Neetel Inside 文芸新都
表紙

くじで出たお題で小説書こうぜ企画
Valentine/はーとのちょこれいと/ひょうたん

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 2月14日。前日の晩から降っていた雪は足首の高さまで積もっていた。何気なく外を歩いてみると、雪合戦をしている子供、作られて間もないだろう雪だるま、雪うさぎ。ありきたりな冬の代名詞がそこら中で見かけられた。
 ああ、本当に寒いんだな、なんて、感慨深くなってみたり。
 そんなとき、1つの雪だるまが……転がっていた。頭は胴体から転がり落ち、半壊。胴体には無数の足あと。心ない誰かが、壊してしまったんだろう。
 ちょっとした気まぐれでその雪だるまを修復した。と言っても雪を付け足しただけだったが、ともあれ、とりあえず雪だるまには戻った。ついでに木の枝を挿して腕を作ってみたり。
 ああ、いいことしたな、なんて、感慨深くなってみたり。今日への憎しみが少しぐらい晴れた気がした。
 
 その夜。部屋の窓から音がした。じゃり、じゃりと、砂が擦れるような音だった。恐怖よりも好奇心が勝ち、そっとカーテンを開けると……曇っていて何も見えなかった。
 気を取り直して、そっと窓を開ける。そこには。
「こんばんは。昼間の雪だるまです」
 艶っぽい、大人びた声。
 しなやかに伸びた白い腕と脚。
 引き締まった白い腰。
 思わず目を背けてしまいそうになる、たわわに実った白い胸。
 細い白い首、その上には表情のない能面のような白い顔。
 白い。とにかく白い、人の形を模した『それ』。
「帰れ、クリーチャー」
 優しく丁寧に、お帰り願った。
 
 そして、今に至る。
 
 帰れ嫌です帰れ嫌ですの問答を繰り返し、ついにこちらが折れて部屋に招き入れてしまった。
「あの時は、ありがとうございました」
 深い座礼。心から感謝している、そんな気持ちがひしひしと伝わってくる……が、そんなことより、ぽたぽたと零れ落ちている水滴がすごく気になる。
「汗っかきですみません」
 いや、溶けているんだって……何その恥ずかしそうな素振りは。両手で頬を押さえてフリフリしちゃって。
 アニメやマンガなら本物の人間になってそうな展開なのに……ただ人の形(よく見ると藁人形みたいだ)になっただけなんて。
「あんまりだろ……ひどすぎるだろ……」
「ウサミミ、あったほうが良かったですか?」
「違うだろ!」
 ……ラチがあかない。さっさと用件(どうせ恩返し的イベントだろうし)を済ませてもらってお帰り願おう。溶ける様子を見てるのもおもしろそうだけど。
「で、今日は何のご用で?」
「はい、昼間のお礼をしようと思いまして」
「まったくベタなヤツだな!」と思いつつも声には出せない。「わあ、嬉しいなぁ」と差し障りのないことを言っておいた。
「で、何ができる? 人を驚かせる以外で」
 すると、もじもじ(と見えないこともない)と胸の前で手を擦り合わせ、言いにくそうな、恥ずかしそうな様子を見せる。
 もう何も望まないから、摩擦で自分を溶かすのはやめてほしい。絨毯が浸水しているじゃないか。
「結局、私は雪だるまですから、たいしたことはできません。ただ、気持ちは伝えたいんです。だから」
 ざくり。
 自分の左胸を、えぐった。
「おい、どういう」
「これを」
 そこから引き抜かれたものは……泥団子。
「今日って“ちょこれいと”なるものを渡す日ですよね? だから、これを感謝の気持ちに、と」
 わざわざ作ったってわけか?
「知ってます……これは、違うってことぐらい」
 なんだよ、ちゃんと知っているのかよ。たしかに見た目は似てないことないけどさ。
「形だって、“はあと”じゃありませんし」
 そこは知らないのかよ。ハートの日本語の意味、知らないのかよ。
「それに、これは食べれ」
「いいからよこせ!」
 手から奪い取る。きんきんに冷えていてシャーベットになっていた。
「こういうのは気持ちが大事なんだよ! 黙ってよこせ!」
「……ありがとうございます」
 ぼとり。
 そのとき、左腕が落ちた。
「あはは、ここ暑いですね。溶けちゃいました」
 落ちた左腕を拾い、窓に向かう。
「な、なあ。明日は、暖房切っておくから、さ」
 情が湧いてしまったのか、こんなことを言ってしまった。
 しかし、ふるふると首を振った。
「明日は、晴れです。快晴です。私は、今日までなんです」
 明日にはお水になっちゃいます。そんなことを言う。
 くるりと振り返る。溶けた雪が、まるで涙を流しているようだった。
「それ、捨てるときは、せめて私に見えないように、こっそりと捨ててください」
 そう言って、窓の外へ消えた。
 ……自分勝手なヤツだ。
「気持ちが大事って、言っただろーが」
 
 次の日。あまりの寒さに目が覚めた。身体を起こし、エアコンの電源を入れる。机に置いた皿、そこにある泥が、昨日のことを思い出させる。
「……はぁ」
 真っ白なため息が舞う。ちょっと憂鬱
 しかし、それにしても。
 寒すぎないか?
「もしかして」
 カーテンを開き、外を見る。
 
 豪雪。
 
「快晴じゃねーのかよ!」
 思わず窓を開けて叫んでしまった。
「まー、はずれることもありますよ。あはは」
 視界の端に、何かがいる。
『そいつ』がいた。
「おはようございます、いい朝ですね。今日はつるぺたボディにしてみましたよ?」
「うっせーよ! まだ昨日の体型のほうが良かったよ!」
 どうせ居つくんだったら、来月までずっといてくれよ?
 
 

       

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