Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

◆ロボット三原則+娼婦+粉末/カラクリカタリ/蝉丸

 美濃の国、須原の宿場から中山道を外れ、山あいを七里ほど北西に進むと小ぢんまりとした城下町に出る。町の中心に築かれた城は那古野城を模しており、天守の屋根には金色の像が鎮座していた。こちらは鯱ではなく竜の姿である。
 人の立ち寄らぬ未開の山々に囲まれたこの地では、獣を狩り、肉・皮の加工を生業とする者が殆どである。為に、加工に必要な技術への関心は高い。他国者である白瓜(しらうり)が、からくり技師として藩主の覚えがよいのも、そうした風土が一因であった。

  *  *  *

「これでよいと思いますよ」

 白瓜は細い腕に釣り合わぬ、大きな皮剥ぎ包丁を手に微笑んだ。年の頃なら二十を少々過ぎて見える白瓜は、男としては何とも頼りの無い体躯をしている。着物の合わせから覗く胸板は薄く、城仕えの女の如きに白い。細く垂れた目は常に微笑んでいるようであり、眺めているだけで毒気を抜かれてしまうかのような穏やかさがあった。

「いやはや、これはなかなかのものですな。些かの仕上げは要りそうですが、ここまで研げていれば手間も大分省けましょう」

 白瓜から包丁を受け取った老人は、水の滴る刃先を指でなぞった。板張りの床に敷かれた茣蓙に胡坐をかく老人の背後には、幾本もの刃物がぶら下がっている。
 老人と向かい合い、同じく胡坐をかく白瓜の前には不可思議な木片があった。拍子木をぴたりと合わせた様に見えるその代物は、刃を簡易に研ぐためのからくりである。木片の合わせ目に刃を差し込み、数度滑らせれば、たちまちに切れ味を取り戻す。皮なめしを生業とする老人にとって、何十本もの刃物を研ぐのは非常な重労働であった。

「斯様に便利なものを頂いた以上、隠居は諦めねばなりませんな」

 老人は白瓜の隣に座る巨躯の侍――風間八五郎に向けて言った。二本の刀を手挟んではいるものの、その姿は素浪人の如きに粗末なものである。

「おお! そのお言葉、殿もお喜びになりましょうぞ! 御大にはまだまだ腕を振るってもらわねば困りますからなあ!」

 風間は豪快な笑い声を上げた。白瓜と風間が訪ねていたのは、皮なめしにかけては領内一の腕であると名高い老人の作業場である。老人は隠居を申し出ていたため、理由を問い質してみると、職人にとっては命とも言える道具の手入れが、年のせいで満足にできなくなったためとの事であった。何とかならぬかという話が風間に伝わり、風間は白瓜に相談を持ちかけたのである。
 老人の隠居を思い留まらせる事に成功した二人は丁重に礼を述べ、作業場を後にした。

  *  *  *

 老人の作業場の前には小舟がぽつりと置かれていた。水が干上がったために陸へ取り残されたかのようである。だが、この辺りに湖や川の類はない。
 白瓜は小船の舳先に近い側へ乗り込み、腰を下ろした。風間も勝手知ったる様子で艫側にどっかと座り込む。風間は窮屈そうに膝を抱えていた。

「お主のからくりは何でも小そうていかん。わしだけならまだしも、貧弱なお主ですら窮屈そうではないか」

 不平を漏らす風間に困ったような微笑みをひとつ返し、白瓜は懐から皮袋を取り出した。中にはからくりの動力となる『生命の粉』が詰まっている。血を凝縮したかのような赤い粉が振りかけられると、小舟は音もなく浮かび、地面から三寸ほどの位置で静止した。

「風間様、このままお宅までお送り致しましょうか?」
「いや、よい。『空水船(くうすいせん)』などで乗りつけたら隣近所が腰を抜かしてしまう。お主の家までやってくれ」

