Neetel Inside ニートノベル
表紙

アイノコトダマ
震える心、無垢な心

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 女性達の騒がしい恋愛会議から数日後、ベルが国境近くの村へ視察に行くことになったので、ジーノとリンも同行することになった。
 馬車内でいつものようにベルとリンは仲良く話をしていた。そんな中、目的の村が眼で見えるくらいの距離になって、馬車でゆったりと移動している3人の耳に、護衛の兵士の声が聞こえた。
「煙だ!村に火の手が上がっているぞー!!」
 その声色で非常事態だと理解したジーノは、ベルのそばにリンを置いたまま、情報収集のため村へ向かうことにした。
 村に侵入したジーノは、襲撃者達の姿を確認して目を見開く。それらは、明らかにクレスト皇国の騎士の風貌で村の詰所や畑を焼き払っている。恐らくは20人前後の奇襲部隊なのだろう。逃げ出した村人を無理には追わずに国の施設や、畑を焼くことを優先しているようだ。
 そんな襲撃者達の行動を見つめながら、ジーノは不審に思った。本来この手の襲撃は、犯人が誰かわからなくするために皆殺しが基本である。おまけに自分達がクレスト皇国の騎士だとアピールするかのように、堂々と正式装備で襲撃を仕掛けてきている。
(これは、もしかすると…)
「あ!みぃーつけた!!」
 物陰に隠れていたジーノに不意にかけられた声。ジーノはとっさに振り向き戦闘態勢を取る。
「――ッ!!」
 そこには、子供のような無垢な笑顔を浮かべながら、十文字の槍を持った白い髪の女が立っていた。
「君でしょう?そうだよね?間違いないよね?」
 無造作に間合いを詰めてくる女に、ジーノはとっさに距離を取った。
「なんで逃げるの?君は私を知っているんでしょう?」
 さも悲しげに言葉を発する白髪の女を、ジーノは憎しみのこもった眼で睨みつける。
「そうだよ。ちゃんと私に教えてくれないと。私は君にとって何なのか、君は私にとって何なのかを」
 ――ドクン――
 ジーノの中で憎悪という名の感情の奔流が暴れ出す。もはやこれを押さえることはできない。しかし、それが分かっているからこそその感情を無理に押さえつけることなく、冷静に、冷淡に…。

 ジーノは笑っていた。

 何物にも形容しがたいその歪な笑みを見て、白髪の女は歓喜に震えた。
「やっぱり君だ!さあ、もっと私に教えて!私が、”ナニモノ”であるのかを!!」
 鋭い槍の突き、その矛先をジーノは右手のガントレットで掴んで止める。
「五月蝿い、ダマレ」
「――」
 声が出ない。その状況に一瞬戸惑った女だったが、それでも怯むことなく攻撃の意思を見せる。女が十字槍の柄、その真ん中辺りを捻ると槍が分離しもう1本の槍となった。
 繰り出される突き。
 顔を逸らして何とか直撃は避けるジーノだったが、左耳が大きく裂けた。
 女は全体重をかけて突きを放ったせいか、そのままジーノの方へ倒れるように突っ込んでくる。
 視線を交えながら、近距離ですれ違う二人の顔。うっすら浮かべる女の微笑に、ジーノは凄まじい嫌悪感を感じて身を離し距離を置いた。
「ねえ、私ニーシャって言うの。君の名前は?」
「…ジノーヴィだ」
 ニーシャと名乗る女は自分の首をかきむしるような動作をしながら、口を開く。
「やっぱり君は…」
「違う」
 ニーシャの言葉を遮るジーノ。そんなジーノに、ニーシャは自分の顔から微笑みを消した。
「俺とおまえは違う」
 さっきより強い2度目の拒絶に、ニーシャの顔はみるみる不機嫌になっていく。
「いいえ、あなたは私を、私はあなたを知っている。なら、同じよ!」
 支離滅裂なニーシャの物言いに、ジーノはイラつきはしたものの、精神を集中しているせいか、前のように暴走することはない。
「知るか。お前はただ、俺の憂さ晴らしのために切り刻まれていればいいんだ」

 そう、意味が無い。復讐には意味など無い。
 所詮は自己満足。感情を吐き出すための行為でしかない。
 仇を討ったとしても時間は戻らない。死んだ人間が生き返るわけでもない。それでも、たくさんのものを犠牲にしながら復讐をする人間というのは、どこか壊れているのだろう。
 それは、ジーノも例外ではない。

