Neetel Inside ニートノベル
表紙

コンピューターシティ
3,夢を夢で終わらせないために

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~前回までのあらすじ~
ぶっちゃけあんま話進みませんでした。

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「夢を持て」
という大人はいっぱいいる。J-POPには「きっと夢は叶うよ」「夢を夢で終わらせないために……」なんていう歌詞が氾濫してる。
「僕の将来の夢は~です!」
などと言えば、「僕」がどれほどクソ野朗でも、「~」に入る内容がどれ程ひどくても、何となく立派な雰囲気が漂う。しかし俺には、夢がない。将来なりたいものなんてものはない。何もしたくない。いくら発展途上国より日本に住んでる俺の環境が恵まれていると説教されても、俺の腐った性根が変わるとは思えない。
強いて言えば、何もしたくない。何もせずに、ただ飯を食って、ただ眠って、ゲームでもやりながら、植物のように生きていたい。
植物のような人生の暇つぶしに、ゲームはぴったりの娯楽だ。大した努力も要らず、ただ時間さえ掛ければ、モンスターに征服されかけた世界を救う英雄になったり、指先の動きだけで活躍しまくるサッカー選手や野球選手になったり、街をつくる市長になったり、何度でも誘拐される学習しないお姫様を救うために亀どもを虐殺する配管工になったり。何にでもなれる。そこに努力は必要ない。ただ楽しんでいれば、いつの間にか時間がたっている。このままずっとゲームをやり続けていけばきっと、気づいたら死んでいるという日が来るのではないか。
 しかしこの『コンピューターシティ』は、それまでのゲームとは何もかもが違っていた。

              ☆

『コンピューターシティ』プレイ五日目。
とりあえずノーマルエリアで起こるイベントは大体起こしたはずだ。このゲームはなかなか金に関してシビアに出来ていて、どこぞのRPGではタンス漁れば金が出てきたりするが、『コンピューターシティ』でそれをやると、「CCP」(コンピューターシティポリス Computer City Police)がどこからともなくやってきて、逮捕される。最初何も知らずに人の家に入って物色してたら、二階にいたその家の住人に通報され、危うく逮捕される所だった。結局家の人に、「三日間何も食べてなくて死にそうだったんです」と叫びながら土下座して許してもらった。もしこれで前科がついたら、アルバイトや仕事が出来なくなる所だった。このゲームで金を稼ぐには、働かなければいけない。
 ノーマルシティで起こるイベントには、金が必要なものも多かったので、バイトする必要が出てくるものが多かった。しかもバイトの面接で落ちる場合もある。こんな所厳しくしてどうすんだ。

              ☆

 俺としては、とりあえずバトルエリアに行きたかったので、一度試しに行ってみた。門番に
「ここから先はバトルエリアだ。命を失う危険もあるが、行くのか?」
ときかれ、「はい」と答え、門を通る。
しばらく進むと、スライムみたいな奴が出てきて、襲ってきた。最初はラッキョウ型の形で登場したスライムの体が、一気に伸びて俺の方に向かってくる。とりあえず殴ってみると、拳にスライムの体がまとわりついた。とれない。そして腕を見ると、スライムと目があった。笑っている。
「ひああああっ」
と叫びながら、腕をぶんぶん振り回すと、やっととれた。地面にべっちょり水溜りのようにスライムの体が広がって、そして固まって、ラッキョウ型に戻る。スライムはのろのろと追いかけてきたが、俺は全力で門の方に逃げた。スライムにすら勝てないという現実と直面しながら、俺はノーマルエリアに戻った。

              ☆

 その日はとりあえずログアウトして、部屋でゆっくり寝た。翌日の学校で考えたが、どう考えても今の状態でバトルエリアには行けない。というか、スライムがあんだけ強いんだから、大抵のプレイヤーはバトルエリアに行けないんじゃないか。確かに俺は運動神経がよくないが、しかし極端に悪い訳でもない。高校生の全国平均よりはちょっと下、というくらいだ。現実の運動神経が反映される以上、バトルエリアで勝つには相当の運動神経がなければダメなのではないか?いやもしくはゲーム内に、武器かパワーアップアイテムみたいなものがあるのか?
 そんなことを考えていると、いつの間にか授業が終わっていて、昼飯の時間が来たので、「血の池」に行くことにした。

