Neetel Inside 文芸新都
表紙

くじで出たお題で小説書こうぜ企画
epilogue/カタストロフの向こう/田中田

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 ひどい耳鳴りが私をなやませる。
 看守塔の壁面頂上あたりにすえられたランプが点滅する。光の色が赤から青に変わった瞬間、副獄長が撃ち方はじめの号令を叫び、肩から水平に伸ばした腕の先、垂直に立てられたひじをサッと振り下ろした。
 合図をうけた十人の執行者たちは十メートル先の鉄杭にくくりつけられた囚人めがけ、いっせいに小銃のトリッガーをひいた。弾倉の中に弾丸は三発ずつ入っている。
 これだけの距離でも意外となかなか当たらないもので、全員が的の真ん中を狙っていても肩や太ももや、下手くそなヤツにいたっては 足元の土を吹き飛ばしたりする。
 だが私は確かにあやまたずに心臓と首筋と頭にそれぞれ一発ずつ命中したという手応えを感じた。
 遠距離からの射撃なので、手が血に塗れる心配はない。火薬の匂いが鼻をくすぐった。



 後片付けを終え、帰り支度をととのえている最中に後ろから肩を叩かれた。振り返ると先程、私の隣で執行に加わっていたKという初老の男だった。
「お互いああはなりたくないもんですな」
 と口元をほころばせながら言うので、
「そうですね」
 と返答しておいた。だがこれは嘘だった。


 
 家に帰って、私は三ヶ月後に振り込まれるはずの執行手当について思いを巡らすことにした。地名部に三発命中させたのだから、三〇〇万円になるはずだ。
 三〇〇万円……まとまった金が手に入るのはひさしぶりのことだ。あのK氏などはもたつくあまり銃を持ち上げて空に向かって撃ってしまっていたから、悪くすれば懲役の可能性すらある。
 しかし三ヶ月とはずいぶん人を待たせてくれるものだ。これだからお役所仕事はいけない。人手をかけた分だけそっくりそのまま時間もかかっているようじゃないか。今日のあの副獄長殿の手並みのようにサッとやってもらいたいものだ。サッとね……
 私は畳の上に横になり、まどろみながら微笑んでいた。



 執行者制度が施行されてから十一年が経過していた。死刑囚に対しての罰の執行を、ランダムに選ばれた十人の国民を処刑人に仕立てて行わせる、まことに非人道的な法律である。そのおはちが、十一年目にして偶然私のところにもまわってきた。
 たしか『極刑に価するほどの罪を犯したものは、世間そのものから抹殺されるべきなのである』とかなんとかいう狂った理念に基づいて考案されたものだ。
 私がつくった制度だ。



 親戚に銃砲店を経営しているのがいて、その縁もあってか私は銃が好きだったのだ。
 あのころ私は若かった。銃器産業だの警察だの、はてはアメリカのライフル協会までも仲間に引き連れ、やりたい放題に政界で暴れた。国内での銃規制基準もゆるめて、今では台所の戸棚に拳銃を一丁しまっている家庭もめずらしくはない。

 私はと言えばみじめなもので、次の選挙であっさりと落ちた。冷静に考えてみれば、理由はわかりすぎるほどよくわかる。なぜ、何が当時の私をああまで突き動かしたのかは知らないが。
 ともあれ落選の報を聞いたあの時に、私の生命は実質的に終わっていたのだ。



 口座を確認すると間違いなく三〇〇万円入金されていた。私はこの金を使って、インターネット上に大々的に広告をうった。
 一週間後のある時間にどこそこで待つ、といった内容のものだ。それから私の名前と、この広告費をどのようにして捻出したのか、ということも忘れない。
 それから私は待った。



「〇〇さんでいらっしゃいますか?」
 と聞かれ、私は石のベンチに腰掛けたままで顔を上げた。
「はい、そうです……」
 いけない。どうやら居眠りしていたようだ。ねぼけまなこに逆光も加わり相手の顔がはっきりと見えない。女性のようだがどうにも暗くて、黒い。
 黒く見えていたものは顔ではなく銃口だと,しばらくしてから気づいた。
 思えばずいぶん長い余生であった。




       

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