Neetel Inside ニートノベル
表紙

わが地獄(仮)
この力の使い道

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 2000年代初頭くらいに、異能力者が急増した。そして自分の能力を抑えられない連中は、通常人類と抗争になった。
 能力者だけの理想郷を。
 通常人類さえいなくなれば、俺たちだけの世界ができる。
 そんなお題目を掲げて、人類に戦いを挑むやつが後を絶たなかった。当時は人類との戦いに参加しないやつは卑怯者、現実が見えていない保守主義者と激しく罵られた。戦う相手を間違えて、能力者同士で殺し合うのも珍しくなかった。
 俺は戦闘向きの能力じゃなかったのもあるし、そもそもこんな戦いに勝てるわけがないと思っていた。人類の数は多すぎる。俺たちが暴れたくらいでなんだっていうんだ。何もかも収束していくだけだ。俺たちは数を増やせない。当時、未成年の少年少女しか異能に覚醒しなかった。子供を作って戦闘員にするには時間が足りなさすぎたし、異能は遺伝しないことが多かった。
 負け戦がしたいやつはすればいい。だが、それに巻き込まれるのはごめんだ。
 だから俺は適当に参加したふりをして、戦いが終わるのを待った。俺みたいなポジションのやつは、日和見が祟ってもう少しで生き残れたところで戦死。そんな脚本術みたいな展開は、現実には起こらない。俺はツイていた。激戦区から離れた場所で後方支援していたら、いつの間にか戦争が終わっていた。現実はただ、一生懸命だったやつから死んでいった。
 反抗的な異能力者は、片っ端から抹殺された。ガス室送りだ。あいつらが願った理想郷なんて、ありはしなかった。
 あればよかったのにと、俺も思うけれど。

 ○

 戦争が終わってから、俺は仕事を始めた。異能力者に異能を使うなといっても無理な話で、だいたいは「それしかできない」やつが多い。だから俺は自分の異能、他者の心にアクセスできる力を使ってビジネスをすることにした。もちろん国家には反抗の意思がない旨を必要以上に書類とかで送っている。不備のない報告、届出がこの国の人間は大好きだ。ラブレターかなにかに見えているのかもしれない。書類がしっかり作れるだけで、俺は充分に喰っていけた。
 あの戦争で俺が学んだのは、人間には心なんていらないってことだ。心なんてあるから余計なことを考える。寂しいとか、もっと報われたいとか、そういった執着に囚われる。そしてその執着は心から生まれる。
 だったら、心なんかないほうがいい。
 俺の能力は、他人の胸に花が見える。心の花。それをいじくれば、というかむしってしまえば、他人から心を取り除くことができる。記憶や人格に変更を加えずに。
 異能力は同じものは何一つなく、個人の資質に左右される――そんなのは都合のいい幻想だ。現実には、俺と同種の能力者はかなりいた。戦闘員の恐怖を和らげるためのセラピストとして従事しているやつがほとんどだったが。前述の通り、心を取り除いても、拷問にはならないから捕縛した敵を自白させたりするような使い方のできる異能ではなかった。だから俺たちは大した罪にも問われずに、保護観察処分で済んだ。実際、国家だってわかっている。あの反乱に参加していたやつの中には決して少なくない数で、ただ流されて加わったやつがいることくらい。利用価値があるなら、生かしておく。殺したほうがいいなら、始末する。国家のやり口なんていつもそんなものだ。
 この間、俺と同種の能力を持った男と久々に街で出会った。そいつは俺の仕事の内容を聞くと、吐き気を催したように顔をそむけた。

「人の心を千切り取って、それを仕事にするなんて……よく、できるな。おまえは」

 気持ちはわかるが。
 それができなければ、喰っていけないだろう。こんな世界で。
 ネットフリックスの支払いがあるんだよ。

 ○

 だいたい俺の事務所を訪れるやつらは、追い詰められている。
 変えられない現実に苦しんでいる。
 もう呼吸するのも必死、というような顔でソファに座り、どこから話したものか……というように顔を曇らせている。
 人間にできることなんて何もない。
 つらい、と感じるなら、それは真だ。考え方や気の持ちようで世界は変わるなんていうのは嘘だ。自分がつらいと思ったなら、許せないと思ったのなら、それは真だ。濁したり消したりすることは決してできない。それをねじ曲げて誤魔化そうとするから、さらに苦しむことになる。
 そんな苦しみしか産まない心なら、いらない。
 俺が見る胸の花は、ほとんどが萎れて枯れている。もうダメになった花にいくら水をやったって、根腐れするだけだ。
 ダメなものはダメで、無理なものは無理なんだ。
 あの戦争のように。
 だったら、そんなものは間引きしてしまえばいい。
 俺が心の花をむしった瞬間、客はいつも顔から憑き物が落ちたように綺麗な表情になる。そして完全にコントロールされた綺麗な笑顔を浮かべる。みんな一律に、美人もブスもバカもゴミも同じ顔をする。

「ありがとうございます。ラクになりました。これからも、この素敵な仕事を続けていってくださいね」

 そう言って、お辞儀をする。
 心を消すなんて、まるでブレーキの利かないサイコパスを増やすように思えるかもしれないが、現実は違う。
 俺は試しに、心がなくなったんだから、俺を殺して金でも奪っていったらどうだ、と言ってみたことがある。すると、俺が心をむしり取った男は静かに首を振った。

「心があるから、この世界は醜い。その心を少しずつでも減らしていってくれる人を害して何になります? あなたがこの仕事を続けていってくれることは、私にとってメリットでしかない。応援しています」

 心がないというのがどういう状況なのか、俺もこうして客のヒアリングをしてみないとわからないことが多い。だが、少なくとも、心なんかがあった頃に比べて、みんな楽しそうに帰っていく。その後、不幸になったり犯罪を犯したなんて話は聞かない。する意味もないんだろう。
 時々、潜伏していた異能者が狩り出されて、公開処刑されている。最近は、そういった不穏分子をきちんと公衆の前で残虐に殺せる為政者が頼りになると人気を得ている。別に俺が心をむしりまくっているからそういう人間が増えたわけじゃないだろう。むしろ、心がなければそんなショーを自分から見ようともしなくなる。それは欲だ。執着だ。
 心があり、毎日に感謝し、友人隣人と協力して、よりよい明日を生きようと無理をするから、こんな残酷なショーで鬱憤を晴らす羽目になるのだ。
 時々、かつての仲間が死ぬのを見て、胸がチクりと痛む。だが、この痛みを受け入れて生きていくしかない。痛みは呪っても叫んでも消えたりはしない。俺には俺自身の心をむしり取れないのだから。
 俺が誰かの心をむしればむしるほど、世界はよりよい方向へ進んでいく。
 悲しいことに。






       

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