Neetel Inside ニートノベル
表紙

アイノコトダマ
かつての地上の覇者(後編)

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 リンはまっすぐと灰色のドラゴンを見つめている。
 彼女はドラゴンの鎧のことを考えて、歯を食いしばって拳を震わせた。
 現在存在する防具の中でドラゴンから作られた鎧は最硬と言われている。リンのコトダマは、それに劣るであろうファントムの鎧さえ貫けなかったのだ。今までと同じようにコトダマを放ってもドラゴンの鱗を貫けるとは到底考えられない。
 リンは懐のホルダーに入っている投げナイフの数を確認して、自身の力とその特性を再確認し、最も特性を引き出す言葉を頭に思い浮かべた。
 ――ワーストワード――
 コトダマを使う側と使われる側、その両方にとって最悪の言葉を――。

 そもそもフィンクス家は特殊なコトダマ使いの一族だ。正確に言うと、コトダマ使いに使役されていたコトダマ使いの一族である。
 彼らフィンクスの一族に求められる役割は最強の矢を放つ”弓”としての役割だ。
 使役している側から考えれば、たとえ1回矢を放っただけで壊れてしまう弓であろうとも全く問題はない。その程度でありとあらゆるものを貫く”矢”を放てるのならば安いものだ。
 使い捨ての”弓”であると同時に、あらゆるものを貫く最強の”弓”でもあるフィンクスの一族。その役割は彼らにとって決して許容できるものではない。
 コストとして命を失うまで体力を奪われ、死んだらすぐ次の子供に禍紅石を埋め込まれる。女達は家畜のように計画的に孕ませられ、男達は禍紅石に体力を奪われつくされる。
 そんな彼らはついに耐えきれなくなり、国外へと逃亡した。いつか復讐を果たすためにその心に憎悪を抱きながら…。
 フィンクスの一族が国外へ逃れ、身の安全を確保してからすぐに取りかかったのは、自分達のコトダマの改良だった。その時の彼らのコトダマはまさに一撃必殺、未だにその言葉はワーストワードとしてフィンクス家に伝わっている。
 そもそもワーストワードとは、禍紅石の特性を最も引き出す言葉のことなのだが、それは同時にコストを最も消費する言葉でもあるため、使う側にも大きなリスクが伴う。
 よって彼らは自らの力の把握と、効率を上げるために様々な実験を行った。無論その中には非人道的なものも含まれてはいたが、憎悪に心を支配された集団にはこの矛盾は理解できない。していたとしても、決して認めようとはしないだろうが…。
 その改良の末に完成したコトダマ使いが、現在のリンクス・フィンクスである。
 まず、男性の方が体力が多いだろうという理由から今までは男が禍紅石を埋め込まれていたが、実は女性の方が効率がよいことが分かった。同じ程度の威力のコトダマを使っても、女性の方が多くコトダマを放つことができたらしい。
 そして彼らのコトダマをより使い手にとって管理しやすくするために、コトダマを使う時の声の大きさを一定にする訓練を受けた。それにより1日に仕えるコトダマの回数が決まり、管理しやすくなった。今のリンが使えるコトダマの回数は、体調が万全な時で1日に12回となっている。

 自身の命を守るために、威力も回数も限定し、抑えてコトダマを使う。だが、このままでドラゴンを倒せないのならば”ワーストワード”を使わなければならないのではないか、そんな考えがリンの頭の中で浮かんでいた。