 かしこまりましたと告げ、白瓜は『空水船』と呼ばれた小舟に手を触れる。すると空水船は前方に向かって滑るように動き出したかと思うと、あっという間にどんな飛脚も追いつけぬ程の速度に至る。道の両側に並ぶ松の木が白瓜たちの後方へ次々と流れ去っていった。徒歩であれば四半時はかかる道のりであったが空水船であれば瞬く間である。
 白瓜は前方に見えてきた住処の前で、童女がしゃがんでいるのに気付いた。近づく空水船に気付いた童女は勢いよく立ちあがると、白瓜に向かって満面の笑みを浮かべ、大きく両手を振ってみせた。

「白瓜おかえりー。あれぇ? 八の字もいるのか」

 空水船を降りた二人に童女が駆け寄ってくる。風間は腰を屈め、からかうような顔を童女の前に突き出した。

「なんだぁ? わしが居てはいかんか?」
「八の字はうるさいから好かんのよー」

 風間から逃げるようにして、童女は白瓜の腰にしがみつく。この童女、名を葛(かずら)という。年端に見合った幼き仕草が目立つものの、揺れる黒髪に匂う艶は、お河童にしていても尚、隠しきれぬ妖しさがあり、蕩けるような目元からは、ふとした拍子に女の気配が漂い出ていた。だが、そうしたものを全く解さぬ白瓜は、胸のあたりにある童女の頭を無造作に撫でて言った。

「葛、すまないが空水船を片付けておいてくれないか」
「あいあーい」

 葛は小走りで空水船の前に立つ。小船ほどとは言え、大人二人でも運ぶには難儀する大きさだ。葛は船首を小さな両手で抱え込んだ。すると空水船を包むように、葛の腕から無数の弦が伸びていく。糸車から糸が引きずり出されるように、葛の腕からは皮と肉が消え失せてしまった。その代わりに現れたのは、鉄製の軸棒とその周りを囲む無数の歯車である。
 葛もまた、白瓜の創り出したからくりであった。好き者の藩主に乞われ、夜伽を主たる目的としたものである。すなわち葛はからくりの娼婦であった。
 軽々と持ち上げられた空水船は、工房の外壁に備え付けられた鉤爪に掛けられる。役目を終えた弦は葛の腕に戻り、再び瑞々しい肌と化した。

「風間様、よろしければ、茶でも飲んでいってください。先日、客人よりとらやの羊羹を頂いたのです」
「ほほう、では馳走になるとしようか」
「葛もおいで。お茶にするよ」

 白瓜に呼ばれた葛は、まっすぐに駆け寄ってくる。邪気のない無垢な瞳は、人の幼子そのもののようであった。

  *  *  *

 卓袱台には皿と湯呑が三つずつ。二枚の皿には何もなく、白瓜の皿にだけ羊羹が手付かずのまま残っていた。

「……今更、憐れと思うた所で致し方あるまい」

 風間は白瓜の皿に乗っていた羊羹を一口に食した。白瓜はただ俯くばかりである。葛の姿は既になかった。

『お殿様は楽しそうに葛を殴るよ。葛が泣くのが好きなんだって』

 葛の言葉が白瓜の胸に重く残る。葛は『主に背かぬ事』を第一の原則として作られている。これを破らぬ限り葛は人を傷つけず、人を傷つけぬ限り己を守るのだ。すなわち、主の命があれば、人を殺めることも、自らを壊すことさえも有り得る。

「白瓜よ、今宵、葛は壊されるやもしれんぞ」

 鈍い動作で顔を上げた白瓜に対し、風間は苦々しげに語った。
 藩主と地元の有力者たちは、時折、夜半過ぎに会合を開くことがある。表向きは領内の様子を聞くためとしているが、実の所は、藩主の嗜好に則した色事が行われているらしい。それを裏付けるかのように、藩主たちの会合が開かれた翌日は、川に女の死体が上がるという。そしてその何れもがお蔵入りの事件になってしまうのだ。

