わが地獄(仮)
崩壊世界
退屈だった。
とにかく退屈で仕方なかった。面白みのかけらもない。
まるでクリアしたゲームだ。完成された枠組みの中で、しゃかりきになってどうしようというんだ。
だから俺は外へ出た。
外なら何かあると思ったから。
外では異能使いの少女が戦っている。赤く輝く剣を振り回し、炎のつぶてを吐きまくってる。俺はそれを見て叫ぶ。負けちまえと。
「なんですってー!?」
少女が戦っているのはぶよぶよした赤いスライムだ。そいつは世界を飲み込もうとしているのだという。世界をゼロに限りなく近づけようとしているのだという。
それって、なにか困る?
万々歳、ってやつじゃない?
俺は両手を振り回して、赤いスライムを応援する。怒り狂った少女が俺を焼き殺そうとぶんぶん剣を振ってくる(顔が真っ赤だ)、でもそんなの関係ない。
俺は退屈していた。この飽き尽くした世界をなんとかしてほしかった。学生服を脱いだら地獄に落ちるこの世界が嫌だった。
「あたしは、あたしは人間を護るのよ! 誰にも死んで欲しくない!」
なるほど。
生きていたらきっといいことがある。ほう。
ばかじゃね。
そんなことがあるわけがない、生きているというのはただ地獄で、どこまでも寂しいだけだ。だからそんなものは焼きつくされるべきなのだ。あの赤いスライムが飲み込んで、透明な胃袋の中で溶かしてくれればいいのだ。そうすればすべてが終わる。この終わりのない退屈から何かフレッシュなことが始まる。そのためにはあまりにも増えすぎて、癒着して爛れきった人類が邪魔すぎる。そうだあの赤いやつはそれをわかっているのだ。
生きてることに、わざわざ価値なんてない。
みんな死んだ方がラクになれるんだ。
俺はそれをわかってる。だから都市の真上で誰に頼まれたわけでもないのに勝手に破滅と争っている少女に石を投げる。少女の炎の翼がゆらめき、焼かれるなどと夢にも思っていなかった石が溶け落ちる。俺はその灼熱の雨から逃げ惑う。
学生服に穴が空いたって、ちょっと痕になりそうな火傷をしたって。
俺は信じている、どこまでも想っている、この世界に意味なんかなくて、愛されて生まれてきたやつなんかいなくて、何もかもがくだらない行き違いから起きただけのことなんだって。
天国なんか無い。
気づけば地獄。
終わらせてくれ、何もかも綺麗さっぱり燃やし尽くしてくれ。
わざわざ続けたりしないでくれ。こんな時間の無駄ばかりをどこまでも。
赤いスライムがいくつにも分裂して少女に襲いかかる。少女はそれを三角飛びで避けていく。
「あたしはみんなのためにっ――」
少女は呪文のように繰り返す。死なせたくない。生きていて欲しい。
だれに?
いったいぜんたいお前は誰を救いたくてそんなに暴れているんだ。俺はそう少女に言ってやりたかった。少女が高層ビルの屋上から斜めに斬り降ろしをかけていなければ、肺の奥から二酸化炭素まみれの空気ごと叫んでいたと思う。いったいぜんたい、お前は誰を救いたいんだ。
それなら俺を救ってくれ。この退屈から。この毎日から。
クリアしてしまったゲームから。
一度すべてゼロに戻して、最初からやり直して、そうして人間だって生き永らえてきた。血肉を別けて痛い思いをして子供を産んできたんだ。
何人も何人も。
何人も何人も。
産んでは戻してきたんだ。人生という経験を。
だから世界にだってそういう瞬間が必要だ。
超デブで息が臭くて脇から信じられないニオイがする加齢しきったこの爛熟世界を、なあ、お前その炎の剣とやらで破り捨ててくれよ。
何もかもゼロにしてくれよ。
誰にだってできることだろう、お前ぐらいの力があれば。ご機嫌で空を飛んで、炎の力でコンクリ溶かして、ご機嫌なように俺には見えるよ、力があるということは。
それをただ、目の前にいる運命なんかじゃなくて。
ただ何も知らない、罪もない、生きているだけで汚らわしい人間どもに振り降ろせよ。
全部なくしてしまってくれよ。
買いすぎて捨て時のわかんないオモチャの山みたいに。
「いつか見る」とうそぶいて、開けもしなければ価値もない思い出の詰まったアルバムみたいに。
俺に教えてくれよ。
「ああっ……」
少女の翼が赤いスライムに喰われる。もはや炎も消える。落下していく少女が返す刀で振り回す一撃乱舞が軟体の悪夢にゃ効きもしない。
夢から覚めたいと思って、すんなり起きられるやつがいるだろうか?
もっと嫌な思いをして、汗だくで起きるのが常じゃないのか?
「あたしはっ……負けるわけには……」
少女が爆炎を地面にぶっ放し、上昇気流の翼でわずかに着地を和らげたが、たたらを踏んだことに変わりはない。抵抗の少ないところに進もうとする圧力のように赤いスライムは少女に魔の手を滑らせた。それをいくら切断したって無駄なこと。螺旋を描いて緩んだ触手が少女の二の腕を掴み、そのまま一瞬で少女は赤色に飲み込まれた。断末魔さえなかった。
「あはは」
俺はその場にへたり込んで、街を見上げた。
赤い触手がビルに絡みつき、へし折っていく。まだ仕事をしていた会社員たちがゴミみたいに死んでいく。まだなにも自分らしいことをしていなかったのにとか思いながら。バカみたいだ。こんなに人間が大勢いて、交換のきかない人間なんているだろうか? 似たようなやつはゴマンといる。かまやしないのだ。
「終われ、終われ、ぜんぶ終われ」
俺の呪いを叶える魔法のように、赤い触手がすべてを壊していく。どんどん人口密度が減っていって、俺の背後に虫けらみたいなサラリーマンどもが駆け抜けていく。サラリーで命が買えたか。無理だろう。
みんな死ぬんだ。
絶対に助かったりしないんだ。
奇跡も魔法もありえない。
救われないという魔法だけが叶い続ける。
「死ねよ」
俺は立ち上がって、なにもない虚空に石を投げる。もうその先に赤い髪の少女はいない。
「みんな死ねよ。死んでくれよ。そうすればすっきりするよ、はっきりするよ。なにもかもが」
それがなんなのかわかりもしない俺の叫びだけを選り分けて、触手たちが破壊のお楽しみを続けていく。あっちこっちで「不当だ」と悲鳴をあげる社畜たち。なにが不当だ、これが正当だ。森のなかでくまさんに出会ったら食べられちゃうのだ。ばりばりばりばり食べられて、痛いといっても赦されないのだ。
それが生きるということなのだ!