 フィーは知っていた。自分が闘いでは全く役に立たないことを…。だからこそ、彼女には自身のやるべきことがハッキリ見えていたのだろう。
 ジーノ達にドラゴンブレスが来ることを警告した研究員に、全力疾走で駆け寄り安全な方へ誘導しながら情報を手に入れようとしていた。
「こっちです!さあ早く!!」
「ああ、すまん」
 肩に怪我を負った研究員の男を避難させながら、フィーはドラゴンのことについて訊ねた。
「あの化け物になんか弱点とかないんですか?」
 その質問が意外だったのか、研究員の男はキョトンとした顔になる。
「あったとしてもあの人数でどうにかなるわけが無いだろう。彼らには時間稼ぎしかできんよ」
 その言葉の言い回しに、フィーはすかさず男の正面に回って語気を強めながらもう一度訊ねた。
「ということは、何か弱点があるんですね?」
「あるにはあるが、話すわけには…」
「機密なのはわかってます!でも、このままあの化け物と正面から戦ってどれほど時間稼ぎができるって言うんですか?これ以上被害を広げないためにも弱点とやらを教えて下さい!!」
 研究員の男は苦虫を噛み潰した様な表情をすると、渋々口を開いた。
「…ここのドラゴンは運動能力を押さえるために筋繊維を定期的に切断しているが、その作業のために鱗を部分的に取り払っている。しかし鱗の切除部分は、急所からほど遠い位置にしか存在しない」
「それじゃあ…」
 その個所を攻撃しても、致命傷にはならない。むしろ傷ついたドラゴンが、より暴れ出す危険性もある。
「そこを攻撃してドラゴンに命の危機を自覚させろ。…それで全て終わる」
「その話、信じていいんですね?」
 研究員をまっすぐ見つめるフィー。その問いかけに、研究員の男は自嘲めいた笑みで微笑み返す。
「ああ。自分達の不手際を押し付けるような形になってしまうが、あとはよろしく頼む」
 その言葉を聞くやいなや、フィーはリンの方へと駆け寄っていった。

     

 リンがドラゴンに対してどう攻めるか迷っているところへ、フィーが息を切らせながら駆け寄ってきた。
「フィー!?こんなとこに着たら危ないじゃない!」
 フィーは何とか息を整えて、リンにさっきの話を伝えようとする。
「リン、さん。ドラゴンの手足に、鱗を取り除いてある場所があるそうなので、そこを狙って下さい!」
 それを聞いてリンは、眼を細めながらドラゴンの前足を観察すると、確かに小さな穴のようなものがあるのが見えた。
 だが、それは直径がたった数センチ程度の穴だ。しかもドラゴンが動いている中で、そんな小さな的に当てるのは難しい。
 フィーがせっかく見つけた突破口を前に、歯を食いしばるリン。そんな中フィーがジーノに呼びかけた。
「ジーノさーん!ドラゴンの前足の鱗が無い場所に、リンさんがコトダマをぶち込みます!だから何とかドラゴンの動きを止めて下さーい!!」
 フィーの呼びかけに頷いたジーノはファントムを見て、アイコンタクトをする。ドラゴンに対して正面から構えたジーノに、ファントムは話しかけた。
「小僧、あの小さな的のままでは、流石に動きを止めてもきつかろう。こいつの動きは私が止める。お前は的を広げてやれ」
 ジーノはドラゴンを睨んだまま、手で了解の合図を出した。
 既に随分近くに居るファントムに対して、ドラゴンは左の前足を振り上げ、ファントムめがけて振り下ろす。それをファントムは正面から受け止める。さっきの突進とは違い、勢いが無い分威力は低いがそれでも人一人を押しつぶすには十分な威力である。じわじわ押されるファントムの背を、周りに居た騎士たちが支えて何とか踏ん張っている。
 そのほんの少しの間、ジーノはドラゴンの右の前足に向けて、バスタードソードブレイカ―を構える。
 左手は柄を握り、ガントレットをつけている右手は刃の部分を直接掴んで構えている。ただ、今回はバスタードソードブレイカ―のソードブレイカ―部分である溝のところを、相手側に向けて構えているようだ。
 右手で刃部分を掴むことにより威力は少々落ちるが、精度は格段に増す。すばやく振り下ろされたバスタードソードブレイカ―は、溝の部分で鱗の切除された部分を引っ掛けて、思いっきり鱗を引きはがしてゆく――。
「グギャーーオォオオオ!!」
 突然鱗を引ききはがされた痛みのせいで、ドラゴンはうめき声を上げた。鱗の無い面積は明らかに広がっている。
(リン!今だ!!)
 振り返り、眼で訴えかけてくるジーノを見て、さっきまでのリンの迷いは嘘のように晴れていった。
「いっけぇえええ!投げナイフぅうううう!!」
 いつもより大きな声、いつもより強いコトダマ、そしていつもより多く奪われる体力。そこからにじみ出る迷いも、不安も全てジーノの信頼の眼差しが晴らしてくれた。
 吸い込まれるように、投げナイフは鱗のない肉の部分に直撃し、食い込んでいく。嫌な音と共にドラゴンは激痛で転げ回った。
「ガギャァアアアアアアア!!」
 ドラゴンは何とか体を起こすと、投げナイフの当たった前足を力無く垂れ下げたまま、眼を血走らせながらリンを睨んでいた。ドラゴンが荒くなった呼吸を整え、再び臨戦態勢になったかと思うと、急に泡を拭きながら崩れるように地面に突っ伏した。
 そこに居る誰もが状況を理解できなかったが、もはや息をしているのかも怪しいドラゴンの姿を見て、危機が去ったことを実感した。
 体を支配する倦怠感にリンは苦笑いしていた。しかし、その表情は思いのほか明るいものだ。リンは自分の拳を握りしめ、その拳を左手で抱きしめるように胸に押しつけた。
「あたし、ちゃんと、できたんだ…」
 そう呟いてリンは満足そうに微笑みながら、ゆっくりと目を閉じた。