「今夜、その会が開かれる。お主に伝えるべきではないかもしれんが、黙っておると気分が悪いのでな」

 風間が腰を上げる。状況が飲み込めていないのか白瓜の反応は鈍かった。

「からくりが幼子の代わりになればよいと思ったが……けったくそ悪いものだ」

 吐き捨てるように呟き、風間は白瓜の工房を後にした。白瓜は風間の出ていった扉を呆けた目で見ていた。

  *  *  *

 空は満月であった。天守の竜が月に唸るかの如き姿である。城から離れた林に身を潜める白瓜は、遠眼鏡を使って空水船から城の様子を窺っている。
 城門は固く閉じられ、篝火の脇には門番が立っていた。奥にある詰所には更に数人の男が控えているであろう。白瓜は城の正面を離れ、高い壁に囲われた側面へと空水船を移動させた。
 遠眼鏡を左右に動かすが人の姿はない。白瓜は遠眼鏡から目を離し月を背にした天守を見上げた。狼藉を働くには明る過ぎる夜である。白瓜は胸元に忍ばせたからくりに手をやった。それは片手に収まるほどの竹筒であり、中には生命の粉が詰められていた。
 葛を動かす動力も空水船と同じく生命の粉である。そして葛は生命の粉を振りかけた者を主とみなす。白瓜は竹筒の底に取り付けられた突起物を指で撫でた。ここを押せば生命の粉が勢いよく噴き出す仕掛けになっていた。

「葛よ、私はおまえが愛しいようだ」

 白瓜は天守に向けて呟くと、空水船にそっと手を置いた。林の闇に紛れた空水船は音も無く宙に浮かんだかと思うと、次の瞬間には韋駄天の如き勢いで城に向かい、滑るように空を駆け抜けてゆく。
 城壁を越え、空に舞う空水船を詰所の男たちは頭上に見た。満月に浮かぶ黒い影は、妖怪変化の仕業であろうか。呆気に取られた門番たちがけたたましく呼子笛を鳴らし始めたのは、空水船が城内にその姿を消してからであった。

  *  *  *

 白瓜は葛の居場所を感じることができた。何故かは判らぬまま、得体の知れぬ感覚に従い、空水船は最上階に向かっていく。白瓜は次第に、葛の見ているものが見え、聞いているものが聞こえる気がした。叫ぶ藩主の姿に、慌ただしく駆け回るお付きの者。藩主がこちらに向かい何事かを告げる。
 その時、空水船の前にお付きの者達が立ち塞がり、白瓜は曖昧な感覚から注意を引き剥がした。空水船は勢いを落とさぬまま、人の群れに突っ込んでいく。ここを抜ければ葛がいる。邪魔をする者達を気遣う余裕はなかった。
 だが、思いとは裏腹に、白瓜は空水船を横倒しにして、立ち塞がる者達の頭上を越えようとした。これに最も驚いたのは白瓜自身である。己の取った動きに対応できず、舳先が大きく左右に揺れた。空水船は障子戸をなぎ倒して暴れ回る。白瓜は体勢を戻そうとしたが、刀を突き出してくる男たちを越えたところで、ついに空水船から投げ出され、目の前の襖を突き破った。

「白瓜!」

 葛の声がした。顔を上げた白瓜が見たのは葛と、怒りに身を震わせる藩主の姿であった。

「身の程を弁えぬ愚か者が……。何のつもりか知らぬが、叩き斬ってくれる!」

 藩主は大刀を抜き上段に構えると、白瓜に向けて駆け出した。壮年を越えた感のある藩主であったが、空水船を降りた白瓜など、一太刀で葬ることができるであろう。しかし白瓜は藩主を見てはいなかった。