 自分の中にある感情を吐き出しながら、ジーノは眼の前の仇を睨む。
 ジーノが間合いを詰め、攻撃を仕掛けようとしたその時、横からものすごい風圧と共に大槌が振り下ろされた。
 ドガーン!!
 ギリギリのところで回避行動を行ったため直撃は避けられたものの、少し掠ったせいか左腕が動かなくなっている。ヒビが入ったか、最悪折れているかもしれない。
 ジーノは自分のふがいなさをかみしめながら、新たに現れた敵を睨む。暴走しないようにと心を上手く制御していたつもりが、周りに意識がいかなかったようだ。
 舞い上がったままの土埃の中に映る影、掠っただけでここまでのダメージを与える攻撃を繰り出せる人間を、ジーノは一人しか知らない。
「小僧か。こんなところで会うとはな」
 気聞き覚えのある声と、金属の擦れる音が周りに響く。こんなでかい鎧と大槌を軽々と使いこなすのは、恐らく彼位だろう。
「あ~、えーと、誰だっけ?」
 緊張感のない声でニーシャが訊ねる。
「ついさっき会ったばかりだろう、ニーシャ殿。ファントムだ」
 少しあきれたような声で話すファントムだったが、すぐにジーノの方へ目線を戻すと残念そうに話した。
「本当ならば、ここでお前を仕留めねばならないんだがな…」
 村の外、その地平線にはミラージュの兵士の姿が見えた。
「時間切れなら仕方ない。小僧とはこういう運命らしいな」
 そう言いながらニーシャを連れて退くファントム。
「ジノーヴィ、また会いましょう?今度こそ私が”ナニモノ”なのか教えてね」
 手を振りながら去っていくニーシャを、歯を食いしばりながら見送ったジーノは、周りに誰の気配もないことを確認すると、腕を押さえながら地面に頭突きをかました。
「糞がぁあああああ!」
 仇を前にして2度も打ち損じたことと、自身のふがいなさを振り払うためにジーノは吠えた。
 歯を食いしばり、打ち震えるジーノの左耳より流れ出る血が地面に染み込む。しかし、こんな状態でもジーノの目から涙は流れなかった。

     

 クレストとミラージュ国境付近の森で、フラッグ率いるD-9部隊はエネ・ウィッシュと合流するために待機していた。しかし、慌ただしかった移動のおかげで、エネには大まかな合流場所しか伝わっていない。場所が場所なだけに大きく動くこともできず、エネがフラッグ達を見つけるのをただ待っている状態だった。
「隊長、いいんでスか?」
「何がよ?」
 流石に不安が大きいのかカストールがフラッグに、神妙な表情で訊ねる。
「エネ・ウィッシュにこのまま従っていて、いいかのかってことでスよ」
「良いも悪いも指揮権はエネの姉さんが持ってるんだぞ。どーしよーもねーよ」
「そう言うことじゃなくてでスね。このままだと自分達も、ミラージュに行くことになりそうじゃないでスか」
 興味なさそうにフラッグは耳をほじりながら話した。
「だから?」
「だから?って…。あ~もう!」
 フラッグは耳から引きずり出した耳垢を、息を吹きかけて指から落とすと、今度は反対側をほじり始めた。
「言ったろ?どーしようもないって」
「?」
 急に真面目な声色になったフラッグを凝視するカストール。こういう時は、決まってよくない結果が待ち受けていることが多い。
「俺らは結構国内でエネの姉さんに使いっぱにされてたから、周りから見れば俺らは既にエネの姉さんの身内扱いだろう。ここでエネの姉さんから離れてもほぼ間違いなく処分される。なら少しでも情報持ってるエネの姉さんについて行った方が、生き残る可能性は高いだろうよ」
「国を出て、裏切り者扱いされてもでスか?」
「今さら国に義理立てするほど、俺らに愛国心なんて残ってないだろ?」
「まあ、そうでスけど…」
 そう、この部隊は落ちこぼれのD-9部隊だ。しかし、落ちこぼれなどとは言われているが、決して彼らの能力は他の騎士達に劣っているわけではない。ただ単に上官や貴族に逆らった者、国境付近の生まれであるが故に混血で生まれ差別された者、能力が高すぎるが故に周りから疎まれ嵌められた者、といったような者達の吹き溜まりだ。
 個々の個性が強く、統率しにくくはあるが運用方法さえ間違えなければ皆一流の騎士である。実力があるにもかかわらず、理不尽にも差別され続けた彼らが国に対して良い感情を持っているはずもない。
 もしかしたら、そんな特徴を持つ部隊だからこそエネ・ウィッシュは目をつけたのかもしれない。そんな風にカストールが考えている時に、茂みの中から女性の声がした。
「あら、ばっちりね。流石自信満々に言うだけのことはあるわ」
 茂みの中からエネがひょっこり顔を出す。周りには護衛らしき人間が数人いるようだ。
「俺らを見つけるのが随分早いな。大まかな場所しか伝えられなかったはずだが…」
「ええ、ちょっとした新戦力のおかげよ」
 護衛の中に一人、明らかに異質な人物を見てフラッグは顔をしかめる。
「こいつ、か?役に立つんだろうな?」
「それは、ついさっき実践済みだから問題ないわ。それより悪い知らせよ。このままだとクレストとキサラギが、同時にミラージュに攻め込むことになるわ」
 皆が静まり返る。
 動き始め、収束し始める世界の流れに、多くの人々が翻弄されつつあった。

       

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Neetsha