     

 ドラゴンが倒されたちょうどその頃、ドラゴン養殖場の囲いの外で、研究員の服を着た初老の男が走っている。
 男はドラゴンの声が聞こえなくなったことに気付いて、来た道を振り返りながら呟いた。
「思っていたより早かったのう。しかし、ここまで来れば…」
「ほう?ここまで来ると何かあるんですかい?」
 研究員の服を着た初老の男は、驚きすぎてそのまま地面に尻もちをついた。
「な!なな、何なんじゃあんたは!!」
「驚かせちゃってすんませんねぇ。自分は特殊遊撃部隊D-9所属フラッグ・フィックスといいます」
「D-9じゃと?なんでそんな部隊がこんなところに?」
 フラッグはうっすら笑みを浮かべると、その問いに応えた。
「ええ、ここらへんで不審人物がいたら、即座に拘束しろって命令を受けてましてねぇ」
 その言葉に初老の男は表情をこわばらせながら、口を開く。
「ここに居るのはおまえさんだけか?」
「そんなもん見りゃわかるだろーよ?」
 初老の男は懐から取り出した短剣で、フラッグに襲いかかった。年の割には早い動きだったが、フラッグは体を捻っていともたやすく避けて見せた。
 初老の男と距離を取ったフラッグは、少しわざとらしく大きなため息をついた。
「なーんだかよぅ。D部隊が落ちこぼれで有名なのは今さらだけどなぁ。こんな爺さんにサシでどうにかなると思われてんのは、流石にショックだわ」
 その言葉を無視して、初老の男は再び短剣で突きを繰り出してくる。その全てをフラッグはすんなりとかわす。
「爺さん。俺が本当の突きってもんをレクチャーしてやるよ」
 そう言いながら、フラッグは腰に差してあった黒いレイピアを抜いた。それは一般に普及しているものよりも長く、太いものだった。
「行くぜぇ~、アン、ドゥ―」
 リズムよく2回の突きを繰り出すフラッグを見て、初老の男は勝利を確信する。彼の短剣には猛毒が塗られており、掠っただけでも死に至る。次に放たれる”トロワ”にカウンターを合わせれば終わりだ。
 眼を細め、うすら笑いを浮かべて初老の男はタイミングを測った。
「ドぅりゃー!!」
 斧でも振り下ろす様な掛け声で、放たれた3撃目は鋭い1撃ではなく剛撃だった。カウンターのタイミングを完全に逃した初老の男に、なす術はない。そのまま初老の男は仰向けに倒れ、力任せに放たれたその突きで、刃は初老の男の太ももを貫通し、地面にまで突き刺さっている。
 フラッグは頭をぼりぼり掻き、フケを落としながら話した。
「あー、悪いな爺さん。俺は落ちこぼれ部隊の人間だから、人に教えんのは苦手なんだわ」
 フラッグは放心状態の初老の男を、縛り付けて止血を簡単に済ますと、肩に担いでそのまま夜の闇に消えた。

       

表紙

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Neetsha