               ☆

 「血の池」のベンチは、たまーにカップルがいたりして、池に叩き込んでやろうかなどというバイオレンスな気持ちにさせられることもあるが、そういうのは一ヶ月に一度あるかないかくらいで、基本的には誰もいない。
 教室を出ようとする俺について、
「おいあいつまた教室出てくんだけどw」
「友達いないくせにw行くとこねーだろw」
「便所で食ってんじゃね?w」
「便所飯とかwマジ受けるwwww」
という悪口がきこえた。気分が悪くなる。しかし池に着いてベンチに座ると、不思議と気が晴れてくる。苔や木々の緑を映して、池の水は陰鬱な緑色に見える。かすかな波紋がどこからか広がって、池の端でついえる。風が吹くと木々がそよいで、さわさわと音を立てる。この自然の中にいると、自分に友達がいないなんていうことが、どうでもいいことのように思えてくる。自然は俺を包んでくれている。早く土に還りたいと思う。
「加藤君」
名前を呼ばれた俺は「へあっ」という奇声をあげてから、昼寝の最中に尻尾を踏まれた猫のように体をびくつかせて、振り向いた。俺の狼狽した様子を見て、東大寺さんはくすくす笑った。

                ☆

 東大寺司(とうだいじつかさ)。
名前だけ見ると、金持ちで頭がよくてスポーツマンの御曹司みたいな感じがするが、同じクラスの女の子だ。黒髪ストレートで、色白で、見るからに大人しそうな感じで、部活にも入っていないようで、あまり友達は多くなさそうな子。
「な、何?」
「いや、何してんのかなーって思って」 
「め、飯食ってただけだよ」
「こんな所でご飯食べる人いたんだ」
東大寺さんは話し方が若干オタクというか、腐女子っぽい。声が小さい割に早口でぺらぺら話すあの感じだ。
「一緒に食べてもいい?」
「別にいいけど」
俺は隣に置いていた弁当箱を膝の上に乗せて、彼女のために場所を用意する。
「ありがと」
と言いながら、彼女は俺の隣に座る。何かめちゃくちゃ恥ずかしい。なんだこの状況。

                ☆

 東大寺さんはいつも昼飯を一人で食ってるらしく、どうせ一人なら、「血の池」で食べようかと考えていて、今日それを実行してみたら、俺がいた、ということらしい。
 話すことがなく、はじめは5分程無言の重苦しい空気の中黙々と弁当をつつく時間が続いた。しかし東大寺さんの方から会話を切り出してくれて、何とか話すことができた。
「加藤君っていつもここで食べてるの?」
「雨降った日以外はね」
「ふーん」

むしゃむしゃ。かちかち。

「これからの季節は寒くない?」
「うん多分。でもまだ冬でここで食べんのは体験したことないからわかんないや」
「あ、そっか」

むしゃむしゃ。かちかち。

「部活とか入ってないよね?」
「うん帰宅部。東大寺さんは?」
「私も入ってないー」
「へえ」

むしゃむしゃ。かちかち。

いや、これは会話とは言わない。なんとかがんばって膨らませないと。話を盛り下げるのは得意だが、盛り上げるにはどうしたらいいんだ。

「東大寺さんの名前ってなんか仰々しいよね」
と言うと、東大寺さんはくすっと笑った。
「仰々しいって?はじめて言われた」
「なんか、東大寺って、日本史の偉人とかでいそうじゃない?」
「あー、よく言われる。大体名前見て、男だと思ったって言われる」
「俺も最初、名前見た時絶対男だと思ったもん」
「うん」
「……」
「……」

