Neetel Inside 文芸新都
表紙

くじで出たお題で小説書こうぜ企画
Adolescence/後悔/いそ。

見開き   最大化      


「今日で高校。終わりだね」
 昼下がり。雲1つないどこまでも続く青空と、ほんのりと涼しいそよ風を中で幼馴染は僕にそう言った。その手には細長い丸筒箱と、僕たちが行く高校の指定鞄を提げていた。長く綺麗な黒髪をなびかせて、年齢よりも少し童顔な顔を精いっぱいに微笑ませて、彼女は僕を見つめた。思わず、僕も微笑み返した。
「そうだね」
 すると、彼女はゆっくりと僕に背中を見せた。腰まである長い髪が緩やかな風にそよがれては、彼女から流れるほんの少しの香りが、僕の鼻をくすぐった。
「ねえ、健斗(けんと)くん」
 彼女は僕の名を呼んだ。だから、僕も彼女の名を呼ぶことにしよう。
「なに? 風香(ふうか)」
「健斗くんは、この3年間で……後悔したことって、ある?」
 彼女の唐突な質問に、僕は思わず言葉に詰まった。高校生活の3年間、僕に残った後悔と言えば――そう考えていると、唐突に彼女が口を開いた。
「私はね。あるよ」
 僕の答えを待たずに、彼女は問わず語り続けていた。僕を見てはゆっくりと背中を向け、背中を向けては、再度その身を回転させて僕を見る。そんなことをしながらも、彼女はずっと言葉を紡ぎ続けていた。
「私の高校生活の3年間はすごく良かったと思う。勉強も、部活も楽しくて、そしてこれから先のことも……しっかりと、考えられたと思うよ」
 風香は確か地元の短大に行くはずだ。かたや僕は首都の大学に進学することにした。自分ではあまり望んでいない進路だった。
「だけどね。ある1つのこと……たったそれだけはいつも後悔してて、多分きっと、これからも後悔し続けると思うの」
「それは、どんな後悔なの?」
 僕がそう言うと、彼女は舌足らずに笑いながら言った。
「――内緒」
 午後3時半の眩しい太陽の下。制服姿で微笑む彼女を見て、僕の心は少しだけ波打った。

「それで、健斗くんは、ある?」
「――そうだね。あるよ」
 僕が風香にそう告げると、彼女は意外そうに驚きながら僕を見つめた。
「へえ、あるんだ」
「何だよ。その言い方」
 言うと、彼女はまたエヘヘと白い歯を見せて笑っていた。そして、僕の近くにすっと腰を下ろしながら、僕を顔を見るなり口を開いた。僕も同じように草原に座る。草の感触は、思ったよりも心地よかった。
「だって健二くんは成績も良いし、大学もすごい所だし。あとは……その……お、女の子からもモテモテだし……」
「え?」
 僕は思わず目を丸くした。意外だった。自分がそんなに他人から好意を持たれる性格ではないと自覚していたからだ。
「今日の朝、手紙、あったでしょ?」
「うん。3通」
 僕が答えると、風香は少しだけつまらなそうな表情を浮かべながら、僕から目を逸らした。そして、体育座りのまま両腕でその小さな顔を隠しながら、そっと呟いた。
「あれ、全部うちのクラスの子たちからだよ」
「え? そうなの?」
 そうとは知らなかった。普段日ごろ友人から不幸の手紙なり、告白を偽った悪戯まがいの手紙を受け取っていたため、身に覚えがない手紙以外は処分するようにしていた。
「うん。だから、健二くんがゴミ箱に捨てた時、何人か泣いてた」
「……」
 僕はなんてことをしてしまったのだろうかと、思わず後悔してしまった。小さくため息をつく。すると、先ほどまで外方を向いていた風香が、はっとしながら僕を見つめた。
「もしかして、後悔した?」
「――どうだろうなー」
「どうして?」
 純粋に首を傾げる風香。人の心なんてモノは説明しなければ他人には絶対に伝わらないので、僕は内容を語ることにした。
「だって、手紙で告白するとか……ちょっと、卑怯だよ」
「でも、その人はその人なりに頑張って、きっと健斗くんに手紙を書いたのだと思うよ?」
「そうだろうけど――でも、卒業式なんだから、思い切って面と向かって告白してほしいな」
「面と向かって……」
 なぜか、風香はその一言だけを小さく、ポツリと反芻していた。
「うん。そうだよね」
 暫しの時間のあと、何かに納得した風香はすっくと立ち上がった。同じように、僕も立ち上がる。風香は小さくため息をつきながら、まだ少しだけ高く昇っている太陽を仰ぎ見ていた。僕はと言えば、そんな風香の横顔を、ただずっと眺め続けていた。
 何故かは分からないけど、その時、彼女の気持ちがほんの少しだけ分かったような気がした。

「ねぇ、健斗くん」
 彼女が僕にそう言った時、丘の下から温かい風が僕たちを体を揺らした。風の音と同時に草木が揺れ、葉音を心地よく鳴らしてはすぐに止む。辺りが静寂に包まれる度に僕は、ここには僕と風香しかいないことを再認識する。
「何?」
 僕は少しだけ優しく――どうしてそうしようと思ったのかは分からないけれど――彼女の声に答えた。すると彼女は、つい先ほど同じように髪の行方をおだやかな風に任せながら、僕を見て微笑んだ。
「どうせ最後なんだから、お互いの後悔、告白してみない?」
 僕は驚いてしまった。何故なら、今まさに僕も彼女にそう言おうと思ったからだ。ほんの少しだけ笑いがこみ上げてくる。どうやら、僕はつい先ほどの言葉を撤回しなくてはならないらしい。

 心というのは、案外通じるモノらしい。

「……うん。そうだね」
 少しだけ考えた後、僕と風香はお互いに見つめ合った。迷いのない瞳、綺麗な瞳だった。2人同時に、まだ幼い春の空気を精いっぱいにため込んで、息ぴったりに合わせて叫んだ。

「「――せーのっ!」」

 辺り一面に、静かな風が吹いた。


 おしまい。
----------------------
 1日遅れましたごめんなさい。いそ。です。企画のお題に合わせた曲もブログの方で公開しています。聴きたい人はどうぞ。

ニートノベル『在』
http://neetsha.com/inside/main.php?id=7153

       

表紙
Tweet

Neetsha