Neetel Inside ニートノベル
表紙

わが地獄(仮)
普遍的な眠り

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 脳にガツ――――ンと来る。たまらない。たたらを踏んで持ち直す。でもいま私は立ち上がってなんかいない、座ってる。鉄の椅子の冷たさが鋭い。氷と言われても信じる。
 舌がやけに乾いていた。顔に浴びせかけられている照明が突き刺さるように眩しい。止めたい。消したい。青くて静かなブルーにしてやりたい。それでも私は左手を持ち上げて顔を庇うことくらいしかできない。身体を支える玉座が細かな歯で淡く噛みついてくるのを感じる。きっと唾液まで垂らしている、だが喰われてなどやるものか――そうだろう?
 誰かの声がしたような気がするが、そんなものはわずかに光が薄らいだような感覚しか私にくれない。もっと大きな声で話しかけて欲しい。そんな囁きじゃ今の私には届かない、もはや音声は衝撃でしかなく、弾けるだけの泡だ、こんなところで。
 手が何か掴んでいる。それが濡れているのを感じて、私は全身にびっしょり汗をかいているのだと知る。かなり体調が悪そうだ。死ぬのかもしれない。死ぬ? それなら確かめなくては――でも、なにを? いや、それどころじゃない――そう、そうだ。私は口を手の甲で拭った。もはや待つ必要はない。
 私は〈シフト〉した。





 落ちていく。走っていく。流れていく。ガラスに映った五体満足の自分を見る。私はいま何にも掴まれていない。透明な鏡のなかで驚くほど静かな目が私を見ていた。この女はもうすぐ死ぬことを分かっていないのだと虚像を見て初めて知る。私は馬鹿だ。
 風を吹かせる。視界が反転する。滑っていく視界が私の狂い始めた脳と上手く噛み合っている気がする。スライドしていくいくつもの鉄塔。そのどれかがどこかの段階で私と合致する。そしてそこからはもう動かない。ここだ、ここで行けばいい。私は口の中の氷を噛み砕く。甘い血が溢れる。もうどこまでスライドしても一番いいところに戻って来れる。これが感覚。
 私は飛んだ。
 鉄塔をいくつも通り過ぎ、どこまでもいけるような気がしてくる。時折カチカチと光が瞬き私を炎で包むが、そんなものは願えば吹き飛ぶ。緑色の綺麗な風が埃のように私にまとわりついていた。意識が遠のく。落下しながら、私は私をめがけて飛んでくる影を見た。かたちは分からない。それを見て、まるで何億回も練習しすぎて忘れてしまった技術のように、私の指先が腰に伸びた。何かを掴む。それを幾枚も放り捨てる。視界によぎる鳥の影、それがいくつも私の太陽を遮り視界を昼天暗夜させた。私は眠りかけている。だがまだ飛べる、感覚だけで、ほかのなにもいらないで、空に吸い込まれる。両手両足を重力に似たなにかに捕まれる。ひっぱられ、そっちに連れていかれて、しかしそれこそまさに私の闘う方向、逃げ切れない戦場。呼吸が浅い。身体が傾く。鼻血が出ている。なまあったかい。やさしいかんじがする。舐めると鉄の味がして目が覚めた。身体が冷たい。敵は襲(ク)る。上等だと思うほどの元気はないが、撃墜できる程度には動きが読める。追いかけることだってできる、いまならばまだ。
 はためく力を集めて固める。それを振り回せば破壊になる。鉄塔が倒れ、爆炎が上がり、私を脅かす何かが少しずつ数を減らしていく。見なくても分かる。闇が増す。
 だがその暗さに一瞬だけ意識を持っていかれた。集中力が欠ける。掌から何かが滑り落ちていく。合致していたはずの鉄塔が滑り始め、すぐに灰色の動く電柱になり果てる。掴めていない、それは分かっているのに何を掴めばいいのか分からない。開けた口から餅のように大きな呼気が逃げていった。そこから新しくエアを吸えない。私の肺と喉は眠り始め、目だけがぎょろぎょろと動く。首がすわらない。外壁に接触しわずかなクレーターを残した。クレーター。あれは私が生きた証になるのだろうか? あんなわずかな傷跡が、私の生きる意味になりえるのだろうか? そんなことを考えながら私は最後の力を振り絞りエアを散乱させ緑色の粒子のなかで視界を失い、墜落死への最後の戦いを挑み始めた。きっと私は勝つだろう。
 







       

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