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バスケ+BL+変態/バスケットボールには/橘圭郎


 バスケットボールには男が詰まっている!
 これは信じていいことなんだ。何故って、屈強俊敏な男達があんなにも汗を迸らせて一つのボールを奪い合うなんて信じられないことではないか。


 俺は小学生の頃からバスケットボールに親しんでいたので、高校に上がっても自然とそれを続ける形になった。いやむしろ、必然でさえあった。俺にとってバスケットボールはまさに生活と人生の一部であり、俺自身と切り離せないものだったのだ。
 だが一方で当時、俺には一つ大きな疑問があった。どうしてそうまでバスケットボールを好きなのか、自分でも整然とした答えを持っていなかったのである。
 きみは知っているか。きみの最も大事なるものへの愛が、一体全体何に根ざしているのかを、きみ自身が知っているか。
 疑問がいや増し、疑念や疑惑と呼んでも差し支えないほどに膨れ上がったのは、高校一年生の夏休みの一件が占めるところ大きい。当時の俺は伸び悩んでいて、詰まらないミスばかりしていた。そこで練習後にキャプテンを訊ねて、個人的に指導をしてくれるよう頼むつもりだった。
 ところが一通りの全体練習が終わり、ふと気が付けば、キャプテンとマネージャーの姿が見えなくなっている。同級生や先輩に聞いても、どこへ行ったか知らぬと返ってきた。しかしそれは嘘に見えた。俺の目には、皆が何かを隠しているように映った。そうなれば是が非でもキャプテンを探しきらねば気が済まぬのは至極当然。俺は皆の止める声を無視して駆け出した。
 するとどうだ。果たして倉庫の暗がりで見つけた二人の姿はどうだ。あからさまに唇を重ね、乳首を突つき合って、甘い声を漏らしているではないか。青春の盛りにあるべき二人が、外では燦々と日輪が輝いておろうこの暑気から隠れて、陰湿たる戸の内で情愛を交わしておるではないか。俺は一も二もなくその場から逃げた。言い忘れたがここは男子校であり、キャプテンが男ならばマネージャーも男だ。つまりはそういうことなのだ。
 しかも後で知ったことだが、俺の通う私立立川高校にはおかしな謂れがあった。古くは文明開化の以前に立川清兵衛なる侍が、恋人の猫山八右衛門と共に刀を捨てて開いた私塾が基であるらしい。つまりは起源からして男性愛によるもの。ここは変態共の巣窟だったのだ。俺は何も知らずに入学を求めた自分の無知を呪わずにおれなかった。
 青春を捧げるつもりで打ち込んでいたバスケットボールが、まさか男色に侵されていようとは! 俺の心持は失望に満たされた。裏切られたと思った。しかしそれでも俺はバスケットボールを見限ることが出来なかった。
 キャプテンは俺の憧れだった。俺が立川高校への進学を志したのはバスケットの強豪であるからで、しかも昨年と一昨年と連続で全国大会優勝を成し遂げたのはまさに、例のキャプテンが一年次からレギュラーとして大活躍していたからに他ならない。神懸かり的なテクニックと剛柔を兼ね備えた多彩なプレイスタイル、それでいて常に穏やかな面持ちをしていることからバスケ菩薩とさえ呼ばれていた。そのキャプテンが、あんな趣味を……。

 それから何も信じられず、俺は何日も家に引きこもるようになった。本当は身体を動かしたい。汗を流したい。ボールを巧みに操ってみたいのに、またキャプテンのことを思い出してしまうのが恐ろしい。
 部屋から出ない俺を訪ねてきたのは、あろうことかキャプテンだった。キャプテンはドアの向こうから「お前はバスケが好きか」と問いかけてきたので、俺は「好きでした」と答えた。率直で偽りない気持ちだ。
「では嫌いなのか?」
「嫌い、ではないです」
 全くの嫌いにはなり切れない。だから楽になれなくて、ずっと吐き気がする。
「あんな球遊びがか?」
 俺はキャプテンの言葉に耳を疑った。今、彼は何と言ったのだ? 代表選手ともあろうお人が、自らの励む競技を指して、球遊びと?
「所詮は球遊びだよ。わざわざ大事なエネルギーを消耗して、一つの球を奪い合う。手にした球をどうするのかと言えば、これまたわざわざ離れた位置にある籠に入れるのだ。しかも試合中、その球を持ち歩いてはいけないときた。面倒極まる」
「キャプテンは……バスケが嫌いなのですか?」
「愚問だな。大好きに決まっているだろう」
 意味が分からない。意図が掴めない。計り知れない。
「お前はそんな球遊びを、どうして好きだったのだ?」
「キャプテンはどうして好きなのですか?」
「質問に質問で返すな」
「すみません……自分では分かりません」
「ならば教えてやろう。ここを開けろ」
 俺の腹に溜まっている、蛆湧く汚泥のような気持ち悪さ。この正体を明らかにしてくれるのならば喜んで。そう思って俺はドアを開けた。
 彼は全裸だった。いや正確には、何故か靴下だけは履いたままである。足元のフローリングには服が丁寧に畳まれていた。
「どうだ」
「何がですか! 前を隠してください!」
「どこでもよいから、私の身体を触ってみろ。怖いことなど何も無い」
 このじっとりとした空気の中、いつ俺の家族が様子見に来るかも知れない状況下で、股間のものを屹立させているのには驚くばかりだ。だがやはり、また彼のことも嫌いになっているかと自問をすれば否という答えがある。俺はキャプテンを目指して立川高校に入ったと言っても過言ではないのだから。
 ならば、彼の勧めに対しては断らざるが道理。俺は恐れながらも手を伸ばした。そして驚愕した。この感触は、どうだ。キャプテンの肩、背、腕、胸、腹、腿、そして……どこをとっても伝わってくるのは、バスケットボールのそれではないか。
「なんですか、これは!」
「これが答えだ」
 夢幻に惑わされているではないかとつい疑うほどに、固さも張りも、紛うことなく、俺が物心ついたときから求めて慣れ親しんでいたボールの手触りと寸分も違わないのだ。さてはキャプテンは、バスケットボールの化身なのか? 世にバスケの素晴らしさを広め、その威でもって人々を救済する、篭球権現だとでも言うのか? バスケ菩薩の名は伊達ではないのか!
「余計なことは考えず、また打ち込んでみろ。そうすればいずれお前にも分かる」
 戸惑うしかない俺にそう言うと、俺の問いに答えらしい答えもせずにキャプテンは服を抱えてそのまま帰って行ってしまった。残された俺は、汗ばんだ手の平をじっと眺めていた。
 この時点では何が何やら今ひとつ掴みかねていたところが多くあったのだが、しかしキャプテンが俺のためにわざわざ家まで来てくれたこと、そして新たな衝撃をもたらしてくれたことは疑いようのない事実。それに応えなければ嘘だ。だから俺は次の日から部活に復帰し、彼の言葉通り無心に練習を重ねたのだ。

