Neetel Inside ニートノベル
表紙

アイノコトダマ
ブラッディロード

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 炎のコトダマ使いが起こした炎の被害は凄まじく、クレスト、キサラギ、ミラージュ全てに大損害を与えて闘いは終息した。ジーノーヴィ達の奇襲で、本来の目的であるミラージュへの一方的な被害を押さえ、攻め入ってきた2国に大きく損害を与えたことで、ミラージュが致命的に不利になるような事態は回避されたことになる。
 だがしかし、何ら根本的な解決には至っていない状態ではある。クレスト、キサラギの2国をけしかけ、ミラージュを壊滅させようとしていた組織自体は未だ健在だ。
 そして最後に乱入してきたあの男、かつての闘神を彷彿とさせるあの人物の目的すら分かっていない。

「――ってのが今の状況ってワケか」
 ベットに深々と体を横たえながら、フラッグは呟くように話した。その横で椅子に座っていたエネは、神妙な面持ちで腕を組みながら目を閉じている。
「闘神ねぇ…。俺は実際見たわけじゃないし、闘神本人を見たことが無いから分からんが、そんなに似てたのか?」
 その言葉にエネは眉間に深くしわを寄せて、唇を噛む。自分が見たあの人物の姿を、何度も過去の闘神の姿と重ねてから口を開く。
「瓜二つ、というよりは本人としか思えないほど、姿も威圧感も昔見た闘神そのものだったわ」
 エネの腕に力が入る。ありえないモノを見た恐怖を抑え込もうとするその様子はただ事ではない。
「…なるほどねぇ。ま、俺はそんなことはぶっちゃけどうでもいいんだ」
 フラッグは寝そべったまま、天井に視線を移す。その体はだらりと力を抜き、無気力な表情でエネに話しかけた。
「もう隠す必要もないはずだ。…俺は、死ぬんだろう?」
 エネは薄っすらと目を開けてフラッグを見詰める。エネの腕により強く力が篭った。
「ええ、そうよ。あの剣の放つ光は、命を蝕む呪いの光と言われているわ。恐らく、剣の加工作業を行った人たちも、もう…」
 フラッグは乾いた声で笑い始める。
 やはり、という思い。予想していたとはいえ、エネの言葉はフラッグに大きく圧し掛かった。
「おれが死ぬ、か…。まあ、いいさ。やりたいことをしてこうなったんだ。仕方ない」
 フラッグはゆっくりと体を起こすと、おぼつかない足取りでドアへ向かって歩き出す。それをエネは座ったまま静かに見ていた。
「ああ、そうだ」
 不意に足を止めたフラッグは、振り向きもせずにエネに話しかける。
「悪いんだが、一つ伝言を頼まれてくれるか?」

     

 簡素な一室。
 客室と呼ばれるにはあまりに質素で、最低限の物しか置いていないこの部屋で二人の人物は話していた。
「ジーノが、コトダマ使い…」
 そう力なく呟くリンは、ベットに座ったまま床を見詰める。
「はい。しかも彼の禍紅石がミラージュのものである可能性が高かったので、今はその事情を聴くために尋問している最中でしょう」
 事情を説明しているベルの表情は暗く、今の事態の深刻さを物語っていた。
「あ、あいつはどうなるの?」
 顔を上げたリンは、大きく眼を見開いてベルに詰め寄る。そんなリンに、ベルは硬く目を閉ざしたままゆっくりと口を開いた。
「禍紅石をおとなしく返還すれば、命だけは助かるかもしれませんが、恐らく一生投獄されるでしょう…」
「そんな!」
 ジーノはミラージュの危機を救ったというのに、その扱いはあまりにも残酷に思える。
 たとえジーノの声帯に同化している禍紅石がミラージュのものだったとしても、ジーノ自身が何かをしたわけではない。禍紅石を声帯に埋め込むのは10歳程度。その頃のジーノに拒否権など無いだろう。罪があるとしたら禍紅石を持っていたジーノの親にあるはずなのだ。
「そう、ですね。本来なら、ここまでのことにはならないかもしれません」
「だったら!」
「彼は、オラクルの信者ではありません。あの人は異教徒だから…」
 絞り出すように言葉を紡ぐベル。その手は手が白くなるほど、握り締められている。
「異教徒だから何なのよ!たった、それだけで…!!」
 立ち上がり、大声を張り上げるリン。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「…私だって、私だっておかしいと思います!でも…!!」
 ベルは言葉を詰まらせながら、諦めたように呟く。
「これが、この国では、普通のことなんですよ…」
 涙を流しながらベルはその場に崩れ落ちた。
 無理もない。自分の信じ続けてきた教えが、規律が、友人の仲間を死なせてしまうかもしれないのだ。よしんば死ななかったとしても、一生薄暗い牢屋の中で拘束され続けるだろう。
「こんなのって、ないわよ…」
 泣き崩れたベルの前で、とうとうリンも涙を抑えきれなくなった。
 ようやくできた仲間、戦友、そして…。
 ジーノの存在はリンにとって、とても大きくなっていた。
 …なってしまっていた。

