Neetel Inside ニートノベル
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わが地獄(仮)
何もかも思い通りに

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 死にたいという気持ちが強くなってきた。それがなぜなのかよくわからない。
 何もかも思い通りにしたかったのに、何も思い通りにならない。何を思い通りにしたかったのかもよくわからない。
 多分、何かを選ばなきゃいけないんだろう。
 というか、どう死ぬかを考えないといけない。
 自分から死ぬ、ということではなくて、生きようとすることが苦しみに繋がる。だから、どう生きないか、どう諦めていくかが大切な気がする。
 俺は作家にはなれなかった。この世界には作家が増えすぎて、誰も俺の話に興味なんて持たなくなった。少なくとも、それで喰っていくことはできない。
 つまり、日々を生きながら、書ける範囲でしか文章を書くことはできない。
 そうは言っても、人間の集中力には限りがあるから、無限になんて書くことはできない。だから隙間時間を見つけて書いても、それなりの量は書けると思う。生活習慣の話だ。
 それよりも、途中で邪魔が入った時にぶち切れないかどうかのほうが心配だ。
 書いている時、誰も俺を邪魔してはいけない。でも、生きている限りは邪魔が入る。それを受け入れながら、飲み込みながら、やっていくしかない。
 仮に理想世界を手に入れても、きっとうまくなんていかないから。
 我慢して我慢して我慢して、笑って笑って笑って、それでも辛い。
 何が辛いのかわからない。
 昔がよかったとは思わない。当時の俺は、「いつか昔はよかったなんて思い返してみろ、おまえの人生にはろくなことがなかったと俺が自信を持って言い返してやる」と思っていた。だから、やっぱりろくな人生じゃなかったんだろう。
 瞬間的な楽しみでは満足できない。満たされない。
 何かがやりたい。だが、何をやるにしても、報酬が少なすぎてはやる気がしない。
 もっと世の中が簡単だったらよかったのに。
 俺が何もかも独占して、俺がルールを決められればよかったのに。
 俺の思い通りに進行して、俺が気に入らなくなったら壊す。
 そんな自由な生き方がしたかった。
 俺は読者に戻りたい。
 何も気にせず、好きな話を読んで、妄想を膨らませて、自分の中で完結していた頃。
 あの頃に戻りたい。
 なのに、読んでいると、俺の中の「こうしたい」がむずむず湧き上がってきて、何か作りたくなる。
 永遠に終わらない悪循環。一つのところで停滞できない。
 ただ、何をやるにしても、もう静かにやりたい。この世界はうるさすぎる。
 ものすごくうるさいか、ものすごく静かか。貧富の差みたいな二極化が進みすぎて、あまりにもアンバランスだ。俺はもうちょっと、ちょうどいい案配がいい。
 ただ、この世界から距離を取るのは、たぶん正しい。この世界に近づきすぎて、他者と自分を比較すれば地獄が始まる。俺はもう誰とも関わり合いになりたくない。
 静かに暮らしたい。
 他人といても、合わせなきゃいけないし、合わせれば合わせるほど息苦しくなる。かといって、俺の本質は悪だから、そんなものを振り回したら排除される。出口なんかない。
 誰かのためじゃなく、あくまで技術として、掴むべき基礎として、小説を書きたい。
 誰かのため、金のため、結果のため。そんなふうにモノを作るのが俺は辛い。
 今まで一度だって、そんな器用なことができた試しはない。
 俺は欠陥品だ。どうやったってうまく収まる部品じゃない。
 俺に合うように世界が変わるべきだし、そんな世界がないのなら、自分で作り出すしかない。
 俺はたぶん、何かのスペシャリストにはなれない。俺はたぶん、いつまで経っても根無し草でしかない。だから、たくさん読んで、掘っていくしかない。
 知名度のない作品が面白いか面白くないかは、読んでみなければわからない。これだけ多くの人が、他人と歩幅を合わせて進んでいる以上、俺はその道を蹴る。自分で探索し、自分で調査する。たった一人で。
 たぶん、それしか俺が生きていく道はない。
 他人と歩幅を合わせても、どうにもならない。俺は電車の路線図もわからないし、地方の名産もわからない。何度聞いても覚えられない。興味がないから。
 興味があることしかできない。その興味がどうなるか、俺自身にもわからない。
 大切なのは、俺自身が味わってきた困難に対して、どう対処していくか、その方針を整えておくことだ。俺が困っているんだから、俺が助けてやるしかない。

