に入ったらアウトだ、相手が構える前に頼むぜ。あんたの相方の得物も銃か?」
「私の相棒も銃を使いますので迎撃の際はお任せください」
「よし、決まりだな。とりあえず獲物に気付かれないようにだけしよう。気付かれたら死ぬ」
「そうですね、細心の注意を払って慎重に動きましょう。…その点ではムカデさんの持ってるそのセンサーは少し危険かもしれませんね」
 確かに。性能が信用できるかは置いといて、音が鳴るのは厄介だ。
「おい、やっぱそれ使うな。しまっとけ。邪魔だ」
「ええ!?せっかく買ったのに、今使わないでいつ使うのですか?」
 素で驚いている。どんだけこのセンサーに自信があるんだ。
「いや俺達の存在がバレたら本末転倒だろうが。意外にうるせぇんだよ、それ」
「し、しかし…」
 しつこく喰い下がるムカデの手からセンサーを奪おうとした時、アンテナの振動と共にまたもやアラームが鳴った。ピーピー、ピーピーと耳障りな電子音が路地にこだまする。やっぱそれ、ぶっ壊れてんだろ。ムカデの隣でサミュエルも苦笑いを浮かべている。
「この反応は…。き、気を付けてください!近くに強力な魔術品の反応があります!」
「だから、サミュエルの得物に反応してるんだろ。このやり取り、さっきもやったじゃねえか。うるさいから止めろ」
 俺が呆れ顔でアラームのスイッチに手を伸ばしたその瞬間、