 不意に部屋の外が騒がしくなる。慌ただしく兵士達が移動し、兵士たちへの命令の声が響く。
 聖唱女や高位の神官たちが集うこの宮殿で、この様な慌ただしさは尋常ではない。
 リンはベルの肩を掴んで、涙をぬぐいもせずに正面から向き合った。
「私をジーノの所へ連れて行って!」

     

 前にジーノとリンが訪れた謁見の間。そこでは唱響の聖唱女直々に、ジーノに対する尋問が行われていた。
 禍紅石の入手経路とその返還をジーノに求めるだけの尋問だったが、その場ではありえないことが起こっている。
 何の前触れ無く、ジーノの前に戦場でジーノを助けた人物が出現していた。そう、どこからか忍び込んできたわけでなく、兵士たちを蹴散らして謁見の間に突入してきたわけでもなく、ただ急にその場に”姿を現した”のだ。
 周りの兵士達を含めエヴァすらも動揺し、何が起こったのか理解できずにいた。
「悪いがこの男を殺すことも、禍紅石を取りださせることも、させるわけにはいかない」
 男は静かな口調でそう言うと、ジーノに向き直り正面から睨む。
 そんな中、ジーノを拘束するために控えていた兵士の一人が飛びかかった。
「何者だ、きさまぁあああ!!」
 大きく振りかぶられたその剣は、そのままの勢いで男の首元を直撃する。
 ――ガンッ
 確かにそれは直撃した。勢いと体重を乗せたその一撃で、男の首は飛ぶはずだった。
 しかし、その刃は首に当たっていたにもかかわらず、男の首を飛ばすどころか、まるでとてつもなく硬い壁でも切りつけたような音と共に弾かれる。
「のけ」
 男のその一声で、兵士は壁際まで吹き飛ばされた。身動き一つしていないその男の手によって、だ。

 場が静まり返る。
 男の圧倒的な存在感と圧力に押され、皆何も言葉を発することができない。
「聞け、ジーノヴィ。お前の復讐はまだ終わっていない」
 コストの過剰な支払いによってほとんどの感情を奪われてしまったジーノは、ゆっくりとその言葉に反応する。
「元を断たねば意味はない。お前の復讐心は、実行者だけを殺しただけで満足できるようなものなのか?」
 ジーノは手枷を軋ませながら拳を握る。弱々しかった目も、次第に憎悪の灯がともってゆく。
「そうだ。そして殺せ。あの組織”リーズナー”を創ったこの私を――」
「――っ!!」
 目を大きく見開き、猿ぐつわと手枷をしたままでジーノは男に掴みかかる。それでも微動だにしない男の体は、まるで岩のように硬く、冷たい体だった。
「そうだ。感情を、憎しみをその心の中で猛らせろ」

 ――ザッ
 二人の周りを取り囲むミラージュの兵士達、その奥からエヴァが男に話しかけた。
「あなたを殺してしまう前に聞きたいのだけれど、あなたは誰なの?」
 その言葉に男は振り向かずに答える。
「お前達にそれを話すつもりはない」
 そう言うと男は目線を入り口をふさいでいた兵士たちに向けた。男は自分の胸に手を当てると、そこから何かを引きずりだすような動作をする。すると、そこからジーノの武器であるバスタードソードブレイカ―を取りだした。
 周りが一気にざわつく。ジーノもその妙な光景を微動だにせず見ていた。
 男の姿が消えたかと思うと、入り口を固めていた兵士達が一瞬で薙ぎ払われる。その中心で男はバスタードソードブレイカ―を片手で振り回す。それはほとんど小さな嵐がそこに突然発生したかのように見える。
 その嵐の暴風にが駆け抜けた後には、胴体が真っ二つになる者、手足を吹き飛ばされて床に這いつくばっている者、それががまき散らした血肉で赤い道ができていた。
「来い、沈黙のジノーヴィ。お前は成し遂げるためにここまで来たはずだ」
 その言葉にジーノはゆっくりと立ち上がる。いつの間にか手枷と猿ぐつわは破壊されており、ジーノは真っ直ぐ赤い道を進んだ。
「ジーノ!!」
 ジーノが謁見の間を出た時、横からリンの声が聞こえる。ジーノはそちらを鋭い視線で一瞥すると、そのまま男の後ろを歩く。
 思いもよらないジーノの拒絶の視線に、リンは崩れるように床に尻もちをついた。
「ジーノ、なんで…。なんでよぉ」
 血肉でできた赤い道を歩いたジーノの赤い足跡をリンは呆然と見詰める。
 リンの呟きはジーノの耳に届くことはなかった。憎悪で心を満たし、前に進むことしか考えなくなった彼には、もはや――。

       

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