Neetel Inside 文芸新都
表紙
 銃口から薄く立ち上る白い煙の向こうでニヤニヤと笑うそいつは、サミュエルと同じ黒いコートにスーツ、変わった形の帽子を被った20代ぐらいの若い男だった。背は少し低いが帽子の下から覗く眼光は鋭く、まるで獣のような威圧感がにじみ出ている。えっと、どちらさん?
「…あ?よく見たら丸腰じゃねーか。ってことは、おっかないのはこいつだけか」
 そう言って右手に持った銃と視線はこちらに向けたまま、そいつは2、3歩進んで左手で何かを拾った。そして拾ったものをこちらに見せつける。
 サミュエルのSBだ。おい、この状況は結構まずいぞ。
「動くな」
 上半身を起こそうとしたサミュエルを、左手に持ったSBの銃口を向けて制する。サミュエルはどうやら左肩を撃たれたらしく、苦しそうに右腕で押さえている。構えから見るに、この男は二丁拳銃使いらしい。
「ジュナ…何故…?」
 呻くようなサミュエルの声に対し、ジュナと呼ばれた襲撃者は右手の拳銃を俺達に、左手のSBをサミュエルにしっかり向けてから、
「ただの気まぐれだ。元からハンターなんかに興味は無ぇーよ、俺は若い女さえ殺せれば良いんだ」
 そう言ってムカデの体を一瞥し、じゅるりと舌舐めずりをした。対象じゃないのに思わず鳥肌が立つ。うえぇ、気持ち悪い。
「貴方がサミュエルさんの相方ですか?」
「おう、『元』が付くかもしれねぇけどな。くひひ」
「そうですか。初めまして、ムカデと申します」
 ペコ、と頭を下げるムカデ。空気読めてないどころじゃない、銃口を向けられて挨拶をするなんてどんな思考回路してんだ。
 ジュナは一瞬面喰ったように目を見開くと、更に陰惨なニタニタ笑いを顔に浮かべた。
「…あんたみたいな女、初めてだよ。男でもこんなに胆が据わってる奴は見かけなかったな。もしくは、本当に状況が分かってねぇのか?おい、お前」
「あ?俺も自己紹介しなきゃいけないのか?」
「いや、それはいい。ところでお前はムカデの恋人か?それとも弟か?はたまた、ただの相棒か?」
「…は?」
 ジュナは一歩だけこちらへ踏み込んだ。何やら興奮してるようだ。
「俺はただ女を殺すだけじゃ満足できなくてね」
 そして唐突に、夢を語るような楽しげな口調で語り始めた。
「恋人、家族、仲間。そいつの大切な人の前で殺すのがたまらなく好きなんだ。それも、ただ殺すだけじゃない。犯して、嬲って、刻んで、焼いて、抉って、すり潰して…。くひひ、この間なんて変なガキ共に絡まれてよぉ。メスガキが一匹居たからさ、他のガキ共をボコって縛った後にそいつらの目の前で犯しながら拷問してやったんだが。ひひ、面白かったんで久々に俺の拷問メニューをフルコースで御馳走しちまってよ…おっと!」
 身じろぎした俺を見咎めてか、ムカデに向けていた銃口が微かに動き、俺の方を向く。
「くひ、てめーも状況が分かってないタイプか?あ?」
 ジュナは挑発するように銃口をチラチラ動かす。どうやら絶対的優位に立っていると思っているらしい。まぁ、俺達が下手に手出しできない状況なのは間違いないが。
「サミュエルさんよぉ。もうちっとマシな相棒を見つけてくれよ…こんなイカレてるハンターは久々に見たぜ」
 俺は呆れかえってサミュエルに訊ねた。
 ハンターを名乗るためには様々なテストを受けた上で警察や警備隊に認可を受ける必要があるため、流石にこんなモロ殺人鬼みたいな奴はそうそう居ない。居てはいけないのだ。しかし、任務中に何人も人を撃ったり切ったりしてる内におかしな性癖を持つ奴は出てくることは極稀にある。6,70年前にも成人男性の眼球を集めるのが趣味な女性賞金首ハンターに会ったことがあるが、こいつはそれ以来の逸材らしい。
「…申し訳ありません。まだ2回ほどしかジュナとペアを組んだことが無いのですが、まさかこんな…」
「『こんなイカレた性格だったとは』ってか?くひひ、あんた腕は良いけど狩り方が退屈なんだよなぁ。一応俺も大人しく従ってたけどさー。もっと派手に行こうぜ~」
 少し顔が青ざめつつあるサミュエルの様子を見るに、ジュナは普段の様子と打って変わって豹変しているようだ。確かに、サミュエルがこのタイプのハンターを相棒にするとは考えにくい。ジュナの隠れた性癖に気付かなかったサミュエルも大概だが、いずれにしろハンターも堕ちるとこまで堕ちたらしい。
「さてさて。無駄話もここまでにしとこうか。生憎、俺が興味あるのは女の悲鳴だけでね。とりあえずムカデちゃんとやら!右手と左手どっちを先にふっ飛ばされたい?」
 ウキウキと楽しそうに訪ねてくるジュナに対して、ムカデは困ったような微笑みで応えた。
「そうですね…では、行ってください。ヤトト!」
 まるで不可視の巨大な手に背中を押されてるような、強烈な突風が巻き起こった。思いもよらぬ正面からの風の衝撃にジュナが2,3歩後ずさって怯んだ隙に、俺はその懐に入って奴が右手に握っている拳銃を叩き落した。続いてSBを構えていた左手を蹴りあげて、ジュナのしょうもない造りの顔面に渾身の肘鉄をぶちかます。
「ぶぐっ!」
 尻尾を轢かれた犬のような声と共にジュナは尻もちをついた。その無様な姿の遥か後ろに、俺に蹴りあげられたSBがカシャンと着地する。
 お見事!と後方からムカデの掛け声。タイミングはバッチリだったらしい。
 ムカデが右手に隠し持ってる銀のロザリオを用いた術式の発動を仕掛けようとしてるのに気付いたのは、ジュナが胸糞悪い性癖を語り始めた時だ。1200年もの間召喚や命令などの様々な術式を見てきた俺からしたら、この程度の術式発動とその内容は「気配」で察知できる。ムカデが使った風の魔法はロザリオという簡易な媒体に多少の魔力を込めた、突風を巻き起こすだけのものだが今みたいに使うタイミングが合えば上等な効果を発揮できる。
 念のためもう一発蹴りでも喰らわせて無料整形してやろうと俺が足を上げた途端、全身が総毛立つような魔法の気配をジュナから感じて後ろに飛びずさった。
「どうしたのです?ヤト…」 
 ムカデの息を呑む声が聞こえた。
「く、くひひ…。ちょっとビビっちゃったじゃねえか。残念だぜ、そのまま蹴ってたら焼き殺してやったのによ」
 ゆらりと立ちあがるジュナが右手に持っている異様なモノ。「ソレ」自体は、一見どこにでもありそうな一眼レフカメラの形状をしている。だが近寄るだけで動悸が激しくなるくらい、溢れんばかりの術式が脈動してる。ここまで強力で邪悪な気配を感じる魔術品は初めてだ。黒一色のように見えたそのカメラも、目を凝らしてよく見ると黒色ではない。一部の隙もないくらいにボディに刻まれた魔方陣が、黒色に見えるのだ。
 間違いない。武器を奪われて一縷の勝気すら無かったはずのジュナが取り出したそれは、間違いようが無く俺達の敗北を意味する「灰魔のカメラ」であった。






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Neetsha