 キュ――ン

 路地の向こう側から、甲高い鳥の鳴き声のような音が聞こえた。続いてたっ、たっ、たっと走る音。
「…向こうの通りから聞こえましたね。失礼」
 そう言ってサミュエルがセンサーのスイッチを切り、路地に静寂が戻った。俺達が居る細い路地のおよそ30メートル程奥、建物の壁に切り取られた隣の通りを3人で注視する。たっ、たっという足音もその方向から聞こえてくる。
「おいおい、こんなに早く出くわすかよ?」
「2週間前の事件も、あの通りで起きました。通り魔がこのあたりに潜伏している可能性は十二分にあります」
 どこに向かっているか分からない足音を聞き逃さないよう、ささやくような小声で会話する。少し興奮しつつも、冷や汗が背中を伝うのを感じる。1200年間、いくつも死線を越えてきた今でも死を間近に感じるとビビるもんだ。増してや、今は人間の体だ。
 サミュエルは朗らかな笑顔を消して腰の銃に手を伸ばし、ムカデも深刻な顔つきをしている。
「さっきの音は、灰魔の鳴き声でしょうか?」
「聞いたことが無いので、なんとも…」
「俺も無いな」
 基本的に聞いた奴は死んでるからな。と、耳を澄ますと足音が聞こえなくなっている。どこかで止まったようだ。
「行きましょう。どこかに隠れて不意打ちされたらまずいです」
 サミュエルが腰を低くして路地の奥へと移動したので、俺もついていく。後ろにムカデもついてくる。流れで動いちまってるが正直、俺とムカデは役割でいうとこの場に残っていた方が良いような気がする。どうなんだこれ。
「…!」
 先行していたサミュエルが急停止したので、俺も慌てて立ち止まる。背中越しに前を見ると、路地の出口に人が立っていた。どうやら向こうの通りから路地に飛び込んできたらしい。
「伏せろ!」
 サミュエルの鋭い声に従い、すぐさま蛙のような姿勢で地面に伏せる。続いて、カメラのシャッター音。
 地面に伏せたまま顔だけあげると、大きな黒いコートがバサリと宙を待っていた。巨大なヒトデが通路を塞ぐように浮かぶコート。その下で、サミュエルは片膝立ちで腰から抜いた銃を構えている。…なるほどね。
 パン、と乾いた音がすると同時にコートが地面に落ちた。そして、人の倒れる鈍い音。
「『SB』ですか。珍しい物を持ってますね」
 俺の後ろから聞こえるのんびりした声に応えるように、サミュエルは手元をこちらに見せてきた。顔と銃は用心深く前方へ向けられたままだ。
 サミュエルの握っている銃は、先端だけ銀色でそれ以外は真っ黒だ。これは「SB」と呼ばれる銃で、悪魔や妖霊退治にもってこいの武器だ。通常は銀の弾丸や特殊な金属を用いて、普通の銃火器では対抗できない妖霊等に立ち向かう。だが、この「SB」は銃自体に細工がしてあるため、いちいち貴重な銀の弾丸を消費せずに済むのだ。もちろん「SB」自体の希少価値はとても高く、滅多に手に入るものではない。
「しかしまぁ、よくとっさに動けたな」
 俺達の命を救ってくれた黒いコートを拾いながら、サミュエルに声をかける。コートの袖辺りに穴が空いている。だがサミュエルは特に気にする様子も無く受け取り、羽織った。
「…コートでカメラの視界を遮断するとは、えらく機転が利くな。お陰で助かった。礼を言う」
 しかもコート越しに相手を撃つとは相当な技術だ。こいつ、実は有名なハンターだったりするのか?
「ありがとうございました。流石ハンターさんですね」
「はは、細い通路で対峙するという状況はそれなりに経験してます。咄嗟に動けたのは、培ってきた勘のお陰ですかね」
 全く役に立たなかったのを誤魔化すようにサミュエルを褒めちぎる俺とムカデ。いや、ムカデは一応センサーが役に立ったか。じゃあ俺は…?全くもっての役立たずのようだ。情けないが元からこの話にノリ気じゃ無いのでどうしょうもないな、と自分に言い訳。…ホント情けねーな。
「さて、とりあえず肩を撃ったので死んではいないはずですが。撃たれたショックで気絶しているようですね」
 サミュエルが銃を下ろし、襲撃者に近づく。そいつは俺達が居る場所から5メートル程離れたところで無様にひっくり返っていた。
「ふむ…予想していた犯人像よりも随分若いですね」
 俺もサミュエルの隣から覗いてみる。俺達に襲いかかってきた奴は20代前半くらいの若いアンちゃんで、服装から見るにそこら辺の路地裏で数人でたむろってブレイクダンスでもしてそうな雰囲気だ。まぁ、右肩から血を流してなければだが。とてもじゃないが、呪われた魔術品を使って何人も焼死させるような残忍な通り魔には見えない。確かに意外だ。
「想像以上に若いですね。もっとこう…恐ろしい風貌をしているのかと思いました」
 後ろから俺の背中にのしかかりながらムカデが言う。くっつき過ぎだ。
「通路が狭いのですから、仕方が無いでしょう。そう睨まないでください」
「とりあえず確保しますか。このまま放置すると死んでしまうでしょう。あとは警備隊の方へ…」
  そう言いながら倒れている襲撃者に手を伸ばそうとしたところで、何かに気づいたようにサミュエルの動きが止まった。そしてキョロキョロと何かを探し始める。
「おい、どうした?」
「…カメラが見当たりません」
 言われてみれば、確かにカメラの存在を確認していない。今までカメラだと認識できたのはシャッター音と妙な鳴き声が聞こえたからだ。襲撃者のバンザイみたいに大きく開かれた手元を見てみるが、両手とその付近に何も落ちていない。撃たれたショックでどこかへ吹き飛んだのか?
「呪いの魔術品です、探してるうちにうっかり触れないよう気を付けてください!」
 ムカデが注意を促す。強力な魔術品には所持者に代償を払わせるモノが数多くあり、寿命が縮んだり、体と同化したり寄生したりなんて話も聞く。「灰魔のカメラ」は存在自体が希少過ぎて情報や使用例が極端に少ないが、その性能、中に入ってる奴のレベルから考えてほぼ確実に何かしらのデメリットはあるだろう。サミュエルも慎重にカメラが落ちてないか探す。俺も腰を低くして襲撃者の周りを探そうとしたが、そこでふと気付いた。
「おい、こういう時のセンサーじゃないのか?」
「いえ、それが…。さっきサミュエルさんにスイッチを切られてから、センサーのスイッチが点かなくなってしまいまして…」
 少し落胆した様子でムカデがセンサーをカチカチいじくる。どのボタンを押しても全く反応しないようだ。
「向こうの通りまで吹き飛ばされたのかもしれません。見てきます」
 うろたえた様子でサミュエルがそそくさと路地の出口へ向かう。そして。
 
 パンッ
 
 乾いた銃声と共に、まるで投げ捨てられたボロ切れのようにサミュエルが後ろ向きに吹っ飛んできた。中腰の姿勢のまま、俺とムカデは反射的に前を向く。
「よう、お勤め御苦労さん。とりあえず武器を捨てろ」
 陽気な声と共に路地の出口に立ちふさがったのは、拳銃をこちらに向けた第二の襲撃者であった。






       

表紙
Tweet

Neetsha