Neetel Inside ニートノベル
表紙

アイノコトダマ
調査

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 大きな岩の上に登り、少女は目を細めながら景色を見ていた。時折唸りながら手元の紙に目を落とすも、その表情は一向に晴れる気配がない。
「むぅー」 
 ただでさえ小柄な体が前のめりになって余計に小さく見えてしまうが、そんなことを気にしている場合でもないようだ。
「だめですねぇー。ここ最近の土砂降りで道だか水たまりだか分かんないですぅ」
 少女はそばに居る身の丈もあるほどの大剣を背負った青年に話しかける。彼は口を開かずに目を細めて少女を非難した。
「そんな怖い顔しないで下さいよぅ、天気が悪かったんだから近道して早く村に着いた方がいいじゃないですかぁ」
 ジタバタしながら少女は弁解するも、青年の理解は得られないようだ。
 ――ツルッ
 そんな擬音が似合うような滑り方をした少女が、少年の方へと落下する。
「きゃっ」
 しかし、青年は何の苦もなく少女を抱きとめると、ガントレットをつけていない左手でポカンと少女の頭を叩いた。
「うぅ~、すいませんジーノさん」
 すでに半分涙目になっている少女を抱きとめながら、ジーノと呼ばれる青年は少し大きめのため息をついた。
 そんなやり取りをしていると、どこからか馬の鳴き声が聞こえた。ジーノは手で少女に何らかのサインを出すと、少女は頷いて馬の鳴き声のする方へと移動しだした。
 少し進むと、ぬかるみに車輪がはまって動けなくなった馬車が見えた。馬車の持ち主らしき男が後ろから懸命に押してはいるものの、馬車は動く気配が無い。ジーノはその様子を見て、背中の大剣の留め金を外してぬかるみにはまっている車輪に近づいていった。
「ちょっ…、ジーノさん!」
 いきなり行動に出たジーノを少女が止めようとするも、少々遅かったようだ。
「な、何だあんたは。そのでかい剣で何をしようってんだ!」
 まあ、男の反応も当然と言えば当然だ。馬車が動かなくなっているところへ、いきなりバカでかい剣を持った男が近づいてきたら誰だって怖がるだろう。しかしそんな男の様子もお構いなしで、ジーノは車輪の後ろ側へ回ると、剣先を地面に向けて斜めに思いっきり刺した。剣先が車輪の下くらいまで刺さっているのを確認したジーノは、てこの原理を利用して車輪をぬかるみから出した。
 その様子を見ていた馬車の持ち主である男は呆気にとられていた。
「も~、ジーノさん!ちゃんと持ち主さんに挨拶してないから、びっくりされてるじゃないですかぁー」
 ぬかるんだ地面を転ばないようにヨタヨタ歩く少女を見て、男はさらにわけがわからなくなった。
「な、何なんじゃあんたらは…?」
 男はさっきと同じ質問を、混乱しつつも落ち着いて繰り返したが、眼の前に居る青年は何も答えようとはしなかった。そんな所へ、少女が割り込んでくるように話しかけてきた。
「驚かせてすいません。偶然この馬車が立ち往生してるのが見えたんですけど、ジーノさんが先走っちゃって…」
 男は無表情な青年と少女を交互に見るが、いまいちしっくりこない二人である。一人はでかい剣を持って武装した傭兵らしき青年で、もう一人は12~3歳のごく普通の少女だ。しかも青年はまるで使用人が主人のそばに仕えているかのごとく押し黙り、少女がその青年の不手際を詫びているというよくわからない状況なのだ。
「私はフィーといいます。できれば近くの町に行くまでご一緒させてもらえないでしょうか?」
「ああ…って、はい?」
 男は二人の妙な組み合わせに思考を取られ、生返事で了承してしまった。
「ありがとうございます。あと、あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ああ、俺はバオってんだが…」
「バオさんですね。よろしくお願いします」
 フィーと名乗る少女の笑顔に押し切られ、バオはしぶしぶ了承することになった。まあ、そもそも助けてもらったのだからそんなに渋る理由もないのだが、何となく腑に落ちない感じだった。
 とりあえず、バオは2人を馬車に乗せて街への道を進むことにした。
「バオさんはどうしてあんなところで立ち往生してたんですか?」
 バオの隣に座っていたフィーは屈託のない笑顔でバオに話しかけていた。
「土砂降りのせいで荷物運びの日程が遅れちまってたから急いでいたんだが、油断してぬかるみにはまっちまってな」
 少しばつの悪い感じでフィーの質問に答えるバオだったが、そんなことよりもフィーの隣に座っているジーノに関心が向いているようだ。バオはフィーの方に顔を寄せると、ジーノに聞こえない程度の声で話した。
「なあ。さっきからでかい剣持った兄ちゃんが、しかめっ面して黙ったまんまなんだが…。なんか俺悪い事でもしたかね?」
 フィーは少し苦笑いをすると、軽くため息をして答えた。
「ジーノさんのしかめっ面はいつものことなので気にしないで下さい。それとジーノさんは黙っているんじゃなくて声が出せないんですよ」
「そうなのか…」
 何となく物珍しそうな目で見るバオの視線がジーノには少々鬱陶しかったが、この男とのコミュニケーションはフィーに全て任せることにした。
「で、二人は何の用でこんな山奥の村に行こうとしてるんだ?」
「勿論、お仕事ですよ。ジリエラシティの保安騎士に委託された仕事なんですよー」
「保安騎士からの委託?そんなのがあるんか?」
「まあこのご時世ですから。どこも人手不足なんでしょう。もっとも私たちは知り合いからお仕事を回してもらってるんですけどね」
 自然に世間話をしているこの少女に、バオは凄まじい違和感を覚えた。明らかに12~3歳の少女との会話内容ではない。
「でも傭兵の仕事ってことは荒事なんだろう?実は嬢ちゃんも強かったりすんのか?」
「いえいえ、私は見ての通りの只の可憐な少女ですよぅ」
 自分で可憐と言っておいて自分で照れているこの少女は、話す内容を除いて仕草などだけを見れば年相応に見えた。
「じゃあ嬢ちゃんは何しに来たんだ?」
「私はジーノさんのかわりに情報集めや交渉事をするためですねー。あとはジーノさんのブレーキ役といったところでしょうか…」
 そのセリフを聞いてジーノはフィーを軽く睨むが、バオと話しているためフィーは気付かなかった。軽く鼻を鳴らしてジーノは村に付くまでの間、馬車に体を揺らされながら一眠りすることにした。

