Neetel Inside 文芸新都
表紙

くじで出たお題で小説書こうぜ企画
Gift/初めてのお歳暮/狸ヶ原

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「そんなんじゃちっとも良くならねぇや。もっと気ぃ入れろい」
「あ、はい……」
 カーテンで隔てられたプチ密室で、老人にブチブチと文句をかけられる。
「おんめぇ、それでもここの先生かい。ちっとも効きゃしねぇよ」
「い、いえ、失礼を……」
 白衣を纏った若き男は、淡々と老人の背中を圧す。
「あー、この下手くそめぃ!代われぃ、俺が押し方ってぇのを教えたるわい!」
 老人は今にも崩れそうなくらい危うげに起き上がって担当柔整師の肩を叩く。
「え、えぇ、ちょっと!」
 あーでもない、こーでもない、こんな感じで指を動かせ……色々とケチを付けられる。
 新都接骨院、新人柔道整復師に投げられた初仕事。目も当てられない程、散々だった。


 老人が受付に文句を漏らして接骨院を後にしていく。
 新人柔道整復師は青ざめて見送っていた。
「長谷村君、お疲れ様」
 ポンと、背後から肩を叩かれてビクッと反応してしまう。
「あ、院長……すいません」
 あの老患者を怒らせてしまったことに対し、申し訳なさそうに頭を下げる。
「山崎さん、大変だったでしょ。毎回文句しか言ってこないから、あまり気にしなくていいよ。あぁ言ったって明日も来るんだから」
 院長は笑って答える。
 新都接骨院新人の洗礼だった。
 そして、院長の言うとおり山崎という老患者はその次の日も朝一番でやって来た。


「山崎さん……今日も来ました」
 休院日以外は毎日やって来て、その度に長谷村に担当が投げられる。
 来る度に文句を投げられ、ついには背中の押し方まで指導されてしまった。
 長谷村はそれに対し新人であるという面からか、山崎の指示に大人しく従った。
 一ヶ月程それが続き、スタッフ間でも問題視されるようになった。


「長谷村君さ、ずっとあの山崎さんを担当してるじゃない」
「はぁ……」
 ある日の休憩時間、女性スタッフから突然注意が飛んできた。
「手の揉み方とかも指導されちゃってんだっけ?アレ、良くないよ。治療の方針はウチらで決めてるんだから、そこに患者さんの主張を優先させちゃダメ。ウチらは専門でやってるんだからなに言われたって……」
 話の長い説教だった。
 言われるがまま、その通りにやってきたが、ここ一週間くらい文句は飛んできてない。
「……患者さんはお客様ではないよ。相手のやってほしい事よりも、確実に身体の状態が良くなる治療をしていなきゃ。一応あんたは指導する立場なんだからね。長谷村『先生』」
 確かに、最もだと思った。


 山崎さん。66歳、元建築職人さん。
 五年前に仕事中に屋根より落下。頭から落ちそうになって腕で守ったものの、両腕が骨折。
 右は上腕部が斜骨折、左は前腕が粉砕骨折だった。
 病院にて治療を受けるが、固定中の無理がたたり、左の骨が関節のようにグニグニ動く偽関節が発生。危険だとして重い物を持つ事を禁止された。
 つまり、退職を迫られた。
 天職だと張り切って仕事していたらしく、それから常に不機嫌になっていった。
 新都接骨院にはぎっくり腰をきっかけにやってきた。それ以来、三年近くの付き合いになる。
 そんな彼に対して、どういう治療をするべきか、長谷村は考えても答えが出なかった。


 十月、話は山崎の口からポロっと出てきた。
「先生よぉ、今度孫が産まれるんだよ」
「おぉ、おめでとうございます!初孫ですか?」
 うつ伏せのまま首をガクガクと揺らす。
 いつもの不機嫌な感じではなく、喜びが見え隠れしている。この頃になると付き合いも長くなっている。微妙な声のトーンでも気持ちの変化に気づく。
「俺に孫なんて考えられなかったけどよぉ、ついに産まれるってなると胸が躍って仕方ねぇなぁ」
 舞い込んできた幸せな報告に長谷村も自然と笑顔が浮かぶ。
「ところでよぉ、先生。俺の腕、どうにかなんねぃかね。どうしてもよ、孫を抱っこしてぇんだ」
「えぇ……」
「やろうと思えば出来るんだろ?」
「一応は、可能だと思います」
 しかし、問題も大きい。
「産まれたばかりは良いとしても育ってしまったら腕の再骨折が考えられますし、その時に赤ちゃんも危険です」
 子供だって十分重い。肩や首を傷める大の大人だって多く来院してくるのだ。
「俺ぁどうしたら良いんだぃ?」
 長谷村は戸惑った。今まで気が強く、文句しか言ってこなかったあの山崎さんが助けを求めている。
『確実に身体の状態が良くなる治療をしていなきゃ。一応あんたは指導する立場なんだからね。長谷村「先生」』
 以前先輩スタッフに言われた言葉を思い出した。
 山崎の身体、悩みに向き合う為に……出来うるベストを考える。
「山崎さん、運動療法をやってみましょう」

