Neetel Inside 文芸新都
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くじで出たお題で小説書こうぜ企画
universe/Sっ気のある妙齢ツンデレ女が、それとなくプロポーズを催促してみた/橘圭郎

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 きみよ、話がある。話があるから、まあ座りたまえ。

 まず端的に言おう。きみはとてもダメな男だと。
 人間の価値を九段階で分けるならば、間違いなく下の下に属する。知的教養も無ければ美術的感性も皆無だし、容姿の悪し様は言うに及ばず。もちろん家柄に大した謂れなども無く、どこにでもある平凡な家庭に産まれ、人生に高い目標も定めずに惰性を極めて、流されるままに就職した。真っ当な会社が望んできみなんかを雇うはずもないから、私が手を差し延べてやらなければきみは路頭に迷っていたか、もしくはあこぎな商売にでも利用されて一生を日陰者として暮らすことになったかのどちらかだろうな。
 おまけにコミュニケーション能力が欠落していて、いっつも細々としか喋らない。人の話もろくに聞こうとしない。そのくせスケベ心だけは人一倍あるときた。無気力、無能力、無愛想。最低だな。最低だよ、きみは。会社の中で孤立し、蔑まれながら惨めに書類整理なんかしているきみの姿がありありと目に浮かぶ。
 ……なに? そうでもない? けっこう好かれている? 全くどの口が言うかね……え、今年のバレンタインには社内で三個もチョコを貰った?
 …………初耳だぞ、それは! どうして報告義務を怠った! 許さん、どこの女狐だ!
 あ、いや、取り乱した。それよりもだ。そんな怪しげなチョコなど罠に決まっているだろう。もしくは幻覚。狐狸の類に化かされたのだよ。なんでって、ちょっと考えればすぐに分かる。きみのような信用と信頼の最底辺をのたくっている人間に、世に並居る浮かれた女子連中が慈善的善意でバレンタインチョコなど渡すはずがない。何らかの金銭なり業務上の便宜なりを期待しているに違いない。これは当然の帰結だよ。危ないところだった。もし高価な壷だとか判子だとかを売りつけられそうになったら、真っ先に私へ相談するのを忘れるな。

 些か話が脇道に逸れたが、とにかく、とにかくだ。私がいなければ、人として最低限に生きていくことすら適わぬ。全人類規模で計っても他に類を見ない、低俗愚劣極まる男。それがきみだよ。
 そして、いいかね? そんなきみに付き合っていられる女など、宇宙広しと言えども私くらいなものだぞ。他の誰が何を言おうとも、きみを本当に受け入れてやれるのは私ただ一人だけだ。私だけは、何があろうともきみを見放しはしない。それを基本かつ大前提として受け止めたまえ。
 故に、きみは私に対して感謝をしてもし切れないはずなのだが、実際はどうだ?
 家に帰ればすぐにシャツを脱ぎ散らかすし、何度ちり紙をポケットに残したまま洗濯機に入れるなと言ったか知れないな。私がいないときは食べた後のお椀にはせめて水を張っておけと言ってもそれをしない。乾いたご飯粒を剥がすのにどれだけ苦労するのか知っているのかね? きみ一人ではスーツにアイロンだってかけられないだろう?
 いいかい。救いようがないほど哀れで愚鈍なきみに、改めて言ってやろう。思いやりだの感謝だのというものは、態度に示して初めて意味のあるものだ。これは人間として社会に生きるための、初歩の初歩として心得ておくがいい。
 だから、そう。せめてこの私に対してくらいは、日常的に多用されるものではない、何か、特別な文言と契約をもって一つの誠意を見せてくれてもいいのではないかね。

 た、例えば? この期に及んできみは、例えばと訊くか?
 例えば……それは、あれだ。昔から言われるところで挙げるならば、給料三ヶ月分の……違う、見くびるな! きみの給料三ヶ月分の現金を貰って手放しに喜ぶほど、私の性根は腐っていないぞ。
 丸いものだ。お団子ではなく、真ん中に穴が開いている……ドーナツでもない。私を餌付けしてどうすると言うのだ。そうではなくて、指にはめられる、とんがりコーンでもない! 万物の中で最も硬いと言われるものが付いていたりする……きみは、草加せんべいにそれだけの強度があると本気で思っているのか? 大体、何だ、給料三ヶ月分のとんがりコーンとは。とにかく食べ物から離れろ。腹が減っているなら後でプリンを作ってやるからな。
 他にも、そうだな、ほら、あるだろう? 書類に、判子を押して……だから、高価な壷や判子を売りつけるのは私ではないと言うに。二人で直筆のサインをするやつだよ。悪魔召喚とかそんなオカルトではなくて、もっと、こう…………。

 ええい、もういい! 私は別になぞなぞを仕掛けたくて神妙にさせたわけではないのだぞ!
 さっきから何が言いたいの、だと?
 きみの、そういう、短絡的で盲目的で壊滅的で致命的な察しの悪さが、人間として下の下の下たる所以なのだ! いや、怒っていない……しつこいな、怒ってなどいないと言ったはずだ。
 とりあえず、ひざまずけ! うずくまれ! 額を床に擦りつけて、私への愛の言葉を百回唱えろ!
 話の続きはそれからだ。
 返事は「はい」か「YES」のどちらかを選べ。
 分かったか?













 …………なに、プリンはいつ作る? だから、きみの、そういうところが…………!

       

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