     

 村に着いた二人は早速仕事を始めた。なんでもこの村に、キサラギ共和国の諜報員が潜んでいる可能性があるらしいので、その確認および諜報員を発見次第捕獲せよとのことだ。もともとこの村は基本的に他の村ともほとんど交流が無く、小規模で貧相な農村だ。あまりにも小さい村のために保安騎士もおらず、防衛戦力は村の自警団のみである。
 こういった小さい村なら新しく入ってきた人間は目立つので探し出すのはたやすい。そう考えて二人は情報を集めていたものの、村人たちによれば新しく入ってきた人間はいないとのことだった。村が街道から離れた山奥にある為、旅人も年に数える程度しか立ち寄らないらしい。一通り村を見て回った二人だったが、めぼしい手掛かりは一切なかった。ただ、ジーノは妙な違和感を感じはするもののその原因まではわからなかった。
 これ以上の調査は無意味だと考えて村の入り口まで歩いたところで二人はバオと鉢合わせした。
「二人とも仕事とやらは終わったんか?」
「ええ、完全な肩すかしですねー。これからジリエラシティに戻って報告しなきゃいけないんですよー」
「ならせっかくだ、俺もジリエラシティに運ぶ荷物ができたから乗せてってやるよ」
「いいんですか?」
 バオは豪快な笑みを浮かべると、ジーノの肩を叩きながら話した。
「おう、そのかわり道中の護衛は頼むぜ、でかい剣の兄ちゃんよう」
 ジーノは相変わらずの無表情で頷くと、3人でジリエラシティに向かうこととなった。