……むしゃむしゃ。かちかち。
俺に出来るのはここまでだった。

                ☆

無言で飯を食っていると、
「私ねー、子供の頃、転校しまくってたんだよね」
と東大寺さんが話しだした。
「え?そうなんだ」
「うん」
「俺は生まれた頃から神奈川県民だったけど、東大寺さんは違うんだ」
「私は、ホント色々行ったよ。お父さんが銀行マンで、二年くらいであちこち飛ばされるからね。転勤のたびに家族で引っ越してたから。東京、香川、新潟、広島、滋賀、後福岡も行ったかな。今はもう神奈川で落ち着いたんだけどね」
「ふーん」
「ごめんねどうでもいい話して」
「いやいや。むしろもっとききたいな。俺、転校とかしたことないし」
「そう?」
「うん。今まで住んでた所で、一番記憶に残ってんのはどこなの?」
「んー、一番記憶に残ってるっていうか、好きだったのが、香川かな」
「香川?wなんで?w」
「あ、香川馬鹿にしてるでしょ?」
「いやしてないよ。讃岐うどんしかない県なんて全然思ってないよ」
「ほら馬鹿にしてるじゃん!」
そんな感じで、がんばって転校先のトークで盛り上がってきた辺りで、チャイムが鳴った。空気読めチャイム。
「あ、チャイム鳴っちゃった。明日も、一緒にここでお弁当食べてもいい?」
「いいよ。ていうか俺専用の場所じゃないしw」
「じゃあ、話の続きは明日ね。香川の魅力を叩きこんでやる」
と言いながら、東大寺さんは足早に教室に戻っていった。なんか女子とまともに話すのって、五年ぶりくらいな気がする。

                ☆

 「スライムにやられるとかwwwww逆にすげえwwwwww」
と西川さんは大笑いした。
「笑い事じゃないですよ。なんなんすかあのスライム。倒せないじゃないですか」
「いや、倒せるだろ。まあ素手じゃ厳しいかもね」
「やっぱ武器が要るんですか?でも武器って」
「うん。馬鹿高いね。でもちょっと金出せば簡単に武器が手に入る街なんて、物騒極まりないと思わないかい?」
ノーマルエリアには武器屋があったが、その価格設定はとんでもないものだった。一番安い「はがねのつるぎ」で300万円、一番高い「最新鋭ライフル」が5000万円する。
「プレイヤーにはいい迷惑ですが」
「そう言うなよ」

                ☆

 俺は、このゲームは昔のロマサガというゲームのように、シナリオを進めてゆくと、クリアの条件がわかるゲームなんじゃないかと思っている。
 とにかくノーマルエリアではもう今の段階で発生するイベントは全て発生させてしまった。バトルエリアは入っても返り討ち。となるとビジネスエリアかスポーツエリアしか行く所はない。
 今日はスポーツエリアに行くことにした。スポーツはあまり好きではないが、スポーツの中では野球が一番好きだった。
 スポーツエリアで野球をやっている場所は、ドーム球場が一つあるだけで、そこでは二十四時間使って、六試合が行われる。チームは現実の日本と同じになっていて、セ・リーグとパ・リーグにわかれている。選手はプログラムではあるが、一応現実の選手と似せてある。

                ☆

 球場で当日券を買う。内野自由席のチケットを3000円程払って買い、入場する。入ると、ちょうど横浜vs楽天のセパ交流戦が行われていた。WBCで大砲として期待されながら、怪我で早々に帰国した、横浜の4番、村田が今日も元気に併殺打を打って、観客のジジイが大声でヤジを飛ばす、いつもの光景が広がっている。
 観客の一人に話しかける。
「あの……」
「何?プロ野球選手になりたいって?無謀だね~。けどもしなりたいんなら、好きなチームの入団テストを受けることだね。入団テスト受けたいんなら、球団の職員にきいてみな」
「……」
プログラムが一方的に話すのも、少しは慣れてきたが、もうちょっと何とかならないのかと思う。
「そうか。俺もプロ野球選手になれるのか……」
これも一つのイベントなのかもしれない。俺は入団テストを受けることにした。

       

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Neetsha