 ――考えるな、感じろ――これは確か、カンフー映画で使われた台詞だったろうか。
 実に的を射ている言葉だ。雑念を捨てればそれだけ目が開き、肌も鋭敏になってゆく。もうどこにも迷いは無い。
 飛び散る汗。男。シューズと床の擦れる音。男。掛け合う声。男。交わす視線。男。ファール時に密着する肌。男。ドリブルの小気味良いリズム。男。倉庫に漂う精液の匂い。男。高みを目指す志。男。心地よい筋肉の疲労感。男。館内に充満する熱気。男。男。男……。
 そうだ。バスケットボールには男が詰まっている! 屈強俊敏な男達があれだけ球遊びに心血を注ぐのは、すなわち俺達が男だからだ。ここまで語ればきみにも分かるだろう。今やキャプテンに並び、あのボールの如く強靭活発となった俺の肉体が何によって育まれているのか。男への愛は、バスケへの愛そのものだ。だからキャプテンはこんな球遊びが大好きだと言った。逆もまた然り。バスケが好きならば男も好きであること至極当然。それを認めようとせず、のんけを気取っていたから苦しかったのだ。
 バスケットボールは男である。
 俺は男である。
 すなわち、俺がバスケットボールである。
 キャプテンはこれが言いたかったのだろう。俺もまたこの境地に至るべしと言いたかったのに違いない。悟りを開いた俺は既にボールと一心同体、陰陽合一、梵我一如。皆がボールを奪い合うということは、これつまり皆が俺を求めているということだ。

 止めろ、俺の身体は一つだぞ。持って抱えたまま三歩以上歩くなど、そんな独占が許されると思っているのか。
 またシュートを外したな。左手は添えるだけだといつも言われているだろう。情人のふぐりをそんなに強く掴む奴があるか。
 回せ。一人で突っ込もうとするな。何のためのチームプレイだ。
 たまにはフェイントも使え。焦らしのテクニックは必須だぞ。
 スリーポイントだと? 得点を急ぐな。何の準備もせずにバックから穴(ゴール)へ入れる気か!


 真の男、真のバスケの高みへと上った俺達は最強だ。俺とキャプテンによる阿吽の呼吸、連携プレイの前に敵などいない。きっと今年も全国優勝をひっ掴み、怒涛の三連覇を成し遂げるだろう。
 しかしそこで慢心しないのがキャプテンだ。彼にしてみれば俺などまだまだ甘いらしい。また彼が戒めて言うことには、俺の知らない世界、決して公式戦では当たることのない相手にこそ真の強者がいるとのこと。さては大学生チームだろうか。それとも本場のアメリカンスクール?
「近々、練習試合を組むことに決まった」
「誰ですか、その相手は?」
「白百合学園女子バスケットボール部」
「女、ですか……」
 耳を疑った。その次に背を這ったのは悪寒だ。女の細指がボールを――つまりは俺の身体を――いじくり回していると考えただけで怖気がする。
「奴らなんぞに到底、ボールを持つ資格があるとは思えません」
「だから甘いと言うのだ。学校としてはまだ無名だが、白百合の主将を務める綾坂という女……只者ではないぞ」
 俺は少し反感を覚えたが、キャプテンが決めたのだから致し方ない。ならば俺の取るべき道は一つだけ。いたずらに男の道へ足を踏み入れんとする不届きな女共を、完膚なきまでに叩き伏せるのみだ。首を洗って待っていろ、白百合学園とやら。目にモノを見せてくれよう。

 ああ、そうだ。バスケットボールには男が詰まっている!

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 冒頭は梶井基次郎の小説『桜の樹の下には』のパロディ。
 また内容は、似たようなお題くじを引いた黒兎先生とちょっぴりコラボしております。

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『フロッピー・パーソナリティー』http://neetsha.com/inside/main.php?id=7328
『良い子と悪い大人のための平成夜伽話』http://neetsha.com/inside/main.php?id=7947

       

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