 ジリエラシティに向かう道中、いつものしかめっ面と違い何かを悩んでいるようなジーノの表情にフィーは気付いた。
「どうかしたんですか、ジーノさん?」
 ジーノが手で何か合図を送ると、フィーはそれを読み取ってゆく。
「あの村に違和感…ですか?」
 二人は明らかに仕事の話をしている風だったが、バオはついつい気になって訊ねた。
「なあ嬢ちゃん。なんで傭兵の兄ちゃんは喋ってないのにそんなことわかるんだ?」
「ジーノさんとは手話で話せるんですよ」
「シュワ?」
「ええ、もともとは騎士同士が任務中声を出さずにジェスチャーでコミュニケーションをとる手段として使われてたものなんです。ある退役騎士が任務中に怪我をして耳が聞こえなくなったので、改良して日常でのコミュニケーション手段として使えるようにしたものが手話です」
 無い胸を反りかえらせてやや得意げに話すフィーの姿にバオは笑いそうになったが、話の内容には素直に関心した。
「覚えるのは大変だったんじゃないのか?」
「いえ…、手話を覚える前のジーノさんとの会話のない時間に比べたら随分と楽でした…」
 さっきまでの得意げな雰囲気から、うってかわって暗くなるフィーにバオは同情した。
 そんな会話をしている時に、ジーノがフィーに即座に合図を出した。
「バオさん、馬車を止めてください。どうやら襲撃者がいるみたいです」
 妙に落ち着いた声でバオにそう言うと、フィーは護身用の短剣を握り締めた。バオが馬車を止め様とした直前にジーノは馬車から飛び降りて草陰に潜んでいる襲撃者に突っ込んでいった。襲撃者側としては、攻めようとしている時に不意を突かれて先手を取られる形となった。突然の目標からの襲撃に、襲撃者達は焦りを隠せなかった。叫び声が上がるたびに襲撃者達は数を減らしていく。襲撃をする側とされる側が完全に入れ替わったこの状況に即座に対応できるものなどそうはいない。襲撃者のうち一人が、焦って馬車に居る二人を人質にしようと草陰から姿を現すが、それを読んでいたジーノが即座に馬車との間に割って入った。振りかぶられる剣をジーノは右手のガントレットで軽々と受け止める。技量の差を見せつけられてもはや勝ち目が無いとわかったのか、掴まれた剣を手放して逃げようとする襲撃者に、ジーノは容赦なく投げナイフでとどめを刺した。
 周りに襲撃者達の気配が無くなっていることを確認すると、ジーノは死体を調べ始めた。バオにばジーノが殺した相手の装備をはぎ取っているようにしか見えず、死肉を漁るカラスを連想させた。そしてバオとにこやかに談笑していた時と何ら変らぬ表情で死体漁りをするジーノの横にいるフィーの姿は、恐ろしくすらあった。
 そこからはバオはジリエラシティに着くまで一切口を開かなくなった。同行者の方が襲撃者達よりも恐ろしい存在であると認識したためだろう。だが、結局のところ恐ろしい山賊などの襲撃者から身を守るには、それよりも恐ろしい力に頼るのが最も手っ取り早い方法である。そのことを頭のどこかでは理解していても、心は素直にそれを認めることはできないのかもしれない。
 二人はジリエラシティに到着すると、早速この街の保安騎士司令部へと向かった。作戦会議室と書いてある大部屋に通されると、一人の士官騎士が笑顔で出迎えた。
「やあ、任務ごくろうさま。怪我とかは大丈夫ですか?」
「はい、お気遣いありがとうございます。ディエス・イレイズ副司令殿」
 畏まった言い方をするフィーに、不満そうな顔をしながら副司令殿は話した。
「いつもみたいにディーでいいですよ、フィーさん。あと敬語も必要ありません」
「でも、やっぱり依頼主さんには敬語でないと…」
 ジーノはポンとフィーの頭に手を置くと、軽くうなずいた。
「まあ、ジーノさんがそう言うなら…」
 その様子を見てディーはにこやかに話しかけてきた。
「相変わらず仲いいですねぇ。その様子だと調査では何もなかったんですか?」
「それがですねぇ――」
 フィーは今回の調査のあらましを説明した。村には特に手掛かりはなかったこと、帰り道に山賊らしき者達の襲撃を受けたことを話した。
「はずれ、ですか…」
 難しい顔をして考え込むディーに、ジーノは手話で自分の抱いていた違和感を伝えた。
「違和感ですか?」
(よく思い出すと、あの村には子供がいなかった)
「そう言えば一人も見てませんねぇ」
(もしかしたらあの村そのものが諜報員の活動拠点の可能性がある)
「なるほど…。なら山賊を装った襲撃者は、調査に訪れたあなた達を始末するためだった可能性があるわけですか…」
 それに疑問を持ったフィーが質問した。
「でもそれなら村で襲われるんじゃないですか?」
「いえ、それだと村に何かあると私たちに教えているようなものです。あえて村の外で、しかも村の住人ではない人間の目撃があるところで、山賊として始末すれば、無関係を装えますから」
 なるほど、とつぶやいてフィーは引き下がった。ジーノが襲撃者達の死体を念入りに調べていた理由がハッキリわかった。
「こうなると、あの村の監視は継続することになるでしょう。また何かあったら頼みますよ」
 ディーは懐から報酬の入った革袋を取り出すとフィーに渡した。
「毎度ありがとうございまーすぅ」
 満面の笑みを浮かべながらお辞儀をしてフィーは部屋を出ていった。その後に続くようにぶっきらぼうな顔をしたジーノが歩いている姿は、実力派の傭兵として名高い”沈黙のジノーヴィ”にはとても見えなかった。

       

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Neetsha