病院





 心は粘土のようなもの、だからいくらでも変えられる――そんなことを口走っていたやつがいたが、結局のところ、その粘土とやらは『硬化』する。いつだってなぞなぞには引っ掛け問題がつきもので、正解したあとに残るのは達成感なんかじゃなく、ただひたすらに徒労――俺の精神も限界を迎えているのか、戦闘直後に回復院に投げ込まれることが多くなった。戦闘直後は意識なんてほとんどないから、食い倒れた旅人みたいに俺は担架に乗せられてなされるがままに運ばれる。気がついたらベッドの上だ。どこかで水槽がこぽこぽと酸素を吹いている。俺が置いてくれと頼んだのだ。

「気がついたか?」

 ドクターは俺のためにコーヒーを淹れてくれているところだった。なんて親切なんだろう。俺の症状はランクS、重篤患者で治療には3000時間ほどかかる。それだけの時間を俺に割くなら医師免許だけでなく弁護士のライセンスも取得できるだろう。俺にはそんな価値がないのだから、ドクターは善意で俺の治療に当たってくれている。いい人だ。

「また無茶したらしいな。これで何度目だ? おまえもいい加減に懲りないな」
「仕方ないだろ、だって戦争なんだから」
「戦争? ああ、そうだったかな」

 ドクターはあくびをしながら俺にブレンドをくれた。

「誰も死なないから忘れそうだよ。私にとっておまえは消防士に見えるな」
「それは褒めてるのか?」
「私にもわからん」ドクターは花瓶に活けられたドライフラワーを撫でている。
「ただ、思うのは、なぜおまえがそこまでして戦うのかだ。代わりなんている。おまえが無理に戦い続ける必要なんてないんだ」
「そうなんだろうな」俺は天井を見上げた。
「でもねセンセイ、俺は戦う以外のことを知らない。ほかにどうすればいいのか知らないんだ」
「普通にしていればいいさ。映画を見たり、本を読んだり。休日はラクに過ごせばいい」
「もう、どうすればそれがやれるのかわからなくなっちゃった」
「……戦いすぎだよ、おまえは」
「そうなのかな」
「いい加減、他人を頼れ。どうして自分だけで解決しようとする?」
「それは、だって、……これは、俺の個人的な問題だから。他人に話しても、相談しても、どうすればいい? 解決なんてしない。俺の脳みそには寄生虫がいて、俺はそいつらと相談しながら敵を殺している。手から炎が出るのも、見つめた先が凍るのも、そいつら『虫』のおかげだ。でもそいつらは常に俺の脳みそを食ってる。それはとてもつらい。でも、虫に喰われてないやつに、どう説明すればいい? わかりゃしないのに」
「わからなくたって、話せば理解しようとしてくれるさ」
「いいや、面倒臭がるだけだよ。俺が逆の立場だったらそう思う。知ったことじゃないんだよ、他人の苦労も、痛みも。お互いそうなんだから。この世は地獄だ」
「そんなこと、ないんだがな」
「センセイは昔、虫食いだったんだろ。だから思い出せる。あんたは半分はこっち側なんだ。だから俺もちょっとなら話そうって気になる。でも、ほかのやつらには言う気になれない」
「いつか話すさ。もったいぶってるだけだ」
「どうだか」
「死にたいか?」
「ああ」俺は笑って見せた。
「いつだって、死にたいね。だから、俺を助けようとなんてしなくていいんだ。放っておけば死ぬ。それこそが救いなんだ。肉体的にはどうだか知らんが、少なくとも精神的にはね」
「悪いがおまえを死なせるわけにはいかない。おまえを守ること。おまえを生かすこと。それが私の仕事だ」
「物好きだね……」
「お互いにな。さ、もう一眠りしろ。私はな、眠っていて、何も苦しんでいないおまえを見るのが好きなんだ」
「勝手にしろよ」