Neetel Inside 文芸新都
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ワンルームのマンションだ。
昨日買ったばかりだ。
今日はそいつを手放す日だ。

100階建のこの白いマンションを、このマンションの白い壁を俺は撫でた。ゆっくり、優しく。
つるっとした感触を手のひらに感じた。つるつるだった。内側の壁はニスでコーティングしてあった。
外側は知らない。外側は多分、剥きだして、ザラザラしているかもしらない。
俺はこの内側のつるつるの壁に頬を擦りつけた。感触を味わうために何度もこすりつけた。永遠に擦りつけ続けたらいいのにと思ったが、隣の部屋のババアが俺を不審者を見るような眼で見てきたからやめざるを得なかった。ババは外にゴミを出しに来たのだ。俺は、自分の部屋から出ていた。俺の部屋は986号室だが、俺はその部屋から出て、廊下のエントランスの、この、よくわからない廊下に居た。外の廊下だった。屋根はあるが外だった。俺はババアをよくよく観察した。ババアは不細工な女だった。眉間と口の横には深い皺が刻まれていて、髪型はヤクザみたいなパンチパーマで、肥っていて、胸が尖っていた。ババアはピンクのエプロンをしていたが、異様にその胸の所が尖っていた。乳首が尖っているとかではない。
その本来胸がある所にはロケットか、三角柱の積み木が入っていたのだ。俺は少しも笑いはしなかった。ただ、眼を細くして、エレベーターに向かって歩いていくババアを眺めていた。ババアはピンクの消しゴムみたいなサンダルを履いていた。俺は何も言わなかった。挨拶すらしなかった。見ていただけだ。見送りをしていただけだ。
俺は非常階段の、あの四角い緑色のライトアップされた看板に白い人が白いドアに入っていくあの看板の下の、非常階段に向かって歩いて行った。
俺の足の裏を冷たい床のコンクリートが舐める。ひんやりと冷たい。俺はなぜか冷えたビールを思い浮かべたが、すぐにその映像は消えうせた。そして今度は俺はなぜかスズメが飛んでいく映像を思い浮かべた。実際飛んでいたんだ。おれは今、靴も靴下も履いていないが、俺は廊下を歩いている。この、石の床の、横にはニスでコーティングされた白い壁がある、狭い廊下を歩いている。横の壁には小さな窓があった。そこから見えた。小さな高層ビルの群れ、緑の木、水、水色の海、湖、空、白い雲、そしてスズメ、さっき飛んで行ったスズメ。黒くて小さい鳥だった。たぶんスズメだった。俺は暗い奥のほうに歩いていく、道が二つに分かれた。右はエレベータがある。左は俺が行く所だ。非常階段の、あの、緑の奴がある、あっちのほうだ。俺はゆっくりと歩いて行った。俺の柔らかい足の裏がぺたぺたと音をたてている。俺はなるべく音を立てないようにしようと思い、そうした。俺は着いた。
暗い階段だった。もうそこはツルツルの壁はなかった。ニスの匂いもしない。全部が剥き出しの、所々大きな黒いシミがある冷たい石のコンクリートに囲まれた石の、ざらざらの石の階段があるだけの場所だった。俺はその冷たい石の階段の二段目に座り、煙草を吸おうとポケットを探った。なかった。そういえば、俺は捨てていたのだ。俺は昨日で最後にしようと、マルボロを一本吸って、残りを窓から投げ捨てたんだ。部屋の窓から。
俺はいいかと思った。
まあ、と言って、立ち上がって、冷たい石の階段を裸足の足で登っていった。俺は上を目指していた。俺は屋上に行きたかった。
俺は赤く錆びた手すりに捕まり、握ったまま、手を上にずらしながら、重い体を持ち上げるように一歩一歩登って行った。
俺は目の前がぼやっとして見えていた。俺は泣いていたかもしれない。
俺はまあ、と言った。いいかと思った。
その後は黙って登って行った。途中で、大きな蟻んこを踏んだ。赤くて、頭が体の倍あった。俺はアリアリとかいうジャロのCMを思い出した。その考えを俺は無理やり消した。急にムカついて、腹が立った。俺は向かった。
98階に着いた辺りで、目の前が真っ白になった。壁が白いせいか、俺は記憶が無くなりかけていた。意識が無くなりかけていた。俺は目を強く瞑り、頭を、眉間のつぼを親指で強く押した。俺は正気だった。最後まで冷静でいようと決めた。
俺は階段をまた登った。蜘蛛の糸が顔に巻き付いても驚いたりしなかった。冷静に、指で取り払った。俺の黒く、固い髪に蜘蛛の卵がついてしまったかもしれないが、俺はその、やつを想像した。俺は取ろうと思ったが、触るのはいやだった。俺は壁に頭を擦り付けて、卵を取った気になった。
俺はずっと登って、やっと頂上に付いた。ひどく疲れていた。
俺は鉄のドアを開けた。洗濯物が沢山干してあった。空は快晴だった。
俺は走った。俺がぶつかった洗濯物が何個か倒れ、物干しざおが音を立てた。
俺は、その、淵の、段の所で、その所に立って前を見た。下も見た。
俺は前田敦子と結婚したい。

       

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