「葛よ! 今から私がおまえの主だ!」

 白瓜は生命の粉が詰まった竹筒を葛に向け、突起を強く押した。
 あたり一面が、赤く、赤く、染まる。藩主は目を押さえ、数歩後ずさった。

「自由になれ! そして生きよ! それが私のただ一つの命だ!」

 白瓜は声の限りに叫び、そして崩れ落ちるように膝をついた。
 竹筒が白瓜の手から滑り落ちた。

「猪口才な……猪口才な! 猪口才な!!」

 激昂した藩主は再び白瓜に向かおうとする。しかし、その足はすぐに止まった。

「……か……かず……ら……?」

 葛の腕から伸びた弦が鋭い槍のような形になり、藩主の腹を後ろから貫いていた。大きく見開かれた藩主の目を見据え、葛は冷たく微笑んだ。

「お前との夜は悪くなかったよ」
「なっ……」

 葛は藩主に突き刺した弦を引き抜き、くるりと回った藩主を正面から袈裟懸けに斬り捨てた。藩主は断末魔の声さえ上げること無く、どう、と仰向けに倒れた。

「賭けは私の勝ちのようだな、父上」

 葛は白瓜の背後に向かって凛とした声を張る。その口調には幼さの欠片すらなかった。

「ふん、随分と後押ししてやった気もするが、まあいいだろう。白瓜は自分でお前を助けると決め、見事にやり遂げた。合格だ」

 白瓜はその声の主をよく知っていた。白瓜の背後に立っていたのは、風間八五郎、その人であった。

「……風間……様」
「おっと、こりゃいかん。動力が切れそうじゃないか。葛よ、さっさと白瓜に本物の粉をかけてやれ。でないと、わしのものにしてしまうぞ」
「冗談ではない。白瓜は私のものだ」

 葛は白瓜の正面に立ち、膝をついたままの白瓜を優しく抱きしめた。白瓜の耳には葛の心音がはっきりと聞こえた。

「白瓜、よく来てくれたね。ありがとう」
「葛……心の臓の音が聞こえる……」
「当たり前だろ、人間だもの。私がからくりなのは腕だけさ」

 葛は白瓜の髪を撫で、白瓜の細い目をじっと覗き込んだ。姿形は何も変わっていなかったが、葛はこれまでの葛ではなくなっていると白瓜にはわかった。葛は隠し持っていた白い粉を白瓜に振りかける。

「これが本物の『生命の粉』だよ。いろいろ騙していて悪かったね」

 みるみるうちに白瓜の身体に力が戻ってきた。葛は白瓜から身体を離すと、白瓜の腹に刺さっていた刀を抜き取る。

「刺さっているのにも気がつかなかったんだね。丁度いい、触ってごらん。お前が何者なのか分かるから」

 白瓜は言われるがままに傷口に手をやる。傷口の奥では無数の歯車が回転していた。

「白瓜を作ったのは私。白瓜に偽の記憶を入れたのも私。これは私が独り立ちする試験だったんだよ。白瓜が私を助けに来てくれたら合格。白瓜はちゃんとやってくれた」

 葛は優しく微笑んだ。白瓜は胸に鈍い痛みを覚えた。

「そら、のんびりしている時間も無いだろう。行くなら早く行け。空水船は大丈夫そうだ」
「随分と優しいな、父上」
「心外だな、わしはいつでも優しき父であり、師であったはずだ」

 葛と風間は笑いあった。白瓜はそんな葛をじっと見つめていた。

「どうした? 童女の振りをしている方が好みだったか?」

 葛はからかうように言う。白瓜はゆっくりと首を振り、重々しく口を開いた。

「……私は、今までの葛を愛しいと思っていた。けれど、何故だろうか。私は今の葛が狂おしいほどに愛しいと思う。何も知らないはずなのに」

 葛は満足気に微笑んだ。

「それはそうだ。そのままの私を好きになるように白瓜を作ったのだからな」

 葛は白瓜に手を伸ばし、髪に触れ、頬に触れ、胸板に触れた。

「そして私は、白瓜を私好みに作ったのだよ」

 葛は白瓜の手を取り、空水船へと引っ張っていく。空水船の大きさは葛にぴったりと合うものだった。白瓜も空水船へと乗りこんだ。

「白瓜、今夜はお前に女を教えてあげるよ」

 葛は微かに幼さを覗かせて言った。

 葛と白瓜を乗せた空水船は満月の浮かぶ空に溶けていく。
 天守の竜は静かにその影が消えていくのを見守っていた。

(了)

-------------------------
蝉丸です。遅刻組です。
何でも余裕を持ってやるべきだと痛感しています。

ニートノベル『速筆百物語』
http://neetsha.com/inside/main.php?id=7676
-------------------------

       

表紙
Tweet

Neetsha