 Kindleアンリミテッドに関しては、読書は順調に進んでいる。
 いくら興味がなければ何もできないといっても、ルールがある。
 それは、一度読み始めた本はどれほど辛くても読み切ること。
 これを守って、いくつかの本は読了できたし、読破したときの気分も悪くなかった。
 焦る必要なんかない。
 確かに、生涯で読み切れる本の数は多くないし、速読すればいいってものでもない。大切なのは味わって読めるかどうか。時間をかけすぎて内容を忘れるのはまずいが、そうでないならゆっくり読むべきだ。数だけこなしても、なんの意味もない。仮に誰かが褒めてくれたとしても、それを結果に求めてはいけない。
 時間があまりにもないから、俺も、有名なNetflixの作品とか、話題の本とか、そういったものを読んで他人とのコミュニケーションの素材集めを優先した方がいいと思っていた時期はある。それは違った。
 こと俺に関しては、それは絶対的に違った。俺はほとんどの場合、他人と感想や意見を共有したり共感したりできない。俺は独善的にどこまでも俺自身であって、他人と調和したりしない。できない。やろうとしてできなかったのだから、これは俺がやりたがっていないのとは違う。
 何かを味わって感想を持つこと。それは他人と共有できない。
 だから、どれだけ話題の作品に触れたところで、それはネタバレを回避した程度の意味しか持たない。他人が傷つくから、この感想を持つことはよそう。そんなふうに都合よく自分を調合して生きることは俺にはどうしてもできない。俺は誰が傷ついても、どれほど間違っていても、自分の意見や考え方を捨てられない。
 だから、他人と関わるべきじゃない。俺は俺自身で完結する。
 その代わり、極限まで、書いてあることを受け入れる努力をする。それを疑ったり、もっとこうしたほうがいい、みたいなノイズを排除する。その努力の対価として、俺は他人と作品を共有しない傲慢さを許される。許されるはずだ。
 俺が許す。
 そうすれば、少しだけ、読書ができる。何も迷わなかった頃の俺に戻れる。
 そもそも、瞬間的に少し読んだくらいで判断できることは少ない。俺は描写が不自然だったという理由だけで有名なミステリの叙述トリックを看破したことがあるけれども(これは同じ系統の作品で二度やった)、それだって全体の構図から見て差し込む必要がある描写だっただけで、その描写のキズ一個をあげつらって作品全体を否定するのは間違っている。
 他人の作品を許せれば、自分の作品も許せる。
 自分は違う、自分は特別なんだ、だからここまでこだわるが他の連中はそうしない、だから俺のほうが上だ――という考え方は過酷すぎる。間違いなく、自分に優しくない。その論理は自分に返ってくる。教訓話じゃなく、カウンターを喰らってダメージを負う可能性は回避すべきだ。自分のためにも、そんな考え方は捨てた方がいい。
 どの道、たまたま上手くいくことがあっても、想定通りにうまく書けることなんてほとんどない。そんなことに期待すれば動けなくなる。
 間違っていてもいいから動く。
 それしかない。


 そうは言っても、俺はトカゲを書くのに疲れている。
 プロットがない以上、ここから動かしようがない。
 エンディングは決まっていても、そこまでの細部を詰めていない。だから動けない。
 これはよくない例。
 だが、それでも、「人間を書きたくない」という俺のテーマからは外れずに四話まで進んだことは評価したい。
 俺が評価してやるべきだと思う。他の誰でもなく。
 自分が自分に優しくしてやらなかったら、誰も優しくしてはくれない。この世界は地獄だ。 トカゲに関しては、もっといろいろ調べるべきなのか、俺自身が勝手に覚醒するのを待つべきなのか、さっぱりわからない。
 だがまあ、無理に書いていいことはない。書きたいから書く、の原則はやっぱりどうして重いのだ。


 そういえば、『ペンギンハイウェイ』を読了した。
 実は俺は森見はあまり得意じゃない。嫌いというんじゃなく、なんとなく苦手意識がある。原因はよくわからない。
 ペンギンハイウェイはとりあえず、崩しながら読んでいった。かなり時間がかかってしまった。読んで後悔はしていないが、この謎の収まりの悪さはなんだろう、と疑問ではある。
『スカイクロラ』を読んだ時に近いかもしれない。なんとなく、滑るような感覚がある。エンターテインメント性は低いから、読者としてはとっつきにくいのかもしれない。その代わり、エンタメのお約束を無視できるというカードが切れるから、俺は構図そのものは嫌いではないんだけれども。
 好きか嫌いかといえば、好きではないけれども、悪印象まではない。森見はそんな俺にとって少し不思議な作家だ。よくわからない。
 設定の考察なんかもネットで探そうとしてしまったが、うまく見つからなかった。それでよかった。考察で、あらゆる角度から話を切り刻むと、何も残らない。せっかくのハンバーグが牛そぼろになってしまうようなもので、歯ごたえもないしソースも散らばる。考察という文化は、あまりよくないのかもしれない。どちらかというマイナーな、やりたいやつと見たいやつだけがこだわる、そういうカルトな文化であるべきであって、サジェストの上位に来てはいけないものなのかもしれない。
 物語を味わった感覚というのは個人だけのもので、これだけ搾取されることが多いこの世界で、誰にもタッチできない部分。考察を読むと、そこの部分をいじくってしまう。MODみたいなもんだ。まずはバニラを味わってから。そもそもバニラアイスはうまい。ちょっと蜂蜜かける程度ならともかく、パフェみたいにデコってしまったらそれはもうパフェだ。チョコの味しかしない。チョコは糖尿の原因になる。
 バニラに感謝を。



 この原稿の間に、人狼の短編を書いた。
 で、いつの間にか、死にたい気分が薄まっている。
 まあ、なんとかなるか~みたいな気分になっている。不思議だ。文章を書いただけなのに。
 残念ながら、これはエッセイと短編を書いた時だけの清涼感であって、長編だと完結するまでは地獄だから、別物なんだけれども。
 長篇にはやっぱり、さよならしないといけないんだろうな、と思う日々である。

       

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