 長谷村の治療方針で、いつもの腰の施術に加えて、腕のリハビリも加えた。
 いつもなら文句ばかりでいう事を聞かない山崎も、長谷村の指示に従うようになった。
 柔らかいボールを揉んだり、腕を押さえて力をいれさせたり等の簡単な運動だったが、徐々に進歩していった。
 筋肉が増強され、腕の動きに安定感が出ていった。
「いやぁ、最近腕の調子がいいねぇ。この間米袋持っちまったよ。ま、ちったぁ痛かったけどな」
「……あまり無茶はしないでくださいね」
 お互い、笑顔だった。



 孫の誕生を前にして、山崎の機嫌は上り調子になっていった。
 やっと自分の希望する施術をしてくれて、しかも確実に腕の動きも良くしてくれる先生に出会えた。
 いくつか接骨院や整形外科回ったが、ここまで尽くしてくれる人は見た事がなかった。
 山崎の知る「先生」はみんな自己主張が強く、希望するやり方に合わせてくれなかった。
 そんな中、長谷村先生は最初は下手ながらも希望を叶えてくれた。
 かつて、腕の運動療法を勧められたが当時は聞く耳を持たなかった。
 長谷村先生が言うなら、信じてみようと思った。
 着実に回復に向かいつつある腕を撫でて、山崎は今日も新都接骨院へ向かう。
 信号が青になったのを確認して、ゆっくりと横断歩道を渡る。

 スピードを緩め切れなかったスポーツカーが、山崎を巻き込んだ。



 ある日から、山崎はパタリと来なくなった。
「どうしたんだろうね、毎朝来ていたのに」
 院長も山崎が来ないという状況に違和感を持っていた。
「……具合が良くなって来なくなった、とかならいいんですが」
 最悪なケースだけは考えたくなかった。

 日は流れ、年末がやって来た。
 来なくなってから一度も顔を見せることはなかった。
 流石に心配になって来たが、自分からはどうする事もできない。
 長谷村も患者を多く担当するようになり、忙しい日に目を回していた。
 一人の初老の女性が、新都接骨院のドアをくぐってきた。
「おはようございまーす!」
 元気な声で出迎える。
「こちらに、長谷村先生という方はいらっしゃいます?」
 呼ばれた長谷村は受付の前まで出てきた。
「自分が、そうです」
 長谷村が受付の前に出ると、女性は恭しく頭を下げた。
「いつもお世話になっています。山崎の、妻です」
 長谷村は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、いつもお世話になってます!」

「交通事故、ですか……」
 軽く事情を聞いて、来なくなった理由を知った。しかし、不安だけは強くなった。
「お身体のほうは、大丈夫なんですか?」
「相手の方もスピードを緩めてくれたみたいで、片足の骨折だけで済んだわ」
 今は病院で横になっているそうだ。
「そうですか。良かった、命に別条がなくて。歩けなくて不満ばっか言ってませんか?」
 山崎の妻は笑顔で首を振る。


 院の控え室で、長谷村は受け取った紙袋を床に置いた。
「長谷村君、それは?」
 紙袋の中には包装された箱。
『孫が生まれたんですよ』
 笑顔の崩れない山崎夫人から手渡された大きな箱。
「お歳暮みたいです、山崎さんから」
 えぇ!?あの山崎さんが!?
 一同驚きを隠せない。
 三年程通院していたが、こんな事は初めてだからだ。
『病室でも、先生が教えてくれた治療法を続けていて』
 夫人から聞いた話、ベッドの上でも真面目に長谷村の指導したやり方を続けているらしい。
 長谷村は包装紙を丁寧に開く。
 箱の上に、レター封筒が添えられてあった。
『もう先生じゃなきゃ診てもらわんって言ってました』
 長谷村は封筒から一枚の写真を取り出す。
 ベッドの上で嬉しそうに孫を抱きかかえる山崎の姿があった。
 裏には、「またよろしく頼んますわ!」と一言あった。




「旦那さんにお伝え下さい。退院したら、今度はお孫さんと追いかけっこができるくらいになりましょう、って!」



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 皆様、大変お久しぶりです。
 狸ヶ原です。忘れた人も多いでしょう。(笑)

 初の短編として載せさせて頂きましたが、非常に構成が難しかったです。
 短編書ける方、スゴイと思います。
 今回、物語の中に大きな捻りはないですが、ほんのり気持ちが温かくなってくれたらな……と思い、書いてみました。

 現在新作に迷走中です。
 が、頑張ります。

 代表作「願いを天にかざして」
 http://neetsha.com/inside/main.php?id=8129

       

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